2 焼豚入りチャーハン
俺は客がはけた店内で、ティナにラーメン大盛・全部乗せを出した。
大盛とか全部乗せとか言っているが、本当は、余ったものを全部出しているだけだ。
俺は自分専用として、パン・肉と温野菜・スムージーという、炭水化物・たんぱく質・繊維質とバランスの取れた食事を用意した。
「「いただきます」」
食事前の挨拶をして一緒に食べ始める。
ティナは、もはや大盛というよりも特盛になっている丼を前に、満足げな表情で食材を口に運ぶ。
「おいひー」
もぐもぐさせながら味の評価をしてくれる。
料理人としては嬉しいものの、お行儀としては誉められたものではない。
しかし、誰がこれを注意できようか。
俺の作った料理を、本心から美味しいと言って食べてくれる人に。
「もうちょっとゆっくり食べろ。誰もお前の料理を取らないから」
この後で、デザートも用意している。
ゆっくり味わって食べて欲しい。
俺、岩城二郎は異世界転生して、間もなく一年になる。
この世界で最初に出会って、命を救ってくれたのが、目の前にいる三級冒険者ティナだ。
最も当時は五級冒険者だったが。
俺は、20XX年、某都で社畜として働いていた。
ラーメンが好きで、いつかラーメン屋を開くのが夢だったが、新規開店するラーメン店のほとんどが潰れる、という話を聞いて、独立する勇気がないまま社畜として働いていたものの、ラーメンの食べ歩きで発症した高血圧とブラックな会社から与えられた過労のため倒れてしまい、あの世に行ったかと思ったら、異世界に転生していたのだった。
貴族の家の小さい子に生まれ変わっていれば良かったのだが、俺は魔物犇めく魔の森のど真ん中に大人のまま転生していたのだ。
魔物の食料となる前に助けてくれたのが、当時五級冒険者だったティナだった。
転生した俺は、助けてくれたティナのため、そして生まれ変わった自分自身のため、ラーメン店を開いたのだった。
「ガンジローの作る料理は最高」
食べ終わったティナが褒めてくれる。
この一言だけで、永久無料にしている甲斐があったというものだ。
永久無料といっても、残り物の処理にティナを使っていることに間違いはない。
以前、そのことを(残り物じやないかと)指摘されたが、前の世界のことわざ、『残り物には福がある』を教えて、チャーシューの厚切りを追加で載せてやったら、それ以降何も言わなくなった。
とは言っても、昨日、新規の客が閉店間際にやってきたので、ティナの分として残していた麺を提供したら、今日のようなトラブルになったわけだが。
俺は、ティナがデザートを食べている間に、うつわを洗う。
時間がないので生活魔法を使ってきれいにする。
魔法でお湯を出し、シャワー状にして丼を洗い流す。
一人瞬間湯沸かし器。
う~ん、魔法最高。
ティナが幸せそうな顔をして、プリンを食べている。
俺は洗い終わったうつわを拭きながら温風を当て、きちんと乾燥させて、その器を棚に戻す。
プリンを食べ終わったティナが、プリンの余韻に浸っているのか、ボーっとしている。
俺はティナからプリンが入っていたうつわをもぎ取り、最後の洗い物をする。
「行くぞティナ」
★★★
今日は、十級冒険者のお守りだ。
迷宮探索の補助官が今日の仕事だ。
一定レベル以上の冒険者は、後進育成のため、自分のレベル以上の階層に潜りたい冒険者のお守りを定期的に命じられるのだ。
まだ迷宮に慣れていない若者が安心して狩りや採取ができるように、彼らの安全確保や助言をするための役目だ。
「ようし、みんな集まったか。今日は四階層まで潜るからついて来いよ」
口下手なティナの代わりに、五級冒険者の俺が十級冒険者の指揮を執る。
十級冒険者が20人。
普通の冒険者が引率する時はこんなに集まらないが、ティナと俺のコンビの時はたくさん集まる。
ティナの冒険者レベルは三級だが、実力は一級と言われている。
更に見た目が非常に美しいので、ファンが多い。
更に俺。
戦闘よりも料理人としての腕を買われている。
俺がティナと組むときは、お守りの分も含めて昼飯を作るのだ。
それが美味いと評判を呼び、俺とティナのコンビの時は、参加希望者が多く、抽選になってしまうらしい。
最もティナは、お守りの仕事は俺としか組まないと言っているため、王都のギルド一、人気のあるペアとなっているのだ。
