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 微かな悲鳴が感知スキルに引っかかった。子供の声だ。


『うわ、マジかよ。まさか、助けに行く羽目になるとは。ブラック企業でも同僚を見捨てられなかった俺の性分か?』


 思わずため息をつく。もちろん音は出ないが、重くなった骨の足を、俺は悲鳴が聞こえた方向へ動かし始めた。


 歩きながらも、感知スキルが告げる。そこには複数の魔物の気配と、それよりも弱い、明らかに窮地に陥っている生命反応。

 普通の人間なら迷わず逃げ出すだろう。だが、俺は違った。ホワイト企業で死んだ魚の目をしていた俺は、この「地獄」に飢えている。


 ――ガサッ、ガサッ。


 鬱蒼と茂る森を抜け、視界が開けた場所に出た途端、俺は呆然と立ち尽くした。


 そこには、グロテスクなまでに太く伸びたツタが、まるで意志を持っているかのように蠢いていた。粘液を垂らし、鋭い棘で子供たちに襲い掛かろうとしている。デカいウツボカヅラのような、まさに人喰い蔓、といった植物系の魔物だ。


 そして、グロテスクなツタの前に、ゴブリン、コボルト、オークの子供たちが立ち竦んでいた。まだ幼く、防具も持たずに震えている。


 周囲の地面からは、まるで血管のように太い根が張り巡らされ、そこからは禍々しい瘴気が絶えず噴き出していた。木々の根元には、不気味な光を放つ黒い魔石が埋まっているのが視認できる。


『……やはり、ここは……。間違いねぇ、魔物が住む世界、いわゆる魔界ってやつか!』


 俺は確信した。あのサンタ爺が言っていた「地球と異なる世界線」とは、まさしくここだったのだ。


 そんな場所で、俺は骨の身。しかもデバフ付き。


『こんなデバフ骨の俺が、まともに助けに行けるわけがない……。だが、見捨てて後悔するのはもう嫌だ』


 ブラック企業で散々理不尽を味わってきた俺の心が、不思議と高揚している。


『相手はゴブリン、コボルト、オークの子供か……。まさか、俺が魔物の子供を助ける羽目になるとはな。これもまた、最高の地獄だ!』


 植物系の魔物は、ゆっくりとツタを伸ばし、子供たちを捕食しようとしている。時間はねぇ。


『情報収集!状況判断!最適化された救援プランを確立しろ!』 


 俺は即座に、植物系魔物の数、ツタの動き、子供たちの位置、そして周囲の地形を分析する。どう見ても正面突破は不可能。デバフスケルトンでは、一撃で終わりだ。


 俺は、隠れるようにしてツタの魔物の側面に回り込んだ。そして。子供たちに向けて、手にした木の枝を振るう。もちろん、魔物を直接攻撃するフリだ。魔物はそれに気づかず、子供たちにゆっくりとツタを伸ばしている。


 俺は、子供たちの視線を集める。ゴブリン、コボルト、オークの子どもたちは、骨の俺を見て恐怖に震えている。だが、俺に構っている暇はない。


『聞こえるか!?この骨が言ってるんだ!そっちじゃない!あいつを狙え!』


 俺は心の中で強く念じる。感知スキルを通じて、俺の意志が直接奴らの脳裏に届くことを信じる。木の枝で、ツタの魔物の根元を指し示す。


 ゴブリンの子供が、俺の強すぎる意志に戸惑いながらも、恐る恐る木の枝が指し示す方を見た。そこには、わずかに光る魔物の核らしき部位が見える。


 その瞬間、ツタの魔物が一際大きく身をよじらせた。ゴブリンの子供が足元に手を伸ばし、地面に落ちていた小石を拾い上げた。そして、震える手で、俺が指し示した核に向かって投げつける。


 ――カツン!


