1 朝ラー
サブタイトル間違えて入っていました。
入力時の勘違いです。
初っ端からすみませんでした。
「ヘイ、ラーメンお待ち」
俺はカウンターの客にラーメンを差し出す。
客はこれから迷宮に潜る冒険者だ。
「いつも通り美味そうだな」
「美味そうじゃない。美味いんだ」
俺は訂正する。
「ズルズルズルズル、ゴクゴクゴクゴク。ごちそうさん」
冒険者は、あっという間に完食して銅貨5枚を置いていく。
「ヘイ、毎度」
空いたカウンターがすぐに埋まる。
「ガンジロー、大盛をくれ」
開いた席に座ったのは、三級冒険者のティナ。
常連の客というよりも、家族と言った方が近いだろう間柄だ。
「ティナ、少し待っててくれ。お前の分はきちんと残してあるから大丈夫だ」
「そう言って、昨日も全部お客さんに出した。私だって食べたい」
昨日のことを言われるとちょっと弱い。
ティナには恩義があるので、俺の店では基本永久無料だ。
ティナは永久無料に甘えて、いろいろ注文してくるので、俺もティナに甘えて、というか、あまり気にしないで、他の客を優先させてしまう。
昨日は麺がない分、お好み焼きを作って食べさせてやったのだ。
ティナはそのお好み焼きを、ものすごく喜んで食べていたので、もう終わった話だと思っていたのだが、未だに引きづっていたとは。食べ物の恨みは恐ろしいという奴か。
「俺はティナと一緒に朝飯を食いたかったんだが。もう少し待っててくれないか」
この後、ティナと一緒に迷宮へ潜る予定なのだ。
ティナが先に朝飯を食べ終わってしまうと、俺が朝飯を食べたり、店の片づけをしている間、『早く早く』とうるさいのだ。
「まぁ、ガンジローが私と一緒に朝ご飯を食べたいって言うなら、待っててあげても良いけど」
顔を少し赤くしてティナがもじもじしながら言った。
「美容にいい飲み物だから、これを飲んで少し待っていてくれ」
俺はティナにスムージーを出す。
「これ美味しい」
一口飲んだティナが驚いたように言う。
「だろ。ティナ専用だ。それ飲んで少し待っていてくれ」
コクンと可愛くうなづくティナ。
これで少し大人しくなった。
「ちょっとそれは不公平だ!」
カウンターの端に座っていた、肉屋の娘、ミーチャが声を上げた。
「そんなチートな飲み物、ティナ専用にしていい訳があるか。そんなことなら肉を卸すのは止める!」
ボリュームのある胸をはじけさせるようにしてミーチャが抗議する。
ミーチャの親父さんには世話になっている。
肉の仕入れに影響が出たらこの店は持たない。
こんなスムージー一つ仕入れが出来なくなるとは思えないが、子離れのできていないあの親父なら、もしかすると百分の一、十分の一くらいの確率で仕入れを止めるかも知れない。
いや、仕入れはさせてくれても、タダ同然で貰っていた鶏ガラをくれなくなるかも知れない。
「いや、そこまでチートなものじゃないから。飲みたかったら作ってやるから」
俺はそう言ってミーチャのためにスムージーを作って差し出した。
「ふん、これで私の魅力も大幅アップ」
ニコニコしながらスムージーを口に含むミーチャ。
「ちょっと、私専用って言ってたのに、舌の根も乾かないうちに他の女に飲ませるなんて……、あんた一回死んだ方が良いんじゃない」
ティナが腰の剣に手を掛ける。
朝から食べ物のことでこんなに喧嘩するなよ、と泣きそうになりながら弁解する。
「さっきティナに出したのは、ティナ専用に作った、大人専用のものだから。ミーチャに出したのは、ミーチャ専用に作った子供用のものだから、中身が違う訳よ」
俺は冷や汗をかきながら、腰の剣に手を掛けているティナに説明した。
三級冒険者は、この店をあっという間に破壊しつくすことが出来る。
こんなサービス品のスムージーで、客同士がけんかするとは思わなかった俺は、一生懸命ティナを説得した。
「お子ちゃまにはお子ちゃま用のものが似合う」
そう言って機嫌を直すティナ。
言った本人の機嫌はよくなったかもしれないが、言われた当人の気持ちはどうなっているのか。
そういう事を全く考えないで言う所が怖い。
いや、分かって言っているのか?
言われたミーチャはそれに抗うかのように、余計な一言を言った。
「あっちの飲み物はおばさん専用なのね。私若いから、肌ぴちぴちだから、これで良いわ。私の専用は美味しいし」
お互いにお互いのスムージーをディスっている。
どっちも俺が作ったものなんだが。
なんで女って言う奴は、仲良くできないんだよ。
この店は、食事を提供する場であって、喧嘩の燃料を提供する場じゃねえ!
険悪な空気が、秒単位で加速する。
他のお客さんも、ピリピリした空気を感じ取ったのか、麺とスープを口に入れる速度を早めた。
そんな食べ方絶対美味しくないから。
「ちょっと、食べ終わったら、早く他の客に席を空けな。いつまでもこんな店で粘ってるんじゃないよ。ここは喫茶店じゃないんだから」
男前な言葉で嫌な空気を払拭してくれたのは、治安維持隊の騎士であるオフェリアだ。
ティナに嫌みを言っていたミーチャは、オフェリアに睨まれ、すごすごと店を後にした。
「済みません、オフェリアさん」
俺はお礼を言った。
「ガンジローは駄目ね。いくら店の味が良くても、客あしらいが下手じゃ、商売人としてやってけないわよ」
そう言って、オフェリアはカウンターに銅貨5枚を置いて出ていく。
俺はほっと一息吐いた。
空気が緩んだことを感じた客は、麺をすする速度がゆっくりになった。
あとで治安維持隊に差し入れを持って行こう。
ミーチャとオフェリアが空けた席に、次の客がすぐに座った。
「「ガンジロー、ラーメンをくれ」」