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聖女の遺書(解答編その③)

これを貴方が読んでいるときにはもう私はこの世にいないでしょう。

貴方はきっとこう思っているはずです。どうしてあんな真似をしたんだ、と。


私はずっと故郷から出たことがなかったので知らなかったのですが、街の方だと婚姻を書面で届け出なければ夫婦として認められないんですね。

陛下は知らないでしょうけど、私の故郷のような辺境の村は結婚しても書面で取り纏めないのです。村の人達に口頭で伝えるだけです。

私は没落貴族だった母から習っていたのと、村長さんの仕事を手伝っていたから読み書きができますが、そもそも私達田舎者は識字率が低いので。

賢い陛下なら私が言いたいことわかりますよね――つまり村娘のフィニアは結婚していたんですよ。


私の夫ですが誰だと思いますか?

正解は私の父の親友だったザールさん……私が旅立つときに見送りに来てくれていた村長さんです。

おかしな勘違いをしないでくださいね。彼は養父になる前からずっと続けていた私の告白を断り続けていましたよ。

こんなおじさんじゃなくて他に良い人がいるって言われてたんですけど、私どうしても諦められなくて、十年以上ずーっと告白し続けて。私が成人した日にやっと根負けしてくれたんです。

これからもずっとずっと幸せな日々が続くと思っていたのに、まさか半年足らずで終わるなんて思ってもなかった。


なんで私が既婚者である事を隠していたのか、わかりますか?

箝口令が敷かれたらしいですけど、私ね、先代聖女の故郷へ貴方達、王族が行った仕打ちを知ってるんですよ。

行商で他の村から来るおじさんの祖先が生き残りらしく教えてくれましたよ。

王族の誘拐から守ろうとした彼女の故郷を焼いたんですってね。例え炎に包まれようと聖女は傷つかないから。


聖女になればあらゆる傷も病も負いません、でもおそらく聖女になる前に負った傷や病や虚弱体質が治るわけじゃないですよね?

そして既に癒やしの力が掛けられている状態だから、新たに祈っても治りはしないのでしょう。手袋で隠していたマメが治せなかったのと、私の純潔が貴方に再び奪われなかったところからして。

最初は聖女になった時点の体を保ち続けるのかと思いましたが、それなら疲れたり、空腹を感じたり、老いる事もなければ、子を身ごもることもないでしょう。

あと貴方が村に来る前、一度試しに近くの川で顔を付け続けたところ、呼吸ができずに苦しくなったかと思えば、急に水中なのに息ができるようになった。毒草を口にした場合は何も起こらなかった。

そこから推測するにきっと聖女になると肉体に限り、本来の寿命まで生かすのに邪魔な要素をある程度、遮られるということなのでしょう。


その仮定からして、先代聖女のその後の処遇については予想が付いてます。

ずっと謎だったんです。何故、短命だった先代聖女は四人もの王子を産んでいたのか。

教師役は仲睦まじい夫婦だったと誤魔化していましたが、彼女の出自や経歴を考えればそれはあり得ない。当時の王は辺境の民である彼女を疎んだはずです。

聖女を母に持つ世継ぎが欲しいとしても二人いれば充分でしょう。あまり多くても争いの種となる。

なのにどうして彼女は子を産まされ続けていたのか。短命だった事からしてあまり体が強い方でもなかったようなのに。

それに彼女の息子達は皆夭逝されてしまったそうですね。胎児のうちは聖女の力に守られていたのでしょう。

貴方のあの話を聞かされて確信しました。彼女や彼女の生んだ世継ぎは人間として扱われていなかったのですね、貴方達の方がよっぽど人間じゃないというのに。


畑を荒らす魔物は迷惑だった。でも王族の方が私はよっぽど怖かった。

今代の魔王は賢かったんでしょうね。魔物達は生きていくのに最低限しか奪うことはなかった。でも王族にとっては小さな村を一つ滅ぼすなんて些細な事なんですよね?

本当は今代の魔王は倒す必要などなかったと聞いて、やっぱりと思いましたよ。


貴方は自分の利益の為ならどんな非道な行いでもする。私達、辺境の民など虫けら程度にしか思ってない。

だから神託から庇おうとしてくれた皆を戒めた上で素っ気ない態度を取ってもらって、私自身もあまり村へ執着していない風に振る舞いました。

もし村に未練があるとわかったら、貴方は断ち切らせる為にも村を潰すだろうなと思ってたから。

貴方が私に一目で懸想したのを察していっそう気をつけてたんですよ?

それで正解だったって、貴方がセドリックさんを見殺しにした時から確信してました。気付いてないとでも?

