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見知らぬ恋人からのメッセージ

作者: 花房悠里

 指輪を買って、希望を胸にハワイを出港した直也。しかし不幸にも航海中事故が起きた。船は静かに浸水して行く、この大海原でもう俺は助からない! 香代子に渡すはずの指輪をペットボトルに託し、最後の力をふりしぼり海に投げ込んだ。


 唐島直也は、34フィートのヨット『シーシャーク1号』で、ハワイを目指した。念願であったこの船は、建設業を営む叔父から、一年程前に譲り受けたヨットである。一週間前に単独で地元宮城を、友人に見送られ出港した。幸い追い風に恵まれ、思ったより速力が出た。北緯35°東経175°30分、風と共に雨が激くなって来た。大きくうねった波が、まるで山のように迫まって来る。船が波を乗り越え、波に頭から突っ込み、潜水艦のように浮上した。そんな状況が一晩中続いた。夜が明け、ようやく時化は治さまったが、余波はまだ続き、船はまだローリングと、ピッチングを繰り返していたが、幸い時化は足が早く北東に遠ざかって行った。俺は手摺に掴まりながらデッキにに出て見た! どうやら、どこにも被害は無いようだった。胸を撫で下ろしキャビンで横になった。昨夜の時化で一睡もしていなかった。目を覚まし天気図を見ると、また台湾た付近で台風が発生したとの事が伝えられた。今回ヨットでハワイを目指す予定だったが、今年は台風が多いようだ。あまり経験の無い俺は急遽予定を変更し、日本に引き返す事にした。経験の浅い自分にしては無難な選択だったかも知れない。臆病者と言われるかも知れないが、無理は禁物、微速で西へと進んだ。まだうねりはあるものの、今は昨夜の時化が嘘のように凪いで、今は優しく『ピチャピチャ』と音を立てながら、船底を洗っていた。デッキに腰掛け煙草に火を着けた。目を閉じれば、映画の主人公にでもなった気がした。陽光に照てらされた青い海は360°広がり、水面を魚が跳ねてている。久びさに釣り竿を取り出し、サンマの疑似餌を付けて思い切り投げた。ほぼ同時に竿が大きくしなり俺は慌てて竿を押さえたが、右へ左へと持っていかれる。引きは半端でなかった。慎重に糸を巻き、ようやく魚影が見えた。引きが強いと思ったら、魚体が扁平なシイラだった! スポーツフィッシングの対象魚だ! 全体が、綺麗なレモンイエローで細長く、ヒレをつけたらどこか? 『リュウグウのツカイ』に似にている気がした。鉤を掛け船に引き上げた。今日は久しぶりに刺身を食べられる。独りで顔がほころんだ。腕時計を見たら、午後ニ時になろうとしていた。急いでキャビンに戻り、アマチュア無線のスイッチを入れた。これが陸上の仲間との、唯一のコミニュケーション手段である。短波のノイズの中から「JE7・・・」局、感度ありますか?」と俺を呼でいる。すかさず応答した。洋上で聴きく声は本当に嬉しいものだ。陸上ではこちらの様子を聞くのが楽しみのようだ。やはり人間は人の幸せは喜ばないが、不幸とか災難には興味があるようだっので、昨夜の時化の事はあえて話さなかった。表に出て煙草に火を着け、何気なく海を見たら、色を塗ったようなペットボトルが、波間に漂よっていた。海には沢山の資源ゴミが浮き珍しい事ではないが、丁寧にビニール袋に包まれている事から、ただのゴミではないような気がして船を寄せ網ですくい上げた。何ヶ月間、海を漂っていたのだろう? 海藻が付着していた。キャビンに戻り明かりをつけ、固く封印されたペットボトルの蓋を開けた。中には細くたたまれた一枚の紙が入っていた。開いて見たら綺麗な文字でこう書かれていた。

