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08 魔術師学校


私は自分の生い立ちを振り返る。

私は兄弟は居ない。

居ないというか、妹が産まれる時に難産で母と妹が一緒に鬼籍にはいってしまった。

私はその時まだ3歳で何も覚えていない。


メリザウェイの家は祖父の代までは曲がりなりにも、小さいが地方の土地持ち男爵家だった。

しかし、何代か、蝗害、干害、飢饉など続いて、農地荒廃、領民減少、借金など領地経営がどうにも回らなくなった。

国からの救済の事例が昔あったので、領民を餓死させないように国に援助を求めたところ、管理不行き届きとして、爵位と領地の返上を命じられた。


かなり前から商業の発達、歩兵戦術等の変化もあり、貴族や騎士団の領地を国王へ集める中央集権化の動きが進んでいた。

もちろん祖父はそのことを承知していたが、国への援助依頼がいきなり自分の領地の没収にまでつながるとは夢にも思っていなかった。


祖父は領地と館を返上し、国から一代限りの年金付きの名誉爵位を代わりに与えられ、残った王都の小さな屋敷に移り住んだ。

そして、しばらくして男爵位再授与を騙った巧妙な詐欺にあい、名誉爵位も屋敷も手放すはめになった。

詐欺の相手を訴えたが、どうやら高位の官吏が結託していたようで、門前払いにされた。

祖父はわずかに残っていた使用人も暇を出し、父にも何も言わずに、一人で真冬の森に深く分け入り行方不明となった。

翌春に身分証の入った鞄と獣に食い散らかされた骨が見つかった。

たぶん自殺だったのだろうと父は言っていた。


一人残された父は14才で軍幼年学校を卒業するところだったが、経済的理由で士官学校に進学するのは諦めた。

多感な年齢の父は、詐欺事件の対応で官吏に憤慨し、官僚学校に入る気持ちは端からなかった。


メリザウェイ家の初代が戦功をあげた騎士という歴史があり、父は小さな時は絵本に出てくるような、華麗な騎士になりたいと憧れを持っていたという。

一時期は騎士になろうと目指していたが、幼年学校で学ぶうちに、騎士が戦場で無用になっていることを知った。



銃器の発達で歩兵が戦場の大きな柱になっていた。

騎士が馬上に槍を持って突撃する戦いはかなり昔に消滅していた。


長い訓練をしてやっと一人前になった騎士が、銃の扱いと集団戦闘を短期間で訓練された歩兵に簡単に倒れされる時代になっている。

騎士が軽装化して機動戦力の駒になる道は残っていたが、王家は扱いにくい騎士団を嫌い、忠実な銃騎兵を整備していた。

これは父が若かった時代の話で、現在残っている少数の騎士は国の儀式の際の飾り物でしかない。


父は幼年学校時代のコネを頼って軍兵養成所に入った。

この養成所は下士官育成が目的だが、金がかからず平民に人気があり競争率が高い。

