影は潜んでいた
心咲side
アタシは今、状況にそぐわず興奮していた。
「ひぁ~!スッゴ!?」
下校中のことだった。いきなりだった。いきなり知らない人達に話しかけられて、あれやこれやと蓮間と綾香と引き離されてしまった。
そして、アタシは二人がどこに居るのかも分からないまま車に乗せられそうになっていたところで、というか、車の座席に無理矢理押し込まれて、眠り薬を嗅がされそうになったところで…黒い何かがソイツらを車の外に押し出した。
黒い何かは蔦のような形を成していて、日の下に出れないらしく、車よりも外に影響は及ぼせないようだったが、それでも、十分だった。
眠り薬を嗅がせようとしたヤツを車の外に放り出すと、もう出発する気満々だった二人目を掴んで、車から起き上がろうとしていた一人目に向かって、思い切り投げ飛ばしたのだ。
「クソッ、コイツまで異能使えるなんて、聞いてないぞ!」
…アタシの、異能?それはまた、心踊る…
「いや、コイツは恐らく、異能を持っているんじゃなく、取り憑かれているんだ。あまり認知されていない怪異があっただろう…」
一瞬でオレツェー系の中2心砕かれたアタシの気分?…クソだよ。
「…まさか!?それの発現数は、二桁にも満たない、かなり確率としては低いと思うが?」
「コイツはティーンエイジャーだ。ここはあの場所にも近い…十分有り得るだろう。なあ、お嬢さん?」
「ちょっと何言ってんのかサッパリパリパリ。」
「「…」」
え?無言?いっつも二人が笑う鉄板ネタなんだけど…まあ、今はいつもと違って煎餅食ってないけど…
「何か言えよ…あ。」
「「…?」」
二人の後ろを指差して、いかにも何かがありそうな雰囲気を作る。その隙に…
「なーんて、んなのに引っ掛かるか…ってもういねーし!」
ニーゲルンダヨーー!!
「ん?…蓮間ーー!!」
逃げていたら、反対方向から来た蓮間と合流した。
「おー、心咲も逃げられ…って追いかけられてんじゃねーか!?」
「ちょっと、日陰行って!スッゲーこと分かった!」
とにかく日陰に行けば、あの黒いのがが出れる!戦える!
「日陰!?何で!?」
「いーから!!」
「でも、日陰なんてちょっと遠くに行かないと…」
そうだ、この辺りは本当に何もない。昔はあったが、十一年前に焼け野原になってから、住む人も少なく、少し遠くに行かなければ、午後二時辺りの現在では、大きな日陰なんて無いのだ。
「足下の陰じゃダメなのかよ!?」
「無理!陰の所でしか動けない!」
そうこう走っているうちに…
「きゃ、あっ!?」
首に後ろから腕をかけられ、体を宙ぶらりんにされてしまった。
「手こずらせやがって…」
そして、アタシ達が走っていた方向からも、同じような人達が来た。心なしか、足がふらついているような…?
「…お前、素手で勝ったの?」
「ふっ…俺の邪悪なる闇の力さ!」
「紛らわしいから事実プリーズ!!」
さっきから、蓮間の闇の力が本物なのかいつものおふざけなのか分かんないよ!
