ある王族の回想 上(解答編その①)
――今代の聖女は辺境の小村にいる。
魔王を倒すべく神に選ばれし者。その最後の一人である聖女の捜索は大いに難航していた。だが旅の最中の神託により、勇者であった私は同じく神に選ばれた者達と共にその村へと向かった。
今代の魔王が立てた根城のように山々を越えた大陸の果て程ではないが、これほどまでに離れている場所に存在してる村は閉鎖的で、殆ど王都へ情報が入ってこない。私も神託がなければ村の存在を知ることはなかっただろう。
聖女もまた私達が迎えに来る事を神託で受けていたらしい。また先んじてその神託を伝えていたようで、私達を見つけた村人はすぐさまに聖女を呼びにいった。
「初めまして、殿下。此度、聖女という誉れ高き役目を頂きました、フィニアと申します」
年かさの大男に連れてこられた彼女を見た瞬間、その神々しいまでの美しさに私の目は引き寄せられた。
こんな鄙びた場所で生まれ育ったのだ。粗野で見目も芋のような女かと思っていた私の予想は完全に裏切られる。太陽の光を集めたかのよう輝く黄金の髪も、宝石をはめ込んだかのような緑の瞳も、上品な立ち振る舞いも、私の視線を捕らえて離さない。
呆然とする私を置いて他のメンバーが大男とやりとりする。彼女を連れてきた大男はこの村を治める長であり、幼い頃に両親を失っていたフィニアの父親代わりを務めてきたらしい。
弓使いのセドリックが彼女の両親の墓に手を合わせたいと願い出た。大切な娘さんを危険な旅へ連れて行くのだから、と。
そんな事をしている場合ではないと私も他のメンバーも思っていたが、フィニアがその提案に嬉しそうな顔を見せるものだから乗るしかなかった。
向かう最中にセドリック達の会話で、今もフィニアは村長と同じ家に暮らしていることを知った。例え養父とはいえ、年頃の娘と二人きりだなんて変な気を起こしても仕方がない。ましてや彼女はこんなにも美しいのだから。
「村長さんはもう会えない奥さん一筋ですよ。彼女以外、愛する気はないんですよね」
「ああ」
彼女に一目惚れしていた私は思わず敵意を向けたが、無用な心配だったらしい。亡くなった女を想い続けるとは、無愛想だが情は深い男のようだ。そのわりには養女であるフィニアへの態度があまり良くないが。他の村人達も私達を遠巻きに見るばかりで、彼女を見送りに来ない。
「……達者でな」
「村長さんもどうかお元気で。では行ってきますね」
彼女の両親の墓前に挨拶した後、いよいよ旅立つ時ですら村人達の態度は変わらなかった。まあ、いいか。もう生涯関わる事はないのだろうから。
それにしても随分と上手くいったな。同じく村の出身だったらしい前聖女の話を聞いていた限り、もっと抵抗されるかと思っていたのだが……。とりあえず荒事は起きないのが一番だ、彼女の物わかりの良さに感謝するとしよう。
◇
フィニアは戦う力こそ持っていなかったが、触れて祈るだけでいかなる傷も癒やす聖女の力によって旅の負担は大幅に減った。
道中でたびたび魔物との戦闘が起こる。最悪、勇者である私さえいれば魔王は倒せるが、戦力が減るのは好ましくない。彼女の存在に私達はおおいに助けられていた。
「僕の地元もよく魔物に畑荒らされてさあ……万が一選ばれる事があったら、絶対にこの手で魔王を殴ってやろうって決めてたんだよね」
「でも弓聖だったと」
「うん、そうなんだよ……。だから神託伝えた時、奥さん大笑いしてた」
フィニアは片田舎の村娘と思えぬほど洗練されていたが、ずっと農業に関わっていたからだろう。旅を続けてきた私達に負けないくらい体力があり、旅の生活にも文句一つ漏らすことはなかった。
それに辺境に住んでいたとは思えないほど彼女は博識だった。同じ村人であるセドリックなんて自分の名前以外、読む事も書くこともできなかったというのに。地理や歴史に関しては少しばかり知識が古かったが、何代か前の村長が集めたらしい蔵書が家にあったのだと、彼女とセドリックの会話を聞いて知った。
神から選ばれた名誉ある地位だというのに、この役目を良く思わない者は意外にも多い。その殆どが平民だ。けれどフィニアは魔王退治に乗り気だった。同じく平民であるセドリックも同じだ。
心優しくも芯が強く、平和の為まっすぐ前を見つめ続けられる彼女に私はいっそう想いを募らせていった。ただそれにより胸を痛める事が二つあった。
