第4話『月夜のデヱト・幻華譚を死守せよ!』(4/13)
ヤマトヲグナ作戦。それは謀略とは言えぬもの。
日本国政府が総力を挙げて泣き落とししようとも、司馬仲達には意味をなさない。
東城美咲の説得と共に現れた上皇陛下の温かく優しい手に木花咲耶姫を感じ、桜薙瑠は日本に猶予を与える。
そのような中、子元には軍事の才が、子上には政治の才が発現する。
桜、散る──それまでにヤマトヲグナ作戦を完遂させねばならぬ。
その主役こそ、自衛隊統合幕僚長東城幸一、戦艦大和艦長東城洋介、歌姫東城美咲であった。
子元と薙瑠が選択する未来を見届けるのは、遥の世代だろう──
一日目──横浜にて首脳会談事前担当者会合と観光。
二日目──感想連動表示型動画サイト主催「ワラワラ超会議」視察。
三日目──陸上自衛隊富士演習場で自衛官と鬼らが模擬戦。日本国政府と仲達・春華が首脳会談。
四日目──合流し天皇皇后両陛下に謁見。国会議事堂での歓迎行事を控えている。
……かような段取りとなっており、今夜滞在初日を終えようとしている。
子元と薙瑠の案内役を仰せつかっている東城一家は子元が中座したのを機に以前より聞いてみたかったことを聞いてみることにした。
烏龍茶を飲み干した洋介(連日の護衛任務の責任者であり幹部自衛官のため飲めない)はグラスをテーブルに置く。美咲もレモンサワーから唇を離した。氷が小気味良い音色を鳴らす。幸一も生ビールのジョッキをぐいと飲み干す。遥は意に介さずオレンジジュースをちゅるちゅる吸っているが。
美咲がぐいと身を乗り出す。
「そっちの国の人に多分聞かれてるとは思うけど、薙瑠ちゃんに改めて聞くね」
「はい」
「薙瑠ちゃんは子元殿の気持ちに気づいてる?」
「はいかいいえで答えるなら──はい、です」
彼女は頬を赤らめ、寂しげに俯いた。
「…………」
「…………」
幸一が目を細める。生ビールのジョッキを握り左肘をつく。
今から昭和の男丸出しで説教するつもりだ。飲み会スルーなる言葉があるように現代っ子が会社でこれをやられると逃げ出したくなるだろうが、幸一は昭和の中間管理職にしては珍しく部下のプライドを重んじるため洋介は父を止めなかった。
「なあ、薙瑠ちゃん。女の子が男の上司に思わせぶりな態度をとるのはやめたほうがいい」
魏で受けたアドバイスとほぼ同じだった。強いて言えば薙瑠の顔が紅潮している点のみ違う。
慎重に若人の人生相談に乗る父幸一とは対照的に洋介は茶化す。どうやら所謂深夜テンションに突入したようだ。
「付き合っちゃえよ──いて!」
ガッ! と美咲が洋介の足をハイヒールの踵で貫く――接地圧で重い。痛い。
浅はかな夫に妻は眉をつり上げた。これはこれでちょっと可愛い、と洋介は不謹慎にも妻への劣情に駆られた。
「怒るよ?」
「……すまん」
「子元殿に女子の性格が違うから通用しないんんじゃね的なこと言われてなかった?」
「……ごもっとも」
「私みたいな女子だから良かったけど女子からアプローチを仕掛けるなんてラノベの世界だけだからね」
「……おっしゃる通り」
言うまでもなくヤマトヲグナ作戦は子元と薙瑠が転生前に結ばれることが絶対条件である。
「洋介。男子が女子にしてやれる唯一のことは──甘やかしてやることだけだ」
幸一が冷奴を箸でつまみながら教えてやった。
「女の子は愛されて自信をつけて可愛くなるんだよ」
美咲も加勢する。
「「ねー!」」
これ程仲のいい舅と嫁は珍しいだろう。
──倭男具那。倭武の幼名である。
大人の男になり切れてないのは案外洋介のほうかもしれなかった──
「私はここで」
ゲラゲラ笑う日本サイドに、薙瑠は中座した。
その席のグラスの酒は、ひとくちも口をつけていなくて。
薙瑠の姿を目で追う子元に、仲達は頭を撫でてやった。
「お前は行っていいんだぞ」
