特別回【序】『子元さまのことなんか全然好きじゃないんだからねっ!』(∞/13)
……漆黒の暗闇に呑まれたライブ会場にスチームが靡き、虹色のペンライトが幾千本も振られる。
いわゆるオープニングというものか?
昇降機でせり上がる人影はすらりと細く、それでいて覇気を感じさせる。舞台からの白い光が逆光となり、その針のように細い輪郭をビビッドに照らしあげる。
『──あの日、俺は日本を変えると誓った──貴女だけのために』
「「キャー!」」
やたらイケボなナレーションが流れ、そのヴォイスに女性ファンが色めき立つ。
次にせり上がる人影には男性ファンの推しが多い。男が惚れる男だ。
『君たち国民が投票してくれたから、今の俺たちがある』
「「キャー!」」
人影がひとつ、ふたつ、みっつ、よっつと増えていく。
『僕たちのために来てくれてありがとう! 一緒に踊ろ?』
「「キャー!」」
『この国も君も僕が防衛する!』
「「キャー!」」
『そなたを戦に巻き込みたくはなかった。もう一度桜を見に来ようぞ』
「「キャー!」」
『貴女を苦しめた悪人など俺が逮捕します!』
「「キャー!」」
サーチライトが収束し、その六人を照らしあげる。
後方スクリーンを縦七分割して、登場順に、秋津悠斗内閣総理大臣、荒垣健内閣官房長官、柏木神爾外務大臣兼内務大臣、国枝晴敏防衛大臣、斯波高義副総理兼財務大臣、刺刀一馬警察庁長官が並び立たつ。
ネクタイがパーソナルカラーに色分けされている。秋津は紫、斯波は黒、荒垣は赤、柏木は青、国枝は緑、刺刀は群青色だ。芸が細かい。
舞台の電飾が光り、そのタイトルは──
《 にほんのプライムミニスターさまっ♪︎ 貴女だけにベーシックインカム五〇〇〇兆円♡ 》
……みたいな?
このユニット、J6(ジェイシックス)と言ったところか。
最年長の荒垣官房長官が五十路、次が斯波副総理兼財務大臣の三十路だからアイドルとしてはかなりの高齢だ。政治家としては若いが。
「べーっくしょん!」
保守党最高顧問の青梅閣下御年八十九歳が盛大にくしゃみする。
東城洋介の推しメンは荒垣閣下。美咲と遥の推しは秋津のようだ。
「あきつおにいちゃんはわたしの王子様なの!」
「たとえ娘でも悠斗様は譲らないわよ!」
音楽専門学校でヒロインが作曲を務める乙女ゲームや劇団員育成ゲームや異母兄弟全員ライバルの兄弟衝突が最終回で全員キープという回答を導き出すヒロインのゲームの英才教育が功を奏し、早速同担拒否が発生している模様。
「しょっぱなからなんつうもん見せられてんだ俺たち」
「いやいや洋介、これはね……」
美咲は語る。日本には漫画アニメゲームの文化があるから子元と薙瑠の容姿も違和感なく受け入れられるのだと。
だからわざわざ司馬一族に千葉県の幕張メッセにまでご足労願ったのだ。
日本中の創作クラスタがシミュレーションしているから妖術もさほど驚かなくて済むのだと。確かに千年前に月からかぐや姫がやってきたり光源氏を主人公に読者諸氏にお馴染みな当小説投稿サイトも真っ青のチートハーレム小説を書いたりする国民性ではある。
創作クラスタ最高!
……みたいな?(二度目)。現代日本滞在のお供にフランケンシュタインとドラキュラと狼男がほしいところだ。
パリピの言葉を借りればテンアゲでこの特別回を始めようとするが、筆者のメタ丸出しなノリを知ってか知らずか、ヤマタノオロチを討伐できるかもしれないゲームキャラクターの等身大パネルを司馬子元が一瞥。
「あれはなんだ……」
何を見たのかは読者諸氏の創作クラスタとしてのご見識と想像力(妄想力?)に期待したい。
「ブーーー!!! ゲッホゲッホゴホゴホ」
洋介が口に含んでいたメロンソーダが気管に入り、美咲がずっこけ、遥が口に含んでいたポップコーンがこぼれる。
「なに……三……」
子元は金印をかたどったタイトルロゴを見つめるが、
「だああああああああああ! 子元殿、見なかったことに!」
なかったことにするのは果たしてゲームも含まれるのだろうか?
