02 「塔」
ゲートの安全性のめどが立ち、異空間への本格的な挑戦が始まった。
ただし、ゲートを作るにはけっこうな時間と手間がかかり、お金もそれなりにかかった。
どうにか作っても、何もない暗黒の中空にゲートが浮いているような異空間がけっこう多かった。
そんな異空間はゴミ捨て場ぐらいにしか利用価値がない。
残してもゲートが場所をとって邪魔になるので、すぐに消去された。
人間が入れるゲートがいくつかできて、異空間が探検された。
ゲートに入ると、暗黒の狭い洞窟だったり、地平線まで広がる灼熱の砂漠だったり、得体の知れぬ植物が茂る密林だったりとか、様々な異空間があった。
ある時、異空間で高価なミスタリレ鉱石が大量に発見された。
このゲートを開いた魔術師は一夜にして大金持ちとなった。
これを見て、空間魔術に才能がある魔術師達が一攫千金を狙ってゲート魔術に挑戦し始めた。
この世界に無い珍品、有益な物資がしだいに発見採取され、異空間は金と名声を期待できる狩場になった。
このオブラの世界と有望な異空間が徐々につながるようになった。
繋がった異空間の大きさはいろいろだが、わずか数mの小空間から、果てが知れぬ巨大空間まである。
こちらの世界と同等の世界とつながることもある。
レベルSのアルカナダンジョン「ワールド」などはゲートを入ると、いきなり「異世界」が広がっている。
自前の太陽や星空が回っており、シダの密林に凶暴狡猾な魔ドラゴン種が歩き廻っている。
こちらの星と同等の異世界の星と直接に繋がっている。
これまでおとぎ話だった異世界が身近な現実のものとなった。
ゲート先の異空間の中には内部が迷路のようになっていて、「迷宮」とか「ダンジョン」と言うべき異空間もあった。
ゲートが一つ完成したので、二つ目に挑戦しようとした時、この世界で二つ目を作るより、一つ目のゲートの向こうの異空間で、二つ目を作った方が成功率が高い。
これはゲートにより異空間の時空が活性化するからと言われているがホントの所はわからない。
最初の異空間を起点に二つ目、三つ目と握った拳から指を伸ばすようにゲートを増やしていった。
オブラの世界と繋がる最初のゲートを主ゲート、それ以外を従ゲートと呼んだ。
一つの異空間に従ゲートが何個もあると、干渉しあって従ゲートが従ゲートを呑み込む厄介な現象が、後になって発覚した。
どうやらゲートは時間が経つと、しだいに磁石のN極S極みたいな性質を帯びてきて、引力斥力がゲート間に働くようになるらしい。
引力で引き合った従ゲート同士は、上下関係がランダムに決まり、上位ゲートが下位ゲートを呑み込む。
呑み込まれた下位ゲートは上位の異空間の中で従ゲートとなって生き残る。
従ゲートがいくつもあると徐々に呑み込み合って、100年も経つと主ゲートを先頭に従ゲートが数珠つなぎの一直線の構造になってくる。
この現象で厄介なのは、呑み込まれた従ゲートが、行った先の異空間のどこに出現するか判らないことだ。
洞窟の奥ぐらいならまだ良いが、運が悪いと、はるか上空とか深い湖底に出現していた場合もあった。
呑み込まれてしまったゲートの場所を、異空間の中で苦労して探さなければならない。
こういう連続するゲートの集合体は迷宮そのもので、公式にも「ダンジョン」と呼ばれるようになった。
主ゲートを入って最初の異空間を第1層、奥に行くに従い第2層、第3層と呼ぶように決められた。
この呑み込み現象が明らかになってからは、第1層に多数の従ゲートを作らないようになった。
従ゲートが呑み込み合わないように、最初から数珠つなぎの形でゲートを作る方式に変わった。
数珠つなぎ製作することで、ダンジョンが安定するのだ。
この数珠つなぎ製作の言葉からは、異空間内のゲートはなるべく距離を開けるような印象を与えるが、実際はすぐ近くに次のゲートを作っている。