「父上……?」
……夜風を浴び、星空と夜景が宝石箱のごとく輝く横浜の港町を歩いてゆく。ふたりの時間をかみしめるように、一歩一歩、歩みを進める。
中華街のあたりを通りすぎる時──
薙瑠が目移りする。
豪華絢爛な中華街の中にあって華僑の老紳士が営む小さな店。ちょっとノスタルジックだ。
「……食べたいのか?」
薙瑠は平手で断り首をプルプルと振る。
──あれを、薙瑠にも食べさせてあげたい。
「俺はお前が素直な感情を明かしてくれるほうが嬉しい……何が食べたいとか、何をしてほしいか、だとか」
「いえ……ご迷惑になってしまうので……」
子元は薙瑠の遠慮に半ば呆れながら、
「なら俺に付き合っ、いや、付き添ってくれ──命令だ」
語弊を即座に訂正した上で薙瑠をいざなう子元は照れて顔をそらしている。
妙ちくりんな命令に思わず薙瑠は吹き出しそうになるが頬を膨らませる程度にとどめた。
子元が背を向け店へ歩き出そうとするが……薙瑠が動かない。
薙瑠は前髪をいじり、頬を赤らめはにかんでいる。
「子元様、これは命じるものではなく、誘うものだと思いますが……」
苦笑しながら子元は右手を薙類の小さな手に重ね、ぎゅぅっと握る。薙類がそれに応え子元の手を弱い力ながら握り返してくれたのが嬉しかった。
薙瑠のちっちゃな手を子元の筋肉質な手が守っている。
一体子元はどれだけ女性をエスコートすることに疎いのだろう?
……結局主人の厚意で店先の腰掛けを貸してくれた。一杯だけだが余ったタピオカミルクティーまでサービスしてくれた。まだひんやりして気持ちいい。
はむ、と薙瑠が小鳥のように肉まんをついばむ。
はふ、はふ、と熱々の餡を口の中で転がし持て余している。
──可愛い。
見かねた子元が自分のタピオカミルクティーをそっと差し出した。
礼もそこそこに彼女は透明カップ自体を子元に持たせたままストローを吸う。相当焦って側近としての立場を一瞬だけ忘れてしまったようだ。だがそれこそが日本国政府の謀略の本旨であり子元自身の願望でもあるのだ。
ぷは、と薙瑠の唇がストローから離れると子元も飲もうとするが──
「──あ」
「──あ」
……気まずい沈黙。二人の頬が木花咲耶の髪に負けないくらい紅桜色に染まりゆく。
照れ隠しに子元は男子らしく一気に頬張る。
肉の旨味が溢れ、ふくよかな椎茸がそれを引き伸ばし、玉ねぎの甘みとたけのこの歯ごたえが美味である。情緒的表現を用いるならば……おいしい味が口いっぱいに広がった。
月夜が雲を淡い虹色に染め、ほのかな光が肩を寄せあうふたりのシルエットを浮かび上がらせる。
夜桜がはらはらと舞い、薙瑠の髪にふわりと舞いおりた。
この満ち足りた時間がいつまでも続くことを子元は願うのだった。
* *
(成人済みの読者ならご理解いただけるだろうが、酒を飲むとアルコールを処理するために水分塩分糖分が不足する。これが飲みのシメにラーメン屋が選ばれる理由だ。)
秋津総理大臣、国枝防衛大臣、柏木大臣、刺刀警察庁長官とて例外ではない。
白髪で眼鏡の店主が湯切りしながらぼやく。
「昼だったらよお、昼だったら何でも協力してやんのによお、お偉いさんが来ちゃってたまんねえよオイ」
「この暑いときに熱いのがいいんですよご主人」
国枝が眼鏡の奥の目をへの字にする。
「駄目だよお~お前~暑い時は冷たいもんだよお~」
店内が爆笑の渦に包まれた。
バーコードの禿頭にネクタイを巻き付けた中年親父がビール瓶片手に秋津に絡んでくる。刺刀は職業柄警戒するが柏木が平手で制する。
「総理大臣~税金下げろよ~ウィ~ヒック」
「どうも、税金泥棒の独裁者でございます~」
店内が再度爆笑の渦に包まれ、特に会社役員クラスが思わず口に含んだ酒をブーと吹き出し直撃したバーコード親父のバーコードを水圧で曲げてしまったではないか!