 小さな音がしただけだったが、ツタの動きが一瞬だけ止まった。


『いまだ!こっちに気を引け!』


 俺は、自身を囮にする覚悟で、ツタの魔物にもう一本の枝を投げつける。ツタは怒りのように蠢き、俺に向かって猛然と伸びてきた。


『こっちだ、骨野郎!』とでも言いたげなツタの動き。


 その隙を逃さず、コボルトとオークの子供たちが動き出した。コボルトがツタの根元に噛みつき、オークが小さな棍棒で叩きつける。彼らの攻撃は微々たるものだが、ツタの魔物が俺に気を取られている間に、少しでも時間を稼ぐ。


『やればできるじゃないか!ブラック企業では、言われたことしかやらない奴が多かったが、お前たちは違うな!これがチームワークだ!使えるものは何でも使え!』


 俺はツタの猛攻を紙一重でかわしながら、子供たちに指示を出し続ける。デバフのおかげで全身が限界だが、この状況はたまらない。まるで超難易度のプロジェクトを、新人たちと協力して乗り越えようとしているようだ。


 数分後。ツタの魔物は、全身を地面に沈ませるように静止した。どうやら核を破壊されたことで、活動を停止したらしい。


『よっしゃぁぁ!プロジェクトクリア!』


 俺の骨の体はヒビだらけで、今にも崩れ落ちそうだ。全身を襲う疲労感に、妙な満足感が伴う。


 その時だった。


 体内から、一角うさぎの経験値とは比較にならないほどの、熱い魔力の渦が駆け巡った。全身の骨が激しく振動し、ひび割れ、再構築されるような感覚。黒いオーラが俺の体を包み込む。


 光が収まった時、俺は明確に変わっていた。

 骨はより密になり、黒ずんだ光沢を帯びている。手足の骨には、まるで硬質のプレートが貼り付いたかのような模様が浮かび上がっていた。


 力を込めてみる。先ほどまでの脆さはなく、確かに「頑強な肉体」の片鱗を感じる。魔力もわずかに増え、ごく基礎的な「闇属性の物理強化」が使える感覚だ。

『これが、サンタ爺の言う『成長する楽しみ』か……!デバフは残っているが、それでも確実に強くなってる!』


 俺の目の前には、未だ呆然とした顔で俺を見上げるゴブリン、コボルト、オークの子供たちがいた。彼らは恐怖よりも、純粋な驚きと、そして……かすかな尊敬の眼差しを向けている。


 ゴブリンの子供が、恐る恐る片言で俺に尋ねてきた。

「お、お、お兄さん……なまえ、は?」


 俺は一瞬、迷った。元の世界での俺の名前か? いや、もうあの世界は関係ない。


 社畜として、無駄な会議と理不尽なノルマに追われ続けた俺が、この魔界で、骨の身で、初めて誰かを救った。そして、こうして進化まで果たしたのだ。


「俺は……『ユウキ』だ。お前たちは?」


 俺が名乗ると、子供たちはパアッと顔を輝かせた。


「キキ!ゴブリンのキキ!」


「コボルトのルルだ!ありがとう、ガイアのお兄さん!」


「オレ、オークのガッツ!」


 それぞれが名乗り、俺の周りに集まってくる。骨の俺に触れる手は、警戒ではなく、純粋な感謝と親愛の情だった。


 そして、ルルが目を輝かせて尋ねてきた。

「ユウキのお兄さん、どこから来たの!?ここ、魔界なのに!」


 やっぱりそうか。ここが魔界だという確信はあったが、口に出されると重みが違う。


「そうだな。お前たちが住む魔界ってやつだ。お前たちはこんなところで何をしてたんだ?」


 子供たちは、口々に状況を説明してくれた。食料を探しに来たこと、親とはぐれてしまったこと、そして、この「植物系の魔物」に襲われたこと。


 彼らの話を聞きながら、俺は次のタスクを考えた。


『まずは安全な拠点の確保だ。このまま彷徨っていても仕方がない。お前たちの親族や、身を寄せられる場所はないか?』


 俺の問いに、子供たちは一斉に顔を見合わせた。

 よし、まずは情報収集。ブラック企業で培った「人脈構築」と「ヒアリング能力」を遺憾なく発揮する時が来たようだ。


 魔物の子供たちを保護し、俺は重くなった骨の足を、最初の拠点となり得る場所を目指して、再び動かし始めた。


数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


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執筆のモチベーションが大いに高まります!



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