「あ? ああ……」
《 特別回【序】『子元さまのことなんか全然好きじゃないんだからねっ!』 》
「春だ! 幕張メッセだ! 超会議だ!」
と威勢よく拳を突き上げたはいいものの、急に腹が鳴る洋介。
「そういや朝飯食ってなかった」
「朝から検閲抗争あったからね」
社会人になると定刻通り朝昼晩とはいかないものだ。
「おとーさんおなかすいた」
「屋台ブース行くか!」
「やったー」
……鉄柱に貫通された羊肉がぐるぐる回り、赤いTシャツのトルコ人が焼けた表面から削ぎ落とす。
キッチンカーの高めのカウンターに五百円玉を三つ置く洋介。薙瑠ちゃんが財布を出そうとするが子元が制する。子元も男を見せた。
「辛口」と男らしい洋介。
「辛口」と職業柄慣れてる美咲。
「あまくち!」と遥ちゃん。
「辛口を頼む」と子元様。
そして薙瑠ちゃんは──
「辛口でお願いします」
「えっ?」「えっ!」「えっ!?」「えっ?!」
小麦粉の自然の味を生かし焼き上げられた生地に、キャベツがてんこもりにされ、香ばしいソースとからみあう肉汁がうまそうだ。
おいしそうに頬張る薙瑠ちゃんを横目に肉まん王子は涙目で口の中が焔の海と化す。予想より辛かった模様──作品媒体が漫画であれば表現力に満ち溢れた筆者は炎のエフェクトを追加していただろう。
この調子だとデートでジェットコースターに乗せた場合薙瑠ちゃんがはしゃいで子元が気絶しかねない。
*
*
*
……一行は自衛隊出展ブースに寄る。
陸上自衛隊一六式機動戦闘車や一〇式戦車が堂々と鎮座する。
「あれ? 親父?」
なんと、統合幕僚長みずからの広報である。
「教職員組合が反対するせいで自衛官の志望人数減ってるからなあ」
なんとも生々しい話だ。ブラック企業には嬉々として送り出すくせに自衛隊や創作クラスタを目指す若者には反対する先公は噴飯ものである。さすが野党護憲民衆党に献金しているだけのことはある。
そんなわけで自衛隊側も軍艦擬人化ブラウザゲームとコラボしたり募集ポスターに萌えアニメを用いたりと苦戦しているようだ。
筆者も海上自衛隊護衛艦こんごうに乗艦した際に受付用紙にリクルートの旨の文言があったことを覚えている。
薙瑠ちゃんが制服の階級章を見ていると──
「え、桜の印……」
何かに気づいたようだ。幸一と洋介が顔を見合せる。そろそろ話すべきだろう──我々は桜の鬼にあやかってこの紋章を用いているのだと。
洋介は薙瑠ちゃんを靖国神社に連れていきたいと思った。きっとご先祖様も歓迎してくれるに違いないだろう。
「──桜はぱっと散るから美しい!」
「わっ! びっくりした」
その人物こそ、第八十九代内閣総理大臣の大泉剛一郎である! 杖こそついているがまだかくしゃくとしている。
「保守党をぶっこわす!」
そのフレーズで二十一世紀のあけぼのに平成の名宰相に君臨した元祖ぶっこわす系議員である。物部元総理は彼の内閣で内閣官房長官、副長官として仕え、北朝鮮に共にカチコミし拉致被害者を奪い返した武勇伝は有名。
「桜の印だということは桜の印だと言うことです」
大泉構文を披露するせがれの大泉進太郎。レジ袋ごときに課税して日本中の店員を泣かせた党広報本部長である。
フレーズを武器に郵政省と環境省をぶっこわした大泉パパと大泉ジュニアは一体何を伝えにきたのだろう?
……紗鴉那は制服の試着コーナーに通され、海上自衛隊幹部自衛官の漆黒のダブルボタンの上衣を羽織り、制帽を頭に乗せる。
「私なら軍服も似合うって? はっ、当然だろ?」
みたいな台詞を言ったとか言わないとか。
*
*
*
世界展開する喫茶店S社が腕によりをかけて子元と薙瑠のいい感じのムードを盛り上げてくれる。筆者の行きつけはT社ではあるが。
コーンフレークの基礎に青いソースが流し込まれ、ホイップクリームが詰め込まれ、これまた青いゼリーが透明なかがやきをたたえる。
バニラアイスにポッキー(商標?)が刺され、スライスしたバナナ二枚にちょっとビターなチョコレートのクリームがツノを立てる。
薙瑠ちゃんの方はスフレ状のものにに桜色のクリームが詰められ、苺が可愛らしい断面を浮かべる。赤いソースがかけられ大和撫子のごとく純白の清らかな美しさをたたえるホイップクリームに桜の花びらが二、三枚いろどりを添える。
推しパフェ『芝桜』の完成だ。
青くとぅるんとぅるんのゼリーが子元のスプーンの上で可愛いく揺れる。
薙瑠ちゃんがそれに見とれる。
「あーん……?」
「あーん??」
ぱくり。
確かにこれは他人の前では見せない秘密の時間であることには違いない……
……アミューズメントの類いが立ち並ぶエリアに差しかかる。
「薙瑠ちゃん、プリクラ撮らない??」
「断る」
「子元様、そんなに嫌だったんですね……」
肩を落とす薙瑠に子元が慌てる。
「美咲、薙瑠ちゃんを頼む」
「りょ」
むぎゅーっ! と洋介と美咲が両サイドから子元と薙瑠を押し込む!
