記憶の向こう
昔住んでいたアパートを見にいこう。
ふと思い立って、出かけてみた。
ずいぶん昔の、ずいぶん幸せだった頃の思い出は、私の中でずいぶん色褪せてしまったから、色を分けてもらいたいと思い立ったのだった。
あの頃は、私もずいぶん前向きだった。
あの頃は、私もずいぶん夢を見ていた。
あの頃は、私もずいぶん若かった。
あの頃は、私はまだ何も知らなかった。
あの頃は。
あの頃は。
あの頃は。
久しぶりに、駅からアパートへの道を辿る。
あの日通った道が、変わっている。
コンビニがなくなった。
草だらけの家がなくなった。
自動販売機がなくなった。
綺麗なアスファルトが広がっていた。
広い道路が広がっていた。
私の知る道が、どこにもない。
わたしの知る道の面影だけが、時折ふわりと漂う。
アパートのあった場所にたどり着くと。
アパートは様変わりをしていた。
二階建てだったはずなのに、三階建てになっている。
あの頃毎日上った階段が、三階へと伸びている。
あの頃毎日開けた窓が、テラスで隠れて見えない。
あの頃毎日笑った部屋が、どこにも、ない。
あの頃の色を分けてもらおうと思って赴いたというのに、どこにもあの頃の色は存在していなかった。
私の中の思い出が、一番色濃くなってしまったのだった。
私の中に残る色を、忘れてしまうそのまえに。
少しでもあの頃の色を残したい私は、あの頃を思い出して、物語を綴り始めた。