残虐をコールして
注意!
割と不快な描写を含みます
「はーい!よくできました~♪」
「お前は、誰だ!?」
「答えてやらない。理由が分からないなら…自分の立場をもっと振り返ってみるべきだと思うぞ?」
まあ、本当にサマー○ォーズやってくれるとは思わなかったが…
それに、さっきからかげくんが『助けてあげようよ!!』と言ってくるので、まあ助けてやろう。
そう思い、僕は教室から直接、校舎裏へと飛び下りた。助けるんだったら、死んでいては意味がない。階段を使って降りていれば、目を離している内に死んでしまうだろう。だからといって、そのまま落ちるのは正気の沙汰ではないので、ちょっと仕掛けをさせてもらったが。
「す…真面目くん」
「いや、俺の名前はバレてるから、普通に呼んで大丈夫だぞ。」
「…じゃあおバカくん」
「はぁ!?」
「殺し屋に名前とか明かすなよこのバカ!考え無し!」
なに考えてるんだよこのバカは!?驚きすぎて自分でも語彙力が落ちていることが分かる。
とにかく…
「…新手か?それにその気配…尋常ではないほどの霊気を纏っているな。」
こいつを何とかしないとな。
「ああそう。あと、お前はもう諦めろ。」
相手は、脈絡も無く告げられた言葉を理解しようとして、直感でその場から飛び退いたらしい。そいつは学校の柵を飛び越えて路上にまで行った。木陰から飛び出た手の形をした影が、対象を掴み損ねてその場でから日向に出て霧散した。顕現率をかなりしぼったので、陽光に耐えられなかったらしい。
「…野生の勘も、なめられたものじゃないな。まさか、木陰から出てきた不意打ちの影を躱すだなんて…」
「我が木陰に入り、そのタイミングを見計らってこちらに降り立ち、シャドウで拘束しようとするとは…確かに、貴様は強そうであるな。霊気に関係無く、その技量だけでも申し分無い。貴様に取り憑いているシャドウは方法が発見され次第祓わせてもらうが、シャドウ一つ取っても、貴様は強そうだ。才能がある!そこの…出来損ないと違ってな。」
随分とお喋りな殺し屋だ。どうやら、僕を勧誘しているらしい。というか、シャドウってまさか…影のこと言ってるのか?そっちの界隈だとシャドウ呼びがメジャーなのか?
「ぉぃ!」
少し思考を巡らしていると、菅原くんがこちらに向けて?必死な眼差しを送ってきていた。お~、アツイアツイ。
「なあなあ、因みに、時給幾ら?」
「おい!?」
まあ、仕事を知るからには、重要なことは聞き出さなくちゃね。
「…さあな、働き次第だ。因みにだが、我は時給百万円。」
「人の命扱うのに、意外と時給低くね?」
えー、意外とブラック?社員のメンタル状況ヤバそうだな。専門のカウンセラーとかいるんだろうか?
「やめとけ、ロクなものではない!」
菅原くんが、尚もこちらに訴えかけてきている。君、僕にお願いできる立場な訳?
「高いやつだと一件一億いくんだが、依頼来ない時は来ないからな。労働時間も結構依頼によってバラつきがある。…場合によっては、対象を好きにできる、なんてものもある。社会に出せなくする、依頼主の気を晴らすっていうのが、殺し屋の主な仕事なのでな。」
「ふーん…ちなみにそれ、そっちの界隈だと大手企業に入るの?」
「聞いてて分からないのかクソだぞ!?」
さて、そう言いながら顔色悪くなってきている菅原くんは、何か解決方法があるのかな~。無いと思うけどな~。
「ああ、そうだな。そして、貴様がこちらに着くというのならば、貴様の命は保証しよう。我はこれでも、かなり上の方にいる故…」
「そうか、分かった。」
そして僕はゆっくりと、敵意殺意を仕舞いつつ、その黒子の方へと歩いていった。
「やめ…げっほ、ケホッ…!」
先程から衰弱していた菅原くんが、とうとう地面に座りこんでしまった。
「その代わりさ…菅原くんにかけてるやつ…治してやってくんない?」
恐らく、先程の結界は、霊力を祓う以外にも、呪いの類いのものが仕掛けてあったのだろう。霊力を祓う結界に、他の術式を組み込むことは基本不可能だが、最初の一度だけしか霊力を使わない術式ならば、退魔の効果を発する前にのみ使用可能だ。
例えば、ぬいぐるみに爆発の術式で火を着けた後、退魔の結界が発動しても、火が消えないのと同じである。爆発は既にこの世に顕現した後、ぬいぐるみに引火した部分は既に、霊力の制御を離れているためだ。
今回の場合は、病原菌か毒の粒子を誘導、後に菅原くんの体内で制御を手放した。といったところだろう。
「ふむ、気づいていたか…だがそれは、我にとってメリットのあることだと思うか?」
「やめっ…ゲホッ…それが理由なら…ヒュー…なおのこと…ハァッ…やめろ…!」
菅原くんが、ハッとしたような表情で、こちらを尚も必死に説得しようとしている。無駄骨って知らないのか?