「ガンジローさん、今日のお昼は何ですか」
出発時点から待ちきれない様子の参加者が、お昼のメニューを聞きに来る。
「そうだなあ、とりあえずチャーハンは決まっているが、それ以外のメニューは、みんな次第だな」
俺は決めているメニューのみ喋る。
「じゃあ、獣を狩ったら、それも調理してもらえるんですか」
ワクワクした表情で尋ねる若者。
「獲物次第だな。あと迷宮の中に生えている食材次第だから、今は何とも言えん。ただ、あるもので一番美味いものを作ってやる」
「「「「「「「「「ワーッ!」」」」」」」」」
若者たちが声を上げる。
普段、よっぽど美味いものを食べていないであろうことが想像できる。
そもそも冒険者として少し稼げるようになるのが八級くらいからだ。
昨日今日冒険者になったばかりの九級・十級クラスの冒険者では、美味しいものを食べるのは不可能に近い。
しかもまだまだ若い。
ガッツリしたものを食べたいだろう。喰わせてやろう。
「ガンジロー、そのチャーハンっていうのは美味しいの」
ティナがまじめな顔をして聞く。
そう言えば、まだティナには作っていなかったか。
「そうだな、白米を炒めたもので、ラーメンと一緒に食べるとどっちが主役か分からなくなるくらい美味い。腹持ちも良いし、若者には合うだろうな」
簡単に説明をした。
もう少し詳しく説明しても良いのだが、『今すぐに作れ』とティナが暴走しても困るので、説明を控えめにしておく。
「ガンジロー、今すぐ作ってくれても構わない。あそこに腹が空いて元気のない冒険者もいるから丁度いい」
ティナが指さした先には、防具も着けず、武器は腰に差したナイフのみという、明らかに十級冒険者の中でも底辺以外の何物でもない新人がいた。
その新人は、十代前半で、元々栄養が足りないのか、背も低いのに、やせっぽっちの女の子だった。
「君、朝飯は食べてきたのかい」
俺はその子に声を掛けた。
基本的に探索は、個人の自由でやるものなので、食事は自前である。
当然、ここに来る前の食事を食べるも食べないも、個人の自由だ。
日本という、食べるものだけには事欠かない世界から来た甘ちゃんの俺は、腹を空かせている人がいるという現実がどうにも許せず、自分が引率するときは、昼飯を提供しているのだ。
だから、ティナが毎回付いてくるのだが。
「あ、はい。夕べ食べたので大丈夫です」
その子は弱弱しく答える。
朝飯抜き程度なら、大丈夫だろうが、それが嘘か本当かは俺に分からない。
倒れられても困るので俺はおにぎりを一つ渡した。
「とりあえずこれを食べろ。これは命令だ」
恐る恐る手を伸ばしておにぎりを受け取り口に運ぶ少女。
歩きながらでも食べられる携行食は便利だ。
「美味しい」
一口かじった少女が漏らす。
「そうだろ。俺が作ったんだ。それを食べて、今日の探索を頑張ることだな」
そう言って離れる。
「ガンジロー、私も夕べから食べてない。おにぎりが欲しい」
ティナがおにぎりを要求する。
「お前はさっき腹いっぱい食べていただろ。何を言ってるんだ」
俺はティナを突き放す。
「ラーメンは食べたけど、おにぎりは食べていない。力が出なくて、あの子を魔物から守り切れなかったら、ガンジローが後悔しそうだ」
ティナが俺を脅す。
こいつなら、2~3日ものを食べていなくても問題ないはずなのに。
それよりも、食べすぎて動けなくなる方が心配だ。
「分かった。一個だけだぞ」
そう言っておにぎりをティナにも差し出す。
「これであの子とガンジローのことを守り切れそうだ」
そう言って、嬉しそうにおにぎりをほお張る。
たった三口でおにぎりを腹の中に収めてしまうティナ。
こいつの腹の中はどうなっているのか知りたい。
マジックバックが入っているのではないのだろうか。
★★★
俺はみんなが狩りや採取にいそしんでいる間、ご飯を炊いて、食材となる食物を探していた。
直接四階層に向かっていたせいもあり、流石に昼飯になりそうな獲物は捕まらなかった。
最悪チャーハンだけでも若者たちは納得するだろう。
一番文句が出そうなティナは、量だけ出していれば大丈夫だろう。
それでも俺は、少しでも昼食を豊かにするために、食材を探す。