秋津は部下である政府高官にこそタメ口ではあるが、有権者たる国民には敬語を使う。
「じゃあ店長、ここにいる客は俺のおごりな」
「かしこまりました~」
「「よっしゃー!!!」」
「サツの前で公職選挙法違反は勘弁してくださいよ!」
刺刀長官がツッコミを入れた。が、政治家にとってメシを奢るのは当たり前のことだ。
そんな茶番をよそに国枝防衛大臣がスマートフォンを握る。騒がしい店内のためスピーカーに切り替えた。
『はい、東城です。ヤマトヲグナ作戦、第一段階成功、子元と薙瑠ちゃんの急接近に成功しました。明日から第二段階に移行します』
「いまここに秋津総理大臣がおられるからね、代わるよ」
「俺だ」
『秋津閣下! 失礼致しました』
「閣下はよせ、同じ女性を好きになった者どうしじゃないか」
実際、秋津悠斗内閣総理大臣と東城洋介戦艦大和艦長は年がさほど変わらず、むしろ洋介のが微妙に年長である。
房総高校の同級生だ。幹部自衛官の息子と国会議員の息子だからそういった方面で話が弾み家族ぐるみの付き合いがある。唯我独尊の秋津を唯一友人として扱った洋介……彼の方こそ感謝しているのだ。
『わかっている──全ては日本国政府のシナリオ通りに』
* *
……通話の切れたスマートフォンを尻ポケットにしまい洋介が部屋に入ろうとすると美咲が洋介のジャージの裾をつまむ。
「洋介、お寿司屋さんではごめんね」
「え、気にしてないぞ? 自衛隊の訓練に比べりゃな」
彼の足はまだ地味に痛いが空気を読んでフォローしてやった。
「あーおかーさんずるい、きょうはわたしがおとーさんとねるー」
美咲とおててつないだ遥が口を『3』のような形状にする。
「美咲に謝らなくちゃな、今夜俺の隣で美少女が寝る先約になってるんだ」
ヤタガラス作戦の元ネタである独立記念日にアメリカ合衆国大統領が自ら戦闘機で出撃し地球外生命体相手に全世界同時反撃作戦を主導するハリウッド映画の冒頭でファーストレディーに電話越しに披露したユーモアの受け売りを洋介は披瀝してみた。
「幼なじみで金髪ポニテで元気系ヒロイン差し置いていい度胸してるね」
「自分で言うんかーい」
「子元殿曰く「積極的に動く性格で芸能人」だからね」
美咲がリスみたいにほっぺたを脹らませた。
「好きなのか?」
「悪い?」
「……薙瑠ちゃんにチクろ」
「すいません許してください何でもしますから!」
「ん? 今何でもって」
「いや、お前ら付き合っちゃえよ!!」
にやついて鑑賞していた幸一が意趣返しした。
「「孫の顔見せたよ!!!」」
……で、親子水入らずでホテルの同室を取った。美咲と洋介の隙間に遥が挟まれる親子川の字だ。
ちなみに幸一は魏の諸将と三日目の軍事演習を控えカウンターパートとして打ち合わせがあるらしい……
……美咲の蜂蜜色の髪がシーツにたゆたう。洋介はそれをつまみ、指先でくるくるとかき回し、撫でる。
「ん」
「ん」
美咲は目を瞑って洋介の腕枕に身を委ね、上半身をくねらせるとその動きをトレースしつつ月明かりが曲線を照らす……
「月が綺麗d──」
「あいにく私は秋津総理大臣のファーストレディーと違って教養がないから元出版部部長がそういう言い回しすると芸術的表現か恋愛感情か判断に困るから直接言ってくれないかな」
「では遠慮なく──好きだ」
「大好きだよ」
洋介が美咲のおでこに口づけを落とした。必然的に遥が圧迫される。
「ふにゅ~」
「あ、遥、起こしちまったか」
「……おかーさんっておとーさんのかのじy──」
「当たり前だ──一生な」
今度は顔を木花咲那の角にまけないぐらい真っ赤にした美咲が洋介のみぞおちに裸足で蹴りを入れたために洋介はベッドからすってんころりんと転げ落ちる。
「人間が人間を好きになって何が悪い!」
「主語がでかい、てゆうか伝え方の問題だよ!」
「キャッキャッ」
星空が繊細な布地に透き通るカーテンが洋介と美咲のバカップルぶりを笑うようにふわふわ揺れていた……
