第十三話『影の交錯』
裏社会で蠢く“パララックス”の存在が明らかになった。
都市のどこかで、リオナの記憶を狙う者たちが動いている。
日向とリオナは、闇の中へ踏み出す。
夜。都市の裏通りに雨が降る。街灯がぼやけ、アスファルトを濡らす。
「なあリオナ……腹減ったな。ラーメンとか、どう?」
「敵のアジトを探ってる最中にラーメンって……あんた、緊張感って言葉知らないの?」
ふたりは、情報屋“カシワギ”の経営するジャンク屋の前にいた。
そこは違法改造されたガジェットが並ぶ胡散臭い倉庫。公安も見て見ぬふりのグレーゾーンだった。
扉を開けると、錆とオイルの匂いが襲いかかる。
カシワギは細身のスーツ姿で、鼻眼鏡をかけた奇人。だが情報の精度は群を抜いていた。
「おぉ〜……リオナちゃんに、日向のおバカ刑事。珍しい組み合わせだねぇ」
「おバカは余計だ」
「ふふん、照れるなって。で、何の用だい? 裏稼業の方が板についたか?」
「“パララックス”について話を聞きたい」
その名前を出した途端、カシワギの表情が硬直する。
周囲の監視カメラを切り、シャッターを下ろした。
「……その言葉、軽々しく口に出すんじゃない。今どき、あいつらの影に触れた奴は“記憶”ごと消されるんだ」
「知ってる。けど、関係者が近くにいる。こいつが、狙われた」
リオナが静かに一歩前に出た。
カシワギは目を細めた。
「なるほど……この娘が。そうか、なら話は早い。都市東部、“デッドライン”に最近変な動きがある」
「デッドライン……スラムの最下層か」
「あるビルの地下。通信も監視も一切通じない空間だ。旧式のインフラを利用した密室構造……“記憶の交換所”って噂もある。そこにパララックスが拠点を置いてる可能性がある」
「情報の確度は?」
「五分五分だ。でもな、リオナちゃん。あんたが記憶の鍵なら、行けば“開かれちまう”ぞ」
リオナは黙って頷いた。
「行くしかないでしょ。私の“正体”を確かめるには」
カシワギが苦笑いを浮かべる。
「ったく、正義感でもなく、真実でもなく……好奇心で死にに行くのは若者の特権かね」
日向が立ち上がる。
「どっちにしろ、俺が止めても行くんだろ? だったら、バディとして付き合うさ」
「バカのままなのも、また特権だねぇ」
情報屋の言葉に、ふたりは苦笑いを返す。
都市の底に、何が潜んでいるのか。
ただひとつ言えるのは――誰かの記憶を奪えば、世界は簡単に変わってしまうということ。
日向のジャケットの内ポケットには、小さなICレコーダーが忍ばせてあった。
真実を、記録するために。
“パララックス”の拠点はスラムの底――“デッドライン”。
次回、第十四話『眠る街、叫ぶ記憶』
ふたりは、都市の深層へ足を踏み入れる。