第十二話『標的の街』
リオナを襲った車両の正体は、公安とは別筋――つまり、もう一つの敵の存在。
日向は"監視"の任務を抱えたまま、彼女を守る覚悟を決めた。
闇は広がっている。都市の影が、ふたりを試す。
「車のナンバーは偽装。中の奴らは、身元不明。指紋もねぇ。どういうことだよ……」
警察署の資料室。日向は壁にもたれかかりながら、現場検証の報告書を読み込んでいた。
隣ではリオナが猫背になってコーヒーを啜っている。
「公安が動いてないのはわかった。ってことは……」
「公安じゃない何者かが、私を消そうとしてるってことでしょ?」
「だからお前、なんでそんな冷静なんだよ……」
言いかけた日向に、リオナがチラッと目線を向ける。
その目は笑っていた。でも、その奥には何かが沈んでいた。
「ねぇ日向。あの人に聞いてみない? 署長の神津さん」
「……あの人、簡単に口を割るようなタマじゃねえ」
「でも、あの人……私が公安の管理下に置かれたこと、最初から知ってたよ」
日向は資料の束をテーブルに叩きつけた。
「……あの人が知ってたのに、俺には何も言わなかった。なのに、俺を監視役に指名したってわけかよ」
リオナが笑う。
「うん、そういうのって、なんかダークでカッコいいね」
「褒めてんじゃねえよ……」
ふたりは署長室へ向かった。
その部屋は、どこか懐かしい古びた革の匂いがした。
窓際の男は背を向けたまま、灰皿の中の煙草を見つめている。
「何の用だ、日向。……それと“彼女”も、か」
神津署長。現場叩き上げの強面。かつて裏社会の抗争で両足に銃弾を受けてなお、現場に立ち続けた伝説の人間。
「単刀直入に聞きます。リオナを狙った連中……公安じゃないですよね」
「……」
「公安の連中、あれだけの襲撃を黙殺してる。ってことは、こっちも“知らないふり”しなきゃいけない相手だ」
神津はゆっくり振り向き、煙草を指に挟んだまま微笑んだ。
「ようやく目が覚めたか。お前も、バカのままでいられなかったか」
「答えてください」
「奴らは、“パララックス”だ」
室内の空気が一瞬で凍りついた。
「都市の裏社会で動いている影の組織。麻薬でもない、銃器でもない。――“記憶”を売買してる」
「記憶……?」
「機密情報、偽造の記録、操作された真実。情報を“脳に埋め込む”新技術のブラックマーケットだ。政府も手を出しきれない。奴らは裏で大手企業と繋がってる」
神津が言葉を止め、煙を吐いた。
「リオナ。お前の“中”にある記憶……奴らはそれを手に入れたがってる。理由は俺にもわからん。だが――」
リオナが立ち上がり、静かに言った。
「じゃあ、私を餌に使うんですか? おとりに?」
「……正解だ」
沈黙。日向は机を強く殴った。
「ふざけんなよ。こいつは人間だ。生きてるんだ」
「わかってる。だが都市全体が巻き込まれる可能性がある。“パララックス”はそれほど危険だ。だからお前を選んだ。バカで正直で、裏切らないお前をな」
日向は拳を下ろし、リオナを見た。
「どうする、リオナ。逃げるなら、今だ。俺が……」
「――戦うよ」
リオナの声は静かだった。
「だって、私、ようやくわかったの。私が“誰か”に作られた存在だとしても、それでも、今こうしてる私は私だから」
「……バカか、お前も」
ふたりの間に、ほんのわずかに笑いがこぼれた。
新たな敵“パララックス”の影。
都市はすでに彼らの網にかかっていた。
次回、第十三話『影の交錯』――日向とリオナ、都市の裏側へ足を踏み入れる。