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進化してスケルトン・ソルジャーになったとはいえ、子供たちを連れての移動は骨の身にはやはり骨が折れる。デバフは残っているし、魔界の森は相変わらず気が抜けない。
「キキ、ルル、ガッツ。道はどっちだ?村への安全なルートを教えてくれ」
俺が問いかけると、三人は互いに顔を見合わせ、まだ幼い声で口々に村への道順を説明してくれた。
「こっちだよ、ユウキのお兄さん!ここをまっすぐ行くと、大きなキノコの木があるんだ!」
「そこを曲がると、悪いトカゲの魔物が出るから、気をつけてね!」
「オレ、あっちの木の実、知ってる!食べれるやつ!」
情報統制ができてねぇな。だが、純粋な彼らの言葉は、この魔界での貴重な情報源だ。
『なるほど、これはまるで、不慣れな場所への出張計画だな。情報収集は基本中の基本だ』
俺の指示に従い、子供たちは警戒しながらも先導役を務めてくれる。骨の俺が彼らを守っているはずなのに、逆に彼らから多くのものを教えてもらっている。これもまた、異世界での「友情」の形なのだろう。
道中、やはり魔界の「理不尽」に遭遇する。
突如、茂みから飛び出してきたのは、一匹の魔猪だった。100キロはあろうかという体は分厚い毛皮で覆われ、鋭い牙が光る。一角うさぎとは比較にならない図体だ。
『やべぇ、これはデカいタスクだ!』
三人の子供たちを背に、俺は木の枝を構える。魔猪は躊躇なく突進してきた。
スケルトン・ソルジャーに進化して、以前よりは遥かに動けるようになっている。体が軽いというデバフが、今は素早さに繋がっている。俺は魔猪の突進を紙一重でかわし、その胴体に木の枝を突き刺す。
――ガツッ!
手応えはあったが、木の枝は粉々に砕け散り、魔猪も致命傷には程遠い。魔猪は怒りの咆哮を上げ、再び突進してくる。
『このままじゃジリ貧だ!使えるスキルは……闇属性の物理強化!』
俺は一角うさぎの角を手に入れたことを思い出し、角を手に取り魔力を集中させる。骨の指先から、黒い靄のようなものが角に纏わりつき、その硬度が増した気がした。強化された角を魔猪の急所、首元に狙いを定め、渾身の力を込めて突き刺す。
――ズブリッ!
今度は確かな手応えがあった。魔猪は苦しげな唸り声を上げ、血を流しながら倒れ伏した。
『よっしゃぁ!初の実戦投入だ!これは成果だぞ!』
魔猪を倒すと、再び体内に経験値の奔流が駆け巡る。デバフがあるとはいえ、確実に俺は強くなっている。
「ユウキのお兄さん、すごい!」
「やったー!」
「つえぇ!」
子供たちが目を輝かせ、俺の周りに飛び跳ねる。その姿に、俺の骨の胸にじんわりと温かいものが広がった。守るべきものができたことで、この「地獄」が、より色鮮やかになっていくようだ。
「これは、村へのいい手土産になるな」
俺はまわりにある枝や蔓で即席担架を作る。骨の指は不器用だが、ブラック企業で培った「何でも屋精神」でどうにか形にする。子供たちも、血だらけの魔猪に驚きつつも、俺の指示に従い、太い蔓を探してきてくれた。
魔猪を担ぎ直し、再び村を目指す。
その途中だった。
感知スキルが、普段は通らないような場所で、強い魔力の反応を捉えた。まるで深い穴がそこに開いているかのような、不自然な気配だ。
子供たちもその異変に気づいたようだ。
「ユウキのお兄さん、何か変な匂いがする……。ここ、いつも何もなかったのに」
とルルが鼻をひくつかせた。
「なんだこれ、すげぇぞ……」
ガッツが興奮したような声を出す。
「こわい……」
キキは俺の足元にしがみついてきた。
俺は警戒しながら、その場所に近づく。そこには、地面に大きく口を開けた、自然のものではない洞窟の入り口があった。入り口からは、瘴気とは異なる、独特の魔力の流れが感じられる。内部から、微弱だが無数の魔物の気配が漏れ出している。
『これは……!まさか、新規ダンジョンか!?』
俺の心臓……いや、骨の核が脈打つような感覚に襲われた。
