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09 ホムンクルス


私は仕事を辞めてから、これまでの人生を懐かしむように、王都を歩いて自分の過去巡りをしている。


まず、私は生まれ育ったガウス伯爵家の使用人長屋を見たかったが、敷地内には入れない。

たまたま馬車が出て来る時に開いた正面の門から、敷地の中が覗けた。

屋敷の主棟は60年前と同じように建っていたが、建物は薄汚れて庭も荒れ昔の面影は全然ない。

ガウス伯爵家はヨハネス様の代になってからは鳴かず飛ばずで、領地をさらに失っている。

もちろん当時の伯爵夫人は故人だし、ヨハネス様も最近引退したと聞いている。


伯爵家の次は、私の母校の魔術師学校に行ってみた。

敷地のフェンスの隙間から覗いたが、自分のいた古い寮は既に取り壊されて更地になっていた。

私の過ごした場所は、私の記憶の中だけになってしまったようだ。

関係者以外は入れない魔術師学校だが、正門横の掲示板を見ると、近く学校祭が開催され一般に解放されるらしい。

日を改めて魔術師学校を訪れる事にした。



後日、魔術師学校の学校祭に行った。

希望に燃える学生たちが楽しそうに話して学校内を闊歩している。

演習場では魔術の模範実技を見せていたが、学生達の見せる火魔術をうらやましく思った。


私は学生時代、攻撃魔法が全然ダメで、自分は生きる価値がないと心が小さく小さくなっていった。

心が暗くなり学校生活が苦痛で、居場所がなかった。


後で考えると、いくらでも生きようがあるのだが、学生の頃は攻撃魔法ができことで、全てがダメな男だ、それから離れられなかった。

魔術師学校では攻撃魔法が一番価値がある風潮だったから、そう考えるのも仕方がなかったが。


エルに会えてからは、心に余裕が出てきて、クラスメートとやっと対等の気持ちで話せるなったな。

そんな事を思い出してしまった。



私はお祭り会場から外れて、校舎の脇を抜け人気がない図書館の方に向かう。

図書館に横に目的の資料館がある。

ここら辺は学生時代とあまり変わっていなかった。

その資料館の中に私の見たい物があるのだが、果たしてまだ残っているかな。


資料館は一般開放の対象ではないようで、正面の扉には鍵がかかっていた。

いや、扉のノブのサビ具合を見ると、かなり以前から、ここは使われていないようだ。

建物横ての窓は板を打ち付けてあった。

私は建物の後ろに回り、小さな裏口のドアに向かう。

昔は、このドアの鍵が調子が悪く、ノブを持ち上げるように回すと施錠がハズレるので、よく忍び込んだものだった。

3段の階段を登り、壁に絡まる蔦を掻き分けると、塗装が剥げた木のドアが現れた。

ドアノブは外されていたので、落ちていた棒でドアをこじ開けることにした。


幸い付近には誰も人がいない。

ドアは古くなっており、力を入れると一部がバキッと壊れ穴ができたので、屈んで身を滑り込ませた。

長年、ダンジョンに潜っていたので、狭い隙間から忍び込むなどお手のものだ。


昔はこの資料館には魔術の触媒に使う、鉱物や魔物の骨などの資料が、学生の勉強用に展示してあった。

今は廃品倉庫として使われており、壊れた机など雑多なものが積み上げられて塞がっている。

高い窓からわずかに光が入るだけの薄暗い内部を空間認識魔術で通れる空間を探して一番奥の区画に向かう。


目的のものはもう無いかもしれないが、ガラクタの山を越え潜りたどり着いた。

私は調査員時代の習慣で常に持ち歩いている携帯型の小さな灯りを点けた。

それは、最後に見てから、45年ぐらい経つが、そこにちゃんと居てくれた。


一番奥の隅っこの方に、場違いな、ある人形が置かれている。

この人形が作られた当時は、人類史上初めてのホムンクルスと称えられていた。

フラスコ内で合成されるという空想上のホムンクルスではなく、人間と同じように活動する夢のホムンクルスが作られたと人気があったらしい。


この人形は18歳ぐらいの女性型だ。

私が学生の時に見た時に既に、動きを止めて30年以上経っていた。

それからまた45年程経ったが、昔と同じようにガラスのケースの中に立っていた。

長い年月で美しかった銀の髪は光沢を失い、着ている古風なメイド服は色あせて、レースは黄ばんでしまい、白い肌も透明感を失いひび割れができていた。

目はずっと閉じているので、瞳が何色なのかはわからないままだ。


人形の額には「否」を意味する赤いへシナイ文字が刺青で書かれている。

この額の刺青は人造人間である事の明示で、昔からの約束事だ。

どこの国でもゴーレムなどに関する法律の中で、人型をしている物は人間と区別が出来ように、マークを額などの目立つところに入れなければならないと規定されている。



この人形は作られてから少なくとも80年は経っている。

当時有名だった人形魔術師のコーンリッジ家が造った人形の一体だ。

コーンリッジの人形は、教え込まれた動きを、自律判断で再現することができた。