「…ああ。僕を無抵抗で、そちらの世界の連れていくことができる。あなたは五体満足で生きて帰れる。」
僕に交渉を持ちかけるからには、僕の願いだって通させてもらうぞ。
「彼を殺して莫大な賞金を手に入れたところで、いずれは尽きる金だ。それよりも、これから地道に金稼ぎする方が賢明じゃない?」
「ッ、あ…!」
喋れないくらいにまでなるとは…いったい、どんだけ強力なやつを仕込んだのやら。いや、名前を呼ばないように言ったから、喋れないだけなのかな?
「…分かった。君の要望をのもう。」
「ありがとう。えーっと…誰さん?」
「仕事上、ここで名を明かすのは好ましくない。君こそ、聞かれて困る人も居ないのだし、そろそろ話してくれてもいいんじゃないか?」
おっと…相手の名前を聞いておきたかったんだけどな…。
「…そうだね。僕の名前は…」
もう、どうしようもないだろう。
「…知らないんだよ。実はね」
「…そうなのであるか?では、学校にて使っている名前でも…」
僕にこういう情報の引き出しは向いていないのだ。そして僕は、相手のおっさんギリギリまで接近し…
「~ッッっ!?」
蹴り上げた。どこを、とは言わないでおこう。相手の声色、体格、言動から、まあ、あるんだろうとは考えていた。切り取ってたらどうしようかと思っていたが、杞憂だったようだ。おっさんはおじさんだった。うん。まあ、ナニカが無かったので、再生…というか、影で再現して、そのナニカの代わりにしたが。当然だが、時間経過で復活するだろうから、蹴り続けておく。
「ねえねえ、ここ蹴り続けると死ぬって聞いたことあるんだけどさ、本当?」
足が疲れても、おじさんが僕の足を掴もうとするので、影で拘束し、蹴り続ける。
「ねえ、そこ蹴ると、そこも痛いけどお腹も痛くなるって本当?」
逃げようと路上にうずくまる殺し屋から、黒子の衣装を剥ぎ取る。
中身は、凡そ四十代半ばのおじさんだった。髭が綺麗に剃られている。化粧はどうやら、眉毛と睫毛の方だけ書いていたらしく、脂汗と冷や汗と涙とでぐちゃぐちゃになっていた。黒子で隠せるし、サボろうとは思わないんだろうか?これでは素顔がすぐには分からない…。
「…聞こえてるー?おじさん。」
「てめぇ…!」
先程よりも、随分と弱々しい声だ。うむ、効果はてきめんのようだ!路上だと邪魔だよね?学校の敷地内に戻して…とりあえず、質問しながら蹴り続けて、再起不能にさせてしまおう!
「あ、よかった!聞こえてるんだね?僕、聞きたいことがあってさー…」
「誰が答えるかこの野郎!」
ガンッ
「~ッ」
「じゃあ、質問するね?まず1個目。あなたの所属する会社はどこですか?」
質問の間は、蹴るのを止めてあげよう!
「言うかよ…っ!」
「…」
このおじさん、意外と強情~。とりあえず、五回蹴っておいた。
「カヒュ~ッッ」
「えー…じゃあ、菅原くんにかかっている懸賞金は?」
「…二億だ…」
あ、そうなの。
「漫画とかだともっとこう…国家予算動くものが殆どだと思うんだけど?」
「漫画とはチゲーンだよ!分かったら踏み続けるのやめろ…!」
ありゃ残念、拒否られちゃった。
「菅原くん、二億だってさ。」
「高いけど自分に値段をつけられんの何かヤダな…」
ていうか、何で菅原くんまでソコ抑えてんの?