《このペットボトルを拾って下さった方へ》(私は青森県に在住する|西村香代と申します。是非どなたかとお友達になりたくて、こんな形でメッセージを海に流しました。ご迷惑でしたら捨ていただいて結構です)と短い文章で書いてあった。最後に『青森県下北郡尻屋・・・番地』と書かれていた。住所から推測すると下北半島の端のようだ。良くここまで流れて来たものだ! メッセージを読んだ俺は何故か、以前に見た下北半島の風景を思い浮かべた。この広い太平洋のど真ん中で偶然に手にしたメッセージ。これは決して自分宛に書いたものでは無いが、運命を感じずにはいられなかった。どうせハワイ行きは今回は諦め、日本帰ろう思ってだけに下北に住む、見知らぬ『西村香代』と言う女性に逢いに行こうと思った。

 次の朝目覚めデッキに出ると、南西の風が吹いていた。俺は急いでマストにセイルを張った。追風だ! 位置を入力し、自動操舵に切り替えた。船は海を滑すべるように進んだ。オマケに海は凪いで視界も悪くない。遥か遠くに船が見えた。漁船だろか? 沖に出てから初めて見る船だった。つい嬉しくなったが、のんびりとはしていられない。海は生き物だ! 女と一緒で、いつ機嫌きげんが悪くなるか分からない。急ぎ旅でもないが、頻繁に台風が発生しているから、自動操舵だけを頼る訳にはいかず、気象に注意しながら西にコースを変えた。今はどこの港でも構わない。無事にアンカーを下ろせる港があれば。当初ハワイに行く予定だったので、食料は十分にあったが、休息を兼ね最寄の港にし寄港する事にした。ここで新鮮な食料を調達すれば事足りる。此処からだと一番近い港は千葉の銚子のようだった。


 一昼夜走り、遠くに犬吠埼灯台が見えたが波はうねっていた。この港には何度か入港した事があるが川のような航路を通らなければならない。セールを畳み降ろしエンジンを始動させ入港準備をした。外洋だけに波はうねり、行き交う船はすぐ波で見え隠れした。船は大きくピッチングと、ローリングを繰り返した。ここは過去にも海難事が多い所だ! 他にも多くの漁船が行き交かっている。何とか無事に入港し接岸した。上陸すると足元の感覚がおかしかった。市場には、巻網船が接岸し水揚げを待っていた。久びさに居酒屋に入ったが、もちろん知った顔は無かった。グラスを片手に、遥か沖で拾ったメッセージに改めて目を通した。何故こんな事を書いて、海に流したのだろう? どうしても単なる興味本意本意で書いたとは思えなかった。きっと彼女には深い事情があるに違い無いと思った。杯を重ねる度に思いは強くなった。


 此処の施設も老若男女、実に色んな事情でリハビリをしている人が自分を含め多く居たが、しかし私は健常者の男性に出会いを夢見ていたが、今自分の身体を考えれば単なる自分勝手な望みでしかなかった。私は今日のリハビリを終え、部屋に戻り、冷蔵庫からいつものウーロン茶を出し、グラスに注いで飲んだ。空になったペットボトルを見てある事を思いついた。そうだ! メッセージを書き、ペットボトルに入れ海に流す事だった。


 俺は、船に戻り香代の事を繰り返し考えた。元々も遊びでの航海である。この時、騙されたと思って、まだ見ぬ彼女に会いたい気持ちが強くなった。あくる日、船に燃料と食料を買い足たした。どうせ沖に行く訳じゃない。何か必要になれば近くの港に寄港すれば済む事だ。銚子を出て予定通り進路を北に取った。この海域はやたらと、船の出入りが多い。オマケに濃霧が発生する。目を凝らし、レーダーとの睨っこだ。少し沖に出たら濃霧が晴れた。デッキに出てセールを張った。何か? いつもの目的とは違い、変に気持ちが高ぶった。手動で舵を取っていたが、船を暖流に乗せ自動操舵に任かせた。GPSから送られた信号で、緩やかに蛇行しながら、進んでいるのだろう? 風向きで船が早くなったり遅くなったりした。沿岸は岩礁が多く危険なので日が暮れば近くの島陰にアンカーを下ろし、上陸はしなかった。