* *
横浜みなとみらいから首都高に黒塗りの高級車が乗り入れ、前後を黒塗りのセダンが固める。
高速道路特有のオレンジの灯火の下を走り抜け、残光が窓を入れ替わり立ち代わり照らしてくる。いっそ幻想的ですらある。
──着信だ。車中の柏木のスマートフォンが鳴った。
「失礼。僕だ。──なに!?」
柏木大臣が刺刀長官の肩を後部座席からぐいと掴む。
「スピード上げろ」
「柏木大臣、仮にも警察庁長官に運転させてるんだからさあ──レクサス1、レクサス2、キャビネット1をカバーせよ」
「──奴の動きの方が早かったよ。幕張メッセに不穏な動きがある──!」
* *
やたら速力を上げ揺れる車内にて完全武装の自衛官らがセピア色の古文書を納めると、金属のケースが締められ、施錠される。
装甲車の中は暗く、物々しい。
『〈幻華譚〉を国立国会図書館から引き取りました。まもなく幕張メッセに到着します』
千葉県の大規模イベント会場を包む朝焼けが空をオレンジとブルーのコントラストに染め上げ宵闇を押し上げる。
そのエントランスホールにて深緑の軍服に黒革のブーツの男たちが三角に隊列を組む。
その軍服集団の中にあって、漆黒のパンツスーツにやたら踵の高いハイヒールが耳障りなまでに甲高い音を鳴らす。硬派で怜悧なその女幹部の装束はかえって色気を醸し出していた。女幹部が後ろに侍立する部下から令状を受取り、威圧的に日本サイドの鼻っ面に押し付ける。形だけ書類を取り繕って正義ぶるつもりだろう。
「中華人民共和国、日本特別行政区国家安全委員会、代執行機関国家安全維持公署検閲処より日本国政府に通告。国家安全維持法第**条に基づく検閲行為を執行する。当該図書たる幻華譚の引き渡しに便宜を図れ!」
血のようなルージュでせわしなく動かされる腫れぼったい唇。くどくどと並べ立てられる冷酷で機械的な文言に隠された暴力的思想のせいで彼らの強く優しい心にどす黒い怒りの炎が噴き上がる。そのため女幹部が駐日中国大使たる柏夫人本人であることに気づくのに少し時間がかかった。
日本サイドを代表し、刺刀一馬警察庁長官が勇ましく歩み出る。柏と刺刀は奇妙なことに律儀に敬礼を交わした。敵ながらも官吏として互いに敬意は払ったつもりだ。
「制服だけ武装警察に着替えていても見ればわかるぞ、貴様ら中央の高級軍官だろう?」
「日本国政府は頭は切れる割に弱腰だな」
「俺を貶して何が言いたい」
「貴様相手に綺麗事や建前は無駄だろう──さあ、私に跪け!」
「俺に拝跪させる資格をお持ちなのは天皇陛下だけだ!」
「──とんでもない危険思想だ! 日本は天皇が支配する独裁国家だと国連に提訴してやろうか!?」
「──貴様らこそ人民解放軍ではなく人民迫害軍に名を改めろ! 漢字を日本に教えたくせに詠まれた言の葉のニュアンスを汲み取らず表面だけトレースして曲解する無知性無教養がお前らの底の浅さだ!」
指揮官どうしの一騎打ちを検閲武装警察と日本側警察官が固唾を吞んで見守る。
互いが紡ぐ言葉のほつれを探り、牽制する。まるで極道の「掛け合い」だ。
「くそ、埒が明かん! だが俺たちも手ぶらじゃ帰れないんでな」
武装警察は手当たり次第に展示物を押収し始めた。そこにクリエイターへの敬意は微塵も感じられない。百均の雑貨を扱うような粗暴な振る舞い、そしていかにも機械的事務的に淡々と働く官吏然とした眼つき……
「遥、逃げるよ!」
「ねえ、ちるおねえちゃんとしげんおにいちゃんは?」
今は美咲にすがりつくことしかできないまだ五歳の東城遥にもあの輩が敵だとすぐさま理解できた。
「おとーさんがいってた……魏の人たちが来たら、こんな奴ら、すぐやっつけちゃうって……!」
奇しくもそれは百鬼夜行作戦で魏のモブ幼女(失礼)が発した言葉と同じだった。
「なんだとこのガキ!」
「いやあっ!」
乱暴に張り飛ばされる遥を温かく大きな男性の身体が受けとめた!