『まだ誰も手をつけていない、まさに『ブルーオーシャン』だ!リスクは高いが、得られるリターンも大きいぞ……!』
まるで新規事業の立ち上げを目の当たりにしたかのような興奮が俺を支配する。しかし、今は子供たちを村へ送り届けることが最優先。この場所は、今後の「レベル上げ」と「資源確保」の重要な場所になり得ると判断し、位置をしっかりと記憶に刻んだ。
それからしばらく歩き、ようやくキキたちの村が見えてきた。
村は、素朴な掘っ立て小屋や、岩肌をくり抜いた洞窟を利用した住居が集まった、小さな魔族の集落だった。村の入口では、子供たちの親や村人たちが不安げに待っている。
「キキ!」「ルル!」「ガッツ!」
子供たちの親であろう魔物たちが駆け寄ってきて、彼らを抱きしめる。無事に子供たちを送り届けたことで、親たちは安堵し、俺に感謝の眼差しを向けてきた。
だが、俺が魔猪の肉塊を担ぎ、その姿がスケルトンであることに気づいた村人たちは、たちまち警戒の表情を浮かべる。中には、得物を構え、敵意を見せる者もいる。
「てめぇ、何者だ!?」
「なぜ骨がここにいる!?」
俺は両手を広げ、敵意がないことを示す。同時に、キキたちが俺の足元に駆け寄り、俺を指さしながら口々に叫び始めた。
「このお兄さんが助けてくれたの!」
「悪いツタの魔物をやっつけてくれたんだ!」
「ユウキのお兄さん、つよいんだぞ!」
子供たちの必死の弁護に、村人たちの警戒心が少し和らぐ。そこへ、一際背の高いオークが、ゆっくりと前に出てきた。おそらく、この村の長だろう。
「……ほう。この骨が、我が村の子供たちを救ったと申すか?」
長は俺の骨の体をじっと見つめている。俺は、ブラック企業で培った「新規顧客へのプレゼン能力」を発揮する時だと直感した。
「これを見ろ」
俺は担いでいた魔猪の肉塊を、ゴルグの目の前に置いた。血と肉の匂いが、村中に広がる。
「道中で、俺が倒した。食料が乏しいと聞いた。これがあれば、しばらくは持つだろう」
村人たちは、目を丸くして肉塊を見つめている。食料に飢えた彼らにとって、これ以上の説得材料はない。ゴルグもまた、肉塊から俺へと視線を移し、やがて深く頷いた。
「……フム。お主の意思は伝わった。子供たちを救い、この肉まで持ち帰るとは……。我が名はゴルグ。この村の長だ。お主の名は?」
「俺はユウキだ。」
「ユウキ、か。……よかろう。この村に滞在することを許す。だが、くれぐれも余計な真似はするな」
ゴルグはまだ疑念を抱いているものの、ひとまず村への滞在を許可してくれたようだ。
この村は、食料不足、魔物からの脅威、居住環境の劣悪さ……。まさに経営状態の悪い中小企業といったところだ。
『だが、改善の余地はいくらでもある!』
俺は早速、ゴルグに提案を始めた。
「ゴルグ殿、この村の食料確保の方法、少し見直した方がいい。森の安全な場所での採集ルートの確立と、小型魔物の罠猟の効率化。俺に任せてみないか?」
ゴルグは驚いたように目を見開いている。最初は訝しげな表情だった村人たちも、俺の言葉にざわつき始めた。
そして、俺はとっておきの情報も提供する。
「あと、ここに来る途中で、奇妙な場所を見つけた。新しいダンジョンのようだ。危険だが、もしかしたら村に必要な資源が手に入るかもしれない。だが、今は詳細はわからない。調査する必要があると思う」
村人たちが一斉にざわめく。ダンジョンの情報は、この魔界に住む彼らにとって、大きな意味を持つようだ。
『これで、俺の『プレゼン』は成功だ。敵ではなく、役に立つ存在であると認識させた。』
俺自身のレベルアップのことも忘れてはいない。
『まずは村の基盤を固め、安定的な収入源(食料や資材)を確保する。それができたら、あのダンジョンに本格的に潜り、レベルを上げていく。そして、この村を魔界で一番住みやすい場所にしてみせる!』
骨の核が静かに、そして熱く燃え上がった。
新たな「地獄」への一歩が、今、魔界の片隅で始まった。
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