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女の子は、落し物をする。
どうして彼がいるんだろう。
そう思って差し出してきた彼の手を見ると、見慣れた装丁の本が目に留まる。
田舎のおばあちゃんからもらった、小花柄の大事なブックカバー。
慌てて電車を降りたから、落としちゃったんだ。
わざわざ届けてくれたんだ。
「ありがとうございます」
私は笑顔でその本を受け取る。
その笑顔を見て、彼も笑い返してくれた。
その顔を見て、私は自分の顔が熱くなるのを感じた。
「電車降りちゃって大丈夫ですか。あと、お礼…」
自分が喜んでいる場合ではなかった。
彼は仕事なんじゃないだろうか。
それなのに、電車を降ろしてしまった。
「すぐ次のに乗るから大丈夫。お礼も気にしなくていいですよ」
そっか、ここは都会だ。
数分で次の電車は来る。最悪路線を変えたりすれば、どうにでもなる。
「じゃ、じゃあせめてお見送りします」
私は電車が来る先を見つめながら、彼と話せた嬉しさを噛み締めていた。