貴方の事は良く思っていませんでしたが、だとしてもまさか仲間にまで手をかけるなんて。

自分がセドリックさんを殺したようなものだと居たたまれない気持ちになっていた私を貴方は慰めましたね。これ以上私のせいで誰かを殺さぬよう、貴方に媚びを売りながら、ずっと心から思ってましたよ、どの口が言うんだって。


奥様がセドリックさんを愛していたように、セドリックさんも奥様を心から愛していらっしゃった。

そのくせ貴方に求婚された時、ザールさんの隠れ蓑として彼を利用した事を後悔しています。

あれはセドリックさんに対する冒涜だった。けれど愚かな私にはあの方法でしか、私とセドリックさんが大切にしていたもの、両方を守る方法が浮かばなかった。


貴方の妃になんかなりたくなかった。ザールさんのお嫁さんのフィニアのままでいたかった。ただのフィニアのまま死にたかった。

でも村に戻れないことは聖女なんてものに選ばれた時からわかっていましたよ、死ぬまで政に利用されるんだろうなって。貴方は聖女ではなくフィニアを愛したつもりでしょうが、私にとってはどちらにしろ予想通りの結末でした。

ここまで言えばおわかりだとは思いますが、求婚を受け入れたのは貴方を愛していたからじゃない。貴方の機嫌を損ねて村を潰されない為にも貴方の手を取るしかなかった。

私の心はずっと、村と、ザールさんの元にありましたよ。


アンタも、神なんて奴も、大嫌いだ。聖女になった時からずっと苦しかった。こんな力があったって、本当に救いたい人を救えなきゃ意味がない。

村からあたいを引き離したアンタのことがずっと嫌いだった。でもあたいは村さえ潰さなければアンタの望むまま振る舞うつもりだった。

きっと乱暴な口調を使い始めたあたいにアンタは驚いてるんだろうね、でもこれが本当のあたいだ。

これまでアンタらに見せていたのはお偉い様方の機嫌を損ねないよう取り繕っていた姿だよ。

母さんが教えてくれたんだよ。あたいの容姿は良くも悪くも目立つから、将来お偉いがたの目に止まるかもしれないって。

そうなった時、不興を買わないように令嬢としての振る舞い方を教えてくれたんだ。

村娘のあたいの姿や振る舞い方が辺境の民らしくない事を疑問に思わなかったのかい?

思わなかったんだろうね。アンタ、あたいが村娘だって途中で忘れちまってたみたいだし。

なかなか無理してたんだよ。アンタの私欲のせいで、その努力も全部無駄になったけど。


アンタが、あの時、あたいを閉じ込めたりしなければ、もし行かせてくれたなら、間に合わなかったとしても、あんな死に方を選ぶつもりはなかった。そもそも子供から親を奪うつもりすらなかったんだ。

あたいにはザールさんや村の皆がいてくれたけれど、それでも両親と早くに会えなくなってしまったのはとても寂しかったからね。

どうせアンタは考えたこともないんだろうね。救えるだけの力があったのに見殺しにさせられたあたいの苦しみも、たった一つの希望を潰されてあたいがどれほど絶望したか、一生理解しないだろう。


旅に出た時からずっと死にたかった。でも死ねなかった。村を潰されるのが怖かったから。

あたいの守りたいものを全て失ってからはもっと死にたくなった。でも聖女だから死ねなかった。

アンタなんかに孕まされる事になった時は今すぐ死なせてほしかった。けど例え望んでなくても罪のない子供に手をかけたくなかった。

だから腹の子が聖女の力をもらってくれて嬉しかった。やっと死ねるんだって。もう後の子供の苦労を考えてやれるほどの優しさは残ってなかったよ。

近いうちに死ぬことはもうあたいの中で決定事項だった。ただ失敗するわけにいかないから入念に準備するうちに、アンタへの復讐も思いついたんだ。


我ながら悪趣味だと思うよ。自分の魔力で、皆の前で、それも臨月の腹をぶち抜くなんてさ。でもアンタを一番傷つけるならこれが良いだろうなって。

ずっと隠していたのに、セドリックさんを助けようと咄嗟に使ってしまったから、もしあたいがあの魔法を使える事をアンタが覚えてたらどうしようと思ってたけど、杞憂だったね。

母さんには守りたいものを守る時にだけ使えって言われてたのに、あたいはなにも守れなかった。

なんで閉じ込められた時に使わなかったのか、アンタはわかんないだろうね。人を傷つけて平気でいられる人間ばかりじゃないんだよ。

今のあたいは歪んでしまったけどさ。やっぱり聖女なんてあたいのガラじゃなかったよ。


なあ、愛していた女がアンタの事なんて全く愛してなかった気持ちはどうだい?

アンタの子供を愛していなかった、ただ自分を死なせてくれる存在を喜んでいたと知ってどう思った?

民衆達の前で文字通り死ぬほど憎まれていたと明らかにされた気分は?


もうどうでもいいけどね。ずっと楽しみだったんだ、やっと皆の所に戻れるんだって。今度こそ愛する人と一緒にいられれば、それでいいよ。

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