一つ目は彼女は平和の為だと意気込んでいるが、この旅の本当の目的は違う。今代の魔王によって生まれた魔物はこれまでと違ってさほど脅威はない。本来は倒す必要などないのだ。
ただ年老いた父はそう遠くないうちに王位を私に譲るだろうが、即位するには私は若すぎた。だからこその箔付けだ。次代の王が危険を顧みず、民を脅かす魔王を倒す。これほど絵になるパフォーマンスはないだろう。
それに触れて祈れるだけでどんな傷も病も癒やす聖女の力は捨てがたい。せっかく魔王が誕生したのだ、利用しないという手はなかった。将来的には婚姻という形で王家に囲い込む予定だ。最終的に王女へ力を継がせればいいとはいえ、子を成す相手が好意を持てる相手だったのは幸いだった。
二つ目は彼女がセドリックと打ち解けていることだ。
同じ農民という立場からか、二人は馬が合うらしい。セドリックには最愛の妻がいるからか、色恋の気配はないが、私には一線置いている彼女が他の男と親しげにしているのは気分が良くない。
でも旅はまだ続くのだ。チャンスはいくらでも訪れるだろう。
◇
「セドリックさん!」
近くに隠れていた彼女が叫んだ瞬間、初めて見る黄金の光がセドリックを襲っていた魔物を貫く。
それによって魔物は消滅したが、崖の近くで戦っていたセドリックは運悪く足を滑らせて谷底へと落ちてしまった。
どんな重症でも命さえあれば癒やせるフィニアは助けに行こうとしたが、私や他のメンバーは止めた。この高さから落ちては助からないと。
それでも頑なに探しに行くと言って憚らない彼女に仕方なく私達は谷底へと足を運んだ。
結果から言えば、あの男は私が見つけた時まだ生きていた。どうして生きているのか不思議な状態だった。死ぬのは時間の問題だろう。虚ろな目で知らない女の名前を口にする奴は私の存在に気付いていなかった。
そして不幸にも私も気付かなかった。茂みに隠れていてなかなか見つけられなかったのだ、奴が絶命したのを見計らって私はそう皆に告げた。
友人を失ったフィニアは奴の死体を前にひどく青ざめた顔をしていた。
◇
「私は乙女じゃありません。もう会えない想う方へ純潔を捧げました」
セドリックを亡くしてから落ち込んでいた彼女を慰めることで私達の仲は深まっていった。
以前と比べて気を許してくれるようになった彼女に想いが通じている確信を持った私は魔王を倒した後、彼女に求婚して思わぬ言葉を返された。
嫉妬で目の前が真っ赤に染まる、気が狂いそうだった。まさか二人の仲がそこまで発展しているなんて思いもしていなかった。
奴への怒りがふつふつと湧き上がる。内縁とはいえ最期に名を口にするほど愛した妻が居たというのに、虫も殺さぬような顔をしておいてなんてやつだ!
だがそれが田舎におけるスタンダードなのか。奴は聖女と同い年、まだ成人してさほど経ってない身でありながら妻帯者だった。田舎では出会いがなく子を多く残すことを望むことから結婚が早いのだと聞いている。
彼女の体を自分以外が暴いたことが腹立たしい。でもそれすらも疵瑕と思わぬほどに私は彼女を愛していた。
確かに王家に嫁ぐにあたって乙女でない事は問題になるが、奴が亡くなってから一年以上経つ。他の男の子を孕んでいる可能性はない。それに破瓜の血などいくらでも偽装できる。
「君のためなら何でもできる。それほど君を愛してる。だから何の心配もせず嫁いでほしい」
そう懸命に愛を語っても彼女は憂い顔のままだ。しばらく悩んだ様子を見せた後、フィニアは口を開いた。
「ならば約束してくださいますか。何があってもセドリックさんの故郷や彼の家族を害さないと。そしてセドリックさんの遺品を奥様に届けさせてください」
私の怒りを彼女は見越していたらしい。それに焦りながらも頷けばフィニアは私との婚姻を承諾した。
そして私達は城に戻る前に奴の妻を訪ねてやったのだが……。
「どうしてあなたがいたのにセドリックが死ななきゃいけなかったの!何の為の聖女よ!セドリックを返してよ!彼を返して!」
思いだしただけで腹立たしい。不幸な事故で死んだ奴の遺品をわざわざ届けてやったというのに、奴の妻は私達を口汚く罵った。フィニアに対しては特に当たりが強かった。
これだから田舎者は。無礼が過ぎると粛正を考えた私をフィニアは制して、彼女は謝り続けていた。