「そもそも菅原玲帑!なぜ貴様まだ普通に動けている!?」
「いや~、俺は知らないけど、何か耐性でも付いてんじゃないのか?判決下された直後は毒ラッシュだったし。」
…菅原くんが無事なのは、僕がまた霊力を注いだからなんだけど…何か、闇が深そうだな。できれば根掘り葉掘り聞きたい…でも、どこまで聞いていいのか分かんない…いや、知って損は無いだろう。知っていて不利益になるのなら、知らないフリをすればいい。
そしてこの調子で、僕は殺し屋から、様々な情報を抜き出していった。
会社名、場所、目的、依頼主も、結局吐いてもらった。
会社名はウェルカムヘブン。本部は沈没都市、赤の鉄骨の根元に、隠し扉的な物があるらしく、そこから入るらしい。目的は菅原くんの殺害。依頼主は、恐らく偽名だと思われるが、一応聞いておいた。魁先烈怒というらしい。菅原くんを拘束したワイヤー状の物の仕掛けは、最初に投げたナイフが変形したもので、退魔結界でナイフに戻らなかったのは、元の形がナイフではなくワイヤー状のあれだから。
退魔結界で元に戻っただけのワイヤーは、ナイフにならなかった、ということだ。
「ほかに…ハア…、なにか…きき…フゥ…たいことは…?」
途中から、気持ち良さげな顔をしていたのが、なんとも気持ち悪かった。いや、Mを否定するつもりはないのだが…
こう…鳥肌が立ってしまうのだ。苛めがいも無いし…いや、あるにはあるのだが…
まあ、粗方聞きたいことは聞き終わったので、後はコイツを警察にでも引き渡そう。銃刀法違反である。
「菅原くん~いつまでも股抑えてないで、スマホ貸すか、警察に連絡して。」
「君が!エグいこと!してるから!こうなってるの!!それと、これから連絡するべきは警察じゃない。妖怪霊対策本部四課だ!」
…何それ、どこだよ。
「1364…と。」
え、待って、それ連絡番号なの?そこかけたら出るの?そんなことを考える間も無く、prrrのpで出てきた。ワンコール未満だ。凄い。
[はい、こちら四番。ご用件は?]
「こちらバスター1084。ヘブンメンバーを捕らえた。恐らく幹部級だ。」
[へ?]
「ブ」
[ン…じゃないですよ!?大丈夫だったんですか!?よく生きてられましたね…]
「ああ、強いやつがいて…」
あ、待ってマズイ。これ僕の存在がこの通話相手に伝わるってこと?やだやだ、何でこんな危険な世界に全身浸かってるやつに認知されなきゃなんないのさ。
「菅原くん、喋るな。」
そう考えれば、僕がやることは決まっていた。今すぐコイツの口を塞ぐ。
手で菅原くんの口を覆い、スマホの集音部分にも手を当てる。
「僕はそちらの世界に入るつもりは無い。」
[…?…1084、聞こえていますか?]
「余計なことは口にするな…いいな?」
圧倒的に体格は不利で、菅原くんがちょっと頭を後ろに引けば離れてしまうのだが、そこは影で口を覆えば問題ない。
[1084、応答を願います。]
しかし菅原くんはそんな意思は見せず、抵抗しなかった。少し考えてから首肯したので、手を離した。影の出番は無かった。
[…1084!応答を…]
「ああ、すまない。…霊力の影響で、通信が乱れたようだ。」
[…そうですか、では、詳細の報告は後で書類で提出をお願いいたします。では、そちらに拘束員を派遣しますので、それまで引き続き、見張りをお願いいたします。]
「はい」
そこで通話は途切れた。
「…ありがと。」
「…感謝されると、なんか複雑だな…」
?…何故だ?
「…何で?」
分からなかったので、率直に聞いてみることにした。
「俺があそこで正直に報告してたら、お前俺を殺してたじゃん…だから、俺は脅されてやってた気分だったんだけど。」
「殺しはしないよ、失礼な。ちょっと菅原くんの声帯どうにか封じた後、無理矢理影に声帯を作らせて、成り済ましさせるだけだよ…。」
何で助けたやつ殺さなきゃなんないのさ…
そう思っての思考だったのだが、菅原くんをドン引きさせてしまったらしい。あ、そうか。確かに声帯封じる方法によっては恐怖か。そこは詳細にしてなかったしね。人は分からないものを極端に恐れるからな…。
声帯封じる方法を明確にすればいいのかな?