そんなやり取りをしながらジタバタしていると、鳩尾辺りに何かが突きつけられた。
「おっと、それ以上暴れないでもらおうか。なーに、もう一人のお友達も、さっきの車でぐっすりさ。もちろん、ソイツは人質だぜ?」
何が突きつけられているのか、お察しはついてしまうのだが、如何せん首に巻き付いている丸太みたいな腕が邪魔で、下が見れない。
「…心咲、落ち着け、サバイバルナイフだ。」
「お前ら、銃刀法違反って知らねーの…?」
なんとなく分かってはいたが、やはり凶器か。そして、蓮間も大人しくコイツらに着いていくことにしたようだ。まずは焦らないことが重要。あの子もそう言っていた。焦るな…落ち着いて…
「…あの子の名前…なんだったっけ…?」
「心咲?」
車にが見えてきた辺りまで連れ戻されてから、脈絡もなく告げられた疑問に、蓮間が疑問で返す。
覚えていなきゃおかしい名前を忘れるなんて、まるで明のようだな、と思う。
「ほら、十一年前の…スッゴい子供。」
「あー…なんだったっけ…ヒーローっぽい名前だった筈…。」
紅蓮の炎を背景に、幼子らしくもない大人びた態度。不思議な力を使い、こちらをハラハラさせながらも、こちらが安全であるように配慮する、低身長で、長髪の少年。あの子は最初、てっきり女の子かと思っていたが、話していく内に男の子だということが分かった。
「…ヒイロ…?」
車の後部座席に両手両足を縛られた辺りで、下の名前を思い出した。
「あれ?蓮間、その足下の影…」
「…」
そうだ、そうだった。
今足下で揺らめいている影も、元はあの子が、安全のためにこちらにくれたものだった。
なぜ、忘れていたんだろう。
であれば、蓮間も…
「俺だって、影持ってんだよ。」
あの子から、もらっている筈なんだ。
そして、蓮間の影はアタシの影よりも強く、蓮間に馴染んでいる。あの場では、そうするしか無かったから。
あの、周りが炎に包まれた、あの状況では。
【あぁぁぁ!!?!】
【はすまっ!うで、が…ごめ、なさ…っ!】
あの日の火事で、蓮間の損傷した右腕の機能を復活させるために、ヒイロは、アタシに注ぎ込んだ力よりも大きく、たくさんの力を蓮間に注ぎ込んだから。
「見せてやるぜ!俺の隠された右腕の力!」
そして蓮間の影は、足下からだけでなく、右腕の至るところからも溢れ、日の光も気にせずに、まるで鎖のような形を成し、拉致しようとしてきた人達を取り抑えた。
「…蓮間も、持ってたんじゃん。」
「持ってない、なんて言ってねーだろ?」
なるほど、ただの身体能力だけで、一回だけでも逃げきるのは難しいし、最初に合流した点で勘づくべきだったのだ。
「それに、俺はずーっと闇の力が使えると…」
「言ってたけど、わざと疑われるように仕向けてたでしょ。」
「…」
問い詰めれば、蓮間は視線をツーっと横にずらした。
やっぱし自覚アリか。
「…とりあえず、今日は帰るか!」
「うん!綾香~、起きて!」
玲帑side
俺は配膳室騒ぎのその日、一番先に帰ろうとしたが、教室を出てから、笹堅先生…いや、笹堅でいいや。笹堅をこちらで引き取らなければならないのでは?と思い、今から教室に戻るのも気まずいので、数十分ほど経ってから教室に戻ることにした。先生方から特別に許可されたスマホを取り出し、校舎裏にある木に上り、今は対して生い茂っていない木の側に腰かけ、兄にチャットメールを送った。
「兄上…」
とにかく気持ちを整理するためにも、すぐにでも兄の声を聞きたかったのだが、今は仕事中の可能性もある。電子音一つで命取りになる可能性も否めないため、既読が付けばすぐに分かるチャットメールを選んだ。
「…やはり、仕事中か…」
しかし、五分経っても既読は付かなかった。いつも兄はスマホを持ち歩いている。就寝中だろうが食事中だろうが入浴中だろうが祈祷中だろうが…祓霊中だろうが。
既読が付かない時は、決まって祓霊中だ。
祈祷中に通知が鳴れば無礼上等とばかりにスマホを開くし、就寝中でもいくら俺が大声を張り上げようが起きないくせして電子音だけには飛び上がるのだ。
昔はそこまで、スマホ依存症といってもいい状態では無かったのだが…。
いつしか兄は、スマホを手放さなくなってしまった。
「…まあ、仕方がないか。」
既読が付かないことは、もう最早不可抗力である。
ならば、次は何をすべきかを考えるべきなのだ。
「…」
どーする、べきか…?
