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06 「死神」


出口に向かってしばらくして、私は背後の坑道の闇に、ただならぬ数の追跡者を探知した。

様子を見に行ったハンターが、照射した光の先に見たものは、やはり瘴気に包まれ押し寄せてくる無数のアンデッドだった。

見えた範囲では群れることがないはずのリッチが4匹一緒に混ざっていたそうだ。


私達は走って逃げなかった。

大深度坑道の高温多湿の中でとても走れなかった。

走ったら冷却の魔道具の効果も及ばずに、すぐに熱中症で倒れるだろう。

そして、走れば調査隊は長く分散してしまい、個々でアンデッドと戦うはめになる。


体温上昇を避けるため、遅々とした歩みしかできなかった。

S級ハンターの魔術師が皆に冷却魔術を試みたが、オリハルコン鉱脈が魔術を阻害してしまい、魔力を無駄に消耗するだけだった。


神子様が神聖結界を張って、追いついてきたアンデッドと押し寄せる瘴気を防いだ。

上級神官たちが手伝っているが、神子様は結界を維持するのに苦労している。

瘴気が濃いのと、アンデッドの数が多すぎるので、とても立ち向かって浄化浄滅などできなかった。


神子様の歩みとともに結界が進み、アンデッド達がついてきた。

狭い坑道で神子様の神聖結界が栓となって、アンテッド達は私たちを追い越せなかった。

神子様を中心にした結界は半径15メートル程で、そのすぐ後を、数知れぬアンデッドが私達を求めてひしめいていた。

傍から想像すれば滑稽な状況にも思えるかもしれないが、その場にいた者は地獄の顎の前に置かれていたのだ。


結界のおかげでアンデッド達の物理魔術攻撃は防げていたが、高位アンデッドの精神攻撃は突き抜けてきた。

怨念の声が頭の中に響いて、恐怖を煽ってくる。

絶望が覆い被さり、目をつぶっても凄惨な幻がちらちら横切る。

圧迫感と焦りで呼吸が苦しい。


結界の内側は灯りの光が届くが、結界の外側はアンデッドの闇の力により光が通らず、闇が支配している。

時々、ふっと闇が割れて坑道が真っ直ぐ伸びているのが見えるが、それはアンデッドがわざと見せる幻の道だった。

私の空間認識では前方は奈落の穴で、出口へのルートは横手に隠れている。

道標が壊されたり曲げられていたりして当てにならず、オリハルコン鉱が魔術を阻害する中、私は空間認識で出口への正しい道を必死で探った。


進行方向にはアンデッドが待ち伏せしていた。

護衛のハンターと神官が前方のアンテッドを排除した。

帰り道を探すのだが、正しいルートにはアンデッドが多かった。

私は調査隊がわざと奥まで誘い込まれ、待ち伏せを喰らった可能性を思った。


暗闇の坑道をひたすら出口を目指して撤退した。


神子様は逃げながら、このダンジョンの状況を皆に語った。

それはあくまでも仮説だったが、遥か昔、このオリハルコン鉱山には魔力中和を期待して、闇系統の「何か」が封印され、坑道は崩され密閉されたのではないか。

そんなことは露とも知らないオブラの人間が、オリハルコンを採掘してしまい、魔力中和の力が弱まり、封印が解けかかっているのかもしれない。



すぐ後ろにアンデッドが襲いかかろうと溢れているのに、そんな話は聞きたくなかった。

絶望を誘うような話をしてほしくなかった。


後から思えば、その時、神子様は一行の崩壊を既に予見していたのだろう。

自分の考えを皆で共有しておき、誰か一人でも外に出て、人類に警報を伝えられるように保険をかけたのだと思う。


出口まではまだ10時間はかかる。

一行は恐怖からの焦りで正常な判断は消え、常に襲い来る死の影に心をすり減らしていった。

恐怖心を追い出そうと祈りの文言を唱えたり、家族の名前を大声で喚いたりした。


結界を張り続ける神子様の衰弱が激しく、ハンターが背中におぶることになった。