「「わっ!」」
途端に四人分の身体が雪崩をお越し、妙ちくりんなポーズで撮られてしまった。
気を取り直し、二枚目は真面目に撮る。
美咲はモニターに表示された自分たちの顔にタッチペンで思い思いのデコレーションをしていく。勿論傘マークにふたりの名をひらがなで描くのを忘れない。
機械から出てきたプリクラを薙瑠ちゃんは顔を綻ばせながら両手で持つ。
この偽りの世界に自分がいた証だから……
……偽り?
薙瑠が右目をかっぴらいて息を呑む。
「(私……私は……)」
幕張メッセに展示されていた幻華譚の文字が一瞬だけゆらめいた。
* *
二〇三〇年代の日本は政治家の名前などでお分かりのように現代日本をトレースしつつも筆者の創造したパラレルワールド的に分岐した未来のひとつであり一種のアンチテーゼでもあるわけだが、鉄道は事実上J社の寡占状態にあるので実名表記するが……海浜幕張駅から京葉線に乗り、一行は東京駅を目指す。
あえて特急やグリーン車などではなく、普通の車両だった。
鬼にこそなっていないが、桜薙瑠と司馬子元はかような容姿である。
それでも日本の一般庶民は驚かない。なぜなら、
世を忍ぶ仮の姿で人間界に君臨し夜な夜な乙女を蝋人形にしているデスメタルバンドボーカルの魔界副魔王もいるし、渋谷に行けばゴスロリ服を纒いやたら涙袋を腫れぼったくする黒髪の女子もいれば、どう見てもTシャツ一枚としか思えぬ格好でタピオカ片手に闊歩する女子で見慣れているからだ。
この現代日本で多少容姿が変わっていても、慣れたものだ。
サインを書いてあげたり、自撮りに応じてやったりと。
……そんなこんなで東京駅に着く一行は東海道新幹線こだま号に乗り込む。
当然グリーン車。ちなみに滞在費用は日本国政府持ちなので心配ない。
司馬一家は仲達、春華、子元、子上の四人、で薙瑠ちゃんが加わるが横一列には座れない。
「子元様、私は後ろに控えておりますので」
「え」
「え」
「……わかった」
薙瑠と一緒に座れるかもといつの間にか期待していた自分が恥ずかしくなった。と思ったが、
すぐ後ろの席に座ってくれて、少し元気になる彼。頑張れ子元。
駅弁を乗務員が売りに来て、洋介は幕の内、美咲はサンドイッチ、魏サイドは焼売弁当を頼む。
新幹線の車窓からは富士山が見えていた……
* *
一行は山の急勾配をバスで駆け上がり、迷彩服姿の陸上自衛官が駐車場に誘導する。
陸上自衛隊富士駐屯地には洋介と美咲が中二の校外学習で世話になった少年自然の家が隣接している。
小学校の給食室のべらぼうにでけえ蒸気式調理釜を思わせるでかい鍋にサラダ油を引き、玉ねぎを飴色になるまで炒める。
ブロック状の牛肉を加え、肉汁の旨味が逃げないよう焼きしめて閉じ込める。
美咲が芽を執拗にむしったせいで一回り小さくなったじゃがいも、乱切りのにんじんを加え、しんなりするまで炒めたのち、コンソメスープを加える。
火燃しは幸一が引き受け、洋介が大ベラでかき回し、遥は味見係。
灰汁をとりつつ、ひと煮立ち。
具材に火が通ったと判断した洋介がカレールーを割り入れる。
甘口と辛口の二種類の鍋を用意している。
……丸太を敷き詰めただけの簡素なベンチにてカレーに舌鼓を打つ一同。
きっと桃園の誓いを交わしたあとの兵卒らをまじえた宴もこのようににぎやかだったにちがいない。
「子元殿、桃園の誓いってどんなでしたっけ」
洋介がスプーンを口に含みながら子元に訪ねる。
「あやふやじゃないか、酒を酌み交わしてあれをあれするあれだ」
「秋津総理、後半あれしか行ってないじゃないすか」
子元は苦笑し、教えてやることにした。
秋津悠斗と東城洋介と司馬子元が盃を突き合わせる。
「「「我ら、生まれた国、生まれた年は違えども、同じ日に死ぬことを望む!」」」
神と鬼と人の義兄弟の盃が酌み交わされた──!
ちなみに秋津が皇族の一門であることをこの時点では子元はまだ知らない。
*
*
*
虫がさざめき、雲が薄紫色になったころ──
油が塗られた薪が櫓の要領で組まれたところに、神、鬼、人を代表して秋津、子元、洋介がトーチを構える。
キャンプファイアーで欠かせない火の女神、今回は神流が引き受けた。
三者三様の祈りを託し、聖なる火を三人の代表者に分祀し、櫓に灯す。
燃えろよ燃えろ、と皆が唱和する。
縄文時代の日本でも焚き火を囲みながら村の内外の男女がこうして夜通し語り合ったものだ。
太古の記憶が人間の本能にDNAレベルで染み込んでいるのがわかる。
パチパチと薪が弾け、炎が人間の背丈より高くなる。煙が天空のはるか上に昇ってゆく。
歌うのは──今日の日はさようなら。
……薙瑠ちゃんの偽りの世界での思い出がもうひとつ増えたのだった……




