第12話『茱絶よ、薙瑠のために泣け!!』(12/13)
三國ノ華◆二つの國の物語
製作委員会presents
最終章「福音篇」
──その刹那。
薙瑠の小さな身体が、強くて優しい男性の身体に包まれた……
「(この感じ、遠い昔に、貴方と──)」
「じゅ、茱絶……?」
……こんな奴に様をつける必要性はないだろう。何を今さら抱きついてくるのだ。
が、薙瑠はその刹那、彼の想いを身を以て知らされる。
────焔矢が茱絶の背を射ぬいた!
何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
何十本の矢がぶちこまれようとも、絶対に茱絶は退かない。
その手でかき抱く可愛い薙瑠に、かすり傷ひとつ負わせる訳にはいかない!
その笑顔を、絶望の闇に染める訳にはいかない!
「何度だって、何度だって、何度だって、守ってやる! 何度だって償ってやる! 」
彼の華服が発火し、えぐられた傷口が灼熱の業火に焼きつくされ、茱絶は絶叫する。
すかさず仲達と春華が焔矢を薙ぎ払い、幸一と洋介が散弾銃で応戦する。
「子元様! すぐに水を!」
「こんな奴助けるなんて──」
そうしている間にも茱絶は火だるまになっていく。
「────助けてって、言ってるでしょう!!?」
……薙瑠が生まれて初めて発した怒声だった。
子元は舌打ちして、泡沫を浴びせる。
服が濡れるのも構わず薙瑠は茱絶にすがりつき、洋介らから救護用品を奪い、短剣で黒焦げの華服を切り裂き、彼の傷跡に手当たり次第に治療を始める。
「なぜ、助けた」
「もう誰も失いたくないっ……」
「いいんだ薙瑠。俺の傷なんかすぐに治る」
実際、傷がみるみる治っていく。
「お前は辛かったな。幼い身で、女の身で、俺にむごたらしい暴力を受けて、痛かっただろうに、苦しかっただろうに、怖かっただろうに! ……鬼の力を背負わされて、國のために命を差し出そうとして、刻限で弾ける蒼燕を体の中にかかえて……」
薙瑠を刺す間際言ったのと内容はほとんど同じだが、それを紡がせたのは彼女への──愛。
しばし、無言で睨みあう子元と茱絶。
──貴様のせいで俺のたいせつな薙瑠が身も心もぐしゃぐしゃにされて、人に頼れない性格に仕立て上げられたのだぞ! 俺にすら!
と、あらいざらい言ってしまいたかった。
「子元とか言ったな?」
「ああ」
「薙瑠は繊細な女の子だから──」
「知っている」
「守ってやってくれ──」
「わかっている」
俺の女を頼む。男の盟約としてこれ以上の信頼はあるまい。
ふたりは互いに頭を下げず、力強い拱手のみ交わした。
「待って……!」
敬語を忘れた薙瑠に子元が驚くが、彼女が紡ぐ言葉に茱絶の方が驚いた。
「"私は、お兄さんのこと、こわくないよ"……」
「──! ……くっ、う、うああぁっ……!」
茱絶は慟哭し、幼女から大和撫子に成長した蒼燕を抱きしめた!
