ヘビースモーカー復活
振り込んどくから金額確認しといてね、と竜さんから連絡が来たのは昨日の夜の事だ。俺は意味不明な動悸と一緒に、仕事帰りにコンビニに寄ってATMで残高を見る。
「……おい、マジかよ」
一人で呟いた声に、近くで漫画を立ち読みしていた男子高校生に見られたけど、紳士の笑みで対応した。再び残高を見ても、笑みは崩れない。一人で笑ってる奴が客観的に見ると不気味でしかない事を知っていたけど、それをやめる事は出来なかった。
ホストの時の給料により、俺の貯金は相当なものになっていたのだ。18の土木作業員の貯金額だとは信じがたいそれは俺の心を何故だか満たす。
数値ばかり気にするのは良くないけど、金は大事。真知を泣かせた代償として十分な程の金に、明細ボタンをタッチする事なくカードを抜いて財布にしまった。
ビールを買ってコンビニを出ると、ビールを開けて流し込む。家で飲むと真知が心配するから真知の前ではあまり飲まない。ビールを片手にゆっくりと家に向かって歩き始めた。
後ろから付けられているのを若干感じたけど、家に着く頃には視線はなくなっていた。いつの間にか飲み干してしまったビールの空き缶をもて余しつつ、アパートの駐車場に足を踏み入れると、訳の分からない光景が広がっていた。
学ラン姿の悟と久人が、家のドアの前で花束を中心にしゃがみこんで煙草を吸いまくっていたのだ。ドアの前に転がる無数の吸殻が目に入って溜め息をついて近寄った。
「人ん家の前で制服姿で堂々と煙草吸わないでくれる?」
そう言うと、二人が顔を上げる。俺を見て笑った久人が口を開いた。
「おお俊喜お疲れ!大丈夫、俊喜ん家死角中の死角だから」
「そういう事じゃねーだろ」
溜め息まじりにそう言って、転がる吸殻をビールの空き缶の中に入れていく。久人もそれに協力するけど、機嫌が悪そうに眉間にシワを寄せる悟は協力しなかった。
なんだ、と思いながらも家の鍵を開けて二人を入れる。すると久人が俺に花束を渡してきた。
「これ、俺の母ちゃんがまっちにってくれた」
「なんで?」
「母ちゃん、まっちが好きなんだって」
へー、と言ったけど苦笑いするしかなかった。久人のお袋さんは花屋をやっているセレブっぽい奴だ。
久人の親父さんは中小企業の専務で、結構金を持っている。だからかお袋さんは花屋をやっているんだけど、話してみるとそうでもないが話し方が金持ちっぽい。
俺のお袋とも仲がいいらしいけど、俺はあの強烈な雰囲気が余り得意ではなかった。でも真知は気に入られているらしい。
花束を受け取ってとりあえずキッチンに置いておく。先にリビングに上がった悟は勝手に部屋の明かりとエアコンを付けてテーブルの前に座り込んだ。
「どうしたんだ、あいつ」
久人にそう聞くと、久人は苦笑いした。
「まあ俺ら今日卒業式だった訳ね。そんで悟ん家行って皆合流してから俊喜ん家行って打ち上げしよ、みたいなノリだった訳」
卒業式、今日は3月1日だった事を今更思い出す。だけど、それ以前に。
「なんで俺ん家が勝手に会場になってんの」
「俊喜みたいなの一人いないと収集つかなくなるって俺らも自覚してるんですねそれが。あ、家嫌ならクラブ行く?」
いやいいよ、と言うと、久人が話戻すけど、と続ける。
「で、悟ん家に行ってみたらナミとタエとまっちいたんだよ。悟、沙也加に女子会だからどっか行けって言われて不機嫌になっちゃった訳だ」
確かに今日、真知はナミ達と遊ぶと言っていたけど、まさか悟ん家だったとは。まあ、悟と沙也加は同棲してるから沙也加の家でもあるけど。
久人と顔を見合わせてリビングに入る。悟が銜える煙草の灰は限界ギリギリまでついていて、その前にビールの缶を置くと、悟がそこに灰を落とした。
俺はいつもの定位置に腰を降ろして、久人もその隣に腰を降ろす。胡座をかきながら悟の顔を覗き込むと、思いっきり睨まれた。まるで沙也加と付き合う前の暴れん坊の時と同じ目に若干笑うと視線を逸らされる。