例えば第3層だと、第2層から来たゲートのすぐ横に、第4層へのゲートを作る。
そうすれば、第3層に用が無い時、横のゲートに移動するだけで第4層に行けるので、歩き回らなくてすむ。
多層で有名なダンジョンにアルカナダンジョン「塔」がある。
ダンジョン黎明期にフィルデン王国が金鉱石やミスタリレ鉱石狙いで王都のど真ん中に作ったダンジョンで、第一層に次々に従ゲートを設け最終的に200以上になった。
何年か経ってから、その200もの従ゲートに呑み込み現象が起きた。
異空間が一列に数珠つなぎになっていき、最奥まで200層以上が連なることになった。
この多層ダンジョンは、神話に出てくるハベルスの天への塔を想像させたので、アルカナダンジョン「塔」とよばれるようになった。
「塔」のように呑み込み現象で従ゲートがランダム再配置されたダンジョンでは、ゲートの間に結構な距離あり障害物も多い。
小さめの異空間でもゲートを出て次のゲートに行くのが大変で、一日がかりだったりする。
中程度の異空間でも通過に数十日かかることもある。
魔物が生息する異空間では戦闘が発生し足止めを食らい、なお時間がかかる。
200層以上ある「塔」は現在、まだ第57層までしか到達できていない。
第57層は百㎞四方の霧深き湿地帯で、底なし沼や蛭みたいな生物が蠢き、第58層へのゲート探しが難航している。
私も「塔」に一度調査に入ったことがあるが、その時はハンターが砂金を採りによく潜る第10層までだった。
第10層に行くだけでも、山あり谷あり魔物ありで緊張の連続だった。
ハンターに公開されている第49層まで行こうとすると、往復3カ月はかかる。
呑み込み現象が起きる前は、第一層から200の異空間にそれぞれ直行で入れたので、どの異空間にはどんな産物があるかがわかる。
この中に「賢者の石」を産する異空間があった。
「賢者の石」と名付けられた結晶体は魔力増幅の力があり、魔道具の核に使うと、少ない魔力で強力な属性魔術を連続発射できる恐ろしい武器になった。
「賢者の石」はこれまでに20個程しか見つかっておらず、値段がつけられぬ国宝、秘宝扱いされていた。
フィルデン王国で有力諸侯が2つに分かれて王位を争った牡丹戦争の時代に、「賢者の石」は王宮から全て持ちだされ行方がわからなくなってしまった。
現在の王室は新たな石を獲得しようと、軍人をハンターに仕立て組織的に「塔」への挑戦を行っている。
この「賢者の石」の異空間が「塔」の第何層に位置するようになったかが不明だ。
次の第58層にあれば幸運だが、運が悪ければ賢者の石は第200層かもしれない。
常識的に考えると、「塔」を第200層まで踏破するのは不可能だ。
「塔」の最奥までのルートが確定したとしても、途中病気などならず順調に行って往復に数年、もしかしたら十年近くかかるだろう。
その途中の水食料はダンジョン内で調達するしかなく、そんな無謀な遠征をしたがる人間はいない。
ダンジョン黎明期には、既成のダンジョンに、他の魔術師が従ゲートを作ることも行われた。
現在では、ダンジョンに他の魔術師が従ゲートを作ることは禁止されている。
他人が後から作った従ゲートは、数年すると突然消えてしまうのだ。
魔術師によりゲート魔術の波長が異なるので、他人の後付けゲートに波長の唸りが生じて、ゲート魔術が減弱するためと考えられている。
だから、ダンジョンの全てのゲートは一人の魔術師で作る必要がある。
その魔術師はそのダンジョンの歴史に一人だけのダンジョンマスターと呼ばれる。
その後の持ち主はダンジョンオーナーと呼ばれている。
ゲートを作るのはゲート魔法の特殊な才能と多大の労力を要するが、消去するのは呪文を知っていれば普通の魔術師でもできた。