「声帯を封じるって言っても、切りはしないよ?リスクがあるし、前に失敗したことがあるから…」
「お前…マジかよ…」
なぜかまたドン引きさせてしまったらしい。
「正直ぶん殴って声帯治してやれって言いたいけど…まあいいや。結果的には助けられたんだ。悔しいけど、俺にはその声帯めちゃくちゃになった子をどうすることもできないしな…お前は早く、笹堅を俺に任せて、早く帰った方がいいぜ。」
「…うん、そうだね。拘束員が来るんだっけ?笹堅はビニール紐で縛って、教室のベランダに吊っておいたよ。」
「…吊っておいた?」
そう、それが今回の、僕が安心して二階から飛び下りれた理由にしてトリックである。
トリックと言っても、簡単なものだ。ビニール紐を窓枠の横、笹堅の腹、ベランダの手摺、そして僕の順に結びつけ、必ず影が繋がったままになるようにする。この時気を付ける事は、どれだけ手摺と窓枠がミシミシ言おうと気にしないこと、笹堅の重心を足にも頭にも集中させないようにすることだ。頭に傾くと逆さ吊りになり、命に関わる。逆に足に傾くと、脱走する可能性があるため、地が足についても踏ん張れないという、ギリギリを攻めなければならないのだ。いや~大変だった。
しかしこれで僕は、影を使わずにビニール紐で二階から校舎裏まで移動できる。
一石二鳥の手だったというわけだ。
着地する直前に切って、切れたビニール紐の先から影を紐状にして代用。結界みたいなやつにキックをかましたため、少し上の所でビニール紐は途切れていて、菅原くんは気がつかなかった、というわけだ。
「じゃ、菅原くん、バイバイ!」
「ああ…うん…吊っておいたという意味は、後でベランダに行って確認するよ…バイバイ。」
「あ、そうだ!」
ここで今日は別れた。その翌日、とんでもない面倒事と共に授業を受けることになるのだが…
今日はまだ、知る由もなかった。
玲帑side
俺はベランダに来て、絶句していた。
笹堅の若干小太りした体は、出ている腹を締め付けられる形でビニール紐に吊るされていたのだ。
ぽっこりした腹がキュッと一部分だけ抑えられ、そこからはみ出した分の贅肉が強調されるような形になっている。
いや、うん、事前告知が無ければ新手の襲撃者を警戒していたところだ。
「た、たすけてくれぇ…」
加害者(?)の筈の笹堅が哀れに見えてきた。まあ、ビニール紐はほどいてやれないが、手摺と窓枠の方に結ばれているビニール紐は切ってやろう。辛そうだし、何より笹堅の体重のせいでミシミシと不穏な音を奏でているせいで、見て聞いているこちらも不安なのだ。
そして、ビニール紐を外してヘブンメンバーとヘブンメンバーを拘束しているシャドウの所に戻ろうと階段を下りている時、コール音が鳴った。
[おい!大丈夫か!?玲帑、玲帑!!]
かなり切羽詰まったような声で自分の名を呼ばれる。
というか、兄の声だ。
「兄上、大丈夫です。こちらは片付きました。」
[…ふー……よ゛かっ…ッ…よがっだ~!!]
兄が泣き出してしまった。
[兄ちゃん゛のぜいでッ、また死に゛かけてだらどうしよう゛かと…ッ]
普段から泣かないことが多い兄は、俺が生死不明になった時以外、嗚咽さえ漏らさない。例え自分が、怪異を相手に、絶体絶命のピンチに陥ったとしても。
その分兄が心を乱す時というのは、こちらも心を乱される。
どれだけ心配をかけてしまっていたんだろう。いや、電話をした時は、差程命の危機というわけでも無かったのだが…
兎に角、とても不安だったことは窺えたため、こちらも罪悪感が募る。
「兄上、ご心配をお掛けし、申し訳ありませんでした。先程の連絡は、緊急の物ではなく、学校で、少しトラブル対処の判断を委ねたかっただけなのです。兄上がお忙しくしていたからといって、兄上のせいで命を落としたなどとは思いません。」
[グスッ…そうか…ッ……では、今はその学校のトラブル対処に移ろう。]
おお、兄上切り替えが早い。流石。
「ああ、その事なのですが…ヘブンメンバーを捕らえたので、1364に通報いたしました。」
[…えっと?]