よしよしと遥の頭が優しく撫でられる。
「──信じてくれて、ありがとう」
「しじょうおにいちゃん?」
遥がまるで王子様に助けられたお姫様のような目つきになり,頬を赤らめ瞳を潤ませ口を半開きにする。顔をとろんと蕩けさせた。
子供は純粋だから善人と悪人を鋭く見抜く。この東城遥は今子上に全幅の信頼を置いてその小さな身体を預けている。素っ気ない子元にはできない芸当だろう。
やや遅れて司馬仲達、司馬子元、桜薙瑠が到着。
鬼に金棒とはこのようなシチュエーションを言うのだろうか?
──さあ、形勢逆転だ!
「……女の子に手を上げるなんて最低ざますね」
そうぴしゃりと申し渡した中年女性こそ秋津悠斗内閣総理大臣の御母堂にして文化庁長官兼国家教育委員長たる秋津英子だ。五十八歳。口調といい三角の眼鏡といい見た目は典型的な教育ママを想起させた。
彼女の素性は追々……
秋津英子が腰に手を当て仁王立ちする。
「文部科学大臣より答申。特事対設置法第**条ならびに文化特務機関設置法第**条に基づき、幻華譚を日本国政府の保護下とするざます!」
「「文化特務機関?」」
……一言で言えば文官の軍隊であり、特事対の武官部門の実働部隊が自衛隊警察とするならばこれは文官部門のそれである。
文化庁を母体とし、教育行政、文化財保全、歴史、伝統芸能、美術、音楽、果てはマンガアニメゲームとサブカルチャーまでを包括する広域行政組織だ。
職階は文化監、文化正、文化士、文化士補、文化員に大別され、司書と学芸員を基幹隊員として任用している。文化監以上は国家公務員法が適用される。
『──幻華譚が幕張メッセに秘匿される前に〈日本鬼子〉を屠れ! 女あれど生かさず殺せえええ――』
『──秋津特等文化監より代執行部隊に告ぐ、武器の使用は最低限の反撃のみ! 法を破れば検閲対抗権を失う、我々文化特務機関が日本国憲法第九条の枷に囚われていることを忘れるな──!』
『文化庁代執行機関展開完了!』
『交戦規定に従い、戦闘時間は〇六〇〇から〇七〇〇とする』
──発砲!
火花が飛び散り、金属音が耳をつんざく。
『武装警察の発砲を確認!』
『正当防衛射撃開始! 発砲を許可する!』
『射撃用意──撃てえ!』
「──私にお任せください」
そう言い残し、薙瑠は幻華譚を受け取ると疾風の如く走り抜ける。
『緊急コース形成、六〇七二番から六〇七五番、薙瑠ちゃんをフォロー!』
薙瑠が今走らんとするコースに沿って金属製の盾が横並びに展開し薙瑠ごと幻華譚を守護する。
さながら日本国と魏国の共闘だ!
