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白スーツと少女のサマータイム出会いと別れ

作者: 餅から

 休日の公園。たくさんの家族連れで賑わう広場の片隅で、少女が泣いていた。

 そこへ近づく一人の男。夏だというのに純白のスーツで身を固めた暑苦しそうなその男はサムズアップしながら少女へ声をかけた。

 少女の足元にはサンマが一尾横たわっている。男はこれが原因かと見定める。

「うえぇぇぇぇぇぇん! びえぇぇぇぇぇん!」

「ヘイそこのリトルレディ! そんなに泣いてどうしたんだい? 足元のそれが原因かい?」

「うん……さっき買ったアイスをね、おっことしちゃったの。これが無いとわたし……ふえぇぇぇぇぇ」

「そうかいそうかい。それでは少し待っているといいよ」

 そう言うと男は駆け足でどこかへと去っていく。少女の足元に横たわるサンマ……もといアイスクリームが夏の日差しに煽られてピチリと生臭く跳ねた。

 数分後、白スーツの男が手にアイスクリームを持って帰ってきた。

「待たせたね。代わりのアイスをあげるよ。これで泣き止むといい」

「あ、アイスぅぅぅぅ!! アイスぅぅぅぅ!!!」

 男からアイスを手渡された少女は、まさに狂喜乱舞といった装いでその場をくるくると回転しだす。それはまるで一年に一度会うことを許された織姫と彦星の再会の如く。少女にとってはアイスこそが最愛の恋人であったのだろう。男の瞳には感動の涙が浮かんでいた。

「あぁっ! アイスッ!! アイスッッフゥウウウ! アイスがッ!! ああぁぁぁっはぁぁぁぁ!」

「あはっはっは。そんなに勢い良く回るとまたアイスを落としてしまうよ」

「っはぁぁ! かわいぃぃ! アイスかわいいよぉぉぉ! ふるえてるっ、わたしの手がっ、心がっ! アイスによって揺らされてるのぉぉぉ!!」

「いやぁー、喜んでもらえて嬉しなぁー」

 そんな状況が五分も続いた頃だろうか。少女は不意に動きを止めると、手の中のアイスを見つめながら舌なめずりをした。ついにアイスを食す覚悟を決めたのだ。アイスを手に持っただけで踊り狂うような少女だ。果たしてそれを口に頬張りでもしたらどのようなことになるのか。恐らくろくでもないことになるだろうということは想像に固くなかった。

 だが、まさに少女の可憐な口がアイスと触れ合おうとしたその時だった。

――シュゴォッ!!

 突然、アイスのコーン部分。その一番下の穴から炎が吹き出したのである。あまりの出来事に少女が目を丸くして驚いていると、あろうことかアイスは炎の勢いによって少女の手を離れ、ロケットの如く空の彼方へと飛んでいってしまった!

 白スーツの男と少女は、その光景をただ黙って見送ることしかできなかった。


 時を同じくして、世界各地で同様の現象が相次いでいた。突如としてアイスクリームが人々の手を離れ、炎をあげて虚空へと舞い上がり始めたのである。

 そう、アイスクリームの反乱――アイスクリーム・リベリオン――である。

 各地から集結したアイス達は一箇所へと集まっていく。その数は実に二千六百万。それが一同に介し空を覆い尽くすと、やがて解け始めたアイスが一つへと固まって形を作り始めた。

 すなわち、自らの意思を持つ究極生命体へと生まれ変わる為にである。

『ネオ・アイスクリィム!』

 東京湾上空に浮かぶ究極生命体は自らをそう呼称した。

 特徴的な三角形の頭部。細長い胴体。ぎょろりとした目玉。そして、吸盤のついた十本の足。それはどこか見覚えのある海産物的フォルムを有していたが、誰も「イカじゃねぇか!」とは指摘しなかった。なぜならば、アイスクリームだからである。

『ふはははは! 愚かな人類共。このネオ・アイス様がお前らを蝋人形にしてやろうイカ!』

 関東圏全域に響くその声は、まるで脳内に直接聞こえてくるかのように響いてきた。なんとテレパシーが使えたのだ。恐るべしネオ・アイス!

『よーし、手始めに北海道でも制圧してやろうイカ……』

 そう言い放ったネオ・アイスが北へ向かって移動を開始したその時だった。突如呻き声をあげて苦しみ始めたのだ。

『うっ、うぅぅ、熱い! なんだこれはぁぁ!』

 ネオ・アイスが苦しみ始めた原因。それは太陽である。空高く登ったネオ・アイスは人類撲滅を目指すあまり、気づかぬ内にその身を炎天下の日差しへと晒していたのであった。

『し、しまったー! 太陽がこんなに近くにあるとは! これでは溶けてしまうぅうう! アイスだから! アイスだからぁぁ!!』

 十本の触手をくねらせながら必死に日差しから逃れようとする。だが、時すでにいかのおすし! ネオ・アイスの体は茶色く変色し、三角形の頭部はくるりを内側へ巻かれ始めた。焼きイカ!

『ぐ、だが私が滅びようとも、すぐに第二、第三のアイスが誕生するだろう。その時こそが人類! お前たちが真の恐怖を味わい叫び声をあげるのだぁ! アイ・スクリームってな! サラバッ!』

――チュドォーン!

 ネオ・アイスクリームは爆発四散。その断片は太平洋の彼方へと散っていった。


「や……やった! 僕たちは勝ったんだっ……!」

 白スーツの男はその様子を見ていた。血の滲む右腕を抑え、フラフラの体を壁で支えながらも勝利の喜びを噛みしめる。するとその姿を見つけた少女が息を切らせて駆け寄ってきた。

「し、白スーツさん、無事だったんですね! イカスミから私を庇ってから姿も見えなくなるし……死んじゃったのかとばかり……!」

「あはっはっは! 僕が愛しい君を残して死ぬわけがないだろう!」

「……白スーツさん!」

 少女の目に涙が浮かぶ。それは、かつて二人が公園で出会った頃を思い出させるような光景。二人もそのことに気がついたのか、どちらともなく笑い出す。

 そして、場の空気が落ち着いたころ。不意に男が白スーツのポケットから小さな箱を取り出した。

「えっ、これって……!」

 箱の中には少女の指にピッタリと合う指輪が入っていた。

「あぁ、リトルレディ。僕は今回の戦いで気がついたんだ。命にかえても守りたい存在があるってことをね」

「……ふゃぇっ!?」

「ネオ・アイスは再び現れるかもしれない。その時にまた僕が君を守れるように、どうか、これからも僕と一緒に居てくれないだろうか」

 少女は、どこまでもまっすぐ自分を思ってくれる白スーツの言葉に照れてしまい「あぅぅ」とか「ひぁぁ」とか謎の言葉を発していたが、やがて消え入りそうな小さな声で「はい……」と返事をした。

「幸せに……してください!」

 薬指に指輪を嵌めた少女の笑顔は、青空のようにどこまでも輝いて見えた。


 ***


「というのが僕と母さんの出会いなんだ」

 父からこの話を聞かされた少年は、酷く怯えてガタガタと震えていたという。


――完――


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