 今夜の夕食は、銚子で調達した焼肉だ、焼酎を飲みながら喰った。酒は十分ある。何て贅沢なんだろう? 此処には煩らわしさなんて一つもない。独でも寂しい何て思った事はなかった。が、どうしても香代と言う女性の事だけが気になり、夜明けにはまだ早かっがアンカーを引き上げ北上した。再び濃霧がかかって来たが、すぐに解け、間もなく生まれ故郷こ宮城沖に差し掛かる。後を追うように東日本太平洋フェリーが、側方を通過して行く。改めて船から見上げると、巨大だ! 何人かデッキから手を振っている。俺も手を大きく振った。仙台から苫小牧まで行く船だ。確か? 次の朝、到着するはずだ。俺も明日目的地である下北に着く。また近くの漁港にアンカーを下ろした。目覚めると今日も眩しい太陽が、東の空から登っていた。行動開始だ。今日はいよいよ目的地に着く。俺はアンカーを巻き上げた。さらに三陸沖を北上した。空には浜千鳥の群。海の色が深緑に変わり水深を感じた。


 しばらく走ると左側方に褐色の断崖絶壁が続く。岩手の北山崎だ。150㍍の断崖から滝が流れていた。波は荒く、岩に打ちつける波が白波となり跳はね返される。海には白海猫が飛び交っていた。以前に車で訪ずれた事があるが、海上から見るのは初めてだった。改めて北の海の厳しさを知った気がした。遥か遠くに灯台が見える。あれが歌にも出て来る尻屋崎灯台だ! 近づくと、小高い場所に大きな動物がいるようだ。馬だろうか? 遠くて良く分からない。間もなく目的地に近い事をGPSが知らせてくれた。セールを畳みエンジンを掛けた。防波堤に囲まれ静かで綺麗な漁港には集魚灯をぶら下げたイカ釣り船が、数隻係留されていた。白い船体の船縁はイカ墨で黒く汚れていた。


 初めて見る景色だが、なぜか懐かしさを感じた。さっそくマストのセイルをたたみ、補助エンジンを掛け静かに港に入った。時間は午後4時を少し回っていた。港では、地元漁師が『何処のどいつだ!』と言わんばかりにこちらを見ていたが、接岸の時にはロープを受け取ってくれ、ビットに繋いでくれた。何処の港に行っても、漁師なら黙って繋いでくれる。上陸し礼を言い、煙草を一個手渡し、このまま船を係留させて貰った。キャビンで着換え、伸びた髭だけは剃り、手にはペットボトルを持って上陸した。ついでに漁師から住所を聞くと、すぐに教えてくれた。その家は、ここからも見える高台に建っていた。歩いて近づくと、年配の親父さんが、くわえタバコで漁具の手入れをしていた。俺は躊躇する事なく「こんにちは」と後ろから声を掛けた。こちらを振り向き「何か?」と怪訝そうな顔で言った。漁師らしく、浅黒く精悍な顔立ちだった。


「あのう? こちらが『西村香代子』さんのお宅でしょうか?


「そうだけど――! 娘に何か?」親父さんは、突然見知らぬ男から娘の名を告げられ戸惑った様子だった。


「申し遅れました。私は『唐島直也』と言う者です。実は沖で偶然に海に浮かんでいたペットボトルを見つけたんです。ペットボトル何てよく捨ててありますが、しっかり包んであったので拾い上げたら、娘さんの書いたメッセージが入っていて、住所、名前まで書いてあったものですから、気になって伺った次第です。


 突然の言葉に親父さんは、のみ込めない様子で、俺の顔をしばらくじっと見ていた。


「ところで君は――? 此処へはどうやって?」俺の格好を見て言った。


「あそこに繋いである船で来ました)と眼下に見える船を指差した。


「あのヨットかね?」と驚いたように聞いた。


「はい。たった今入港したばかりで、こんな格好ですみません」


「もし良かったら、中で話しを聞かせて貰って良いかな?」と玄関に目配りをした。


 広い玄関の上がりがまちに、手摺りと、スロープが付いていた。自分としても、まだ見ぬ手紙の主に会って見たかったが、奥から出て来たのは親父さんの奥さんらしく、どうやら目当ての彼女は不在のようだったが、あえて聞かなかった。


