第九話 城視察
ベレンを出て三日目
峡谷を馬で進むヨハンは
またも自分の記憶力に悩まされた。
「こっちでイイんだっけかなぁ」
「武」時代に調査隊に行けと言って置きながら
いざ自分で行くとなると地図とにらめっこだ。
荒野地帯の峡谷
目印になる物が何も無い。
昼は時間と太陽の向きで
夜は星座を利用して自分の位置を
確かめるのだが「武」時代でも
部下の報告を聞くばっかりで
自分では行わなかった。
降臨の遠征の際にも近くは通っているのだが
行ってはいないので行き方が分からなかった。
峡谷という事もあり直線で進めず
目視も出来ない事が不安を増長させた。
他に手段もなく先に進んでいくと
ある地点から馬が先に行く事を拒み始めた。
漂う微量の毒を感じ取ったのだ。
方向はあっていた。
ヨハンは馬を下り、そこからは徒歩で進んだ。
1kmも進まない内にヨハンの嗅覚も
毒の匂いを感じた。
懐にしまった解毒のスクロールを
思わず確認するヨハン。
出発する前にハンスに頼んで
回復系のスクロールを分けてもらっていたのだ。
かなり貴重な物だ。
今現在作成が可能な人物はハンスだけで
更に使用されているインキは特別性で
生成方法が分からないと言っていた。
アモンの残したインキが尽きたら
作成は止まる。
それまでに解析出来ればという話だが
不明な成分が多い
アモンはレシピを残してくれてはいるのだが
そのミスリルと表現された金属を
入手する方法が無いそうだ。
出来ればスクロールは使わずに
ハンスに返してやりたい所だ。
慎重に歩みを進めるヨハン。
辺りが薄暗くなるくらい紫の霧が
立ち込めてきたが、まだ体に変調は感じられない。
改造によって耐性が強化でも
されているのだろうか
とうとう城が見える所まで来てしまった。
昔に聞いていた報告よりも
水面が下がったのであろうか
城は一階から見えており
丁度、堀の部分が毒の沼になっている。
今こうしている間も絶える事無く
毒の霧を産出し続けていた。
確かに城自体はまるで台風の目の様に
毒の被害から免れている様子が見て取れた。
噂は本当だったようだ。
城のあちこちに最近出来たと思われる
破損個所がいくつも見受けられた
大型の飛行生物が取っ組み合いでも
したかのようだ。
十分に異様な光景と言えたが
最も異様だとヨハンが感じたのは足元だった。
僧侶としての能力を喪失しているハズだが
邪気自体が強力なのだろうか
今のヨハンにも感じる事が出来た。
毒よりも、その邪気のせいでヨハンは
先に進む事が出来なった。
「これ以上は意味が無ェな」
踵を返し、馬の場所までヨハンは急いだ。
行く時は長く感じたが
あっと言う間に着いた。
いかに慎重にゆっくり進んでいたかが分かる。
問題はヨハンの体に染みついた毒の
匂いのせいで馬が暴れた事だった。
仕方が無いので一旦馬から離れ
風に当たることにした。
風に当たりながらヨハンは考えた。
仮に防毒マスクが完成しても
沼を渡る方法が無いのだ。
あの依頼を解決する方法は思いつかなかった。
なぜ、ヨハンは自分がこんなにも
あの依頼が気にかかるのか考えた。
恐らくは失った故郷というキーワードだ。
バリエアは影も形も無くなった。
形が有り戻れるのなら
戻してやりたかったのだろう。
「願いはつくづく叶わ無ェなぁ」
強靭な肉体は手段であって
バリエアをこの手で救う事が願いだった。
あの契約の時にバリエアを救ってくれと
願うべきだったのか。
「・・・違うな」
アモンは聖都への悪魔侵攻を阻止・排除の為に
あんなに頑張ってくれたのだ。
能力を超える願いとして受理されなかったのが
オチだろう。
体に染みついた毒の匂いが抜けた事を
確認するとヨハンは馬の所に戻り
また三日かけてベレンへと帰った。