馬が好きだったので騎兵コースを選んだが、馬に乗って銃を扱うより馬の世話、馬具管理などに興味を持った。


しばらくすると、ガウス伯爵家という有力貴族から騎士の従者にと声が掛かった。

領地を失う前の祖父と先代の伯爵様が知り合いで、父も以前、何回か屋敷に遊びに行ったことがあったそうだ。

祖父の死の事で父を気の毒に思い誘ってくれたらしい。


父は将来、伯爵家の騎士になる道を示されたが、結局、騎士の従者ではなく、馬と馬車管理の仕事をさせてもらうことした。

貴族の子息だったことはきっぱり忘れて、仕事に懸命に取り組んだ。


父は伯爵家の王都屋敷の大部屋暮らしで、普通なら妻帯などできる立場でなかったが、先代伯爵様の温情で、好意を寄せ合っていた屋敷のメイドの母と結婚した。


そして、屋敷内の長屋で私は生まれた。

私が物心がついた頃は母も亡くなっており、父とつつましやかに暮らしていた。

父は酒が手に入ると、夕食時に一杯やってホロ酔いで、自分が小さな時を過ごしたメリザウェイ家の領地の景観の素晴らしさを、私に話聞かせてくれた。



伯爵家の王都屋敷内は使用人の子供は、私の他に居なかったので長屋では使用人達みんなの子供のように育てられ可愛がられた。

あの頃は悩みもなく、楽しかったという記憶しか覚えていない。


ちょうど年齢が同じ位の、当主の末息子レオン様の遊び相手もさせられた。

その流れで、レオン様の臨時の学友として、屋敷内で家庭教師から一緒に基礎教育を受けさせて貰った。

私が元男爵家の末であることも考慮されたらしい。


私は間にあわせの学友だったが、伯爵様の印象は良かったようで、よく声をかけてもらった。

私は魔力検査をしていただき、大きな魔力があるとわかった。

将来、伯爵家の魔術関連の仕事をすべく、特別に魔術師学校に行かせてもらえる事になった。

学費のかからない軍魔術兵学校に行く案もあったが、伯爵様からは魔術一般、そしてダンジョン管理学も学ぶようにと、一般の魔術師学校を推された。


メリザウェイ家の再興につながると父は大喜びだった。



平民にとって魔術師といえば、成功者で社会的地位が高いイメージがある。

ただし、魔術師と言ってもピンからキリまである。

高度な空間魔術を自在に操る魔術師で、ダンジョンマスターになれば、大金が入り社交界にも堂々出れる成功者だ。

攻撃魔術に強ければ軍の魔術部隊で活躍し、運が良ければ上級幹部に出世できる。

魔術が平均的でも、ハンターで地道にやっていれば、上位で活躍できるようになり、かなり良い生活が送れる。

魔術師でも底辺近くなると、魔力がわずかにあるだけで、微風を出せますとか、3分間だけ重い物持てますとか、一般市民とほとんど変わらず、魔術師と名乗ると周りから詐欺師扱いされる。



