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第2話

 



 


 外が明るくなってきてしまった。眠ろうとするが、起きた時にまたケイが居なかったらと思うと眠れなかった。眠れないのならと、今日の出来事を手帳へ書き記しておく事にした。そうして書き込んでいると空が白んできて、限界を越えた私の意識はなだらかに沈んでいった。



「ーーっ、ケイっ!」

「まま、おなかすいたの〜」


 何かの夢を見ていた気がする。それが何だったのかは思い出せないが、不快感が残る夢だった事は覚えていた。

 お腹が空いたと訴えるケイに顔をペチペチと叩かれ我れに返ると、起き上がってケイを抱き締めた。


「まま、くるしいよ〜」

「ケイくんは何が食べたい?」

「パン!」

「じゃぁ、ハムを乗せてケイくんの大好きなヤツにしようか」

「うん!」


 嬉しそうににこりと笑うケイの笑顔に、張り詰めていたモノが(ほぐ)されていった。



「今日も雨……」

「ぬれちゃう〜」

「傘を差して幼稚園行こうね」

「ぼくのかさ〜!」


 昨日よりは幾分マシになっていたが、変わらず雨が降っている。これなら幼稚園も行けそうだ。ご飯を済ませ、幼稚園の準備が終わると帰ってくるかもしれない夫へ置き手紙を書いて朝食の横に添えた。


 玄関を出るとちょうど二階の階段からニ〇一号室に住んでいる山田さんが降りてきた所だった。


「おばーちゃんだ〜」

「あら、ケイくん今日も元気だねぇ」

「おはよ〜ございま〜す」

「はい、おはよう」

「おはようございます。雨が続きますね」

「そうだねぇ。散歩もできなくて嫌になるよ」


 何かと気にかけてくれる面倒見の良いお婆さんだ。人見知りをするケイも山田さんにだけは懐いている。いつもは散歩に出掛けている時間だが、雨で行けなかったらしい。ポケットからハンカチを取り出すと額についた水滴を拭っている。

 これから郵便局へ行くと言っているが開くまでにまだ時間がある。だが、山田さんは別れの挨拶をしてさっさと行ってしまった。


 私達も行こうかと歩き出すと、コンクリートの通路に何か紙みたいな物が落ちている事に気づいた。


「何かしら……」


 手に取るとケイと同じぐらいの可愛らしい子供が写った、古ぼけたボロボロの写真だった。“それなに〜?”とケイが聞いてくるので写真よと教えてあげれば、今度は見せてと覗き込んでくる。


「あ〜、ミカちゃんだっ」

「え……?」

「いいな、ぼくもしゃしんほしい」


 服を引っ張りながら写真をねだるケイを見つめて呆然とする。この古ぼけた写真の子供が昨日言っていた『ミカちゃん』なのだろうか。もう何十年も前の物のように擦り切れている。


「な、にを言っているの?」

「え〜?」


 何故、聞き返されたのか分からないと言いたげに首を傾げるケイ。腕時計を見ると、もう行かなくてはいけない時間だった為に幼稚園へと急いだ。


 歩き出す前に写真をひっくり返して裏を確認すれば、字が掠れ読みにくいが日付が書いてあり、やはり十五年以上も前の物のだった。




 + + +




 ケイを幼稚園へ送り、買い物を済ませて自宅へ帰ってきた。昨夜から色々な事が起こりすぎて、今日ほどパートが休みで良かったと思った日は無い。朝に用意した朝食はそのままで、夫が帰ってきた形跡は無かった。……今日も帰ってこないのだろうか。


「電話してみようかしら……」


 バッグの中にあるケータイを取ると震えて、画面を見ればちょうど電話を掛けようかと思っていた夫からだった。


「もしもし」

『いずみ? 一哉(かずや)だけど』

「うん、今日帰ってこなかったの?」


 たった一晩会えなかっただけなのに、スピーカーから聞こえる夫の声に安堵する。だが本人からもたらされるのは、今日も帰れないと言う残酷な言葉だった。解決したはずのトラブルがまた別の場所で発生したらしい。