悟の家は結構複雑で、親父さんが結構でかい会社の社長をやっている。悟は親父さんの愛人の息子で、家では煙たがれていた。
煙たがれた末に、まだ物心もついていない悟に高い金を払う理由がないと本妻に保育所にぶちこまれ、悟と俺らは出会った。
でかい会社の社長の息子の悟、中小企業の専務の息子の久人、小さい土木会社の三代目の息子の時夫、しがないトラック運転手の息子の俺。馬鹿な俺らには収入の格差なんて訳の分からないもので、俺らの中に上下関係は最初から一切ないけど、今考えたら不思議な組み合わせだ。
悟が自分が愛人の息子だと知ったのは、俺の親父が死ぬ一年前とかそこららしい。俺達には限界まで隠していたけど、限界が来た。
中学に入ってからすぐ、俺らは別の中学のタメの奴らと小さな暴力沙汰の事件を起こしたのだ。その頃の悟は今とは比べ物にならない程、一回キレたら暴走して止まらなくなるような奴だった。
どこにも行き場のない苛立ちがいつも燻っていたのかもしれないと思ったのは、全てが終わった後だった。
手加減もせずに相手をボコボコに殴った悟は親に勘当されて一人暮らしを強いられる。その時初めて悟は自分が愛人の息子だということを俺らに話してきた。
それからも悟が暴れん坊な事に変わりはなかったけど、クラブで偶然会った沙也加と付き合うようになってから悟が一変した。今のように穏やかな奴になったのだ。
だから、悟の中で沙也加がどれだけ重要なのかなんて事は承知の上だ。悟が不機嫌になる理由は大体沙也加絡み。悟の機嫌を直すのはいつからか俺の役割のようになっていた。
「煙草辞めたんじゃなかったのかよ」
そう俺が悟に言うと、悟は俺を睨んでくる。悟が指に挟んだ煙草を奪って空き缶の中にいれると、俺から目を逸らして箱から取り出した煙草に火を付けた。
もうこれは何を言っても無駄だ。自分から話始めるのを待つしかないとテーブルに頬杖をついた時、悟の溜め息が聞こえた。
それに悟を再び見ると、俺を真剣に見つめている。
「俊喜はまっちと週何回やってる?」
「何を?」
「セックス」
絶句。ド真面目な顔で妙な質問をしてくる悟が見ていられなくて久人に視線を移したけど、当の本人の視線はケータイに向かっていた。
すると、悟に腕を掴まれて揺さぶられる。
「ねぇ俊喜、何回やってんの?」
「……何、それがどうしたんだよ」
言う必要もないし言いたくない。質問を無視して悟に問いかけると、悟は盛大な溜め息を吐き出した。
「ガキ産まれんの、俺楽しみなんだよ、凄く。でもさ、沙也加は沙也加な訳。腹がでかくなっても太ってもお母さんになっても沙也加なの」
「そりゃそうだろ、」
母親になったって誰かは誰かに変わりはない。何当たり前の事を言ってるんだ。悟は煙草の灰を空き缶に落とす。
「よく言うじゃん、母親になった瞬間女として見れなくなるとかさ。でもあんなの嘘だね」
「嘘?」
「そう、だって俺普通に沙也加見てるとムラムラする」
爆弾発言を当たり前のように言った悟に、久人が手にしていたケータイをテーブルに落とした。派手な音が反芻するようで、俺は慌ててテレビを付ける。
ドラマの再放送がやっていたけど結構な濡れ場のシーンで、この部屋の空気といいどうすればいいのか分からなくなったけどとりあえず放置した。
ムラムラとか、そんなのいちいち言う事じゃなくね?俺が間違ってるのか?動揺を隠し切れないらしい久人が頭を抱える。
「え…だって付き合って三年以上だろ…?俺は出会ったその日しかムラムラできな、」
「お前は論外だから黙れよ」
久人に吐き捨てると、事実だもん!と何故かぶりっ子された。
後腐れのないフリフリビッチ至上主義の久人はその日しかムラムラできなくて当たり前だった。久人は誰かと付き合った経験がない。全部ワンナイトだからだ。
「だってさ、触りたいじゃん。舐めたいじゃん」
「ごめん悟、どんな告白?やめてくんね?舐めたいとかそんな話聞きたくない」
煙と一緒に欲望を垂れ流す悟に若干引いた。悟の下ネタはダイレクト過ぎて笑えない。悟は俺を見てゆっくりと瞬きをする。
