灯台もと暗し
「あ〜あ、失恋しちゃった〜」
……という言葉の割に、妙に嬉しそうなのは一体何なんだ、この幼馴染みは。
もしかしてこいつ、Mだったのか?
「何か、ろくでもないこと考えてない?」
「よく分かったな」
「こらー! 幼馴染みが数年来の恋に破れて落ち込んでるんだから、少しは優しく労りなさーい!」
小さな拳を振り上げながらそう言われても、肝心の迫力ってものがない。相変わらず。
「とか言って、俺が実際に優しく労っても、絶対素直に受け取らないだろ、お前」
「そうだねー。高熱がないか心配になって、体温計を取りに行くかなぁ」
あんたツンデレだもんねー、とへらへら言う顔がむかつくので、軽くデコピンをかましておく。
「いったーい! 痛くないけど痛ーい!」
「何だそりゃ」
「頭は痛くないけど心が痛いの! 察してよ馬鹿ー!」
「知るか。大体、本気で労られたかったら、もう少し分かりやすく落ち込めよ。どう見たって、顔が半分くらい笑ってるだろ」
「あー、うん。だってあたしが振られたってことは、彼に対する私的解釈が間違ってなかったってことだからね!」
えっへん。と無駄に得意げに、間違っても大きいとは言えない──こともない胸を張ってみせる。
「ちょっと、どこ見てるの」
「んー、見た感じ意外に育ったんだなと」
「セクハラ! ツンデレムッツリエロ魔人!」
「はいはい」
「否定しないし!」
「それより何だよ、解釈がどうこうって」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました!」
人をムッツリだのエロ魔人だのと宣っておきながら、またも堂々と腰に手を当てて姿勢を正す様子は、むしろ色気がなさすぎて清々しい。
「無言で喧嘩売らないでくれる?」
「売ってねーから。ただの感想だ。で、続きは」
「ほんとかなー……えっと、解釈っていうのはね。ほら、彼には中学から付き合ってる、美人の彼女さんがいるでしょ?」
「ああ、全校公認のな。けどあいつの見た目がアレで、中身も大概男前でいい奴だから、まー分かりやすく女ホイホイっつーか」
「間違ってないけど、言い方! それにあの人も、あんたにだけは言われたくないと思うよ!?」
「そりゃどーも」
「誉めてない! もう、話が進まないじゃない!」
そうやっていちいち律儀に反応するのが、進まない原因なんだけどな。面白いから言わないけど。
「とにかく!……その、あたしだけじゃなくてたくさんの女の子たちに好かれてる彼だけど。どんな綺麗な子が傍に来たって、全然動じないんだよ! 客観的に、彼女さんよりも外見レベルが上の存在が、あからさまにその気で近づいていっても、全っっっ然、まっっっったく、これっぽっっっっっちもいい反応はしないの! むしろ超絶塩対応で、その時だけはあんたが乗り移ったのかと思うくらい!」
「最後のは余計だ。……そんな風だから、お前がばっさり振られてもおかしくないって?」
「ううん、そういうことじゃなくって。ばっさりどころか、凄く丁寧で誠実に、でもはっきりと断ってくれたから。『俺には誰より大事な彼女がいるから』って。……そういうところが、もう! これ以上ないくらい解釈一致なのよ〜〜〜〜!」
何でその流れで悶えるんだ、こいつは。それも力いっぱい。
床じゃなくベッドに突っ伏し、楽しそうに拳を何度も振り下ろしているので、ぼふぼふと何とも間抜けな音がしてますます気が抜ける。
これが実は失恋したての女だと分かるかどうか、複数の第三者に見せて聞いてみたいくらいだ。
「あー、つまりはアレか。『あたしが好きなのは彼女ひとすじの彼だから、私の告白にオッケーをくれるような彼は問題外! なので、彼にきっぱり振られるのは当然、むしろ本望!』ってことか?」
「そう! まさにその通り! ああもう、その事実を身をもって実感できただけでも、告白してよかったぁ〜……!」
「ソーデスカ。……ったく。本当にお前は、素直なんだか意地っ張りなんだか、よく分からん奴だよな」
「失礼な! あたしは見ての通り、いつでもどこでも素直で元気な健康優良児よ!?」
がばっと勢いよく起き上がったその顔があまりにも予想通りで、俺としてはもう笑うしかない。
「ふーん。なら何でお前は今、そんな風に泣いてるわけ? ほら」
「へ。ひゃっ……」
ごく無造作に目元に触れれば、嫉妬するくらい綺麗な涙が次々に流れて俺の手を濡らす。
ようやくそれを自覚した、腹が立つほど可愛い幼馴染みの感情を、俺は容赦なく決壊させることにする。これは昔からの得意分野だ。無論、こいつ限定で。
「あいつに対する解釈一致で、お前が満足してるのはその通りなんだろうけど。……その満足感で、真剣に告白して振られたことの悲しさを帳消しにできるかどうかは、全然違う話だろ?」
「そ……そんな、ことっ……」