「もうじき、拘束員が到着しますので、一緒に引き渡そうかと思います。」
[待て?待て?いろんな情報とツッコミどころで処理落ちしそうだ。]
ありゃ。Now loading…的なやつになってしまわれた。どうしたのだろう?
「兄上?どうかされたのですか?ヘブンメンバーを捕らえたのは、確かに俺も驚きましたが…」
[…ヘブンメンバー…ウェルカムヘブン所属の構成員…で間違いないんだよな?]
「ええ!そこの幹部級です!」
そして、話ながらヘブンメンバーを捕らえた場所に戻ってきた俺は、未だシャドウに拘束されているヘブンメンバーを見た。
若干まだ蹴られた余韻が残っているのか、まだ体をビクつかせている。顔が紅潮していて、何もしていないのにどこか背徳感やらを感じる絵面だ。
「今、股間を蹴られまくって、動けずじまいです。」
できるだけ何の感情も乗せないように、何も無いように。無邪気に振る舞う。兄の中での俺は、純粋なままだと嬉しいから。
[あー…、……え?]
どうやら、何か引っ掛かることがあったらしい。どうかしたのだろうか?
[玲帑!今すぐそいつから離れろ!!]
いきなりの兄からの指令に、戸惑う間も無く反射で従う。しかし飛び退いたところで、何も起こらない。寧ろシャドウが追い討ちとばかりにヘブンメンバーの股間へと再度蹴りを入れていたのを見て、そりゃ余韻が治まんないわけだ、と思った。
「…兄上?何も起こりませんよ、どうかされたのですか?」
[つい先程こちらでも、ヘブンメンバーの下っ端を捕らえたんだ。んで、情報を吐かせた…ヘブンメンバーの男性構成員は、弱点としてではなく、相手を油断させるために、人体の弱点を敢えて晒すんだ!そいつの性器は、痛みを感じない!]
一瞬にして、頭から血の気が引くのが分かった。今まで夜樺明に蹴られていて、情報を吐き出していたのは、全て演技だったということだ。
どうしよう、夜樺くんもう帰っちゃったぞ…。
「…?」
でも、だとしたらなぜだ?
俺がシャドウから離れている隙に、幾らでも逃げようはあった筈だ。
俺を殺すために、戻るまで待っていた?
だとしたら、通話中の油断している隙に、幾らでも殺す機会はあった筈だ。
何でだ?謎が多すぎる…
「兄上、やつは襲ってきません。寧ろシャドウから追撃を受けて、やはり痛そうです。」
[それは…何でだ?]
偽情報を掴まされていたのではなかろうか?いや、尋問班は優秀だ。その可能性は少ないだろう。
だとしたら何だ?何が現状と情報を違わせている?
そしてヘブンメンバーを見てみると…
「兄上、こいつイッてます。性器作動してます。」
[ほぁ…?]
漏らしていた。黒い布なので、白が目立つ。そうして、ぐだぐだしていると、拘束員が到着した。
「もう心配要りませんよ兄上、拘束員が到着しました。」
[…そうか。分かった。兄ちゃん今もう家帰ってる途中だから、玲帑も帰って、詳しく聞かせてね。]
…どうしよう、夜樺くんのこと。約束…破りたくないな…
[…玲帑?]
「あの…えっと…詳しく説明…できないかもです…すみません…」
[…分かった。何か事情があるんだよね?じゃあ、兄ちゃんに話せる分だけ話してよ。]
兄はこちらの意を汲んでくれるらしい。優しい…。
「ありがとうございます、兄上!」
そして、拘束員に簡単な事情聴取をされ、少し夜樺くんについてだけ誤魔化した。
「助っ人が来てくれたが、誰なのかは分からなかった」…と。
それから帰路に着いた。兄にどこからどこまで話すか…主に、夜樺くんのことを話すかどうか考えるため、少し遠回りをすることにした。
海沿いがいい。
そう思ったため、学校から出て東に行った。ここからずっと北上して、西側へ行けば家だ。
今は下からだと海は見えなかったので、防波堤へと登った。
五メートル程の横幅に、十メートル程の高さを持つ第二防波堤。
その第二防波堤の上には、横幅五十センチ、1.5メートル程の高さを持つ第一防波堤が乗っかっている。
今は防波堤よりも水位が低かった。
梅雨や夏ごろは水位が高くなり、よく防波堤の高さを超える。だが、水が防波堤よりもこちらに越えてくることはない。
子供の頃は、何でもかんでも不思議だと思ったものだ。
セミはどうして鳴くの、飛行機はどうして小さいの、影はどうしてずっと真似するの…
どうしてコップの水は零れるの?