『桜の鬼を狙え──』
『──了解』
敵特殊部隊が不穏な無線を交わした直後──
──薙瑠の足元が狙撃される!
コンクリートの路面から薄ら煙が上がる。この威力、並の口径弾ではあるまい。
スナイパーだ! と刺刀が叫ぶ。
子元はたまらず彼女に駆け寄る。
始めて味わう銃撃という軍事兵器の怖さに薙瑠は足がすくんてしまうが、子元は薙瑠をお姫様抱っこの要領で抱き上げた!
そのまま走り抜ける──
「! 子元様!?」
「目を閉じてろ!」
「ひとりで歩けます!」
「命令だと言ってるだろ!」
「(子元様の命令は、お優しいものばかりじゃないですか──‥‥‥)」
文化監、文化正、文化士の指揮を受け実際に現場を動かすのは文化士補と文化員である。
階級にこだわることが許されるならば自衛隊の佐が正に、士が尉に、士補が曹に、員が士に相当する。これに準じれば幸一は「特等文化監」に、洋介は「一等文化正」となるのだ。
「あのCPを援護するぞ! 撃ちまくれ!」
「了解!」
文化士補、文化員が九ミリ短機関銃を乱射し武装警察の盾に火花を撒き散らす。この銃器こそ洋介が百鬼夜行作戦で用いたものだ。コンパクトなサイズだから特殊部隊にはおあつらえ向きだ。
「裏門の戦力、増強されたし!」
「裏門に弾薬を補給する!」
銃弾の雨あられで時間を稼ぎ続けると、勝利の女神は日本の方に微笑みを向けた。
『戦闘終了まで、五、四、三、二──戦闘終了!』
『状況終了。幻華譚の保護を最優先!』
『中国当局に告ぐ、これより幻華譚の所有権は我々日本国政府に移管された!』
……子元がようやく抱き抱えていた薙瑠を下ろした。
「子元様──」
「薙瑠! 勝手に動くなっ……」
びくり、と薙瑠の肩が震える。一瞬恐怖するが聡明な薙瑠ならわかる。子元は薙瑠を本心から心配しているからあえて心を鬼にして怒鳴り付けたのだと。
だから薙瑠も子元にまっすぐ向き合う。子元の想いに逃げない彼女の強さと優しさ故だ。
子元も朴念仏ではないから薙瑠を懐に抱きよせ頭を撫でた。
「もう……俺から離れるな」
「……」
薙瑠は黙って子元の背中に手を回した。
* *
ワラワラ超会議にはマンガアニメゲームなどコンテンツ産業のみならず、与野党の広報、自衛隊の展示も行われる。
人波の中にあって秋津悠斗内閣総理大臣自ら司馬一家の水先案内人を務める。
遥はイケメンな子上に肩車してもらえてすっかりご満悦だ。
「これこそまさにおにロリというジャンルかな」
大手イラスト投稿サイトにおいて、お兄さんキャラにロリキャラのCPでおにロリというタグがある。決して筆者は鬼で言葉遊びをした訳ではないのだが。
笑みを浮かべる美咲に薙瑠はジト目となる。
「ろり? ろりとは何ですか?」
「それも聞かない方がいいと思うな」
薙瑠がますます『(¬_¬)』ジト目度アップ。
仲達が水を一口含む。
「遥は将来キレイになりますよ」
水が気管に入りかける仲達。
「ゴホン、馬鹿も休み休み言え」
仲達がイメージするのは、美咲に少し雰囲気が似た明朗快活な女子だろう。
「俺はこのCP推せるけどな」と洋介。
「私も~将来のお妃様だったりして~」と美咲がケバブをかじりながら。
「幼子の初恋を邪魔するほど無粋ではないから大目に見てやるが、」
仲達が足を止め、一同を見渡す。
「──お前たち、一体どんな未来を夢想している?」
秋津が男性とは思えない儚い睫毛を伏せる。
「国家百年の大計を決めるのは政治家の務め、そして政治家を選挙で自らの代表と託すのは日本国民の権利であり義務です」
「……選挙?」
耳慣れぬ言葉に薙瑠は首をかしげる。
