第七話 魔物達の昼
ストレガとゲカイは普段着を
一通り買い揃えた後は
近くで昼食を取る事になった。
道中で絡まれる。
「魔法使いなら魔法をみせろ」
外に出ると一日一回はこうした輩に引っかかるのだ。
最近は慣れて来た。
ストレガは杖「余裕綽錫」を翳すと
呪文を唱え、その場に浮いて見せる。
絡んできた相手は仕掛けが無いと分かるや
呆気に取られるか悲鳴を上げて逃げるかの
どちらかだ。
今日の相手は悲鳴を上げた。
警笛が響き渡る。
衛兵が駆けつけて来た。
「また、あんたか。いい加減にしてくれよ」
衛兵に怒られた。
以前は「魔女」と言うだけで処刑の対象になったそうだ。
以前と言っても、ほんの少し前だ。
今現在は降臨した女神によって
魔女と言うだけでの理由で処刑は禁じられた。
最後の魔女裁判。
その処刑の際、このベレンは恐怖に包まれた
悪魔が現れ、魔女を助けると
仕返しに人を全て処刑すると吠えたのだ。
幸いにしてベレンに居合わせた女神によって
悪魔は屠られ、ベレン市民には被害者は出なかったものの
当時の恐怖はベレン市民の心の底に消えない恐怖
トラウマとして残っている。
その魔女も空中浮遊で捕まったそうだ。
悲鳴を上げるタイプは皆
このトラウマを呼び起こされるからなのだろう。
「絡んで来る連中に言ってください」
ストレガは衛兵にそう言い返して踵を返すが
衛兵は止めに入って来た。
「市内での魔法の使用はご法度だ」
「それ・・・まだ可決してませんよね」
「ぐぅ・・・良く知ってるな」
パシュ
乾いた音。
すごく小さな音だったので雑踏の中では
注意していなければ聞き逃してしまうだろう。
その音がすると、ストレガに絡んでいた衛兵は
呆けた顔になり黙ってしまった。
「行きましょう。お腹が空きました」
そう言ってゲカイはストレガの袖を掴み
歩きだしてしまう。
まだ絡んで来ると思い
ストレガは衛兵を振り返るが
彼は呆けたまま動こうとしない。
「何をしたの?」
答えはひとつだ。
魔神ゲカイの能力は解除だ。
ストレガが気になったのは
一体、衛兵の何を解除してしまったのかだ。
「ハエの思考を解除したの
しばらくすれば元に戻るわ」
ストレガは正直、ゲカイに対して恐怖している。
彼女の解除に対する決定的な対策が無いのだ。
アレを自身に使用されたら
そう思うと気が気でないストレガだった。
何の危険も感じさせない
少女の外見、そのギャップが凄い。
ゲカイはストレガより少し年下の外見だ。
保有している魔力も少ないせいか
言われた今でも見た目には魔神とは思えない。
解除能力を自身の認識に当てれば
知的生命体のあらゆる知覚から
外れる事が可能なので
補足する事は不可能だ。
目には写っていても
脳の方がその認識をしないのである。
通い馴れた通勤路。
視界に入るモノの
ほとんどを脳はカットしている
認識しているのは
自身の安全を脅かす危険な
接近物ぐらいなのだ。
風景はみているようで
見ていない。
工事などで普段と違う風景に
なっていると「違う」という事で
やっと認識が働くのだ。
ただ彼女は存在していないワケでは
無いので、罠その他には注意が必要だ。
その他に自信が存在を強調する
能動的な行為も厳禁だ。
解除が強制的に解除されてしまう。
朝は彼女自身が発言という
主張をしてしまった為
そこで解除が切れて
突然目の前に現れた格好になった。
ヨハンは以前、行動を共にしていた
との事で馴れていたのか
驚いていなかったが
馴れるモノだろうか
ストレガはそう疑問に感じた。
ストレガはヨハンを保護対象として
見ていた。
改造を施されているとはいえ人間である。
飢えるし、簡単に皮膚は破れるし