タラの芽、こごみに似た野草を見つける。
これは、日本の食材と同じように食べられる。
油っぽいがものが重なるが、天ぷらにしよう。
若いから、胃もたれとかしないだろう。
俺は天ぷらを揚げ、チャーハンを作る。
チャーハンの具材は、良い具材が採取できなかったので、卵とネギと焼豚だけだ。
間もなく引率しているティナがみんなを連れて来た。
良い匂いは、遠くまで届いていたようで、ティナがワクワクしながら戻ってきた。
「早く食べたい。一番仕事したの私」
仕事したアピールをして食事を要求する。
俺はティナにチャーハンと天ぷらを差し出す。
天ぷらは塩で食べてもらう。
さあ、これで残りは20人、さっさと食べさせないと、皆に行き渡る前にティナがお代わりをするだろう。
配膳が終わると、やはりティナがお代わりを求めに来た。
「足りない。全然足りない。ガンジローの分までお守りをしている。大盛にしてくれても全然いい」
よく分からない言葉を使って、大盛を要求する。
そもそも俺は昼飯を作っているからお守りが出来なかっただけなのだが。
しかし、客が食べたいのなら、食べたいくらい食べさせるのが俺の流儀。
太ったとかカロリーオーバーとかは、個人の責任であり、俺の責任ではない。
もっとも、この世界では太るほど栄養価の高いものを食べられる奴はごく少数であり、俺の飯を食べて太った奴をまだ見たことがない。
周りを見回すと、食べ終わった若者が、ティナの言葉を聞いて、お代わりをしてもいいのか期待と不安に満ちた目で俺とティナを見ている。
「食べたい奴はここに来い。お代わりさせてやる。ただし全員平等だぞ」
俺は大声で叫ぶ。
欠食児童らが俺に群がる。
「済みません。美味いです。お代わりお願いします」
俺は一人一人にチャーハン焼豚入りをよそう。
みんな嬉しそうにチャーハンをかきこむ。
そんな中、朝おにぎりを渡した女の子がぽつんと離れて座っていた。
「お前は良いのか」
俺は尋ねる。
俺の作ったものが口に合わなかったのだろうか。
「こんな美味しいもの、私だけ食べていいのだろうか、と思っていたんです」
うつむき加減に話す女の子。
手に持った茶碗は空になっている。
「なんだ、家族にでも食べさせたいのか」
「はい、体の弱いお母さんと弟が一人います。本当は、このお昼ご飯も、半分残したかったのですが、あまりにも美味しくて全部なくなるまで食べちゃいました」
更にうつむいて話す女の子。
う~ん、重い話だ。
「残念ながらお前のお代わりはもうこの世にはない」
チャーハンが入っている鍋から直接食べているケダモノが見えるのだ。
この子の分が残っている訳がない。
「しかし俺は平等主義だ。今日の分のお代わりは、後で俺の店に来れば食べさせてやる。利息も付くから母親と弟も連れて来い。あとついでにラーメンも付けてやる。いつ来ても良いから、お前の名前を教えてくれ。当然タダだ」
「シルビアって言います。あのう、ラーメンって今評判の食べ物ですか。ここに来る前、チャーハンと同じくらいの美味しさと言っていたあのラーメンですか」
あの話を覚えていたのか。
「そう、そのラーメンだ。ちなみにメニューの名前はラーメンチャーハンセットというものだ。まだメニュー表には載せていないが美味いぞ。俺が保証する」
「ありがとうございます。今日の探索頑張ります」
うつむいていた女の子が顔を上げる。
「ガンジロー、そのラーメンチャーハンセットが食べたい」
鍋から直接チャーハンを全部平らげていたティナが、ラーメンチャーハンセットを所望する。
「お前が金を出して、シルビアがいればいつでも作ってやるよ」
いつでも何でも永久無料と思うなよ。
遠慮という単語を知らない、無知なお前に対する永久無料は、賄いに毛の生えたものと、残り物だけなのだ。
「はい、これ」
金貨を出すティナ。
「ここじゃ作れないっていうの。地上に戻ってからだ」
俺の言葉に構わずティナは俺のポケットに金貨をねじ込む。
「ガンジローの『美味しい』は私を裏切らない。『後で』でいいから絶対に作ってもらう」
ティナはそう言うと、俺から離れた。
「という訳だ。遠慮せずにうちの店に来い。美味いものは、人生に喜びと生きる意味を与える」
カッコいいことを言って、俺は洗い物の準備を始めた。