05 ダンジョン調査
さて、いよいよダンジョン調査の仕事について話そう。
ダンジョンは異空間なので、こちらの常識が通用しない。
ダンジョンでハンターが活動する際に、事前の情報がないと大変困る。
ハンター間の口コミでは限界があるので、ギルドがきちんとした調査を行う。
ダンジョン調査は最初はダンジョン評価会議の資料作りが目的だったが、ハンターへの情報提供の面で重要になってきている。
ダンジョン調査の組織ではハンターギルドのダンジョン調査局が一番大きい。
ダンジョン全般の幅広い調査に対応している。
魔術師ギルドが成立してからは、魔力特性調査の部分を魔術師ギルドで担当することになった。
魔力特性調査はレベルEダンジョンぐらいなら、一般の魔術師でもできなくはない。
しかし、高レベルのダンジョンでは魔力特性は複雑で、専門の魔術師による調査が望ましい。
例えば、魔力の不均等なダンジョンでは場所によって魔術が使えなくなるし、魔力属性が刻々と変化するダンジョンでは単一系統の魔術師は危険にさらされる。
魔術師ギルドのダンジョン評価部は、ハンターギルドの調査局に比べると百分の1ぐらいの小所帯だ。
各国の魔術師ギルド本部にあるダンジョン調査部に、数名ぐらいの調査員しかいない。
対外的にダンジョン調査部と称しているが、実際は調査係といった方が合っている。
私が所属していたタウランド王国の魔術師ギルドでは少ないダンジョン調査員を補うために、周辺合わせて7つの国の魔術師ギルドが協定を結んで調査員を融通し合っていた。
ダンジョン調査に関しては共同運営として必要な所へ調査員を派遣しあう。
だから、私は自国だけでなく、他の国にも行って調査した。
担当域内のレベルE以上のダンジョンは312ある。
各ダンジョンは5年から10年に一回、ダンジョンレベルの再評価が義務付けられているので、会議の資料作りのための定期的に調査に入る。
ダンジョンは日々変化していくものなので、古い情報でハンターが活動すると事故が急に増えてくる。
現場に情報更新を全て任せると、真偽ごちゃまぜになり、誤った情報で現場がかえって混乱しやすい。
定期検査の他に、突発的なダンジョン変化への臨時の調査も加えると、域内全体で毎年80箇所ぐらいのダンジョンを調査しなければならない。
7か国の合わせて20名ほどの調査員が全員ベテランなら、80箇所を均等に分担して、1年間に1人4箇所のダンジョンを調査すればよいはずなのだが。
ベテランの調査員が少なく、その少ないベテランに負担が集中した。
魔術師は、仕事がハードなダンジョン調査員など普通なりたくない。
もっといい仕事がいっぱいある。
毎年、あの手この手で引っ張られ調査員になった新人がいるが、ベテランになる前に辞めてしまう。
ベテランの私には新人教育を兼ねたダンジョン調査がよくまわってきた。
私は域内の国を巡回しながら、一年に30近いダンジョンに潜るハメになる。
ダンジョン調査は小さなダンジョンは半日ですむが、隣国にあるアルカナダンジョン「正義」となると、戦闘を避けて強行軍で調査して回っても10日間潜りっぱなしになる。
調査時間だけではなく、そのダンジョンへ行くのにも時間がかかる。
主要都市間は街道転移陣を使って時間短縮できても、中継ターミナルの都市からダンジョンへの移動にかなりの日数がかかったりする。
私はダンジョンへ移動と調査の繰り返しで、結局、家に帰れるのは年に30日もなかった。
長い出張業務に対して休暇もそれなりに与えられたが、私はダンジョンに潜るのが好きだったから、休暇も返上して調査員の仕事をした。
魔術師ギルドは最初は働き過ぎだと心配したが、私が元気だったのと、私が休むと調査が滞るのもあり、そのうちに何も言わなくなった。
私は攻撃魔術はてんでダメだが、魔力認識と空間認識が得意だ。
一般的なレベルの探知魔術ではある方向になにかがあるぐらいしか判らない。
暗闇でも判るのが利点だが、それぐらい情報なら灯りをつけて視覚に頼った方が早いし精確だ。
私は学生時代から探知魔術を繰り返し訓練して、真っ暗闇でも昼間のように周り360度全ての物の配置が判る空間認識ができるようになった。
私は先天的な才能と訓練と経験を積み、魔力の流れもだんだんリアルタイムでつかめようになり、魔力感知を超え魔力認識に進化させたと自分で思っている。
今では私は、頭の中で空間認識と魔力認識を重ね合わせ、視覚では捉えられない魔力の世界を認識している。
視覚ではダンジョン内の侘しい森にしか見えなくても、私の魔力認識では中央の大きい木から魔力が霧のように立ち昇り、空間認識では森には結界を形成され周りから隠ぺいされているのが判る。
