第十一話『監視官日向、任務開始』
公安の女・尾久谷との密約により、日向はリオナの“監視官”となった。
だがリオナに真実は告げられていない。
彼女の笑顔の裏で、日向の心には静かな火種が灯り始める――。
「おっはよー、日向!」
朝の光とともに、リオナが署の入り口で手を振っていた。
制服の下に白いカーディガンを羽織り、胸元には“臨時特務補助官”の証がぶら下がっている。
公安の介入により、彼女の法的な立場は無理やり整えられた。名目は“資料解析の協力者”。だが、その実態は公安の管理下にある“処分保留の被検体”だ。
「……おう。今日も元気だな、お前は」
「ふふん♪ 今日の朝ごはん、コンビニのおにぎり二個で済ませたから、超エネルギー節約モードなんだよ」
「お前それ、意味わかって言ってんのか」
「……うん? たぶん?」
日向はリオナの横に並んで歩きながら、右耳の奥に違和感を感じた。
通信機。尾久谷から支給された“監視ツール”は、今この瞬間も彼の言葉と行動を記録している。
『通信ログ正常。監視任務、継続中』
冷たい電子音声が、彼の内心をえぐるように響く。
(俺は……こいつを守るために、こいつを監視してる……)
そんな矛盾を押し殺して、いつも通りのバカ話を続ける。
リオナは無邪気だった。いや、無邪気でいようと“していた”。
「そうだ! 今日の昼はカレーうどんにしようよ、食堂のやつ!」
「お前……昨日は焼きうどんだったろ。うどん以外の選択肢ないのか」
「うどんは偉大なんだよ。うどんがあれば世界は平和なの」
笑いながらそう言うリオナの顔を見て、日向は思う。
(こいつ、やっぱり全部知ってんじゃねえのか……)
あの夜、廃工場で見せた狂気にも似た眼差し。
公安の“封印”がすべて解かれたわけじゃない――それでも、彼女の中に眠る“何か”は確かに存在している。
――そのとき。
交差点の先で、白いセダンが猛スピードで突っ込んできた。
歩道の人間を薙ぎ倒すその瞬間、リオナが日向の腕を掴んで跳ね飛んだ。
――ズドン!
爆音とともに、車が電柱に激突する。
ボンネットから飛び出してきた男が、手に持っていたのは自動拳銃。
リオナの表情が、一瞬で変わった。
「伏せて、日向!」
銃声。響く怒号。リオナの動きは、まるで軍人だった。
彼女は反射的に地面を転がり、男の脚を蹴り飛ばす。
「おい! 何者だこいつら!?」
日向が叫びながら拳銃を抜くが、それより早くリオナが男の腕をへし折った。
「“あの車”……公安のナンバーじゃなかった」
「……なに?」
リオナが立ち上がり、振り返る。
その表情には、いつものおバカな笑顔はなかった。
「日向。……私、なんとなくわかったかも。私を“消したい”やつらは、一つじゃない」
襲撃者の正体は不明。
だがリオナが公安だけでなく、別の組織からも狙われていることが明らかに――。
日向は“監視官”という立場のまま、真の敵と向き合う覚悟を迫られる。
次回、第十二話『標的の街』
歪んだ都市、広がる銃声。そして、リオナの過去がまた一歩近づく――。




