第十五話『死者たちのオペラ』
“パララックス”の幹部、志賀良道――
リオナの過去を知る男の登場は、封じられていた記憶の箱をこじ開ける鍵となる。
地下に響く銃声と、語られる真実。
死者たちの歌声が、今夜も闇にこだまする。
リオナの拳が震えていた。感情の震えではない。体のどこか深部――心臓よりも奥、記憶の底が疼いていた。
志賀良道。かつてリオナの“名前”をデータとして与えた男。その存在が目の前にあるというだけで、呼吸が浅くなる。
「お前は……私を知っている?」
リオナが問うと、志賀は無言のまま、懐から端末を取り出した。そこには幾つもの映像ファイル。凍りついたリオナの幼少期が、そこにあった。
白い病室。冷たい検査器具。何度も繰り返される言葉。
「痛みは幻です、サクライさん。あなたの感情は、すでに最適化されています」
映像の中の少女は泣いていた。だが、その涙は何度見返しても――冷たい。
「……実験体、だったの?」
志賀が初めて口を開いた。
「お前は、軍の“記憶同期計画”における唯一の生存サンプルだ。テスト対象番号Δ-021。正式名は“模倣記憶体リオナ”。人間ではない。だが、限りなく人間に近い“兵器”だった」
リオナの足が崩れる。
「嘘……わたしの家族は?」
「記憶の中の“家族”は全て構成情報だ。お前の記憶の90%は合成。だが唯一――」
志賀が日向を見た。
「こいつとの記憶だけは、構成できなかった。同期できなかった。唯一、予定外だった“感情因子”だ」
日向は咥えていたタバコを床に落とし、ぐりぐりと踏みつぶした。
「……で? オレが邪魔だったってか?」
「否。むしろ、君には感謝している。実験は、想定を越えて成功した。感情が生まれた。兵器に心が芽吹いた――ただし、それは制御できない」
志賀は銃を抜いた。
次の瞬間、銃声が響いた。
……だが、それは志賀の銃ではなかった。
撃ったのは、リオナだった。
彼女の震える手が、志賀の肩を撃ち抜いていた。
崩れ落ちる男。血の海。
「わたしは“記憶”じゃない……“人間”でいたい……日向と一緒に……」
リオナの頬を涙が伝う。今度のそれは、冷たくなかった。
日向は肩をすくめ、リオナに上着をかけた。
「……ああ。オレの相棒は、人間だ。おバカで、おっちょこちょいで、でも、ちゃんと人間だ」
暴かれたリオナの出生。
だが日向の言葉が、彼女の“存在”を認めたとき、ようやく彼女の足元に地面が戻る。
志賀はまだ息をしている――
次回、第十六話『黒い報告書』
警察組織の奥深くに潜む“共犯者”が、今夜、明かされる。