あるダンジョンでは闇の中、空間認識でモニュメントのような大きな奇岩が整然と立ち並び広がるを識り、魔力認識でそれぞれの岩の天辺に波長の違う魔力の奔流が渦巻いているのを感じる。
普通のハンターには岩が多くて歩きにくい暗黒の空間としか映らないが、私はそこが何者かが畏敬を込めて作った壮麗神聖な空間であることに気づき、感動してしばし時を忘れるのだった。
これらは持って生まれた才能の延長なので、他人にはこの感覚は全然理解してもらえない。
ダンジョンで不思議な異世界の姿を発見できたりするのも、私がダンジョン調査を続ける理由の一つだ。
私は来る日も来る日もダンジョンに潜り、能力は毎日磨かれ経験も積まれ、10年後にはダンジョン魔力調査の第一人者と言われるようになった。
魔術師ギルドの調査員はそれなりに魔力感知や探知魔術の才能を持つが、私ほど遠距離まで、そして鮮明には調査できない。
もっともレベルEとかDのダンジョンの探索には精度が低い魔力情報で十分なので、私の詳しい情報があってもほとんど使われない。
私の能力は低レベルダンジョンの調査ではオーバースペックの範疇に入る。
高レベルダンジョンで、空間構造、魔力特性の詳しい解析が必要な場合、周辺国のみならず、遥か遠くの国のギルドからも、私に調査依頼が来るようになった。
私はすすんでこの大ランダ大陸の、主にセハム語が通じる地域だが、いろいろな国々に出張した。
そして様々なダンジョンに潜った。
一般のハンターはホームベースのダンジョンを定めて繰り返し潜るので回数は多いが、潜ったダンジョンの数は多くない。
私がこれまでに潜ったダンジョンの数は700を超えて、はっきりした統計はないが世界でトップクラスだと思う。
昔、1000のダンジョンを制覇した貴族がいたが、入口から一歩入っただけの数が多く、公式には認められていない。
私は700箇所の半分以上で、最深部まで潜っている。
アルカナダンジョンも「女教皇」「皇帝」「正義」「死神」「塔」「月」の6か所に潜った。
S級ハンターであっても、アルカナダンジョンの経験のない者もいる。
もちろん私の力ではなく、護衛についてくれたS級ハンター達のおかげであることは判っている。
この大陸で、伝説となったハンター集団「観世音旅団」や、現在のトップグループ「逆鱗剥がし」などと一緒にダンジョンにもぐり、仕事ぶりを見れたのは良い思い出だ。
「観世音旅団」の「千手のハリス」や「十一面のトリア」などは、唯々凄いとしか言いようがなかったな。
ダンジョン調査で外国にいくと、現地のギルドで同じ調査員を対象にダンジョン魔力空間調査についての教育講演をよく頼まれた。
その時に、必ず会場で質問されるのは、皆の興味があるアルカナ系の難関ダンジョンの話だ。
アルカナダンジョン「死神」の話を避けて終ろうとするが、最後に「死神はどうでしたか」とけっこう質問される。
かなり昔となったが、「死神」でダンジョン調査の一行が遭難し、高名な神子様も亡くなれたのは今でも惜しまれている。
私がその時の唯一の生き残りだと覚えている者もまだ残っている。
私が脱出した後、あのダンジョンは閉鎖され、その後25年間、誰も足を踏み入れる事が出来ない。
内部がどうなっているのかは、私も知りたい。
・・・・・
「死神」はオリハルコン鉱を産する唯一のダンジョンで、ダンジョンの資源番付なら3位以内は確実だろう。
ダンジョン内のアンデッドは手強く魔物危険度ダンジョン番付であの頃54位だったが、今、もし評価できれば10位以内に入ってくるのではと思う。
あそこは鉱山のガスを誘爆させるため火炎系や雷撃系の魔術が使いにくく、おまけにオリハルコン鉱床が魔術を狂わせるため、魔術師泣かせのダンジョンだった。
「死神」は400年前にオブラと繋がった異世界の廃鉱山型ダンジョンだ。
ダンジョンとしては第1層しかない単層型だが、大深度鉱山の複雑に入り組んだ網の目の坑道は広大な迷宮そのもので、甘くみたハンターがよく遭難死亡した。
ゲート開設したが落盤やガス噴出など危険の連続で、ゲートをすぐに消去して閉鎖のはずであった。
ゲートを消去しようとしたところ、閉鎖魔術が中から阻害され効かなかった。
詳しい調査で、ダンジョン内で魔力魔術を中和する特殊な鉱物が発見された。
抽出された希少な金属は、神話にあやかってオリハルコンと名付けられた。
オリハルコンは魔術を無効化できる性質から武具防具魔道具など様々な用途に応用できる。
形状の工夫による時空遮断効果も確認され、より大きな需要が見込まれている。