 遠慮しながらも奥さんに進められ、広い茶の間に通された。壁には彼女が描いたのだろか? イカ釣り船の油絵が飾ってあった。イカ墨で汚れた船体等、実にリアルに描かれ、今にも動き出しそうな見事な絵だった。


「唐島さんと言ったか! 今夜はどうするんだね?」


「そうですね。今夜は船に泊まって明日出港するつもりです」


「そうかね? もし――あんたが良ければ今夜、家に泊って、さっきの話しを詳く聞かせてくれんか?! せっかくこんな所まで来てくれたんだから。これも何かの縁だ」母親も「あぁそうした方がいいよ」と勧めてくれた。


「でも――? 見ず知らずの俺何なんか?」


「なぁに、今夜もかかぁと二人だけだ、気にすることはない。船乗りに悪い人間はおらんよ」と笑みを浮べた。


「それじゃあ、お言葉に甘えて、そうさせて貰いますか」娘が居ないのが不思議だったが、あまり深く考えない方が良いような気がした。


 酒を酌くみ交わしながら親父さんが言った「ところで、さっきの話しだが?」


 夫婦揃って俺の言葉を待つた。何より一番聞きたいはずだ。俺は一つづつゆっくり話し始めた。


「私は、貨物船の通信士をやっております。と言うか? 休業中なのでやっていたと言った方が適切ですね。今年の四月に叔父から譲られたヨットで、地元宮城からハワイに向け出港しました。以前に友人と二人で航海した事はあったのですが、今回は単独でハワイを目指ざしたんですが、未熟な私は気象に注意しなかったばかりに、航行こうこう中、台風に遭遇そしてしまい、死ぬかと思いました。お恥ずかしい話しですが、怖くなってハワイ行きを断念して日本に逃げ帰った所なんです。まさか今の時期、台風に遭遇するとは、思っていませんでしたから、航海技術を持たない自分が未熟でした」


「それは危なかった! でも、良い決断だった。いくら頑張った所で、ちっぽけな人間は自然には勝てん。ただ一つ勝つ方法がある。それは、あんたがやった事だ。そう! 逃げる事だよ。何も恥じる事はない。わしも漁師を長年やっとるが、何年やっていても海は怖い。すぐに機嫌が変わるからな! なぁ母さん」と言って、妻の顔を見た。


「まぁ! あんたったら、私の事、言ったの?」と笑った。


「途中、凪が良くなり魚釣りをしたんです。そしたらシイラが釣れましてね。今夜は久しぶりに刺身が食べれると気を良くしていた時に、漂流物の中にペットボトルを見つけたんです。それがこれです」と言って、テーブルの上に置いた。


 母親も見守る中、親父は娘の書いた短いメッセージを読んだ。確かに娘が書いた字だった。


「実は香代は足が悪くてな。歩ける事は歩けるんだが、人目を気にしてか、家では車椅子にだけ頼るようになって! それで今リハビリを兼て、入院しているんだよ。しかし……そんな香代子がこれをどうやって海に……?」不思議そうな顔をした。


「そうだったんですか?」父親の顔を見ていた俺は、その後の言葉が続かなかった。


 それならどうやってペットボトルを海に流したんだろう? 父親に頼むはずは無い。俺もそれが不思議でならなかった


「あのう――?」俺は戸惑いながら話しを切り出した。


「何か?」父親は顔を上げた。


「娘さんに一度、会わせて頂く訳には、いかないでしょうか?」遠慮がちに聞いた。


「香代に?!」顔の表情が少し険しくなった「今言った通り、娘は普通の体じゃないんだよ。それに? あまり人とは会いたがらない。特に男には」と言い、コップに注いだ酒を一気に煽って、煙草に火を着けた。


「そうだったんですか? 知らない事とは言え、失礼な事を言ってすみませんでした。」父親の顔を見ていた俺は、その後の言葉が続かなかった。


「お父さん! ペットボトルに入っていた香代子のメッセージを読まなかったんですか? 唐島さんは香代の願いを聞いて遥か遠くからこんな所まで尋ねて来て下さったのよ。急な事で最初は驚くかも知れないけど、話しを聞いたら香代子だってきっと喜ぶわ」強い口調で親父に言った。