下手したら父と娘ほどもあるふたりが、まるで母と息子にもみえる。
薙瑠は拒まなかった。されるがままになることが、今の自分にできるいらえだから。
どうしてこんなに可愛い女の子にむごたらしいことをしてしまったのだろう……
*
*
*
──すきとおる青空。ながれゆく雲。太陽がかがやき、草が萌え、花が咲い、かけよってくる動物たちを愛でながら、ふたりで桜の木の下で肉まんを頬張る未来もあり得たはずなのに……おいしいね、あたたかいね……と──
*
*
*
……一瞬の甘い夢をかぶりを振って否定し、茱絶は涙を袖で拭い、薙瑠を優しく撫でる。
──俺は、この人の隣にいる資格なんかないんだ。
茱絶は優しく潤んだまなざしで子元を見据え、諦感に瞑目し、静かに頷く。
──俺より強くて美しい優しい男性が、今はいるんだ。
「今までの狼藉でどうせ信じてもらえないだろうが──大好きだった。子元殿と幸せにな」
茱絶は背を向け、刀を抜く────誰も知らない、残酷な路へ……
死に急ぐ茱絶のせりあがる肩を見かねた洋介がぐいと掴む。
「なんだお前、止めるな!」
「日本国海上自衛隊東城洋介一等海佐。あんたの償いとやらに水を差すつもりはないが、償いきる前に死にたくはないだろ? 俺の代わりにこれを使え!」
六砲身の威力を誇る七・六二ミリガトリングガンだ。
「……いいのか? 自衛隊の武器はよくわからねえが安物じゃねえだろ?」
「どうせデッドウエイトになる。安全装置は解除した。あんたはここにある引き金引いて敵にぶっ放せ。火薬の爆発で金属の雨を叩き込む二千年後の俺たちの武器だ」
「……承知!」
早速ガトリングガンを構えようとする茱絶だが、東城幸一統合幕僚長が待ったをかけた。
「今度はなんだ!?」
「日本国防衛省自衛隊統合幕僚長東城幸一海将。こいつは俺のせがれでね。頭数が多ければいいってもんじゃねえ。考えがある」
不敵に笑ってみせる銀髪の侍は魂を燃えあがらせた。
「あのトンネルまで、ふたりを打ち上げるぞ!」
幸一が顎で示したのは、空にぽっかり空いたトンネルの入り口だった。
* *
茱絶は叫びながらガトリングガンを乱射し、魔界軍をなぎ倒していく。
「(今、お前たちが見せたものはなんだ?)」
イザナギの巨体がゆらりと消えていく、その顔は、人の優しさにふれて、とても穏やかだった……
「(そこまで彼女を想うのならば、その愛が本物だと証明してみせろ)」
東城幸一、司馬仲達、茱絶が横並びとなり、大股で手を組み、助走のため疾風の如く駆け抜ける東城洋介、司馬子元、桜薙瑠を待ち構えている。
「(やってやる──)」
「(──やってみせろ)」
洋介が幸一に、子元が仲達に、薙瑠が茱絶に、全体重を以て三つの掌に三つの蹴りが撃ち込まれる!
接地圧で重い。痛い。
だがそんなことなどこの最終決戦にあって些末なもの。特に茱絶にとってはむしろ積極的にその痛みを嚙みしめていた。
──こんなもの俺が薙瑠にしたことに比べれば六兆分の一だ!
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
カタパルトの要領で三人の屈強な漢は三人の若人を未来へ送り出した!
魏國を治める鬼とそれを受け継ぐ鬼。同じ条件で鬼になった者。
……ついでに打ち出されたのが屈強な幹部自衛官とはいえ人だから当然洋介は万有引力により空中で失速する。
「なんのこれしき!」
洋介は空気抵抗を考慮に入れて最小限の動きでを二丁抜く──発砲!
投下された戦車が主砲反動で減速するアクション映画を参考にした、二丁撃ちの銃の反動で滞空を試みる曲芸同然の代物だ。
弾が尽きる寸前で右手のみ今度は短機関銃をフルオートでぶちかます。勢いづいたところで左手も同様に持ち替えた。いっぺんに持ち替えるとその隙にもういっぺん重力に負けるからだ。
司馬子元と桜薙瑠が断崖の頂に辿り着いた!
「──子元と薙瑠ちゃんがどこの世界に迷い込んでも、必ず戦艦大和で迎えに行く! 待っててくれ!」
「おにいさん、これを──!」
薙瑠が投げ渡したもの──鞘に収まった短刀を茱絶が掴む!
セピア色の鞘に黒光りする束、金の装飾がきらびやかだった。
「私のことが忘れられないなら、これを私だと思って!」
「……ありがとう」
茱絶は短刀を優しく握り、撫でる。
「大切にする。絶対大切にするからな!」
* *
『薙瑠ちゃんと子元が時空断層に突入!』
『イザナギノミコト、健在!』
その知らせを受けた東京都庁ロボフルアーマドカスタムが対峙するは、イザナギノミコト。
ただひたすらに殴りあう。ふたりの巨人。
神の戦意はもうほとんどすり減っていたにちがいない。
それでも、振り上げた拳を納めることなどできなかった。
寂しい。
痛い。
苦しい。
助けてほしい。
イザナギは悲しいという気持ちを怒りに翻訳してしまっていた。人間でも、ひとりで生きるしかなかった者が陥りがちなメンタリティーだ。
今イザナギは自分以外の全てが敵と誤解し、自暴自棄になり、それがますます敵を増やしていた。
悲しい、嬉しいという気持ちを素直に明かせば、心の通いあう友も伴侶も得ることができるだろうに……
『アクアラインデストロイヤーに直撃、もう持ちません!』
『青山元知事! ご無事ですか!?』
『応答なし! 安否不明!』
「はぁ……はぁ……」
東城美咲は息を切らせながらも、アーティストとしての繊細な感覚でそれを読みとっていた。
彼女は畏れずに神の説得を試みる。
「──あなたが憎んでいるのは、あなたの凍えた心」
「やめろ!」
「子元殿と薙瑠ちゃんの仲を引き裂きたいのは、嫉妬」
「やめろお!」
「コノハナサクヤを捕らえたのは、時間を巻き戻してイザナミと再会したいから」
「このおおおおおおおおおおっっ!!!」
──イザナギは太いいばらの鋭い蔓を都庁ロボに放つ!
