第9話『三國帰晋・自衛隊ガ征クハ偽リノ陽ノ物語』(9/13)
熟田津に
船乗りせむと
月待てば
潮もかないぬ
今は漕ぎ出でな
(額田王。白村江の戦いに際して)
三國ノ華◆二つの國の物語
製作委員会Presents
『────全部隊に告ぐ。内閣総理大臣の秋津悠斗だ。現時刻を以て内閣総辞職。内閣総理大臣臨時代理に荒垣健内閣官房長官を指名。空席の内閣官房長官は立花康平経済産業大臣、空席の経済産業大臣は立花沙織内閣特別顧問を充てる』
『作戦第一段階、八咫鏡、草薙剣、八勾玉の形代を携えた天皇皇后両陛下皇族方をアポロ計画のサターンV型ロケットで宇宙空間に射出。同時に、国際宇宙ステーションに無人補給船こうのとりをドッキング。地球上のあらゆる動植物の種子と日本国民有志一万人から提供された冷凍生殖細胞をこうのとりからきぼうに移送。アポロ宇宙船で月面着陸した天皇陛下により八咫之鏡で太陽エネルギーを集中、月面を加熱、草薙の剣で天候を操り、月面をテラフォーミングし月面基地オノゴロを建設する【ツクヨミ作戦】を開始』
『作戦第二段階。あらかじめ全日本国民に接種した太陽因子ワクチンを用い、東城美咲の歌と躍りで太陽炉との共鳴を促す【アマテラス作戦】を開始!』
『作戦第三段階! 特別公安警察の職権を以て民衆党、労働党、令和奇兵隊の間諜を一斉摘発。衆参両院による首班指名により荒垣健衆議院議員を首班指名。皇居宮殿松の間での内閣総理大臣親任式により第一〇〇代内閣総理大臣となった荒垣新首相の名義で日本国憲法第七条に基づき、岸本勇雄衆議院議長に対し今上天皇の詔勅による衆議院解散総選挙を実施。荒垣内閣総理大臣の政権移行を目的とした【オオクニヌシ作戦】を発動!』
『作戦第四段階! 司馬昭を皇帝とする晋王朝開闢のため、三國世界へ進撃し、陸海空自衛隊統合任務部隊が大陸に進撃し、魏國曹王朝を簒奪、帝を廃位する。現地住民を煽動、司馬懿の主導により呉と蜀を武力併合し、大陸に司馬一族軍事政権を樹立する【スサノヲ作戦】を発動!』
『作戦第五段階! 烏兄妹の助力にて呉國に侵攻、柊氷牙の奪還を試みる【ヤタガラス作戦】を開始!』
『作戦第六段階! 超巨大都庁ロボでイザナギノミコトを討伐する【タケミカヅチ作戦】を発動!』
『作戦第七段階! タケミカヅチならびに自衛隊は、儀式のトリガーとなる逍遙樹を草薙の剣で蘇生し、コノハナサクヤを召還。柏木大臣のポリネシア系の発音による上代日本語での通訳を介し、神と鬼の血筋を受け継ぐ皇帝の末裔として秋津宮悠斗殿下がコノハナサクヤからの神勅を賜る。 その後秋津宮悠斗殿下と桜香子夫人を天皇皇后両陛下として御即位! 開華を司る〈コノハナサクヤヒメ〉と対を為す散華を司る〈コノハナチルヒメ〉にあやかり、木花咲耶姫と薙瑠ちゃんの名を冠した【コノハナチルヒメ作戦】を発動!
『俺たちは、アマテラス、ツクヨミ、スサノオ、ヤタガラス、タケミカヅチ、イワナガヒメを導く【タカミムスビノカミ作戦】を発動する! コノハナサクヤとコノハナチルヒメの二つの力で偽りの世界を岩のように長らえさせる──全部隊、発進!』
日本国政府の威信を賭けた総力戦が火ぶたを切られた!