「そ、それは……お、俺だって……娘が不憫で」と、言いしばらく黙っていた。


「だったら尚の事、私が手紙を拾った時の事などを身体の不自由な香代さんに直接話してやりたいんです。それ以上の事はありません」と、はっきり言った。


「しかしなぁ?」親父さんは目を泳がせた。


「あんた! せっかく唐島さんがこう言ってくれているんですもの、会わせてあげてくださいな。香代だってきっと喜ぶと思うわ。香代子だって友達が欲しくてあのペットボトルにメッセージを入れ海に流したと思うわ!」と母親が助言してくれた。


「分かった。唐島さん、私が意固地になって娘の気持ちを分からなかった。済まなかった許してくれないか? 俺から頼みます。明日、私と一緒に病院に行って娘に会ってくれますか?」と、言い頭を下げた。


「ありがとうございます。私だって明日香代さんに会えるのを楽しみにしてます。自分も此処まで来たかいがありました」と、言い、親父のコップに酒を注いでやった。


 母親も嬉し涙を流し、俺に「唐島さんありがとう。香代子も喜ぶわ」と、言ってくれた。


 香代の家からはイカ釣り船の漁火が、一直線に見えていた。やはり此処はイカ漁で有名な港町である事を改めて実感し、この家にまだ見ぬ香代子を感じた。まさか広い太平洋でたった一本のペットボトルが縁で今此処にいる。そして明日ペットボトルを流した女性と会うのだ。例え足が不自由であろうと楽しみだった。こうやって陸で寝るのは本当に久しぶりだった。


 次の日、親父さんの運転する経トラックに乗せて貰もらい病院に向かった。道中、菜なの花畑ばたけが広がりとても綺麗きれいな風景だったが、親父さんは無口で、前方だけを見つめていた。


 多分、これから見ず知らずの男を娘に会わせた時の娘の反応を、あれこれ考えているのかも知れない。そう言う俺も何処か、そわそわしていた。


 途中車を止めて貰い、女性が好きそうな菓子と花を買った。やがて白い大きな建物が、見えて来た。何処どこに行っても病院は無機質で、同じような建物だ。


 親父さんの後を、黙ってついて行った。俺は面会コーナの椅子に腰を下ろして待った。


 ナースステーションの前で面会手続きを取り、父親は黙って俺の脇に座った。相変わらず親父は黙だまったままだ。やがて、手にステッキを持ち、ちょっと足を引きずりながら女性がゆっくり歩いて来て、父親と俺の前でお辞儀したが、俺とは目を合わせず怯びえているようにも見え、俺の方が緊張した。不自由な足で向かいの椅子にゆっくり腰を下ろした。


 俺は立ち上がり「初めまして、唐島からしまと言います」と頭を下げ「これ! 部屋にでも飾かざって下さい」と花を渡そうとした。


 彼女も、立ち上がり受け取ろうとしたが、あえて俺は制し、彼女の手に渡した。


「ありがとうございます」と言い、震えるように受け取った。


 彼女は突然の事に何も言えず、父親の顔を怪訝そうに見た。無理もない、何の予告もなく見ず知らずの男が目の前に居るのだから。


「香代。この人がな! ハワイ沖でお前の流したペットボトルを拾って、太平洋の真ん中からわざわざ、お前に会いに来てくれたんだぞ! しっかりお礼を言うんだ」と言った。


 父親にして見れば身体の不自由な娘に対して、精いっぱいの言葉に聞こえた。


 その時香代は、慌てたように顔を赤らめ「あぁ、そんな遠くから此処まで来て頂いたたんですね! 申し遅れました。私が西村香代子です」とドギマギしながら挨拶あいさつをした。自分自身、ペットボトルを流した事すら忘れかけていたので、まさかの事に面食くらった。


 父親は、気をきかせたのか? 立ち上がり何処かへ歩いて行った。彼女は、雪国育ちを象徴するように色白で、とても顔立ちの奇麗な女性だった。母親似なのかも知れない。それなのに! 足に障害を持っているなんて? そうでなけば恋人の一人や二人いてもおかしくない。本当に気の毒に思った。