ダンジョン黎明期にダンジョンマスターが中に入っていたゲートを、妬みを持った魔術師が外から消去しまうという犯罪が起こった。
その異空間は、中の人間ごと行方不明になってしまった。
ダンジョンマスターは自分の作ったゲートを他人に勝手にいじられないように、秘密呪文のセキュリティーをかけるようになった。
ダンジョンマスターがその秘密呪文を誰にも教えずに急死したりすると、そのダンジョンは消去できなくなる。
魔術師が数十人がかりでゲート魔術をセキュリティーごと上書き消去する裏技も一応あるが、セキュリティー呪文が強固だと成功率は低い。
カルダ国に、今も危険な魔物が活発にゲート外に溢れて出て来るアルカナダンジョン「愚者」がある。
このダンジョンは、開設の魔術師がセキュリティー呪文を設定する時に失敗を犯して、魔物が飛び出してくる危険なダンジョンとなってしまった。
ゲート作成時には、ゲート通過呪文「開けヤ、タマゴ」をまず設定してから、セキュリティー呪文の設定に移らなければならない。
先にセキュリティー呪文を登録してしまうと、後からの呪文登録が拒否されてしまう。
登録したセキュリティー呪文をもう一回唱え、初期化に持っていけばいいのだが、呪文を正確に再現できないと初期化はできない。
ゲート通過呪文が設定できていないゲートは、何時でも何でも通過してしまうので、言わば開け放しのダンジョンになってしまう。
このダンジョンのマスターは、先にセキュリティー呪文に取り掛かってしまった。
セキュリティー呪文を詠唱登録している最中に、通過呪文設定をすっ飛ばしたのに気付いて集中力が乱れ、セキュリティー呪文をドモッてしまった。
焦って思わず「しまった」と口に出て、おまけに重い魔術書を自分の足元に落とし「おわっ」と飛びのいた。
登録された呪文には、どもりや予期せぬ言葉が、そっくりそのまま入ってしまい、ある意味最強のセキュリティー呪文になった。
そんなハプニング的なセキュリティー呪文は、何回チャレンジしても、正確なタイミングと発音で再現することができない。
このゲートは、魔物も含めて何でも通過自由の設定で、その設定を変更できないゲートとなりはてた。
運が悪い事に、このゲート内の広大な異空間には危険な竜種の魔物がたくさん生息していることが判明した。
マスターは強い魔物が溢れる時限爆弾のようなダンジョンに精神が耐えきれず、とうとう他国へ夜逃げしてしまった。
後年、ゲートから魔物大溢流が起こり、その国は大災害に見舞われ数多くの人間が死んだ。
この魔術師のエピソードはゲート魔術の教科書に失敗例として載っており、後年、この危険なダンジョンは「愚者」の名前が付けられることになった。
ダンジョンを作る場所だが、ダンジョン黎明期には利便性第一でよく街中に作られた。
ダンジョンで有望な産物が発見された時は、ダンジョン入り口近くに倉庫、宿、飲食店、雑貨屋、ギルド出張所などが必要になってくる。
「愚者」での魔物溢流事件の後は、魔物がいるダンジョンではゲートがたとえ正常でもゲート周りに堅牢な覆いや警備員詰所を建設するのが規則になっている。
ダンジョン開設には前もって広い敷地が義務づけられ、街中では広さが確保できず郊外に作られるようになった。
貧乏な魔術師がダンジョン開設を目指す時は、土地が安い田舎の原野で挑戦するしかない。
そのため産物が多い豊かな人気ダンジョンが、人里遠く離れた荒野にポツンとあったりする。
ダンジョンを国に登録する際に、マスターはダンジョンの通称を自由に命名できる。
以前は「ラール山-東ダンジョン」とか、「ジョンスミス第2号ダンジョン」みたいな通称名が多かった。
近頃は「北大地の聖なる森の精霊の恵み」とか「森羅万象」とか、豊かなダンジョンであって欲しいというマスターの願望が込められているのか、田舎の平凡な小さなダンジョンに似合わない通称がついているのをよく見る。