⑥
何を着ていこうか迷ったが、タイトなシルエットで濃いインディゴ染めのジーンズに丈の短い仕立ての良い白いシャツを着て、山吹色のニットカーディガンを羽織り、それでは地味すぎるなと思ったのでハウンドトゥースのハウンチングを被った。
車は昨日洗車をした。洗車をしているときに、こう気合がはいってるのはなぜなんだろうななんて考えているとなんだかおかしな気持ちにはなったが、古い四駆なのだからせめて見た目を綺麗にするのはマナーだろう。
サキと日曜日のことでメールで連絡をとると、すぐに大きなホームセンターは街の外れにある。だから車で行こう、駅まで迎えにいくよという話になった。約束の時間まであと二十分ある。早く着きすぎたかもしれない。
正直、種がいったいなんなのかということはあまり気にならなくなってきている。植えて芽が出ればそれでいいし、出なくてもそれでいい。僕はいまサキと一緒に出かけるということのほうが楽しみだ。サキとはあの日以来といっても、ほんの数日間だが、会ってはいない。飲みに行くことはもちろんできたが、なかなか足が向かなかった。
携帯電話を取り出して履歴を見ると、相変わらず見慣れたものだったが、メールの履歴だけはサキという名前で埋め尽くされていて、邪魔をするようにところどころに猿山という名前があるだけだ。メールは返事がないと淋しい気持ちになってしまうのであまり好きではない。サキはバイトの時間と思える時以外はちゃんと返事をしてくれた。猿山なんかに言わせればメールをすぐに返さないのが駆け引きということらしいが、僕はあまりそういうことはしないし、自分がされて嫌なことはあまり人にしたくないので、できるだけすぐに返事をするようにしている。
携帯電話がぶるぶると震えた。
サキからのメールだった内容は、いま駅に着いたというものだった。
ロータリーにいるよ。白い四駆です。というようなことを打ち込んで送信した。僕はハンドルに寄りかかるようにして周りを見渡す。
色とりどりの細かい柄のふんわりとしたシルエットで、踝まで丈のあるワンピースを着ている女の子が目に入った。肩までかかる明るい茶色の髪の毛がサキのようだなと思った。もしもあの子がサキだったら男名利に尽きるよな、そんなことを考えて彼女を見ていると、次第にこちらに近づいてきて、軽く手を振った。僕は少しだけ胸を高鳴らせながら、手をあげて返事をする。
「お邪魔します」ドアを開け、サキは軽く頭を下げながら助手席に座った。
「そんなにいい車じゃないけどね」
「大きくてかっこいいですよ。自分の車なんですか?」
「ファミリーの車なんだよ。前の仕事で必要でもなかったから、買ってないんだよね」
「買わないんですか?」
「休日ならとりあえずこいつが使えるから、すぐには考えてないかな。車の前に仕事みつけなくちゃだし」と僕は微笑む。
「エイジさん、明るいからすぐ見つかりますよ」
「ありがとね」
ギアをバッグに入れてから、助手席に手を当てて後ろを見る。いつもやっている自然な動作のはずなのに、なぜか僕がどきどきとしてしまい、ちぐはぐな動きをしてしまいそうになったが、たぶんいつもと変わらずに車を出すことができただろう。
「じゃあ、行こうか」
「お願いします」とサキが言ってから、くすくすと笑い出した。「なんだか不思議な感じがしますね」
「なにが?」
僕は前を向いたまま訪ねた。
「エイジさん、しらふだし、外はまだ明るいのに会って話してるのって、なんだか不思議だなって」
「言われてみればそんな気もするけど」
「しらふだったら、マッチ売りの少女な気分にはならないもんね」
「やめてくれって」
サキが僕の顔を下から覗き込むように屈んだ。長い髪がさらさらと音を立てて流れたような気がした。
「赤くなってますよ」
「なってない、なってない」
「うちのお店で、くでんくでんに酔っぱらってくれてればよかったのに」
「ネタにしようとしないでよ」
「見てるのは楽しい」
「笑いながらひどいこと言わないの」
「でも、しつこいお客さんもいるから、たまにはいいと思いません?」
「しつこいって?」
「番号おしえてよー、とか、ブラのサイズいくつなのー、とか」
「そんなこと言われるんだ。言われないよりかはいいんじゃない」意識はしていなかったのに、条件反射のように僕はちらりとサキの胸を見る。ふんわりしたワンピースからでは分かりにくいが、細身のわりには胸があるのかもしれない。
「いやですよー。とくに胸とか盗み見る人」
「え?」
「なんでもないですよー」
僕は軽くアクセルを踏んで、黄色信号へ突っ込んでいった。