霊峰の主
そんな重い空気を破ったのは意外な声だった。
「クウ、強敵、くる」
空を舞っていたピノの声が上から。
「あれは誰……」と訪ねるカルファルファの声が、途切れる。
上空にはこれまでとは比べ物にならないぐらい大きなハイヌの姿があった。
「ハイヌクイーンが、どうしてっ」とジョナマリアの叫び。
視界を覆わんばかりの巨体。八対の翼に発達した四肢。その偉容は日の光さえ遮り、辺りは影に覆われる。
人など一飲みに出来る大きさの口吻を開き、とどろく鳴き声。
それは只の獣の威嚇とは言い切れないような、不思議な感情を感じさせる物だった。
──怒ってる? いや、悲しんでいるのか?
「くそっ、霊峰の主までもが狂ったか!?」とカルファルファが叫ぶと、手にした錫杖をハイヌクイーンへと向ける。
「クウさん、伏せて!」とその姿を見たジョナマリア。
カルファルファの錫杖の先端についた複数のリングが振動し、空気を揺らし始める。
すると、その振動に呼応するかのように大地から立ち上る黄色い光の粒。それは色は違えど、かつて宝珠を捧げた時に見たものと良く似ていて。源泉の光なのだと何故か理解出来た。
源泉の光が錫杖の先端へと集まる。
辺りに旋風が吹き始める。
私は伏せた状態ではっとなると、スマホをかざす。投稿アプリを起動。動画を撮り始める。
錫杖を構え、大地を踏みしめるカルファルファの後ろ姿。その正面にはハイヌクイーンの凶悪な面構え。
吹き荒れる旋風にジョナマリアさんと良く似た美しいカルファルファの黒髪がはためく。
その時だった。金色に輝く錫杖から一筋の光が生まれる。
その光は、まっすぐにハイヌクイーンと錫杖をつなぐ。
遅れて伝わってくる、音。
錫杖から放たれた金色の光がハイヌクイーンへと到達し、光の爆発が生じる。
目も眩む閃光。
私は思わず、目をつむってしまう。
これまでとは比べ物にならない風が頬を打つ。
「そんな、大源泉の光なのに……」ジョナマリアさんの声で目を開ける。
そこには、羽で錫杖の光をガードした姿で空に佇む、無傷のハイヌクイーンの姿があった。
ちょうどスマホの録画時間が終わった。