「あ、具体例とかあげた方が良かった?あのね、」
「いやいいですやめてください」
誰が聞くか、と思いながら悟の言葉に被せるように言うと、顔を背けられた。俺は何も悪くありませんけど、なんでですか。
「最近沙也加俺に構ってくれない、チューもしてない、寂しい、悲しい、ムラムラする」
「結局ムラムラかよ」
苦笑いで悟にそう漏らすと、久人が俺の肩に手を置く。
「俊喜、悟ムラムラしてんだって。女紹介してやれ」
「なんで俺?やだよ沙也加にバレたら殺される。お前が紹介してやれ」
「えーやだ、ここは間をとって時夫で良くね?」
「お前最近時夫に押し付けすぎじゃね?」
何このどうでもいい会話。
そうかな、と首を傾げる久人の思考をぶった切るように、悟が言った。
「どっちにしても嫌だし、沙也加がいいです。第一希望は口」
「はい黙るお前黙る三年間くらい口開くな」
見事にハモった俺と久人に悟が冷たい視線を向けてくる。いや、冷たい視線向けたいのはこっちだわ。
「で、俊喜は何回?」
俺に回数を言うように催促をしてくる悟が怖い。
「……俺の話はどうでもよくね?」
「どうでもよくない。同棲してて結婚もしてるのにいつまで経ってもガキの報告がないから気になる」
それはただ悟が気になってるだけの話で俺に話す筋合いはない、と判断して、悟の煙草を再び奪った。
「禁煙すんだろ?沙也加に怒られるぞ」
「もういいもん、沙也加なんて大好きだもん」
「あーそうだな、だからもう煙草やめろよ。体に良くねーから」
煙草を空き缶に落として、これ没収な、と悟の前にあったラッキーストライクの箱とライターを握り締めた。悟はふて腐れたような顔をしたけど、離す訳にはいかない。沙也加は理不尽な所があるから、俺が怒られる。
「今日は打ち上げとかやめて大人しく家に帰って沙也加と話して胎教でも歌ってやれ。そしたらムラムラも落ち着くだろ」
「……そうかな、落ち着くかな」
俺の言葉に聞き返してくる悟に頷いた。あれだけ吸っていた煙草をすぐに辞めるくらいの根性があるのなら、ガキに対する父性もあるはずだと俺は思っている。
あんな下手くそな胎教(歌とは言えない朗読)もするくらいだからガキに対しても沙也加への気持ちに相当する程の愛情がある。沙也加のでかい腹を撫でたら落ち着いてくれるだろう。
「で、俊喜は何回?」
にっこりと笑う久人の声に、軽蔑の視線を向けた。今物凄く真剣に悟と沙也加とガキの事を考えていたのに最低な奴だ。しつこいと言うと、久人が気になると言い出す。
「誰が言うか馬鹿」
「お願い教えて、俊喜って昔っからそういうの意外と隠すよね」
意外とってなんだ。息をついてから口を開く。
「普通隠すだろ、どう考えても隠すだろ。相手に失礼だろーが。親しき仲にも礼儀ありだろーが」
「でもあの前に付き合ってた夏実さん、だっけ?俊喜に週五で誘ってたって言ってたよ」
久人の言葉に絶句。あいつはどんな話をしてんだ?頭がおかしい女だ。
なんで俺の元カノって下品な女ばかりなんだ。もう二度と会いたくない。会わないだろうけど。
「で、何回?」
悟まで聞いてきて、二人から視線を逸らしてテレビを見た。すると悟が口を開く。
「俊喜、なんか欲しいものないの?言ってくれたら買ってあげる」
「あー、じゃあミッフィーのでけーぬいぐるみ欲しい」
今特に欲しいものもないし、適当にCMに出ていたミッフィーの名前を出すと、悟がふーんと興味が無さそうに返事をしてくる。興味がないなら最初から聞くなよ。
久人が俺の視界にわざわざ入ってくる。赤い髪に目がチカチカした。
「で、何回?」
「マジでしつこい。黙れ」
久人の顔を手で思いっきり押し退けると、久人が痛いと叫ぶ。近所迷惑も甚だしい。まだ苦情は来てないけど。
「俊喜、何回?言ってくれないなら週八って噂流すよ?」
「一週間七日間なのになんで八が出てくんだよ馬鹿」
悟に鼻で笑いながら返した。俺よりも偏差値の低い高校に行っていただけあって俺よりも馬鹿だった。俺はインテリの部類に入れるかもしれない。