《 三國ノ華◆二つの國の物語 第四章「怒涛篇」 第9話『三國帰晋・自衛隊ガ征クハ偽リノ陽ノ物語』 》
『──敵です! 殲20が十機、魔界帝国カラドボルグ級殲滅型重戦艦です』
『以後、敵航空戦力先鋒をアルファ、次鋒をブラボーと呼称』
鈴村自衛艦隊司令官は黒の受話器をとる。
「ここが感づかれたわね、進捗は?!」
「戦艦大和のタイムトラベル準備、予定より三パーセント遅れています」
それには東城洋介が答える。
「フライホイール発起電力を蓄電中、現在九十二パーセント」
「映像、出ます!」
電子戦を統括する船務長が手元のコンソールのボタンをパチパチと切り替える──
──戦艦大和艦橋構造物司令塔内CIC、大型スクリーンに映るは禍々しい光景だった。
動脈のような真紅の紋様が刻まれた漆黒の魔界戦艦。これこそがカラドボルグ級殲滅型重戦艦である。
全長六六六メートル。火炎系の魔法を用いる魔界帝国にあって主力艦艇だ──
──鈴村は鼻をむずらせ、手を口元にやる。
「東城統合幕僚長、艦隊を散開させ、態勢を立て直すことを進言します」
歴戦の猛将、東城幸一統合幕僚長は眉ひとつ動かさない。
「うろたえるな。護衛艦いずもに分艦隊を率い迎撃させる旨通達しろ」
「……了解しました」
「三華世界だけじゃなく今の現代世界を゛"なかったことにする〟んだ。これくらいの妨害は入るだろう」
* *
海上自衛隊第一護衛隊群第一護衛隊、航空機搭載型護衛艦いずも、イージスミサイル護衛艦まや、汎用護衛艦むらさめ、汎用護衛艦いかづちが四隻分の白波を海に泡立たせ、艦隊から距離を取る。囮となるつもりだ。
百鬼夜行作戦では旗艦まで務めたいずも自らが囮役を買ってでたことに皆が身構える。そして、東京都庁ロボ右腕モジュールをその格納庫にバラして乗せている。それはいずものみならず、かが、ひゅうが、いせ、おおすみ、くにさきなども同様だが、おかげでせっかくの事実上の空母であるのに最新鋭戦闘機を甲板に露天で積む羽目になっている。
『ペンドラゴン隊、出撃!』
航空科隊員が身をかがめ、右膝をつき、右腕で前方を指し示す!
戦闘機は胴体部のリフトファンを吹かし、風圧で機体の重量を相殺する。エンジンノズルをやや下向きにし、甲板のオレンジ色のマーキングラインをなぞりながらなめらかな動きで天空へ舞い踊る。
『ペンドラゴン1発艦、ペンドラゴン2続けて発艦せよ、全機、発艦後は中空SOCの管制を受けろ』
『これは演習ではない。繰り返す、これは演習ではない』
発艦したF35BJと入れ違いに敵機がすれすれに低空飛行し、あけぼのをかすめる。
同時に四隻が忌々しい電波を捉えた。
『──敵戦闘機、火器管制レーダー波照射! ロックオンされました!』
『こちらいかづち、敵編隊アルファーが低空飛行し本艦に威嚇行──うわ!』
『いかづち、どうした!?』
『敵機発砲! 海面に威嚇射撃しました!』
『ROEを破棄、正当防衛につき反撃せよ!』
『敵編隊ブラボー、第一波ミサイル発射』
『数、十! 分艦隊にまっすぐ突っ込んでくるっ!』
『ECM作動、撃てェ!』
護衛艦まやに装備された電子妨害装置が起動、迸る紫電を纏った電磁パルスが、ミサイルに叩きつけられる!
最も強く電磁パルスを浴びる位置にいたミサイル弾頭がショートし、──爆発!
……爆煙が立ち込めるが──そこからしぶとく生き残ったミサイルが四本突っ走る!
『……先ほどのECMは攻撃評価不明! ミサイル四基がまだ生きています』
『敵編隊アルファーがさらにミサイル発射、さらに十基!』
ミサイルを撃つタイミングを微妙にずらし、相手に防御の時間を与えない波状攻撃だ。
『敵ミサイル計十四機、分艦隊を全方位から狙うものと思われます!』
『目標配分する、まやにはアルファの放ったミサイル十基を任せる、むらさめはブラボーのうち右三基、いかづちは続く左三基を叩き落とせ!』
いずもは空母であり自前のミサイルは持っていない。
『右対空戦闘、CIC指示の目標、SM2攻撃はじめ!』
攻撃指揮官たる砲雷科砲雷長の号令にて、対空戦分掌指揮官たるミサイル長が配下隊員に備えさせたミサイルの発射権限を掌握する。
『SM2用意ッ、──撃てェ!』
VLSと呼ばれるミサイル垂直発射管が開かれ、まやから四基、むらさめから三基、いかづちから二基の艦対空ミサイルが顔を覗かせる。灼熱の火柱を噴き上げ、発射!
