第十話『公安の客人』
リオナに新たな身分が与えられた。
だがその背後では、公安が動いていた。
日向の前に現れたのは、“客人”と名乗る女。
その言葉は、リオナの未来を大きく揺さぶる――。
深夜。署の裏口で、誰かが煙草を吸っていた。
「おまえか、日向聖一」
声の主は、黒いスーツの女だった。
短く切り揃えられた髪、無駄のない動き。目だけが異様に冷たい。
「公安一課、尾久谷だ。君に話がある」
「……公安? なんの用だよ。署を通せ」
「非公式の訪問だ。通せるわけがないだろう?」
尾久谷は片眉を上げて、にやりと笑った。
「私たちは、“あの子”を回収したいんだ。研究所で彼女に施された処理――『記憶封印プログラム』は、公安主導の実験だった。その結果が、我々の管轄にあるのは当然だろう?」
煙草の火が赤く揺れる。
「日向。君の正義感は知ってる。だから、言葉を選ばずに言うよ。彼女は兵器だ。人間ではない。あれは“記録装置”としての価値しかない」
「……テメェ」
俺の拳が、壁を殴った。
「お前たちが何を言おうと、あいつは俺の相棒だ。誰にも渡さねぇよ」
尾久谷は嘲るように言った。
「まるで、ボロ雑巾に恋するみたいな顔をしてるね。……まあ、いいわ。私の目的は、彼女を“敵対勢力に渡さない”こと。そのために必要なのは、君を味方につけることよ」
「……は?」
「簡単な仕事よ。彼女を監視する。公安の目として、君が彼女のそばにいれば、私たちも安心できる。報酬も出す。昇進の話もある」
俺は黙ったまま、彼女の目を見つめ返す。
「つまり……見張り役になれってことか?」
「その通り。拒否しても構わない。ただ、その場合は――」
尾久谷の背後に、黒服の男たちが立っていた。
まるで、影のように、音もなく。
「彼女の存在は、再び“消去対象”に戻る」
俺は背中で拳を握った。
あいつの笑顔を、もう二度と見られなくなる――その予感がした。
「……わかった。監視役でも、なんでもやってやるよ。ただし、ひとつだけ条件がある」
「条件?」
「彼女には絶対に手を出すな。それだけは、絶対だ」
尾久谷は口元だけで笑った。
「いいでしょう、日向巡査。あなたが裏切らなければ、ね」
公安からの非公式な“協力要請”。
日向はその条件の下、リオナのそばに居続けることを選ぶ。
だがそれは、監視という名の裏切りでもあった。
次回、第十一話『監視官日向、任務開始』
リオナの無邪気な笑顔の裏に、日向の嘘が忍び込む――。