さて、私の魔力は大きく内心、将来は大魔術師だと期待したが、才能がひどく偏っていた。

探知系の魔術に優れていたのだが、攻撃系の魔術が全然ものにならなかった。

せめて攻撃魔術が平均あれば、(探知+ポイント攻撃)で軍やハンターで狙撃系の魔術兵としてそこそこ活躍できたのではと思う。

私の攻撃魔術は最低という評価だった。


私の魔力感知、探知魔術の能力は、街での生活には余り使い道がない。

残念なことに、これしか能がなかったので、魔術師学校では大変に苦労することになった。

メインの攻撃系魔術の実技単位が取れないのだ。

私はクラスメートによく馬鹿にされた。


探知系の魔術授業では、魔力感知と探知魔術を、数回の授業で単位を貰えてしまうほど才能を示した。

この授業は、タウランド王国でダンジョン開発魔術の第一人者である、ゲート魔術学のホルセ教授が担当していた。

教授は前伯爵様と面識があって、ガウス家の家人と見なされていた私に気を掛けて下さった。


教授は私の探知魔術に興味を持ち、ゲート魔術の手ほどきもしてくれた。

ゲートは、空間を変移させ、探知魔術で目的の異空間を探りながら、ゲートを出現させ、最後に固定化する。

しかし、私は探知魔術しか出来ず、ゲートを開ける能力が無かった。

私はゲートを作る途中のお手伝いは可能だが、自分でダンジョンを作る才能は無い。

そんなダメな私であったが、自分のダンジョンを持っている程の羽振りの良い教授は私を助手として使ってくれて、バイトのお金もくれた。

教授がゲート魔術の研究を行う時に、私が横で空間探知してして詳しいデータを集めるのだ。

私がいると研究がはかどると褒めてくれた。

挫折していた私をなにかと引っ張り上げてくれた教授には大変感謝している。



私が、攻撃魔術実習で単位が取れない時、ホルセ教授は担当の教授に談判してくれて、攻撃魔術逆探知のレポート提出で許して貰った。

レポートは膨大な量だったが、どうにか攻撃魔術実技のお情けの単位をもらうことが出来た。


あの頃は劣等感に悩まされた。

魔術師学校は設立の歴史から、魔物を倒す攻撃魔術を一番重要視している。

攻撃魔術ができない私は、価値がない存在に思えた。

消極的になり、クラスメートが自分の悪い噂をしているのではとオドオドしていた。


自分の得意な探知魔術にすがって、どうにか自尊心を保とうとした。

暇があると探知魔術を懸命に練習し工夫した。

最初は十メートルが限界だったけど、毎日訓練して少しずつ探知範囲が広がった。

疲れるけど探知魔術を常時展開して物の位置を把握しながら、真っ暗闇の地下室でもぶつからずに走れるようになった。


クラスメートからは、音など使ってないのに「コウモリ」とあだ名がつけられた。

「おまえ、ダンジョンで一人だけヒラヒラ逃げるつもりか」と馬鹿にされた。

一部の学生が灯り無しで行動できるのは凄いと言ってくれ、心の支えとなった。


私はその後も探知魔術の訓練を続け、壮年になる頃には、広さ数キロの範囲を立体的に把握できる私のオリジナルの空間認識の魔術に発展させた。

学生時代にここまでできていれば、クラスメートの評価も違っただろうが、当時の私は価値のないコウモリでしかなかった。



・・・・・



この時期、私の人生の転機が訪れた。

以前からガウス伯爵家は隣の領地の侯爵家と、境界が曖昧な森の領有を争っていた。

正確には森の中にある小さいが生産性の高いダンジョンの所有を争っていた。

昔に伯爵家の関係者が開いたダンジョンで、近年では伯爵家の財政収入に大きく貢献していた。

ダンジョンのある森が元々侯爵家の土地だと難癖をつけられ、何代か前から明け渡し要求を一方的に通達されていた。

伯爵家はダンジョン辺りの森を昔から実効支配していたので安心し、領有争いを軽くみていたようだ。


貴族同士の争いでは、軍を動かしての私闘はまずいが、暗殺など陰での闘争は、王家に益になればけっこう黙認されてしまうらしい。

有力大貴族の勢力が削がれ王権強化につながれば王家は喜んで黙認する。


ガウス伯爵家は建国の騎士団由来の貴族で、没落せずに残っている中では一番大身であった。

建国時は、王家は3つの大きな騎士団の妥協支持で、どうにか王位を保っていた。

王家が近衛騎士団を創ろうとした時なんかは、3つの騎士団に吊るしあげられた。

当時の王はガウス伯爵家の先祖が率いる騎士団に頭を下げて謝ったらしい。

ガウス伯爵家は、今も王家の仮想敵と認識されていてもおかしくない。

ガウス家が対立する侯爵家は、夫人が王の姉で完全に王家側だ。


先代伯爵が亡くなって、貴族界での影響力が弱まったタイミングを狙って、侯爵家から仕掛けられた。


