第89話 人外ちゃんは思いたい
「じゃあ次、ワイン、行けるか?」
「……しょうがないわね、分かったわ」
冷静に考えてパワーバランス悪いよね。
ワインは弓だけでフリルの短剣との勝負を互角に戦った、近接弓も使えるのだ。
だから、接近戦も遠隔戦も強い。
更に言えば、エルフという種族は目も耳も優れている。
「じゃあはじめ!」
「氷華の剣舞!」
開始とともに氷華の剣舞を唱え、剣を凍らせるドット。
そして、そのまま積極的に切り掛かりに行く。
「──っ!」
ワインは後ろに下がる。
「? どうした、ワイン?」
「……何でもないわ」
ワインの行動を不思議に思ったフリルが確認した。
ワインの本来の実力なら、例え相手が氷華の剣舞を使っても、矢を連続で何本も射て、どれかが当たれば終わる、という風に片が付いているはずだ。
いや、フリルは見ていないが、シルクと戦った時のワインは、それ以上の技を駆使していたのだ。
それこそ、ドットなど一瞬で倒せるほどの。
「やっ! はっ!」
剣を振り回して攻めるドットを、ただ、避けるワイン。
一撃でも当たればそれで終わるのだ。
だったら、もっと距離を取って弓の特性を活かせばいい。
そんなことが分からないワインではないだろう。
「ねえ、どうしたの? ワインってそんな戦い方じゃないわよね?」
ブラックまで心配する。
手を抜いているようにも思えない。
「……悩んでる表情ですね」
その原因をパンが指摘した。
「悩んでる? 何をだよ?」
「私も詳しい事情は知らないので、憶測になってしまいますけど。エルフにとって、魔族は敵なのではないでしょうか? それと、彼女は仲間だ、っていう二つの矛盾する事柄に迷っているんじゃないでしょうか?」
フリルがパンの言う事を理解するのに多少の時間がかかった。
「そう言えば前にストライプが言ってたな。ワインは元々他種族を嫌う側の貴族だったとか」
エルフという種族は、エルフだけで生活が完結するため、エルフ純血のみを重んじ、それ以外の種族を排してきた歴史がある。
数年前に就任した女王が、人間の魔法学校で修業し、エルフにない数々の魔法を持ち込んだことにとってエルフの魔法がさらに強大なものになり、また女王自体が他所族との融合を望んだため、そのような雰囲気が徐々になくなりつつはある。
とは言え、それは人間や他の妖精、妖魔に限られたことである。
エルフは、ドラゴンと悪魔を憎むべき敵としている。
ドットはエルフの女王も敵と認める魔族なのだ。
とは言え、仲間が彼女を仲間と認めている以上、自分だけが敵とみなすわけにはいかない。
だから、我慢をしていたのだ。
これは、我慢なのだ。
出来れば我慢し続けたい。
だから、彼女と戦え、というのはとても困る。
つい本気で殺しにかかってしまうかも知れないからだ。
もちろん、ワインだって、ここまで他種族の者たちに囲まれて過ごし、彼女たちを理解している。
それに、他種族に親友だって出来た。
ドットの事も、まあ、少なくとも利害が一致している間は悪い関係にはならないと言えるだろう。
だからこそ、どう接していいのか分からないのだ。
と、いう事を、パンから説明されて、何とか理解したフリル。
「ワイン! これはただの喧嘩だし、別に負けてもいいんだ! 戦いが難しいなら棄権しろ」
「……嫌よ!」
エルフは誇り高き生き物だ。
自分の憎むべき種族に負けるのは絶対に嫌なのだろう。
だが、このままでは勝負はつかない。
どちらも人間外の種族で、そう簡単に体力が尽きるわけではない。
「ノー、お前は怪我の治癒をすることが出来るか?」
「心臓が止まらなければ造作もない」
「らしいぞ?」
フリルが言うと、ワインがにやり、と笑った気がした。
「じゃ、多少無理をしましょうか……!」
ワインが、初めて弓を構えた。