大空に煙を残し、あっという間に青空の天井をかすめながら敵編隊に迫る。
『SM2発射正常飛行』
航海科隊員が双眼鏡で見据え、船務科隊員が電子画面で見据える。
『五、四、三、二、一、マークインターセプト!』
『爆破閃光視認、敵ミサイルすべて撃墜!』
海原に火炎が躍り狂い、恨めしげに海上自衛隊護衛艦を眺めていた……
『よし、分艦隊戻れ、これよりタイムトラベルを敢行する!』
* *
──機関区画の金属の円盤が回転を始める。
フライホイール、はずみぐるま、とも言うが、機関の運動エネルギーをある程度の質量がある金属の回転エネルギーに置き換え、パワーを安定的に取り出すのが役目だ。
『太陽エンジン、フライホイール始動、トランスミッション接続、回転開始!』
『了解、これより艦隊全艦艇の操舵を大和にて一元的に掌握』
『了解、航海長、いただきました』
『敵魔界戦艦は?』
『むらさめが対艦ミサイルを発射、間もなく弾着します』
映像が切り替わる。
カラドボルグの巨体に太ましい九十式対艦誘導弾が吸い込まれ──爆発!
禍々しい巨体を灼熱の火焔が舐め回す。
『やったか!?』
『洋介、それフラグ……』
美咲の指摘通りだ。
創作クラスタにとって禁句を発してしまった、その時──
『──あっ! 敵カラドボルグ級重戦艦エンジン再始動を確認!』
『カラドボルグ級は魔導機関を展開、相当のダメージを受けたにも関わらず自力航行をしています!』
『どこへ向かっている!?』
『艦隊中央、大和ですっ……!!』
『艦長、艦隊を退避させましょう!』
『駄目よ! すでにタイムトラベルの態勢に入っている。うかつに動けないわ!』
『なら、どうすれば!?』
『艦長!』
『今度はどうした!?』
『北朝鮮が弾道ミサイルを発射しました!』
『くそっ! これまでかよ!』
あきらめかけた、その時だった──
────爆発!
カラドボルグ級殲滅型重戦艦から爆炎が噴き上がり、天まで焦がす。
北朝鮮が狙ったのは大和ではなかったのだ!
通信画面に割り込んだのは、丸々と太り覇気を感じさせる裾だけ刈り上げた黒電話のような髪型。最高級の生地でできた人民服を着用している。
「──金序運委員長!?」
北朝鮮の国家、軍、党の要職を兼任する三代目の最高指導者だ。
『キムジョウン、一対どうして!?』
『間に合ってよかったよ。戦況は知っている。敵艦は我々が食い止めよう。後ろは気にせず戦え!』
『なお、現地指揮官として潜水艦を派遣した』
『了解した』
幸一が目をピコンと開き、中継モニターに注目。
覇気のあるウェーブした茶髪。長い睫毛、グラマラスな容姿。
「は……嘘だろ!?」
北朝鮮高官の中にいた婦人、妻の顔を忘れる夫がどこにいるのだ!?
「──藤子!?」
「えっ!? お袋!?!?」
一方現地では、海を掻き分け、一隻の潜水艦が浮上する。
分厚いハッチが開き、ひとりの人民軍女性軍人が司令塔に立った。
「──はじめまして、かな? お兄様」
洋介に似て、切れ長の瞳に麗しい黒髪の凛とした女性。
『こちら海上自衛隊、戦艦大和艦長、東城洋介一等海佐、貴艦の所属と官姓名を答えよ』
『こちら朝鮮人民軍、特務潜水艦艦長、東城麗雪少佐──お兄様の異父妹にあたるわ』
「…………」
母親の安否が確かめられた嬉しさ。
新しい家族ができた戸惑い。
それらがからみあい、すぐに言葉が紡げない。
美咲は洋介の肩をさする。
夫や彼氏の妹、並の妻や彼女なら嫉妬しかねないが、美咲は違った。うらやましかったからだ。国会議員の父と演歌歌手の母は尊敬の対象でこそあれど会いたいときに会ってくれる家族ではなかった。だからこそ昔から洋介は彼氏であると同時に気の許せる家族のようでもあった。だから変に男子女子意識することなどなかった。洋介も気を遣わなくて済む美咲が好きだった。
そうして生まれた遥はまだ五歳。下手したら二十二世紀まで生きる世代だ。
『東城艦長、統幕長も。混乱しているのはわかるけど、今はタイムトラベルに集中しなさい』