皆の命がかかっている神子様の結界が出口まで持ちそうにないのがわかった。

体力はそれなりにある一行だったが、恐怖の中、余力を急速に失っていった。

荷物はとうに捨てていた。


リーダーは「歩みが止まれば確実に全滅する、悲しいがついて来れない者は置いていくことする」と宣言した。

全員での帰還は無理と諦め、誰かが生き残り状況を外に届けられるように非情の選択をしたのだ。


その後、13人の一行は、一人また一人と脱落して行った。

ある調査員は歩いている途中でバタッと倒れて、そのまま後ろから来るアンデッドの群に飲み込まれた。

ある神官は行く手に現れたリッチに戦いを挑み、血を吐いてこと切れた。

あるハンターは、突然奇声を発しておかしくなり、帰り道でない側道に走り込み消えていった。



私はひたすら、若き時のエルとの日々と、約束を思い出そうとしていた。

そして、エルもこんな恐怖の思いをしたのだろうから、私もこの闇を全て感じなければならない。

そして、エルに巡り会えるまで、またダンジョンを探すんだと、恐怖を受け流した。


出口まで後30分ぐらいの所にたどり着いた時に、我々一行は、神子様、若い神官、神子様をおぶっているハンター、そして私の、4人だけになっていた。

もう少し行ったら坑道が平坦な一本道になるので、残りの体力で出口まで走ろうと皆で相談した。

アンデッド達は出口が近いと察したのか、リッチ達が集まり、より強烈な精神圧迫を仕掛けてきたようだ。

そして、ずっと結界を張り続けてきた神子様もとうとう限界がきた。


神子様の結界が弱まり小さくなってきた。

神子様は出口を指さし、掠れ声で「私を置いて、逃げろ」と叫ばれた。


まだ距離が遠いがラストスパートで走り始めた。

結界が消失し灯りの光源が闇の力に負けて、完全に真っ暗闇になった。

神子様をおぶったハンターは、石に躓いたのか転倒してしまった。

若い神官が私に向かって「メリザウェイ殿、かまわず走れ、助けを呼んできてくれ」と叫んだ。


私は一瞬迷ったが、空間認識を頼りに暗闇の中、出口に向かって走った。

坑道内温度は高かったが、瘴気はまだ薄く、私はすでに棒になっていた足でよたよた走った。

アンデッド達は神子様のいるあたりで留まっていたので、あの神官がアンデットを牽制してくれたのかもしれない。

そして、私は幸い出口までアンデッドに行き当らず、ダンジョンの外に飛びだした。


ダンジョンの主ゲートの外では、ダンジョン警備のハンター達がのんびりと話をしていた。

魔物はゲートの外に出てこれないので、私はひとまず安心でき息絶え絶えに倒れ込んだ。

駆け寄ってきたハンターにリッチを複数含むアンデットに追われていること、神子様達がまだ中にとり残されていることを伝えた。

神子様の場所を教え、ハンター達が神子様の救出に動き始めたので気が抜け、その後の記憶はない。



私は翌日、治療院のベッドの上で目覚めた。

ダンジョンの中での出来事について質問攻めにあったが、上手く答えられなかった。

アンデッドが追ってくる場面を話そうとすると、唇が震え動悸が止まらなかった。

医術師により面会謝絶で隔離され、それから一週間、私は部屋で天井の一点をぼーっと見つめ過ごした。

そして、表面上はいつもの状態に戻っていったが、心の傷は消えなかった。



後で聞いた話では、私の通報で神子様救出に急遽人数が集められた。

瘴気と高位のアンデット相手ということで、無暗にダンジョンに飛び込むのがためらわれた。

神子様の帰りを待っていた聖メルム会の聖女様を宿舎に呼びに行き、合流を待ってゲートに突入ということになった。


その時、突然、ゲートが開き、濃い瘴気が中から噴き出してきた。

その場にいた者は突然の瘴気をもろに受け、うずくまったり、倒れ込んだりしてしまった。