【ぼーっとすんな!にーさんしんぱいしてんだろ?じゃあ、つぎはどーするのがいいのか、かんがえるべきなんだ!どーしてもわかんなかったら、ぼ…おれがシジをだしてやる!それにしたがえ!】
…ああ、くそ、この地域に戻ってからすぐには、何とも無かったのに。配膳室の時もフラッシュバックしたし…
今日はどうしてこうも、十一年前のことを思い出すんだろう…切り換えなくては。
「とにかく笹堅を、こっちで引っ捕らえておくべきか?いや、普通の警察に突き出しても…いやいや、霊の話を理解できない警察官だっているし…」
【ぜんいん、ママとパパにはひみつだぞ?おばけなんて、わかってくれないから。】
「…やはり、兄上から実家に引き渡して…」
【なあ、そのおにーさんって、タイジシ…?なんだろ?こーゆーとき、どーしてるんだ?】
【なんできょうはシッパイしたんだ?】
「いや、兄上はお忙しい。今から本部に連絡を取るべきか…嫌な顔をされるだろうが…」
【べつにイジメてない。げんいんがわかんないと、くりかえすだけだから、きいてるんだ。】
「…あのとき、俺が影をださなければ…」
過去の子供の声に、思考が誘導されている。我ながら情けないとは思うが、いつまで経っても、フラッシュバックが止まらない。
紅に染まった周囲
任務失敗
紅からこちらを連れ出す少年
任務中の窮地に出てきたドス黒い、安心する影
お守りだと言って、少年は何かをした
嘗ての任務仲間の、恐怖にまみれた表情
笑ってこちらに、大丈夫だという少年
俺は隔離を言い渡された
少年はあの日から見つかっていない
兄は俺を追いかけて、本部から離れたこちらについてきた。
…彼は、今どうしているんだろう…?
「…また、捜したいなぁ…会いたいなぁ…」
火災デパートビルから一旦出てきたときに、兄が名前を書かせたのだ。結構難しい漢字で書かれていたため、当時かなり小柄ではあったが、推定十歳程だったとされている。名前は暁緋炉。火災ビルから出てきた時に聞けた、唯一の情報である。名前を書いた後すぐ、行方を眩ませてしまったのだ。
しかしその名前は、一致するものは複数居るが、全員同一人物ではなかった。
火災デパート当時、幼く見積もっても当時七歳以上だった筈の緋炉は、現在では十八歳以上になっているだろう。立派な成人男性である。
そして、そんなことを考えていると、あっという間に二十分が経過していた。
「…教室、まだアイツいるなー…」
木に登って教室の中を覗くと、夜樺明がそこに残っていた。笹堅は、いたとしても地面に寝っ転がっているだろうから教室に行かなければ分からないのだが…
そして、どうやって笹堅を回収しようか考えていると…
夜樺が、こちらを見た。
「どわっ!?」
なぜ見つかったのか、何て疑問は抱かない。今は大して隠密行動を取っているわけではないからだ。そうではなく、ただ…
その瞬間、俺の体が後ろに傾いた。
首根っこを何かに掴まれ、俺は足だけで枝にぶら下がる形になる。そして、先程まで俺の上体があった部分を、黒い何かが通過していった。
「…びっっっっくりしたー…」
首根っこを掴んだ何かの正体は、つい先程謎に増大した霊力の集合体だった。
逆光で黒く見えていた何かは、校舎の柱に突き刺さっていた。…ナイフだ。
もっと近くで観察してみたいのだが、今はそれどころでは無いだろう。
「ナイフって、校舎の柱に刺さるものなんだな。…で、お前は何者だ?」
今俺が向いている方向、校舎の反対側に、そいつは立っていた。
全身黒子のような姿で、素顔なんざ見えたものではない。明らか不審人物である。
「そちらこそ、何者であるか?我の投げナイフを避けるとは…情報では、貴君は菅原家の落ちこぼれだそうじゃないか、え?」
下調べはされているようだ。俺に聞く必要あるのか?まあ、答えるが。
「ああ、合っている。俺は菅原家の落ちこぼれだ。」
とりあえず、相手を油断させてから叩くべきだろう。でなければ、こちらに勝ち目は無い。俺には戦闘センスなんて、皆無に等しいのだから。
「そうか。では、今貴君を庇ったのは、噂のシャドウとやらか。なかなかに手強そうであるな。」
シャドウ、それは退魔の歴史上、比較的つい最近発見された怪異だ。最も昔に発見されたのは、八年前だと言われている…歴史上は。
実体を持たず、かと思えば現実世界への干渉が可能という、謎の多い怪異だ。何度も俺はシャドウに、助けられてきた。
「ははっ!そうだな、とても頼りになるやつだよ。」