『──畏まりました』
『東城艦長』
『あっはい』
『あ、妹さんのほうよ』
洋介が吹き出した。まだ笑う余裕はあるらしい。
『妹さんは戦艦大和の配下に入ってくださるかしら?』
自衛艦隊司令官の粋な計らいだ。
『はい、よろこんで!』
それら二隻を操る艦長のように、兄と妹の軍艦は肩を寄せあった。
『ペンドラゴン隊! 追撃させないよう敵の魔導エンジンを破壊せよ! 時空転移まで、あと一八〇秒!』
* *
時空は遡り──春秋三國時代の魏國、沿岸部。
魔界帝国カラドボルグ級重戦艦が今度は十隻も横並びに布陣する。
「「ウラアアアアアア!」」「「ウラアアアアアア!」」「「ウラアアアアアア!」」
ズンドコドンドコと骨のバチが野蛮に打ち鳴らされ、品性より色気を前面に押し出した装束の女官が度数の濃い酒を注ぎ、女官の背に手を回しながらそれを一気飲みする武将は骨付き肉をぐちゃぐちゃと咀嚼し、兵卒が家畜の丸焼きを手持ちの短剣で削ぎ、頬張る。
毎度のごとく魔界軍の蛮族ぶりが際立つ。
「火焔転移砲発射用意!」
言うまでもなく伯言は焔鏡を使える。が、今回は彼の意志ではない。
背後には大剣を構えた下戦士が睨みをきかせ、脅迫されているのと同じだ。
薙瑠がそうであるように、一騎当千の鬼といえども、草花や動物をいつくしむ心もあるし、暴力を嫌うのは人間と同じだ。
火焔転移砲なる兵器は、伯言が舳先で繰り出す炎の玉を、魔界の転移魔法で目標に遠隔で叩きつけるおそるべき殺戮兵器だ。
心を殺し、次なる手を打とうとした──その時!
「くらえええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
青山春之助操るアクアラインデストロイヤーの舳先が魔界戦艦の横っ腹を穿つ!
『タイマン上等!!』
ドガガガガガ! と特殊合金のドリルが派手に火花を散らし、金属が焼け焦げる風味が臭い。
同時に、魔界艦隊のあちこちが爆発し、ミサイルに袋叩きにされる。
「来てくれたか!」
伯言はあわてふためく敵下戦士を尻目に引き上げていった。
と、雲海にブラックホールのごとく穴が広がり不気味に回りながら、紫電を纏った戦艦大和はじめこんごう型イージス護衛艦、あたご型イージス護衛艦、ひゅうが型航空護衛艦、いずも型航空護衛艦、おおすみ型護衛艦、むらさめ型護衛艦、果ては民間のタンカーや補給艦に至るまでが威風堂々の艦隊を組み、ニニギノミコトの天孫降臨のごとく高天原から尊厳に満ち溢れた神々しさで舞い降りる。
ペンドラゴンフライトがダメ押しに曲芸飛行を繰り広げ、魏國の民にこれでもかと誇り高き日の丸の翼を喧伝する。
自衛隊を生で見たのは司馬一族と一部の武将だけだ。
知らない人間の中には郭淮も含まれていた。
今、彼は留守の政治軍事を任されている。
並行して、大陸沿岸部に司馬一族が降り立つ。いきなり自衛隊が降りるより彼らが先遣隊として先に戻るほうが物事がうまく取り運べるとの仲達の判断だ。
だが、そこには子元の姿がない。
自衛隊が巻き上げた砂ぼこりが郭淮の喉に入り込む。
「ごほっ、仲達殿、この戦艦はなんなのです!? そして子元殿は?」
「ヤマトだ」
「ヤマト……?」
舌で転がすように反芻する。
「そうだ、大和だ──戦艦大和だ!」
仲達は海原をしっかりと見据えた。
「子元の義兄弟の軍船、魏國最後の希望だ──‥‥‥」
『全部隊に告ぐ! 晋王朝開闢陸海空統合任務部隊は魏軍、蜀軍と共同作戦を展開、共闘して呉國魔界帝国連合軍を叩く!』
東城洋介と司馬子元は戦艦の舳先を並べる。比喩表現では轡を並べていたというべきか?
「たとえ生まれた国が違っていても、俺たちは理解しあえる」
自衛隊の鋼の護衛艦の群れと、魏軍の木の軍船の群れが昔馴染みの友人のようにまじりあう。
『合同混成航空団は沖合の魔界艦隊を殲滅! 戦艦大和は子元率いる魏國艦隊と共に呉國主力部隊の侵攻を阻止する!』
──西暦二〇三〇年四月六日、晋王朝開闢陸海空統合任務部隊、三華世界へ参戦!!!!