俺の台詞に顔色一つ変えない悟が冷静に返してくる。
「一日だけ朝と夜的な」
「何それ」
どんな推測?苦笑いを浮かべると、訳の分からない奇声を上げた久人がふんっ、と言った。キモい以外に形容詞が見付からない。
「じゃあもう週21とか言っとくからねっ」
「何それ朝昼夜って事?やめてくんない?」
「俊喜えろーい」
「誰が週21やってるっつったよ?何がえろーいだ、気持ちわりーんだよ黙れ」
久人の頭を結構力を込めて叩いたけど効かなかった。その瞬間、突然悟が俺の肩を掴んだ。
「俺は全盛期週六だよ?」
放たれた聞きたくもない性事情。まずは自分から名乗れ方式を使ったんだろうがそんな事をされても話す気には一切なれない。そんなにしてたらガキが出来るのも当然のように思えた。
「別にお前の話に興味ないし、俺の事なんかどうでもいいだろ、ほっとけよ」
段々面倒になってきてテーブルに腕を伸ばして頭を乗せる。こういうのって人に言う事じゃないだろ、どう考えても。
テレビを目だけで見ていると、悟が俺の瞼を引っ張ってくる。地味に痛くて手を振り払うと、悟は痛いと言った。こっちの台詞だバカヤロー。
「言ってくれないと俺と沙也加がどれだけ濃厚な夜を過ごしたか一から説明するよ」
「全力で拒否する」
「じゃあ言って?ずっと気になってたから」
悟と久人、二人の視線が痛い。この様子だと俺が言うまで絶対に家から出ていかないつもりだ。こんな事なら最初から家に入れなければ良かった。
溜め息をついてから仕方なく言う。
「じゃあ言ってやるよ、ゼロだよ。週ゼロ」
今まで言わなかった事実をさらりと口にして、俺はテーブルに突っ伏した。少し泣きたくなって、悟を思いっきりぶん殴ってやりたい気分になる。
俺の頭上で二人が、え?え?と繰り返していて、妙に死にたくなった。俺の本気度はどう考えても駄々漏れだけど、ここまで来ると気持ち悪くなってくる。自分でも気持ち悪い。
結婚してもうすぐ一年になるのにこの様だ。俺は真知に対してならどこまでも待つ男過ぎて気持ち悪い。それ以外に形容詞が見付からない。
ビールの空き缶からアルコールの匂いと濡れた吸い殻の匂いが立ち込めて気分が悪くなる。
「俊喜、嘘でしょ?」
「……マジ」
悟にそう返すと、久人が叫ぶ。
「え!?一回もしてないの!?」
「してねーよ」
ポツリとそれだけ返した。最初のあの状態から普通にキスするのにも半年以上かかったのに、それ以上するとなったらどれだけの時間がかかるんだろう。
不可能だとか言いたくないし思いたくない。女はどうだか分からないけど、男なら性欲も下心もあって当たり前だ。その為に結婚した訳じゃないけど、足りないって思うことは山ほどある。
「え、仕掛けてもないの?」
俺の頭をそっと撫でてくる悟がそう言って軽く吐き気を催したけど、それを堪えて言った。
「……一回限界きて仕掛けたけど泣かれたから、それから仕掛けてない」
怖いと泣かれて辞めない男なんているかよ。俊喜が別人になってる、と悟に呟かれて死にたくなった。俺だって好きで待ってる訳じゃない。
今では毎日限界との戦い。キスだって程々に俺が限界を迎える前に勝手にやめる。
「なんでそんな我慢すんの?」
「紳士だから」
久人に向かって最早俺の決め台詞を顔を上げて放った。久人は俺を苦笑いで見ていたけど、悟には苦しみが分かったのか、涙目で見られた。同情するなら俺に性的な相談なんてするんじゃねーよ。
しばらくすると、家のドアが開いた。入ってきたのは真知とナミとタエと沙也加と時夫の五人。
結局溜まり場になってしまうのはどうしてなのか。狭いリビングに人が密集する。
「ちゃんと俺にも構ってよ」
「ごめんね、悟」
沙也加と悟のイチャイチャが始まろうとするのを止めたのは久人だった。意外と話が分かる奴だけど、奇声を上げて止めるのはどうにかして欲しい。