呼吸をしなければ死ぬ。
脆弱と言えるのだ。
しかし、敬愛する兄、アモンは
ヨハンに信頼を寄せていた。
そこがストレガには嫉妬する一因で
あると同時に無償の奉仕の根源にも
なっている。
自身が改造を施しただけでなく
ヨハンには何かある。
保護対象、その考えは改める必要が
あるのではないか
ストレガはそう思い始めた。
「食べないのか」
注文はゲカイの一人分だった。
不審に思ったゲカイはそう聞いて来た。
「あの・・・ですね」
ストレガは自身の経緯をと言っても生前の
記憶はほとんど無い。
アモンと出会ってからの経緯を
周りに聞こえない様にゲカイに
説明した。
ゲカイの瞳が薄っすらと光る。
デビルアイだ。
ストレガはそう直感した。
アモンも初見の物には必ず行っていたのだ。
やはり、この少女は兄と同じ魔神だ。
危険は無いと知っていても
体が硬直するストレガであった。
「今の話は本当なの?」
走査し終わったゲカイは
そう聞いてきた。
「は、はい。」
足りなかった説明は無い。
悪魔の契約でスケルトンのボディに
悪魔の金属粒子を纏い
人の外見を模した。
ストレガの聞いていない
アモンの仕込みがあれば話は別だ。
「だとすれば・・・スゴイ」
顎に手を当て一人で頷くゲカイ。
「あの、説明して頂いてもよろしいでしょうか」
ゲカイいわくストレガは個体としての
完成度が非常に高く。
もはや新種と呼べる域だそうだ。
ミュータント
突発的に発生する新種は
一代限りで後の世に残らない。
魔法生物
悪魔などが魔法で疑似生命体を
生み出す。これも残る事は無い。
彼女流に言うと
時空に固定されない
らしいがストレガは完全に固定されている
そうで、ゲカイの能力でも
もう解除出来ないそうだ。
それを聞いてホッとするストレガ
何かの拍子に解除されて
骸骨に戻るのはゴメンだ。
「もうスケルトンとは呼べない」
ストレガは既に魔神化しているそうだ。
嬉しくなり舞い上がるが
ストレガは兼ねてからの疑問を
聞いて見る事にした。
「生前の記憶?」
この姿で目覚めた時
始めは覚えていたハズなのだ
それが日に日に薄れ
アモンと会った時には性別と名前位
しか覚えていなかった。
「魂が保有出来るデータは少ない」
本来、頭蓋骨の中にある臓器
脳が記憶を保有している。
ソレが無いスケルトンは
新しい情報が重なる度に
どんどん忘れていき
最後には強い感情
「恨み」などだけが残る。
なぜとか、誰を、も忘れ
ただ恨みだけで動くそうだ。
「つまり私は特別じゃ無かった」
「そう、アモン様に会っていなければ」
他のスケルトンと同じように
徘徊し生ある者に襲い掛かっていたのだろう
逆にいえば他のスケルトも
そうなる前は多少なりとも記憶や人格を
持っていたのだ。
だからこそ人目を避けるが
やがて徘徊を始め、やがて人目につく。
そう言うカラクリで
一般には徘徊するスケルトンの
イメージだけが定着しているのだ。
「体の何処かに記録を担当している
金属があるハズ。それは間違っても
射出などで使用しないように注意」
「はい。ここにあります」
ストレガはそう言って頭を指さす。
脳があるべき場所にその金属は
入れてある。
「お兄様に会っていなければ
私はとっくに退治されてますね
本当に凄い人でした」
生きる為に必要な全てを授けられ
何も恩を返せない内に
相手は居なくなってしまった。
「その位、当然。あの方はいずれ
三界を統べるお方」
確かに、受けなくても
三回は同じギャグを言っていた気がする。
しかし
それが凄い事なのだろうか
気にはなったが
聞くのは止めて置いた。
昼食を終えると、そのまま
冒険者協会へ向かう事にした。
ヨハンが気に掛かるのだ。