「いいえ、こちらこそ失礼しました」と少しバツの悪そうな顔をした。


 「こちらこそ突然来て、ビックリさせてしまい、すみませんでした。昨日此処の港に着いたばかりでしたが、貴方のご両親のご行為で、お宅泊めて頂きました。こんな汚い格好で失礼だと思いましたが、是非貴方と一度お会いしたいと思いまして、お父さんには反対されましたが?――」と伸びた髪に手をやった。


「そうだったんですか?」 


「私は元々、漁船ではありませんが船乗ふな乗りで、たまたま今回ヨットでハワイに向け単独たんどくで航海していました。そう言えは、カッコ良く聞こえるかも知れませんが実は途中、時化に会いまして急死に一生を得ました。私は怖くなって引き返したんです。その途中あなたが流したペットボトルを拾った訳です。コメントを見ると、あなたの名前と住所が書かれていたものですから、興味本意で尻屋までやって来たと言う訳です」と正直に言い頭をかいた。でも今こうやって、あなたにお会い出来て、良かったと思っています。今は時化に感謝しています」と照れながら言ったが、その言葉に嘘は無かった。


 そうだったんですか? 誰も拾ってくれるはずがないと思っていましたが、私は海にも行けなんで、叔父に頼んで沖から流して貰ったんです。私がペットボトルを流したばっかりに、ご迷惑をお掛けして本当にすみませんでした」と深く頭を下げた。


「そうだったんですか? 私もどうやって流したのかな? 何て思っていました。でもそのお陰で香代さんのような女性とお会い出来て嬉しく思います。でも――拾ったのが俺のような男でガッカリしたんじゃないですか?」


「とんでもありません。唐島さんはとでも素敵な方です。私こそこんな体で――がっかりされたんじゃないですか?」と寂しそうに小さな声で言った。


「いいえ、今はあの恐ろしい時化に感謝しています。でなかったらあなたの流したペットボトルを拾う事は出来ませんでしたから。船に乗っていると女性とは縁遠く、船が恋人だったんですが、船以外に恋人が出来て嬉しく思います。すみません。勝手な事を言ってしまいました」と日焼けした顔に白い齒を見せ笑った。


 それまで笑っていた彼女が急に顔を曇らせた。


「唐島さんはこれからどちらへ?」と寂しそうな声で言った。


「私ですか? さっきまで決めていなかったんですが、たった今決めました。尻屋を出港したら時化で断念したハワイに向かいます。


 香代は小さな声で「また逢えますか?」と恥はずかしそうに言った。


「勿論、香代さんが良ければ、また来ます」


「迷惑くかも知れないけど、私。いつまでも待ってるわ」


「分かりました。生きている限り、形を変えても香代さんの所に必ず戻って来ます」と嘘の無い笑顔で応えた。


 香代は、新しく電話番号を書いて俺に渡してくれた。俺も実家の住所電話番号を書いて渡し、自分はほとんど家に居ない事を告げ「あの手紙はペットボトルに戻し、お守り代わりに大事に貰って置きます」と最後に言った。今の俺には彼女に対して、これ以上の言葉は言えなかった。このタイミングで父親が咳払いをしながら戻って来た。話しを聞いていたのかも知れない。


 香代は小さな声で「また逢えますか?」と恥ずかしそうに言った。


「来るなと言われても、どんな形であっても香代子さんの所に帰って来ます」と嘘のない笑顔で応えたが『どんな形』と言う言葉が少し気になった。彼女の目には涙が溢れていた。僅か1時間出合いだったが私にしては人生を凝縮したような時間だった。


 俺は振り向かず病院を出た。何故か俺の目が潤んでいた。見上げれば、雲一つない北国の澄すんだ青空が、何処までも高く広がっていた。帰り道、俺と親父さんは黙ったまま車に乗った。