都庁ロボの機体各部がショートし、紫電に包まれ、関節からは火花が飛び散る。
『右腕、左腕、左脚部、右脚部、作動不能!』
『被弾箇所から作動流体が流出しています! 油圧アクチュエーター出力低下!』
関節の油圧ジャッキからオイルが滝のようにあふれる。
よろける美咲の旗を、神流が共に支える。そして彼女は叫んだ──
「あの茱絶だって、行動で償った! 子元だって、行動で薙瑠ちゃんを振り向かせた! 遥ちゃんだって大好きな子上と生きる未来を諦めた! みんなが子元と薙瑠ちゃんのために今必死に変わろうとしている、薙瑠ちゃんだって子元がいたから強くなれたし、子元だって薙瑠ちゃんがいたから強くなれた! なのにあんたはなんなのよ!」
神流に頷き、美咲も加勢する。
「馬鹿みたい。意地張って、強がって、敵を自分で作ってるくせに、自分は孤独だ、味方がいないとのほざくなんて! あなたが弱くても誰も見下さないし、誰も責めない!」
個々の手柄より仲間どうしの連帯を重視する女性だからこそ説得力があった。
「人間ごときに何がわかる!」
「人間をなめるなっ!!」
「洋介は、私の夫は、あなたなんかに負けない!」
『──美咲、ありがとう』
「洋介! 無事だったの!?」
彼こが乗るユニットも今合体している。
「勝手に殺すな~!」
おちゃらけつつもすぐ表情を引き締め、洋介は手元のキーボードを操作し、何やらタイマーをセット。
「何をしている!」
イザナギの疑問には電子音声が無機質に答えた。
『爆砕ボルト点火! 合体解除まで五秒!』
「な、なに!?」
「──これが俺たちの、人間の意地だ!」
ガシャン! と透明な保護アクリル板を拳で叩き割り、洋介の拳から若干の血飛沫が飛び散った!
──爆発!
都庁ロボ機体各部に合体していた戦艦大和のパーツが爆発しながら分離! そのせいで蕀が弾け飛ぶ!
「馬鹿な! 自ら武装を放棄して、拘束を解き放ったというのか!」
「よし、これで動ける!」
「全ミサイルランチャー、ターゲットロックオン!」
「太陽エンジン出力全開! フィールドを一帯に構築!」
「私の歌で、太陽因子を増幅させる! 私の歌を聴けえええ!!!」
歌を再開する美咲が空中に投影され、それを背景に茱絶がガトリングガンを宙に舞い上がりながら構える。
「俺も撃たせてくれ。自分の過去と決別し、共に生きるために」
「いいだろう」
「このイザナギは、俺の過去だ。変われなかった世界線の俺だ。だからこそ撃つ! こいつの始末は俺も引き受ける!」
【 LOCK ON 】
オレンジのオートフォーカスフレームにイザナギが照準される。
【 READY 】
荒垣のふたつの瞳に紅蓮の炎がともる──
「行くぞ皆! コアストライカー、コックピットモジュールオープン!」
都庁ロボの胸一ヶ所、両肩二ヶ所ずつのハッチが赤色灯と共に開き、赤、青、緑、黒、桜色に燃え盛る車があらわとなる。
【 ATTACK 】
ガバメンジャービークル! その五台の車が目にも止まらぬ速さで射出された──!