「日本では民が票を入れて丞相、諸侯、地方長官を選ぶのですよ」
「妙な仕組みだな」
「冗談抜きで札束も銃弾も飛び交いますよ」
「くだらん──」
仲達に一蹴された。
「──庶民感覚で平民を為政者に選ぶのではなく実力ある覇者が国を治めるべきだ」
一騎当千の仲達の言葉には説得力がある。
「仰る通りかもしれませんが、価値観の違いですね」
「互いにな」
秋津は三國世界の言葉に置き換えわかりやすくしているが、日本の政治は魑魅魍魎、複雑怪奇だ。
秋津政権樹立以前は保守党が政権運営を担い、仏教系巨大宗教組織を支持母体とする公民党が選挙で組織票を献上、見返りに公民党が国土交通大臣ポストをはじめ副大臣や政務官、国会役員の甘い汁を吸う絵面だった。
秋津悠斗内閣総理大臣は今までの日本の政治家とは一味も二味も違う。
国土交通大臣など経験し幹事長候補ひいては総理総裁候補と目されていた実父たる秋津文彦衆議院議員の私設秘書を務めていたが、所属派閥領袖たる御屋敷芳弘の陰謀により父は交通事故を起こす。父の仇を取るべくわずか二十六歳で衆議院議員初当選。
秋津の政策は与党では珍しく障害者福祉政策、教育、文化、医療に重点を置くものだ。それでいて軍事力強化を訴えるものだから当然党内で異端児扱いされた。その生意気な若造を評価する長老議員もいた。物部総理と青梅副総理のコンビである。物部派への入会を勧められ党青年局長のポストに収まる。
そしてとうとう羽賀前首相の引退ののち保守党総裁選挙に出馬表明したのだ!
迎え撃つのは元千葉県知事たる青山春之助。七十五歳。
紆余曲折を経て秋津悠斗は憲政史上最年少で内閣総理大臣となりおおせたのだ!
魏国と接触した荒垣健防衛大臣を内閣官房長官に、武家の末裔たる斯波高義衆議院議員を副総理兼財務大臣に、労働党中央委員会幹部会議長たる蘇我和成衆議院議員を厚生労働大臣に任命した大胆にして緻密な人事構想は永田町を震撼させた。
特に荒垣健内閣官房長官を新型コロナウイルス対策統括の内閣府特命担当大臣に抜擢、この二〇三〇年の現代日本においては根絶されている。
まさしく二十代の若き首相は新型コロナウイルスに打ち勝った超新星であった!
ちなみに、先日仲達の部下が使っていた流行語「密」は池谷みどり元東京都知事による流行語だ。池谷みどりは大泉政権から物部政権にかけて環境大臣、防衛大臣、党広報本部長、党ネットサポーターズクラブ事務局長を経験。保守党を見限り東京都知事に就任した。二○一○年代後半から女性初の内閣総理大臣となる野望を燃やし、当時の民衆党に池谷新党「グリーン計画」の配下に入るよう打診。
「排除致します」の号令でただでさえ離散集合を繰り返す民衆党が国政民衆党と護憲民衆党に分裂。きっと社会科教師が悲鳴を上げたに違いない。
保守党、公民党、改新党、民衆党、労働党の嫡流のうち、民衆党系は悲哀に満ちた葬送狂奏曲を涙ながらに唱和しており、二○三○年現在は再編され、事実上の保守党と労働党の二大政党制となっている。
さて、保守党にスポットを当ててみよう──
若草萌える如きのフレッシュなグリーンとホワイトのツートンカラーのマイクロバスは保守党選挙カーいそかぜ号だ。
屋根に設けられたお立ち台にあって音頭をとるのは党広報本部長たる大泉進太郎元環境大臣。物部泰三元首相、そして彼の政権で副総理兼財務大臣を務めた盟友の青梅一郎元首相。豪華ゲストのお出ましだ。
『それでは! ワラワラ超会議、保守党超街頭演説を始めさせて頂きたいと思います──』
現代日本滞在二日目、日本文化の粋を集めたワラワラ超会議が開幕した──!
参考資料
石橋文登「安倍一強の秘密」