しかし、この鉱山は掘り尽くされた廃坑らしく、オリハルコンの産出量は極めて少なかった。
それでもハンター達が一攫千金を狙って、この危険な坑道ダンジョンに群がった。
高温多湿の環境の中で空気マスクを付け、埋没した不安定な坑道を再発掘したが、多くのハンターが熱疲労、転落、落盤、窒息、餓死など、命を失った。
ハンターがダンジョン内で死んだ場合は、ダンジョンの浅い所なら遺体を運び出しダンジョン外の墓地に埋葬する。
遺体を運び出すのが難しい深い場所の場合は、遺髪や遺品だけ遺族に届け、遺体はダンジョン内に埋葬される。
アンデッドダンジョンと判っているダンジョンで遺体を処分する場合は、火葬して骨を粉砕までしなければならない。
参考に言っておくと、アンデットダンジョンの中にゾンビダンジョンも含まれるが、現在、この世界にゾンビダンジョンは一つもない。
ゾンビはアンデッドとしては弱い部類だが、油断するとすぐに増えるのでダンジョン管理に極端に手がかかり嫌われている。
ダンジョンマスターはゾンビが見つかるとすぐにダンジョンを消去してしまうほどだ。
このダンジョンは開かれてから200年が過ぎ、念願の手つかずのオリハルコン鉱脈が見つかった頃に、初めてアンデッドが出現した。
最初はスケルトンだけだったが、徐々にレイスなどの中位アンデッドが出現するようになった。
幸いにしてこれまでゾンビは見つかっていない。
ダンジョンは開設当時は、劣悪な作業環境によりレベルCの危険度評価だったが、アンデッドの襲撃も加わり、レベルAの危険度に跳ね上がった。
ダンジョンレベルが上がり、採掘には高位のハンター達しか入れなくなったが、高額の報酬目当てに結構な数のハンターが潜り続け、そして命を落とした。
100年前あたりから、リッチなど、より強力な上級アンデッドが出現し始めた。
ダンジョン内で死んだS級ハンターや高位の神官がアンデッド化した説と、遥か昔に封印されていたアンデッドが目覚めたという説もあった。
ダンジョンは危険度レベルSとなっており、アルカナダンジョン「死神」と名付けられた。
25年前には高位アンデッドが、オリハルコン採掘場所に頻回に現れ、採掘が困難になった。
ハンターギルド、国、教会などが共同で臨時のダンジョン調査を行うことになった。
魔術師ギルドも調査員を参加させることになり、その頃、トップクラスの調査員と知られるようになった私に声がかかった。
断ることもできたが、強力な護衛がつけられ多額の報奨金が用意され、私自身の興味もあり参加することにした。
あの頃まだ30歳台で体力もまだあった私は、2週間の強行軍で街道転移陣を乗り継ぎ「死神」についた。
聖メムル会派の高名な神子様、お付きの上級神官が2名、護衛ポーター役のS級ハンター7名、ハンターギルト調査員1名、鉱物ギルド調査員1名、そして私の計13名が潜った。
神子様達がアンデッドの調査とアンデッドの浄滅、各ギルトの調査員が環境調査、鉱床の調査、魔力調査などを行う予定だった。
S級ハンターの中にもアンテッドの浄化できる者がいたので、アンデッドダンジョンの調査隊としては最高のメンバーだったと思う。
ダンジョンに入ると、深部鉱山の熱気湿気が押し寄せてくる。
装具に冷却の魔道具を仕込んであっても、汗がじっとりにじんでくる。
ダンジョン内は所々に換気魔道具が整備され、定まったルートでは空気マスクは必要なくなっている。
昔、鉱石運搬にトロッコ軌道を設置しようとしたが、ダンジョン内の流水が木材や金属をすぐに腐食させるので断念された。
だから、移動にはひたすら歩かなければいけない。
道標を頼りに、複雑に枝分かれし上下もする坑道を距離で20km以上進んだ。
途中何体か低レベルのアンデッドに遭遇したが、高位のアンデッドは見当たらず順調だった。
オリハルコン鉱石採掘現場に到達すると、突然、全員がとてつもない瘴気にあてられた。
私は深闇の嵐が襲ってきたと感じた。
神官は邪神の息と、あるハンターは穢れの浸淫と感じたそうだ。
尋常ではない瘴気の圧迫に調査隊は茫然と全てが停まっていた。
あの時、神子様が「キぇーィ!」と杖を振り上げ一喝しなければ、全員そのまま昏倒していたかも知れない。
それから、神子様は、皆を見回してから言った。
「リーダー、すぐ引き返しましょう。走らなくても大丈夫です。あせらずに歩いて出口に向かうのです」
その言葉で、調査隊は我に戻った。
リーダーを初めに全員、異常な瘴気に恐怖と命の危険を感じていたので、調査は全然できていなかったが、すぐに引き返すのに異論はなかった。