「「「「「────神風特攻!!!!!」」」」」
失明しかねない閃光がこの世界を包み、街を包むキノコ雲がゆらりとたちのぼった……
* *
──時空断層の中は奇妙な光景だった。
一面の白い世界に、桜の花びらがひらひらと舞う綺麗で純粋な世界。
三國ノ華の伝説を知る日本のあちこちの創作クラスタが様々な絵柄で描いた子元と薙瑠のファンアートが入れ替わり立ち代わり現れる。
どれもが、ありえた未来。
最期に現れたのは、漫画原稿用紙に描かれた子元と薙瑠。子元は凛々しい顔で穏やかな笑みを浮かべ、薙瑠は桜の花びらを手ですくい、顔をほころばせる。
それも、三華を知る者が描いたものだ。
子元は薙瑠と左手、右手をそれぞれ重ね合わせ、指できゅっ、と握り、安らかな表情で互いの存在に心を癒す。
「ありがとう──俺に優しさをくれて」
「ありがとう──私に強さをくれて」
──子元は薙瑠のくちびるを奪った!
「妖術なんか使えなくたっていい。お前がどんな姿になろうと、どこの世界に堕とされようと、俺の嫁は薙瑠だけだ──」
「わかってます──旦那様」
* *
……透明な波が泡立ち、静かに押し寄せる。
子元の群青色の華服と薙瑠の水色の羽織が仲良く手を結び、月夜と星空を背景に枝に干され、橙色の暖をもたらす焚き火で乾かされる。
下着までじっとりと濡れて、荷物も半分は流された。ウインドブレーカーのようなものを羽織り、鹿のようにすらりとした素足を薙瑠はさらしている。
子元が中着を脱ぎ、絞る。
「──奴らは誰だ?」
バカみたいにアクセルを吹かしながら三台の違法改造スクーターが車掛りの陣で子元と薙瑠ちゃんを囲い込む。雰囲気ぶちこわしもいいところだ。
「「「ヒャッハーアアア!!」」」
金髪にリーゼントにパンチパーマに挙句の果てにモヒカンまでいる不良軍団がふたりにジリジリと迫る。
「あんこらあんあんあんこらあんこらこら!」
学ランの下にはじゃらじゃらと金メッキのチェーンをつけ、バットやエアガンを持つ者もいる。
顔つきから見て中学生だろうか? しかしなんとも幼い顔で必死に睨み付けているのは滑稽である。
「お~いお兄さ~ん、なにカノピッピと乳繰りあってんだよ~」
「薙瑠、隠れてろ」
「はい、旦那様」
「旦那様……今時そんな呼び方するのってファーストレディと薙瑠ちゃんだけ──」
よくみれば、青い髪、青い瞳……
「……ん? あれ? ……この人子元様と薙瑠ちゃんじゃね?」
──背後から忍び寄る自衛官の陰……
「おいお前ら」
「あ? 誰だおっさん」
「おい馬鹿! この人洋介さんだぞ! 房総高校の先公何人も返り討ちにした東城洋介さんだぞ!」
ともすれば忘れがちだが洋介は元不良である。
「すいませんでした! 大先輩とは気づかず」
──未明の砂浜に地割れが起こった!
それは、なんとも勇壮な登場であった。
「これは──!?」と薙瑠。
「そうだ、大和だ──」と子元。
舳先から順に大地がが盛り上がり、第一主砲塔が発露し、左旋回しながら豪快に岩盤を吹き飛ばし、第二主砲が右旋回して器用に反対側の岩盤も吹き飛ばす。やや左舷側に傾いていた艦体が起き上がり、甲板から大量の砂が吐き出される。
「──海上自衛隊、戦艦大和だ!」
「見ておけ少年。これが大和だ。日本の漢の船だ!」
紫とオレンジのコントラストに綿のような雲が流れ、今日も日本列島を朝陽が照らしあげる──
戦闘機が曲芸飛行し、桜の花びらを暁の空に描く。
ダメ押しに花火が惜しげもなく打ち上げられる。
それに見とれる薙瑠を子元が後ろから抱きしめる……薙瑠はその腕に手をからめた。
「──────戦艦大和、ただ今到着!!」
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西暦二〇三〇年四月十四日──晋王朝開闢陸海空統合任務部隊、日本へ帰還。
同日、千葉県九十九里海岸にて司馬子元、桜薙瑠の現代日本転生を確認。
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次回最終話。お楽しみに。