 俺はあの時、席を外したが、二人の会話は聞いていた。唐島と言う男は本当に信頼出来る人間のような気がした。運転しながら繰り返し思った。


 私は初めて出逢った唐島直也という男のが心に残った。父親と同じ船乗りという事もあったかも知れないが、彼の私に対する目は単なる同情とかでは無いような気がした。


 長い海の旅を続け、俺の元に届いた短いメッセージ。何か運命を感じずにはいられなかった。孤独に耐たえ、苦しいリハビリを続ける彼女が俺の話しに目を輝かせて聴いていた香代子。僅わずか1時間足らずの面会だったが、その中でなぜか? 自分の人生を凝縮したような、愛おしい時間を香代子と過ごした気がした。是非今度は、彼女をヨットに乗せて美しい海を見せてやりたいと心から思った。これは決して同情なんかではない。俺はこの時、決心した。その為にも断念したハワイへの航海を成功させ、今度来る時は堂々と自分の手で香代の指に指輪をはめてやろうと心に決めた。


 香代にも会う事も出来、遅くても今日、出港しようと思っていたが、この晩も香代の両親の好意で家に泊とめて貰った。次の朝、燃料・食料と、航海に必要な物を船に積み込んだ。もちろん。手紙の入ったペットボトルも、お守り代わりにキャビンの天井に吊るした。


 私は初めて出逢った唐島直也に惹かれた。彼の私に対する目は単なる同情とかでは無く、普通の女性を見るような眼差しだった。


 孤独に耐たえ、苦しいリハビリを続ける彼女が、俺の話しに目を輝かせて聴いていた香代子。僅わずか三十分足らずの面会だったが、その中でなぜか? 自分の人生を凝縮ぎょうしゅくしたような、愛おしい時間を香代子と過ごした気がした。長い旅を続け、俺の元に届どいた短いメッセージ。何か運命を感じずにはいられなかった。俺はこの時、決心した。その為にも断念したハワイへの航海を成功させ、今度は堂々と指輪を持って、香代に逢に来ると誓かった。この晩も、香代の両親の好意こういで、家に泊とめて貰った。次の朝、燃料・食料と航海に必要な物を船に積み込んだ。もちろん。手紙の入ったペットボトルもお守り代わりにキャビンの天井に吊した。指輪を買ったらこれに入れて英子に渡すつもりだ。出港間際に父と母がおにぎりとイカの干物を持って、船まで見送りに来てくれた。


 白い船体にはオシャレな文字で【シーシャーク1号】と書いてあり、メインマストの上にでは風向計がクルクルと首を振り出港はまだかと言わんばかりに、白い船体を左右に揺らしていた。


「これからどっちへ?」と父親が、なごり惜しそうに聞いた。


「昨夜決めました。最初は故郷、宮城に帰るつもりでしたが、昨日、香代子さんに逢って勇気を貰いました。俺も下北の美しい景色を目に焼き付け、香代さんの故郷、尻屋の港からもう一度ハワイに向かいます。無事に帰る事が出来たなら、その足でまた尻屋の港に最後のアンカーを下ろします。それまでに歩けるようにリハビリを頑張るようにと、香代さんに伝えて下さい」と言い、自分の腕からプラチナのブレスレットを外ずし「これを香代さんに」と母親に手渡した。


「ありがとうございます。香代が喜ぶと思います。きっと無事に帰って来て下さいね」と母親が俺の手を固く握り、涙ぐんだ。僅か二日程の奇跡の出会いだったが、なぜか家族とも固い絆で結ばれたような気がした。


 メインマスト上では風向計がクルクルと首を振りながら回っていた『シーシャーク1号』は、出港はまだかと言わんばかりに、白い船体を僅わずかに揺らしていた。


「それではお父さん、お母さん。お世話になりました」と手を握り「お元気で」と言い残し、もやい綱をビットから外し、岸壁を蹴けるようにヨットに乗り込んだ。直也の目は、朝日に負けないくらい輝がやいていた。完璧に居た漁師達も俺を見送っくれた、


 渡されたブレスレッドには 《NAOYA・KARASHIMA》と刻印されていた。


 船は静かに湾内を離れ、いっぱいに開いたセールに山背の風を受け、沖に向かって『シーシャーク1号』は動き出した。俺は香代の両親と漁師たちに大きく手を振り尻屋を離れた。今度は遠回りになるが、時化を避ける為にコースを東に取った。必ずまた相棒の『シーシャーク号』と此処に帰って来ると、心の中で香代に誓かった。追い風を受け大きくセールを膨らませ、夢と希望を乗せハワイに向かった。