「意地張ったって無駄だから。一体何年の付き合いだと思ってる?──もう観念して、素直に泣いとけ。俺しか見てないんだから。な?」
「う……ううううっ……!」
狙い通り、感情と涙腺が決壊した。
それでも最後の悪あがきなのか、またもやベッドに顔を埋め、ほとんど声も上げずにただ肩を震わせて涙にくれる。
──いつもなら、小さい子供みたいに盛大に泣きわめくのに。
要はそれだけ、彼女が成長したということか。あるいは、泣きわめくことも我慢してしまうくらい、あいつのことが好きだったってことなのか、それともその両方か……
「あ、あたしっ……! 彼と、彼女さんの間にっ、割り込むつもりなんかなくて……っ! でも、でもっ、黙ったままでいたら、きっと……苦しくて、死んじゃうかもしれなくて……だからっ……!」
「うん。……頑張ったな」
「ふぇっ……!」
ぽん、と。
いつものように軽く頭に手を置き、わしわしと髪が乱れない程度に撫でてやる。
こうしてやれば、そのうちに泣き疲れて寝落ちするのがこいつのパターンだから。……幼馴染みとは言え男と二人きりの自室でそんな風になるのは、無防備すぎてどうかと思うのも毎度のことだが。
今回も無事にそうなったので、やっぱりいつものように軽い体を抱き上げてベッドに寝かせてやる。
涙の跡は何とも痛々しいが、それでもある程度は発散できたらしく、寝顔はどこまでも無邪気で無防備だ。
同じベッドに腰を下ろし、答えがないと分かっていて愚痴をこぼす。
「……付き合いの長い彼女ひとすじの、中身までいい男に惚れる、ってとこまではまだいいとして。絶対に見込みのない相手に数年間も費やすんじゃなく、もっと身近なフリーの男に目を向けろよ。──つーか」
一筋縄ではいかない本体の割に、意外なほど素直に流れる髪を手に取り、さらさらと弄びつつ絡め取る。
一度寝付いてしまうと、こいつはそう簡単には目覚めないことはとうの昔に知り抜いている。
だから、反応が得られないと知りつつ、すやすや眠る顔を見下ろしながら、長いまつげを数えられる距離にまで顔を近づけ、こうささやいた。
「これでも、俺は俺なりに、お前のことは誰より大事にしてるつもりなんだけどな?」
──だから気づけよ、鈍感。
本音とともに額にキスをしてから、おもむろに体を起こして部屋を出る。
……ぱたん、とドアが閉まったしばらく後。
「……う、嘘っ……! あんな、あんなの知らない……! いつもはもっと、八割くらいがツンのはずなのにっ、とんでもない解釈違いだよ馬鹿〜〜〜っ!!」
「……お前の解釈なんて知るか。そもそも狸寝入りなんかしてるからだよ、ど阿呆」
出てきたばかりのドアの向こうで、俺が様子を窺っていることなど知らず、どたばたと盛大に暴れているらしい幼馴染みだった。
そんなこんながあった翌日。
俺は朝から早速、真っ赤な顔でこちらを避けまくる体勢の幼馴染みに対して、色んな意味での捕獲作業に勤しむことになった。
そして、似たようなやりとりが今後、毎日の恒例行事と化すわけだが、それはあくまでも余談である。
「こーら、逃げんな」
「やだー! お願いだから、現実のあんたと脳内解釈を一致させられるまで待ってよー!」
「いつまでかかるんだよ、それ」
「……一年くらい?」
「却下。ほら来い」
「ぎゃー誰かヘルプー! ケダモノに取って食われちゃうー!」
「人聞きの悪い奴だな。まだ食う気はねーよ、まだ」
「まだって言った! しかも二回!」
「大事なことだろうが」
「頼むからもう少し放っておいてってばー! ちゃんと失恋に浸る時間くらいくれたっていいじゃない!」
「それで放置したら、延々と拗らせるだけだろ、お前。大体、『失恋を癒すなら新しい恋が一番』って姉貴も言ってたし」
「お、おねーちゃんてば余計なことをっ……!」
「まあ、いくらお前を可愛がってるったって、俺の実の姉貴だから。昔っからことあるごとに、『どこまでも可愛げのない弟だけど、いずれ可愛い可愛いお嫁さんを連れて来てくれないかなー。例えばお隣の誰かさんとか』って言ってることだしな」
「あたしに逃げ場は!?」
「ないんじゃね? けどまあ、俺としては別に、お前の選択権まで奪う気はないぞ」
「……ほんと?」
「ああ。それはそれとして、きっちり落とす努力はさせてもらうから覚悟しとけ?」
「だ、だからそこで、無駄にフェロモン撒き散らすの禁止ー!」
お読みいただきありがとうございました。
公式が絶対のガチ恋夢女子が脳内でいきなり騒ぎ出したので、それを昇華するために書いた話。ツンデレ幼馴染み男子は私の趣味です←
いつ以来かの現代ものですが、珍しく書きやすかったです。こういったノリは、異世界系だと書きづらいせいかな。
なお、夢女子ちゃんがツンデレくんに全面的に捕獲されるのは、多分半年から一年半後(高校の卒業式くらい)の時期だと思われます。