どうして防波堤から水は来ないの?
ねえ、どうして俺の影は真似しないの?
…今考えれば、調べれば、全て分かる話だ。当たり前のことだ。
コップの容量を超えれば水は溢れる。当たり前だ、入りきらないんだから。
ただし海水の水位が防波堤を超えても、海から水が防波堤よりもこちらに来ることはない。当たり前だ、入ったら困るじゃないか。
まあ、300年前はそうも行かず、大勢の死者が出たらしいが。
今となっては、防波堤を水位が超えた時というのは、水族館の水中トンネルからガラス越しに水中を覗いているのと変わらない。
その光景は、今となっては一種の観光スポットの一つだ。海岸沿いの地域の専売特許。
しかしこの先は、300年前の凄惨さを物語る遺産が眠っている。
海水に呑まれた街、そこには、どこかの国の首都も含まれていたという。
たくさんの死者が出たそうだ。今となっては、その惨状を体験した者はいない。
そして今は、ウェルカムヘブンの拠点となっている。
可哀想な街だと思う。勝手なことだけど。
避難警報は、土地勘の無いものたちにとって、パニックに陥る引き金になった。
しかし正しい情報は、賢い者達にとって、生き残るための糧となった。
愚かなものが被害を増やし、賢い者が被害を縮小させた。
死者はおよそ2万人。行方不明者も含めるともっといる。
11年前は、遺体こそ発見されなかったものの、行方不明者二名。大型デパートビルの火災で、パニックになった子供たちと、瓦礫に呑まれた火災の原因たる犯人が逃げ遅れ、とある子供のおかげで、大半は逃げて生き延びた。
行方不明者の名前は、朝倉秀盧4歳。そして…
暁緋炉年齢不詳。
しかし暁緋炉の目撃情報は、今よりおよそ8年前にも出ている。
とある別荘で起きた、強盗事件。
当時別荘には、幼い少女が一人、留守番をしていたところを襲撃されたらしい。
死者はゼロ。怪我人は…恐らく一人。
ここからはかなり離れた場所だが、目撃証言との特徴は、三年半の月日を跨いだとは思えない程一致していた。
小柄で、黒い長髪。
悲鳴と焦げ臭い臭いを感じ取って、別荘のインターホンを鳴らしたのだそうだ。結局まんまと別荘に引きずり込まれ、人質にされてしまったらしいけれど。
それだけならば、どこにでもいるただの子供で済んだ。少し、いや大分、危機感が足りないし、自分の命を省みなさすぎだけれども。
しかしその後の行動は、的確且つ素早かったらしい。インターホンを鳴らす前に、警察へ連絡していたらしく、犯人を下手に刺激しないよう、泣いている少女を慰め、大人しく救出を待ったらしい。
サイレンの音に犯人が興奮状態に陥ったが、銃弾から少女を庇い、恐らく被弾した。
警察が別荘へ突撃した時はまだいたのだが、事情聴取をしようと思って探すと、もうその場にはいなかった。しかも部屋の中を捜査したが、被弾した時に出る筈の血痕さえ、見当たらなかった。
まるでその場には、最初から少年なんて存在しなかった、とでもいうように。
しかし、その少年は、助けた少女に暁緋炉と名乗っていたそうだ。
少女は当時6歳だったが、自分よりも小さな少年に、とても年上だとは考えられなかったらしい。
少女は嘘を吐いていた?