ただし、急にどうしたというのだろう?半年前の結界の影響で大ダメージを受けてから、動きはなかった筈だ。しかしそういえば、保健室で起きてから、やたらと霊力が増大していたな。普通、霊力を他人に譲渡するなんて危険な行為、できない筈なんだけどな…
それができるのは、俺が知る限り緋炉一人しかいないが、緋炉が霊力を与えた者達が、霊力の譲渡ができるようになったと考えれば納得か。俺にできないのは、単に全員ができるわけではないからだろう。
ああ、そうだ。俺には戦闘センスどころか、一族からも見放される程、なんのセンスも無い。今日など、一般人に助けられた。いや、アイツを一般人と言えるかと問われればかなり複雑ではあるのだが、霊力名家ではないのだ。
「ちょっとちょっと、命のやり取りしようって時に他の考え事かい?」
「ああ、すまない。他の考え事だ。しかし…」
何か、大切なことが分かりそうな…
「…すまぬが、我の受けた命は、貴君の首を、我が主へと捧げることである。」
「…へぇ。随分と物騒じゃないか。」
今更俺を殺す命令とは…まあ、珍しくもないか。さすがに半年程度では、収まらないよな。
「…よって、我も万全に準備をしてきた。」
何処からともなく現れた鉄のワイヤー状の物が体を拘束し、動けなくなってしまった。ワイヤー状の物を弾こうとしたシャドウは、蒸発したような音を立てて、ワイヤー状の物をすり抜けてしまった。どうやらシャドウは、これに触れられないらしい。
そしてそいつは、ほぼほぼ同時に霊力を地面に響かせ、結界を展開した。
その瞬間、シャドウが止める間も無く、結界の効果が現れ始める。シャドウは結界の効果が現れた瞬間、俺の足下の影に戻ってしまった。
この結界は、霊力を浄化させていく効果があるらしかった。
「はっ、ぁっ…!」
人にとって霊力とは、魂を守る器であり、魂自身である。要するに、霊力を全て浄化されると死ぬ。
当然だか、囚われればその時点で動けない。霊力を浄化する結界のことを通称、祓霊結界というが、霊力の塊である怪異や幽霊でさえ、普通の…それこそ、今日の配膳室に居たやつ程度ならば、十分ももたない。腕のいい術師であれば、三分で終わるだろう。では、怪異や幽霊よりも霊力が少ない人間ならば?…ものの十数秒で、魂の器どころか、魂さえ欠け始める。
俺の場合は、緋炉が注いだ霊力と、今日増えていた霊力のお陰で、あと数分は消えずに済みそうではあったが、それでも動けない程の倦怠感が渦巻く。
「あ、ッヒュ」
頭は冷静でも、体は限界を迎え始める。
俺は結局、体に怪異を宿す退魔師の裏切り者として、死んでしまうんだろうか。
死にたくない。
まだ兄に迷惑をかけたままだ。
一族から見放されたままだ。
緋炉を見つけられていないままだ…!
でも、どうやって抜け出せと?ワイヤー状の物、というだけで、ワイヤーのように簡単に歪んでくれる代物じゃない。棒立ちのまま拘束され、眩暈までしてきたせいで、無様に顔から地面に伏しそうだ。
正直に言えば、立っているだけで精一杯である。
そんな中、この現状で、何故だか変な記憶が引っ張り出されてきた。
何故このタイミングで、この記憶なんだ!?
もうちょいいいのあっただろ!!?
しかし、思い付いてしまえば、これ以外には考えられない。
「すー…」
声をだすのも、普段止める方が面倒な呼吸でさえも、今は怠い、が、やらねば死ぬ!
「よろしくおねぎゃっ…オネガイシマーース!!!」
そう言った瞬間、倦怠感が無くなった。いつの間にか、こちらを拘束していたワイヤー状の物も、結界も無くなっていて、俺はただ、足から力が抜けそうになった。まあ、抜けなかったが。
「はーい!よくできました~♪」
そこには、つい先程まで教室に居た筈の…
「お前は、誰だ!?」
「答えてやらない。理由が分からないなら…自分の立場をもっと振り返ってみるべきだと思うぞ?」
夜樺明がいた。
いや~、書いてみたかったんですよね、危機に現れる主人公。まあ、高速で数キロメートル先から飛来してきたとか、全速力で走ってギリギリセーフ!みたいな感じで到着したわけでは無く、単純に気が向いたからあのタイミングで助けにいっただけなのですが。
ここからは補足というか蛇足ですね。
輝滝心咲は通常、学校内だと海藤蓮間を「海藤」と呼び、ある程度仲の良い子しかいない場所では「蓮間」と呼びます。昔海藤蓮間と付き合っていると噂されてからそうなったらしい。
さて、なんか新登場のキャラ出てきましたね!ヒイロと緋炉…まあ、作中ちょっとずつ…いや、もしかしたらバーンと出すかもしれませんね!
では、また来月も、よろしくお願いいたします!