ガウス伯爵様は領地に行く途中、馬車を盗賊団に襲われ伯爵様自身とレオン様が誘拐され身代金を要求された。

今の時代にまさか盗賊団が出るなど、想定外で仕方がないとも思える部分もあるが。

伯爵様は平和ボケがあり、遠行にもかかわらず街中と同じように、わずか8名の一行で、護衛は手練れとは言えない2名の騎士だけだった。

私の父も馬車管理と予備馭者の仕事があり同行していた。

伯爵夫人と、長男で跡継ぎのヨハネス様は王都の屋敷で無事だった。

盗賊団から身代金の要求が一回あったが、その後連絡がなくなり、人質の安否は不明だった。


この事件は侯爵家が盗賊を装って起こしたという情報を、私は伯爵家の使用人のネットワークで知ったが、世間一般で広まった噂はとんでもない内容だった。

「ガウス伯爵様は、旅の途中で悪い流行り病に罹り病死した」


私は父の安否を確かめるため、寮から何回も伯爵家の王都屋敷を訪れたが、中に入れて貰えなかった。

やっと一ケ月後に、見たことのない執事が会ってくれて、一行全員の病死と、父が死んだことへの弔意金を伝えられた。

父の遺体は病気の伝染を防ぐため焼かれ、ガウス領の教会の墓地に眠っているらしい。

私は今後、伯爵家に出入り禁止と言われた。

屋敷の使用人は、夫人の実家のリチェス伯爵家から来たらしい人員にほとんど置き換わっていた。

レオン様は伯爵領地の館に住んでいる第二夫人の子供だったと思い出した。

私はキナ臭いものを感じ、父の遺品を受け取ると早々に退散し、伯爵家に極力近づかないように決めた。


国も特に事件を問題とせず、「流行り病」と言うことですぐに収拾されてしまった。

盗賊団が貴族を害したという筋書きは、国もさすがにまずいと思っただろう。

王家はこの事件に直接には噛んでいないと思うが、侯爵家に事前に暗黙の了解ぐらいは出したと思う。


想像を膨らませると、ガウス伯爵家と侯爵家の領地争いに、もしかしたらガウス伯爵家内のゴタゴタや、リチェス伯爵家の思惑が絡んだ所に、国が介入して、盗賊団に見せかけた暗殺から、全員病死という筋書きに書き換えられたのではないだろうか。



父は病死ではなく、盗賊に殺されたのでもなく、貴族間の争いで死んだのだ。

父は軍幼年学校を出ているので剣の基本はできた。

盗賊団のふりをした侯爵家の手先に襲われた時、これまでの伯爵家の恩に報いようと積極的に武器をとって伯爵様達を守り死んでいったはずだ。

父は圧倒的不利だったが勝負の世界で死んだだろうから、私は父の仇を取ろうとは思わなかった。


伯爵様やレオン様はおそらく無抵抗の内に殺されただろう。

伯爵家に多大な恩を受けている私は、伯爵様やレオン様の復讐を律儀に考えた。

しかし、当主を殺されダンジョンを奪われたのに伯爵家の家族は全然動かないし、国も裏で糸を引いていると考えると、少しあった復讐心もすぐにうやむやになってしまった。



この事件で父を亡くし、伯爵家との繋がりも失い、私は途方にくれた。

魔術師学校の学業もうまく行ってなかったので、落ち込んで死にたかった。


父の残した貯金と貰った弔意金を合わせると、贅沢しなければ卒業までのお金はどうにか持ちそうだったが、学校を辞める方向に気持ちが流れていた。


あの時、エルに会わなければ、私は学校を中退していたと思う。

そしたら、今頃なにをやっていただろうか。

たぶん、とうの昔にどっかで行き倒れて死んでいただろうな。


人生に絶望して逃げだす寸前だったが、偶然の出会いで気持ちが切り替わって上向いた。

ホルセ教授とエルのおかげで、幸いにして卒業できた。


卒業時、攻撃魔法ができずハンターが務まらない私は就職先がなく困った。

教授から、あまり薦めないが、私の空間認識の能力を生かせる職として魔術師ギルドのダンジョン調査の仕事もあると言われた。

調査員の仕事はとてもきついらしいが、私にとっては渡りに綱で大変助かった。

それから、ダンジョン調査に潜る私の人生が始まった。



・・・・・



私はダンジョン調査に半生をかけ、どうにか勤め上げ、けっこうな金も手に入った。

世間から見れば、リタイヤして悠々自適の生活だが、心は虚しい。

私が人生をかけて探していたものは見つからなかった。

ダンジョンに潜っている時は無きに等しい可能性であっても、それを信じて自分を騙すことができた。

退職して、そのダンジョン探索が終わってしまい、結局、私は望んでいたものを何も持っていないことに気がついた。



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