しかし、嘘を吐く意味がない。
本当に被弾したのか、本当に暁緋炉と名乗ったのか、それはあの被害者の少女の頭の中を調べなければ分からないだろう。
しかしそんなことはできよう筈もないので、この強盗事件から得られる情報は、別荘に残った痕跡だけとなった。フロアに残った汗は回収できなくとも、靴下の繊維程度は回収できると思っていた。
予想通り、靴下の繊維は回収できたのだが…
汗も何も付いていなかった。
そんな馬鹿な、と捜査員の誰もが思い、鑑識が証拠品を汚染したのではないかと考えたが、結果的に、得られるものは何もなくなってしまった。
情報は渡さない。そんな強い意地が垣間見えた気がした。
そんなことを考えながら歩いていると、海岸沿いの道を、少し行きすぎてしまった。まったく、ぼーっとし過ぎだ。こんなでは、すぐに暗殺者や殺し屋に、命を刈り取られてしまうだろう。
今日、いろいろな情報を聞き出して貰ってよかった。手段はあまり、本当に問わないといったかんじだったが、まあ、それはきっと尋問班も同じだろう…多分。
そんなことを考えながら、家の敷地に入った。
鳥居を潜り、同時に対悪霊結界が体を通り抜ける、独特の感覚。安心できる、我が家に帰ってきたという感覚がした。
「…ただいま。」
決めた、兄にも話さない。知る側は有利になるし、知っていて助かる命もある。しかし、知られる側は不利になるし、恩を仇で返す様な真似はしたくない。
そうして俺は、横戸を開けて閉め、木造特有の臭いを感じながら廊下を歩き、左手にある通路を曲がり、手洗いうがい消毒、そこから通路を戻って、玄関から見て右手にある襖を開け、畳のこたつで寛いでいる兄に、帰宅を告げた。
「ただいま戻りました、兄上。」
「おかえり、玲帑!」
心底ほっとしたという表情の兄が、両腕をがばりと広げ、目にもとまらぬ速さで俺に抱きついてきた。
逸辞side
勢い余って愛しさと安堵の余り抱きついてしまった弟を、そのままぎゅーっとしてから、こたつへ招いた。
外の気温とこたつの温度は違いすぎて、ヒートショックを起こすといけないからね!
そこから、今日あった出来事を聞いた。
「…というわけで、強力な助っ人のおかげで、ヘブンメンバーの一人を捕らえられたのです!」
「その強力な助っ人とは?顔はどんなかんじだった?」
「いえ、その…顔はよく見えなくて…」
「?不審者じゃん」
「…ですが…助けてくれました…」
「ふーん?じゃあ、玲帑を油断させるために、自作自演を仕組んだ可能性も…」
「いえ!それは…無いかと…蹴ってましたし。」
「…本気で騙すためかもよ?」
なぜそこまで信用しているのか、玲帑はそういう策略に、かけられたことがある筈だ。まあ大方、その助っ人は知人で、口止めをされているのだろうけれど。
そういう人達は、少なからずいるしね。ただしお兄ちゃん、ちょーっと意地悪しちゃう!
だって正体を知っていないと、お兄ちゃん玲帑がそんな強いやつと一緒にいるの不安だよ!
「…分かった、その子について、ちょっとお兄ちゃん興味出てきちゃった!」
「…ぅえ…?」
「話を聞く限り、今教師たちが結構ポンコツ揃いだよね?」
「ええ、まあ…というか兄上、興味がでてきたとは…」
「…よし、決めた!」
適任を連れていこう…これに限る!
「教師として、適任者を連れていくよ!玲帑もよく知ってる人だよ!」
「?教師として…ですか?」
「うん!教員免許を持ってて、今暇を持て余してて、子供好きで、強くて、オマケに独身…ピッタリじゃないか!」
我らが叔父上、菅原秋雨殿に!
そう!正しくこういった場に適任!
子供好きで、教員免許も持っていて、容量もよく、当主の座が危ういと現当主から屋敷を追い出されて、現在暇を持て余していて、オマケに…
勘が鋭く、精神誘導のスペシャリストとまで呼ばれたことがあるお方だ。
来週から配属できないか、叔父上に相談してみよ~っと!
夜樺くんが再生させたナニカというのは…お察ししている人もいるかと思いますが、感覚神経です!
夜樺くんが言った「前に失敗したことがある」というのは、別に切る事を失敗した訳ではなく、その後の事です。その後の何かを失敗したんです。
玲帑くんばらしてないのに、お兄さんどんどん事を進めちゃいます!鋭いやら厄介やら…敵に回したくはないタイプ。
さーて、叔父上いったい、どんなひとなんでしょうね~!