第十七話『裏切りのプロトコル』
警察組織の腐敗と、隠された人体実験――。
その渦中にあったリオナは、「記憶兵器計画」の被験体として拘束された。
取り残された日向は、上層部の圧力をかわしながら、ひとつの決断を下す。
深夜。
雨が降る中央署の屋上で、日向は傘も差さずに煙草をくゆらせていた。
どしゃぶり。煙草はすぐに火が消え、ぐしゃぐしゃに濡れた。
「クソが……こっちの火は、消しに来るのが早えな……」
独り言のように吐き捨てる。
後ろから、傘を差した男が現れた。刑事課長・風巻だ。
「お前が屋上で雨に濡れてる時は、たいてい何かヤバいこと考えてる時だな」
「……まあな」
「言っておくが、今回は命令違反だぞ。リオナの拘留は、署の正式な判断だ。お前が独断で動いたら――」
「止めるのか、課長?」
日向が振り返る。その目には、普段の軽さはない。
風巻は沈黙のあと、ため息を吐いた。
「止めねぇよ。だが――」
差し出されたのは、古びたIDカード。中央署でも使用されなくなった古いアクセスキーだ。
「記録にも残らねぇ地下監察室がひとつある。今じゃ警視監レベルの人間しか使ってねぇが……リオナはたぶん、そこにいる」
「……感謝するぜ、課長」
「礼はいい。俺も、自分の正義に従ってるだけだ」
言い終えると風巻は傘をたたみ、無言で去っていく。
日向は、濡れたままその背を見送る。
――その夜。
中央署地下、監察室のセキュリティを突破して、日向はひとり、深層へと足を踏み入れた。
白く無機質な廊下。鉄のドアが並ぶ中、最奥の監房。
そこで、リオナは壁にもたれ、静かに目を閉じていた。
「……リオナ」
声に反応して、彼女が顔を上げる。
「日向さん……来ちゃったんですか。バカですね……」
「おう、バカだからな」
ドアの電子ロックを破壊し、中に入る。
リオナは、微笑む。
「また……助けに来てくれたんですね」
「助けに来たんじゃねえ。お前がいねぇと、オレはオレでいられねぇから来ただけだ」
それは、彼なりの告白だった。
そのとき――警報が鳴る。
どこかのセンサーが侵入を感知したらしい。
リオナが真顔に戻る。
「急ぎましょう。あたし、覚えてる。志賀が言ってた、もうひとつの“中枢記憶”……それがどこに保管されてるか」
「中枢記憶……?」
「それがあたしの本当の記憶データ。そこには、警察組織の過去も、実験に関わった人間の名も、全部――」
日向は短くうなずく。
「なら、全部ぶっ壊してやろうぜ。その記憶も、この腐った警察もな」
二人は監察室を飛び出した。
闇に蠢く巨大な陰謀の核心へと向かって――。
記憶中枢の在り処と、リオナの“真実”。
風巻課長もまた、己の信念で日向を後押しする。
腐敗に染まった警察機構の奥深く、日向とリオナの反撃が始まる。
次回、第十八話『記憶庫クラウド・ゼロ』