その瘴気の中からリッチとスケルトン数体が姿を現した。


数多くいたハンター達の中から、すこし離れた所にいた魔術師の男一人だけがアンデット達に捕まり、ゲート内に引きずられていったという。

魔術師の悲鳴に気づきハンターの何人かが、瘴気でフラフラしながらも切りかかったが、間に合わなかった。


しばらくして到着した聖女様が瘴気を浄化し、ゲート周りを神聖結界で覆った。

聖女様一人ではダンジョン内の濃い瘴気に対抗できず、ハンター達の回復も完全でなかったので、ダンジョン突入は一旦中止となった。


この瘴気の中では、いくら神子様でも長時間生きるのは不可能だ。

神子様の属する聖メルム会は可能性のない救出捜索に神官を参加させるのを渋った。

聖メルム会としてはオリハルコン利権はもう期待できないし、上級神官をこれ以上失うと教会内の派閥闘争に影響すると恐れたのか、神子様捜索を断念した。


魔物はゲート通過呪文を使えないから、ゲートから出てこれないと思われていた。

元ハンターの高位アンデッドなら、生前にゲート通過呪文を使っており、呪文を思い出して、ゲートから出てきてもおかしくない。

当然と言えば当然のことだが、ダンジョンができて数百年、皆、その事に気がつかなかった。


当時、ゲート前に数十人の人間がいたが、離れた所にいた魔術師一人だけが狙われさらわれた。

さらわれた魔術師は、私と間違われたのではないかと想像できた。

私は調査隊13人がダンジョンに入り、私の身代わりを加えた13人がダンジョンの贄となったのだと思った。

悪い事をしたかなと自責の念も起こったが、それぞれの運命だったのだと割りきった。


私はアンデッドの軍団のこと、調査隊崩壊の経過について、そして神子様の警告を当地の国とギルドに報告した。

しかし、私はハンターギルドから「調査隊は鉱山落盤事故により遭難したと発表する」と意外な決定を伝えられた。

これはこの国の上層部やメルム会も了承しているらしい。

そして、誰にも真実を漏らさないようにお願い (命令)された。

私は一瞬呆れたがすぐに、誰にも事実は喋らないと誓った。


ゲート通過呪文がちゃんと設定されているダンジョンから、一時的だがアンデッドや瘴気が溢流したことは関係者にはショックだろう。

これが世間に知られれば、ダンジョン全体への不信不安も広がるはずだ。

そうなれば、世界中のダンジョン運営に支障が出るだろう。


この「死神」は、高名な神子様が殺されるほどの危険なアンデットがいると、ダンジョン消去に追い込まれる可能性が出てくる。

関係者はオリハルコンを産するこのダンジョンを絶対消去したくないだろう。


私は将来にわたって決して漏らさないと誓っておいた。

私が秘密を暴露すれば、世界中のダンジョン関係者にダンジョン警備などで余計な仕事が増える。

各国のギルドに睨まれ、私の調査員の仕事に支障がでるかもしれない。


「死神」の隠された事件の後、世界で他に4か所あるアンデッドダンジョンでは、神聖結界を使える神官が緊急時に駆けつけられる体制が整えられたらしい。


「死神」に関しては、ゲートは物理的に密閉され、ベテラン神官がアンデッド除けの神聖結界を常時展開している。

ゲート通過呪文の変更が検討されたようだが、変更手続きの最中、けっこうな時間ゲートが解放状態のままになってしまうのでかえって危険だと、取りやめになったそうだ。

危機的な状況にあると思うのだが、ダンジョンの一時閉鎖だけで、消去はされていない。



いつか人間の危機感が薄れて、管理が手薄になった頃に、「死神」から瘴気とともに死神達がどっと溢れて来るのだろうか。

私は報告書も提出して、もう義務を果たしている。

もう、このことは忘れて、自分の探し物に専念したい。


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