5
森の冷たい風は相変わらず骨の身を吹き抜ける。紫の霧は少し薄れたものの、それでも視界は依然として悪いままだった。
「くそっ、やっぱり見えにくいな」
感覚だけで感知しているためか、手元、足元しかわからない。そんな状態で未開拓の森を歩こうとしているんだから、とにかく大変だ。
それに、いかんせん体が動かん。全身を襲う脱力感は相変わらずで、木の根に躓くわ、わずかな風にも体がぐらつく。これがサンタ爺のデバフか。
魔力は微かに感じるが、ほとんどないに等しい。頑強な肉体?笑わせるな、この骨のどこが頑強なんだよ。理不尽にも程がある。
「チッ」
舌打ちしようとしたが、骨の口では音が出なかった。これもまた理不尽。
とりあえず、昨日拾った太めの木の枝を杖代わりに、一歩ずつ進む。どこに向かえばいいのかも分からないが、とにかく動くしかない。
ブラック企業時代に叩き込まれた『とにかく手を動かせば、何かが見える』という精神が、こんなところで役に立つとは皮肉なものだ。
どれくらい歩いたか。時間は分からない。太陽も月も見えない。ただ、体の底からわき上がってくる『経験値が欲しい!』という欲求だけが俺を突き動かす。まるでノルマを達成せねばならない管理職のようだ。
その時だった。草木が揺れる音。
感知スキルが危険を告げる。
『来たか、最初の敵が!』
現れたのは、フワフワした毛並みの灰色のうさぎ……なのか?と、つい平和ボケした感想を抱きかけたが、顔をこちらに向けると、つぶらな赤い瞳で額から立派な角が一本生えているのがわかる。
こちらが様子を伺っていると、
「キィィイイィーー!!」
金切り声を上げ、飛びかかってきた。速い!
反射的に木の枝を構えるが、デバフのせいで体がついてこない。紙一重でかわすのが精一杯。
『だめだ、まともに戦っちゃ勝てない!相手の動きを分析しろ!最適化された攻撃手順を確立しろ!』
ブラック企業で培った「情報収集」と「状況分析」能力をフル回転させる。一角うさぎは真正面からしか攻撃してこない。だが、その一撃は重い。まともに受ければ、この脆い骨は粉砕されるだろう。
森は鬱蒼と茂り、地形は複雑……。これだ!
俺は必死に木の枝で一角うさぎの突進を受け流しながら、後退する。まるで会議室で上司の理不尽な要求をのらりくらりとかわすようだ。一角うさぎは俺の逃げ道を塞ぐように動き、速度を上げる。
そして、俺が狙っていた場所まで来た時、一気に地面を蹴った。
――ガァン!!
一角うさぎの角が、木の幹に突き刺さり足をジタバタさせている。その隙を逃さず、俺は木の枝を振り下ろす。狙うは頭部。
バキリ!と嫌な音がして、一角うさぎは動かなくなった。
『よっしゃぁ!初タスククリア!』
疲労感はないが、全身がひどく消耗した感覚に襲われる。冷たい風が骨の間を吹き抜け、妙な満足感があった。
その時、体内から微かな温かさが広がっていくのを感じた。まるで体がじんわりと満たされていくような感覚だ。
『これが、経験値……?』
全身の骨が軋むような音を立て、体がわずかに重くなった気がする。
「まさか、これだけで強くなるのか?」
再び体を動かしてみる。先ほどまでと比べると、体がわずかに軽く、動きもスムーズだ。デバフは残っているが、確かに「成長」した。
そんな時だった。遠くから、微かな悲鳴が感知スキルに引っかかった。子供の声のようだ。
『うわ、マジかよ。まさか、助けに行く羽目になるとは。ブラック企業でも同僚を見捨てられなかった俺の性分か?』
思わずため息をつく。もちろん音は出ないが。
助けを求める声が聞こえた方向へ、俺は重くなった骨の足を動かし始めた。
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