2話 神の過ち
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台座から青年が居なくなった事を確認し、全能の神オーゼスは儀式の間と呼ばれている白い部屋から出るべく転移の術式を練り上げる。仕事を終えた後だがその顔は険しい表情だった。
(なぜ2回も転生術が失敗したのだ──)
オーゼスは考える。術自体は正しかった。転生先も取決め通り下界トップガルドに指定したはずだ、ではなぜ2回上手く行かなかったのだ。
(最後は全力に近い力を込めた。術が失敗するなど有り得ぬこと。我で無ければ高位の存在を対象とする場合失敗することもあるが、あやつはかなり低位であったしそもそも我より高位の存在など居るはずがない。いや、それは驕りよな・・・。)
失敗に納得が行かず思考を巡らせていたが、謁見の間に転移したことで強制的に現実に戻された。
──ここは神界と呼ばれる神たちが住む世界であり、神界の中心には西洋の豪華絢爛な宮殿に神殿の柱や神々しいレリーフが施されているような白を基調とした色合いの建物が建てられていて神宮と呼ばれている。
神宮の中に謁見の間という一室があり、神界の最上位に位置する神たちは謁見の間でのみ全能の主神オーゼスと会話することを許されている。謁見の間は外の景色を一望できる開けたフロアとなっていて、神の座の前に他の神達を集めて話すことになっている。
「これは偉大なる主神オーゼス様!早々のお勤め心より御礼申し上げます」
オーゼスと同じような服装をした6人の人物が跪き、正面に居る女性が優しそうな声で迎えの言葉を発したのだった。
女性の名はウェディ。慈愛の神でありゼータ級という最も高い階級に位置する女神である。ウェーブのかかったライトブラウンの長い髪、青い眼、ピンクがかった白い肌。出るところは出て、不必要なところは引っ込んだ、見事な体型。神には6つの階級が存在し、ゼータ級が最上位でアルファ級が最下位となっている。ゼータ級神の仕事は、世界を統治している下級神達を管理する中間管理職だ。
「皆、面を上げるのだ。聞きたいことがある」
先ほどの儀式が失敗していた場合どれほどの影響が出るか不安だった。まずは儀式の内容を再確認したい。
顔を上げた6人には疑念の表情が浮かばれた。6人の内誰かが失態でもしたのか、それとも儀式自体に不快を感じたのか、何にせよ主神オーゼスが他の神に聞くこと自体大変珍しいことだった。
「何なりとどーぞー、オーゼス様」
そう気の抜けた明るい声と気さくな笑顔を放ったのはウェディの右で跪いている男性だった。
男性は太陽神アドル。ゼータ級の神だ。褐色の肌に黒い眼、豊かな表情筋、若干丸みを帯びた顔。くせ毛のベリーショートは金髪で少し筋肉質な体型をしている。
「アドル、貴方が言わないで頂戴。会議中も殆ど遊んでいたではありませんか。」
ウェディに怒られ、アドルはサッと顔をそらした。
「オーゼス様、アドル以外の者は会議の内容を確かに頭に入れております。何なりと私共をお使いくださいますよう。」
ウェディが慈愛を見せるのは下界の存在のみであり、神には厳しい。
「うむ、すまぬがまず今回の儀式についてもう一度聞かせてくれぬか。我自ら携わった故、後から興味が湧いてきたのだ」
こういう聞き方なのは、神達が定めたルールや行事には昔から関心が無く、そのことに神達が感づいているとオーゼスは知っているため、覚えていないことを聞く場合は後から興味が出たと言って聞いているからである。
6人は大事でなかったことに安堵し、表情を緩ませた。
「僭越ながら、儀式については提案した私の方からご説明致します。」
ハキハキとした声で答えたのはウェディの左で跪いている女性だ。
女性は勝利の女神リミラ。長髪オールバックの黒髪で、強い主張をするキリっとした大きなライトブルーの眼、鼻筋がスラっと通った顔はどこか怒ると怖そうだ。肌は白く少し筋肉質なボディをしている。
「ではリミラから話を聞こう」
リミラは軽く頭を下げてから儀式について語った。
「ありがとうございます。では、初めに経緯ですが、近年の各下界では文化や種の発展が滞るマンネリ化現象が多発、この解決策として各下界を担当している現地の下級神によって各下界間で選抜した住人を転送する異文化交流の申請が多数出ました。その為、円卓会議の議題に挙がり今回の転送の儀式を執り行う運びとなりました。」
「話の途中ですまぬが、下界の問題は下界に住む当人達で解決するのが決まりでは無いのか?それ以前に担当する現地神が対応する手筈であろう。なぜ他の下界を利用するのだ」
「オーゼス様、その理由はワシがお答え致しますぞ。」
そう柔らかい声で返答したのはリミラの隣に跪いている贈与神クロース。ゼータ級の神で白いモジャモジャの髭に白髪、朗らかな顔をした老人だ。