久人の頭を叩いて、ゴミ箱に悟の煙草の箱を捨てようとした俺の腕を掴んだのは沙也加だった。悟が煙草を吸ったのがバレたかもしれない、怒られると化粧をした沙也加を見て思ったけど、沙也加の視線は真知に向いていた。
「真知、やってもらえば?煙草あるよ?」
沙也加の言葉に、真知が躊躇うように視線を泳がせる。なんだ?煙草でやるって、まさか。
「根性焼き?俺そんなのやんないよマジで」
焦ってそう真知に言うと、時夫が口を開く。
「俊喜、ちゃうがな!フィルター燃やす方!」
「まさかのもっと熱い方!?」
時夫の関西弁擬きに突っ込む暇もなくそう言うと、俺の手から煙草の箱を抜き取った沙也加がそれを開いて真知に差し出した。
「真知もたまには我が儘言ってみな?ホストとか隠れてやってたくらい俊喜君は馬鹿なんだから」
「なー、なんで俺の事そんなに貶す訳?おかしくない?」
沙也加にそう言うと、沙也加に睨まれた。なんでだ。真知は恐る恐る煙草を一本抜いて、俺を見る。
本気で根性焼き?俺が俺にするの?それとも俺が真知にするの?嫌だ、マジで嫌だ。自分で自分にするのも嫌だけど真知にする方がもっと嫌だ。
真知を見てそう念じていると、真知は俺の口に煙草を銜えさせてきた。黙ってそれに従うと真知がテーブルの上にあったライターを手に取る。
「あ、ちょ、火、気を付けろよ?熱いぞ」
「俊喜何親みたいな事言ってんの」
ナミに苦笑いされながら言われたけど仕方がない。真知は危なっかしいから心配なんだ。仏壇の蝋燭に火をつける時だって俺がつけてやってるくらいだ。実際は大丈夫だろうけど、勝手に俺が心配しているだけだというのは自覚済み。
真知は俺から目を逸らしてライターの火をつけた。それを俺が銜えた煙草の先端に翳してくる。目が合って、火をつけろという事だと何となく理解した。
真知の茶色い目を見てから、煙草の先端を見て吸い込む。火が付いたのを確認して火から煙草を離して真知を見ると何故だか顔を赤くしながら俺を見ていて、ライターの火を消した。
口の中に煙草の苦みが広がるのが分かったけど、真知が顔を赤らめる理由が一切分からない。
「……なんで赤くなってんの?」
煙草を銜えたまま言うと、沙也加達が真知の髪を撫でて良かったねーと言い始める。俺に事情を説明しろ。
「真知、俊喜が人に煙草の火つけてもらってんのを見るのが好きなんだって、伏し目好きなんだって!」
「ちょ、言わないでくださいっ!」
ナミの爆弾発言に真知が慌てて制止する。女子会ってそんな話をしてるのか?真知の本音駄々漏れなのか?
是非参加したいです。煙草を銜えたまま呆然とする俺から慌てて煙草を抜き取った真知は、ビールの空き缶の中に煙草を捨てる。妊婦の沙也加がいるからだろう。
俯く真知の顔を覗き込むと、顔は真っ赤だった。可愛すぎて俺そろそろ禿げそうなんだけど。
「俺、また煙草吸おうか?」
「吸わないでくださいっ、もう間近で見れたので十分です!」
いつも間近に居ませんかね?と思ったけど、余り近くに寄りすぎてるとキスしそうだったからすぐに離れた。
いつの間にか悟が胎教(という名の朗読)を始め、沙也加がうっとりし始め、ナミとタエが歌の下手さを指摘しようとした所をなんとか時夫と久人と止めて、卒業式の夜は更けていく。
留年しなかったら、俺も今年卒業していた筈だった。でも留年しなかったら、今俺はここにいない。
妙な偶然で繋がる世の中は綺麗じゃないけど捨てたものではない。過去はどう足掻いても過去でしかなくて、でも未来があるのは本当は有り難い事なんだと思う。
飯を作ろうと思ったけど冷蔵庫に入っていた物じゃ到底八人分は作れないから、真知と二人で買い物に出た。
その時だ。真知と二人でいて初めて、誰かに付けられているのを感じた。付けられていると感じるのは一人の時だけだったけど、真知と一緒にいると気付かなかっただけなのかもしれない。
前に撒いたのにも関わらず付けてくるとはよっぽどの執念だ。でも買い物をしている最中に視線は消えた。
誰に狙われているとか、理由とか、馬鹿な俺には考えたって分からない。