 この分だと予定より早くハワイに着けるかも知れない? 香代の顔が目に浮かぶ。尻屋を出港してから香代子への土産話にと思い、航海中の出来事を記録し、ハワイから国際郵便で送るつもりだ。それから数週間後、遠くに常夏の島ハワイ島が見えて来た。


 香代の元に国際郵便で分厚い封筒が届いた。喜んで封を丁寧に開けたら、レポート用紙に航海中の記録が詳しく書いてあった。


 俺はとうとう単独で夢を叶えた! 『シーシャーク号』に小さな日の丸をあげ、入港した。喜びでいっぱいだった。まずは上陸し、安物だが指輪を買い求めた。


 俺はこの夜、香代に渡す手紙をキャビンで書き、指輪と一緒にペットボトルに入れ、堅く蓋をしていてキャビンに吊るした。


 休養を兼ね、ハワイで2拍し、翌朝。燃料と食料を補給し、現地の人達に見送られ、ハワイを出港した。エメラルドグリーンの海を目に焼きつけ、香代の故郷、尻屋に向けた。海はベタ凪で、遠くに日の丸をはためかせた、日本のマグロ漁船が見えた。日が暮れデッキに出て見ると、365°満天の星が俺一人の為に輝いていた。


 そして次の夜、目的果たし油断ていたのかも知れなかった。船首部分に強い衝撃を受け、慌てて表に出たが、船首部分が壊れ、マストが無惨に折れ暗闇の海を航海灯を点けた貨物船が無情にも去って行くのが見えた。以前に俺が乗っていた船と同型の船だった。船が少しずつ浸水し始めた。もう俺は助からない! 船が少しずつ浸水し始めた。もう俺は助からない!! 急いでキャビンに戻り、吊したペットボトルをむしり取り、せめて香代に指輪を届けたい! 僅かな望みを託し、下北に向け最後の力を振り絞り下北に向かって投げ込んだ『さよなら香代子――』最後に、遠ざかるペットボトルを沈み行く『シーシャーク号』と共に見送った「さよなら香代子!!」俺と船は深い海に沈んで行った。


 私はこの夜病院で直也の夢を見た。突然、日に焼けた笑顔で訪れ、笑いながら私の手を取り、プラチナの指輪を左の薬指にはめてくれた。そこで目が覚め、夢でも嬉しくてその夜は眠れなかった。


 それから数ヵ月後。香代の父親は尻屋崎沖でイカ釣り漁をしていた。星の綺麗な夜の事だった。その時、イカ角に引っ掛かって来たペットボトルを手に取り、目を疑うたがった。何と――! それは――? 香代が海に流し、直也君が拾ってくれたペットボトルだった。俺にはすぐに分かった! 直也君が事故に遭った事を。体から血の気が引いた。


 中には香代宛の手紙と、銀の指輪が入っていた。内容からすれば、この手紙と指輪を持って、尻屋に来るつもりだったようだ! 可愛そうに――。海での事故だ! もう生きてはいない。きっと直也君の魂が太平洋を渡り、此処まで届けてくれたのだろう?

 

 香代は口にはしなかったが、直也を心待ちしているようだった。そんな娘に俺はどうやって、この指輪を渡せばいいのだ――――?! これを、香代の指にはめてくれるのは、君しかいないんだ!「教しえてくれ! 直也君――――」と海に向って親父が叫けび、大声で泣いた。


 香代が、このペットボトルを流したばっかりに、君を事故に遭あわせてしまい、本当に済まなかったと言い、海に向かって、いつまでも頭を下げた『ありがとう。直也君。香代は君の帰りを、いつまでも待っているよ』涙がいつまでも、いつまでも止まらなかった。夜空を仰げば、星も泣いているように瞬いていた。




 























          


                

 読んでいただきありがとうございました。この小説を書く切っ掛けは、昔、ペットボトルにメッセージを入れ海に流し(このメッセージを読んだ方は連絡下さい)何て事を思い出し、書いて見ましたが、書いているうちに自分で辛くなりました。

               

             

            

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