オーゼスはクロースの方に顔を向け、話を促すよう軽く頷いた。
「他世界不干渉の規則は原則として担当神の判断により左右されますぞ。担当神の力でも解決が難しい問題が発生した場合はワシら上級神に申請すりゃ他の下界に協力要請できますからのぉ。」
「そうであったか、担当神の判断か。であれば何処かで規則を変えたのだな。ふむ、確か下界ミストコアの人種絶滅事件だったか。よく覚えていたなクロース」
「仰る通り下界ミストコアの惨劇がキッカケですわい。ワシは下界が好きですからのぉ、下界の不祥事は忘れられんのですわい」
「うむ、クロースらしいな。我もあの事件を聞いた時は驚いたものだ。さて、話を戻そう。ではリミラよ、続きを頼むぞ」
「はい、それでは話を進めます。今回の儀式はモンスター駆逐を成功させたが故に生命の活力が失われつつある下界カリングタルトへ、秩序と活気に定評のある下界アースから選抜ターゲットを転送させることでした。」
(下界カリングタルト?いや、我が転生先に指定したのは──)
「選んだターゲットはリツという青年で、転送先の下界は平和なためスキルや能力の贈与等は不要となっており、私が下界から一旦儀式の間に転送させました。その後、目的の説明と下界カリングタルトへの転送儀式を行いますが、初回ということでオーゼス様が自ら──」
「リミラよ待つのだ、下界トップガルドにも儀式を行う手筈だったな?」
オーゼスは険しい表情でリミラの話を遮った。
「っはい、2回目に行う儀式が下界トップガルドへ下界キットレートからランダムに選んだターゲットを転生させる予定となっております。儀式の内容は、転生先の下界が平和なためスキルや能力の贈与等は行わず説明だけです」
悪い予感が的中し、オーゼスはカッとを眼を見開いて押し黙った。
(なるほど道理で。我は転送するだけで良かった生身の人間に転生術を──)
本来、転生術とは死者を対象に発動させる術であって生身の人間に発動させる術ではない。
「オーゼス様、如何なさいましたでしょうか」
リミラが心配そうにこちらを伺っている。
(いかんな、顔に出ていたようだ。)
「何でもない。ただ、2回目の儀式も我がやるかどうか考えていただけだ。初回の様子見も兼ねてこの件は後で話すとしよう。さて、先ほどとは別に聞いておきたいことがある。イオス」
「何でございましょう、オーゼス様」
オーゼスに指名されたのはアドルの隣で跪いている男性、理の神イオス。白髪の坊主頭で、思慮深い緑の眼、顔に刻まれたシワは聡明な人格を表現しているように見える。
術のことはイオスに聞くべきだ。オーゼスは術を何も考えず行使しているため、術の原理や詳細については分からない。
「無理やり術を行使した場合どうなるのか知りたい。例えば道端の石に"跪け"などの命令系術式を掛けた場合だ」
イオスはなぜオーゼスがその様なことを知りたがるのか詮索し表情が硬くなったが、いつもの気まぐれだろうと結論付けて口を開いた。
「術の使い手によりますな。下界の住民ならば何も起きないでしょう。アルファ級神程度であれば跪いた格好の石人形が、私たちゼータ級神であればゴーレムが跪くことになります」
「であれば問題ないか。イオス、何時もつまらない戯言に付き合わせて悪いな。」
「とんでもございません、オーゼス様より毎度新鮮な価値観を頂き喜びしかございませんとも」
世辞を返して頭を下げたイオスだったが、何か問題と思われる事態でもあったのかと思考を巡らせた。
「これにて話は終わりとする。皆よ、次は定刻の日にまた会おう」
「「仰せのままに、オーゼス様」」
6人の誠実な声が、引っ掛かっていた疑念を一層晴らしてくれたことも相まって、上機嫌にオーゼスは自室へと転移した。
6人は主神が去るのを感じ取り、ゆっくりと立ち上がった。それぞれの仕事へ戻るため歩いて謁見の間を出る。神宮内での転移を許されているのはオーゼスのみでありゼータ級という最上級の神といえど己の足で退場する。
6人の内、後ろの方で跪いていた男性がイオスの元に近寄った。
男性は力の神コール。イプシロン級神であるため、前に並んでいるゼータ級神より下がって跪いていた。白色の肌に黄緑色の眼、筋骨隆々とした肉体、口周りと顎に髭、ダークブロンドの髪は頭の側面は短く刈り上げており、ツーブロックマンバンのヘアスタイルは頭上に髪を束ねている。
「あんたのその顔、分かりやすいんだから。何か思うところでも?」
そうコールに言われ、イオスはコールを連れ立って他4人の神達とは別方向へと歩いて行った。謁見の間から出て右が神宮の出口へ通じる道、4人は仕事の為右へ行ったが、イオスとコールは左の円卓会議室へと向かい声を潜めて話始めた。
「あくまで可能性だがな、儀式が失敗したのかもしれん」
「え!?」
広い円卓会議室に、コールの大きな声が響き渡った。
水が美味しく感じるのはなぜだろう。