行動を一つ一つ丹念に根気よく教えこめば、まるで人間のように動いた。

珍し物好きな上流階級が高額で購入し、メイドなどに仕立ててステータスを見せつける道具にしていた。

コーンリッジ家の最後の当主がある事件を起こし、それ以後、この人形は動力源の魔精石と記憶結晶を抜かれ停止した。


学生の時は、この人形について、これぐらいの事しか知らなかった。

その後、コーンリッジの手記などから情報も得られたので、ここにまとめて書いておく。


ラウナ国のコーンリッジ家は、代々、自律型人形魔術を得意とする家として知られていた。

人形魔術師はゴーレムや戦人形などの人造物を魔力で動かし使役し、軍で戦闘、陣地構築などに従事する。

これらは戦場で主戦力にはなれないが、防衛戦、撤退戦ではかなり役立つので、どこの国も会戦には一定数を従軍させる。


全部を土や石で作るゴーレムは構造が簡単だが、多くの魔力を消費するので持続力に欠け、拠点防御用に使われる。

戦人形は骨格、伸縮魔道具、感覚魔道具、魔力伝導路などで組んでおり、必要魔力量が少ないので使いやすい。


使役する人形は、一から自分で造ったほうが魔力が通りやすく、繊細にコントロールできる。

だから人形魔術師にはコントロール能力の他に、人形を造る技術が欲しい。


人形はコントロール方法により操縦型と自律型の2つに分けられる。

操縦型は魔術師がコントロールするので精密な動きをさせることができるが、操縦に専念しなければならない。

ゴーレムはすべて操縦型だ。

自律型は事前に行動パターンを組み込んでおけば勝手に動いていくが、粗雑な動きしかできない。


コーンリッジ家のレイモンドは、画期的な多機能な自律型人形を開発した。


一般に自律型人形は多機能を追うと容量が嵩張り、高さ4mもの鈍重な巨大人形となり、美的な鑑賞には耐えないものだった。

レイモンドは多機能をコンパクトなボディにまとめあげ、人間サイズの優美な自律型人形とした。

シリコン系などのメタルスライムを使ったのが、コンパクト化と造形美に役立った。

これらにより大型武骨な自律型人形が、一挙に人間が親しみを持てる存在に近づいた。

ただ、人間サイズといっても重い素材があり、女性型のボディでも重さが100㎏以上あった。


この人形の真髄は、自律学習機能にあった。

それまでの自律型は、変化する状況に行動パターンが追いつかず、コンフューズしてぎこちない動きで、頻回に停止してしまうのが普通であった。

学習機能を大幅に進化させたのがレイモンドの子、ユーファスと、孫のスラファノスだった。


ユーファスは、縮小焼き付け魔術を応用し記憶結晶を小型化し、積層合成も使い容量の倍増を重ねた。

自律型人形に登録する行動パターンを大幅に増やすことができた。


スラファノスは、アルカナダンジョン「隠者」の迷宮ピラミッドで発見された迷宮コントロール用「思考の魔術陣」を複数組み込み、並列処理も可能にした中枢判断素子「マンダラ」シリーズを作り上げた。

模範指定された人間の行動パターンをトレースして最適化させたものをベースに自律学習で経験を深化させた。



コーンリッジ家はコクルスシリーズを世に出した。

このシリーズは完成度が高くコクルス-4型あたりからは、これまでのドールではなく、ホムンクルスと褒め称えられるようになった。

コクルス-1、3、5型はダンジョン、工事現場での使用を目的に、耐候性、耐水性、耐ショック性などが重視された。

コクルス-2、4,6型は家庭内使用を視野に入れ、繊細な動きを与えられ、人間により似せて作られた。


特にスタファノスの晩年に作られた最終型であるコクルス-6は、ファンタジーエルフを模したと言われる造形美で人間を越えていた。

効率的な学習機能ルーチンと、オクタマンダラ素子のおかげで、動きは人間同様になっていき、会話レベルも上達する。

コクルス-6を人間と一緒に行動させ、記憶アーカイブを充実させると、まるで人間の意思感情を持ったような振る舞いを始める。

3年も訓練を続けていると言葉も流暢となり、額の刺青がなければ人間と間違うぐらいのレベルとなった。



夢のような人形だったが、現在ではコーンリッジ家の人形は一体も動いていない。

この資料館に置かれているのは、112体作られた最終型のコクルス-6の一体だ。

我が国の王室が購入したシリアルナンバー81だが、80年前のある凄惨な事件の後にエネルギーの魔精石と記憶素子が抜かれ強制停止措置がとられた。


しばらく王宮の倉庫に保管されていたが、魔術師学校の教材用にと寄贈された。

寄贈された人形はここ資料館で展示され、80年という時間とともにボロボロになっていった。

王室の恩賜の品であるので捨てることもできず、そのまま放置されている。

この人形がなぜここに飾られているかなど、もう私以外に誰も覚えていないだろう。


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