 こんな時になんだと言うのだ。一層の事、全部話してしまおうか? と、頭を(よぎ)るが気にしすぎだと笑われるだけに違いない。止めておこう。


「……分かったわ。じゃぁ、気をつけて」

『あぁ。帰れそうだっ……ザ……ら連絡……ザザ……す……』

「もしもし?」


 プツッ……ツー、ツー……


 ノイズが入り、最後の方はあまり聞こえなかった。電波でも悪い所で話していたのだろうか? まさか……いや、何でも結びつけてしまうのは良くない。軽く頭を振り夫に用意した朝食を冷蔵庫へしまって、置き手紙をくしゃりと握り締めるとゴミ箱へ投げ捨てた。

 敏感になっているだけだと思い直し、子供がいるとできない家事をこなす事に集中する。


 一通り終わり時計を見るがまだケイを迎えに行くまで時間があった。通路で拾った写真を思い出し、もしかしたら二階に住む山田さんの物かもしれないと思い至り家を出た。



 階段を上りながら写真の『ミカちゃん』の事を考える。写真撮影した頃は十五年以上も前でケイと同じぐらいの子供だ。きっともう高校を卒業するかしないかぐらいに成長しているだろう。だが、ケイは写真の子をお友達の『ミカちゃん』と言った。ならば導き出される答えは一つしかない。


「こんにちは」

「あら、菊池さん? どうしたんだい?」

「少し、お聞きしたい事があって……」


 ニ〇一号室の扉をノックしてからしばくすると、お婆さんが扉を開けて出てきた。聞きたい事と言うと何かあったのかと視線で聞いてくる様にじっと見つめてきた。


「今朝、通路に落ちていたんです。山田さんの物じゃないかと思って持ってきたんです」

「っ!」


 写真を見ると目を見開き、ポケットの辺りを触っている。


「違いますか?」

「あ、あぁ。私のだよ」

「やっぱり山田さんのだったんですね」

「落としてたんだねぇ。気づかなかったよ」


 山田さんに写真を渡すと、“ありがとうねぇ”と大切そうにポケットへしまった。ずっと持ち歩いているからあんなに擦り切れていたのかと納得して、本当に聞きたかった(・・・・)事を口にした。


「お孫さんの写真ですか?」

「……そうだよ」

「可愛い子ですね。この子の名前は……」

「…………」

「あの、」

「すまないねぇ。今日は帰ってくれるかい?」


 写真の話をすると、いつもは聞かなくても次から次へと喋る山田さんが口を閉ざしてしまった。聞いてもきっと何も話してはくれないだろう。ますます導き出した答えが真実味を帯びてきた。




 + + +




 もうケイを迎えに行かなくてはいけない。急いで自宅へ戻ると準備をして幼稚園へ迎えに行った。


「まま〜!」

「ケイくん、今日は何したの?」

「おえかきしたの〜」


 いつもと変わらない笑顔でケイが今日の出来事を話している時に、幼稚園の先生から呼び止められた。ケイには少し室内の遊具で遊んできてとお願いすると、お迎え待ちの子達の所へ歩いて行った。


「呼び止めてしまってすみません」

「いえ、どうされたんですか?」

「えっと、あの……今日はみんなで一緒に、絵を描いたんです」

「さっきケイにも聞きました」

「えぇ。そう、ですよね」


 言い難い事なのか、何とも歯切れの悪いような言い回しだった。一度視線を逸らし、真っ直ぐ私を見つめると意を決した様に口を開いた。


「実際に見てもらった方がいいかもしれません。少し待っていただけますか?」

「はい。分かりました」


 ケイがこちらを見て手を振っていたので、振り返していると先生が戻ってきた。


「これなんですが……」

「っ、……こ、れをケイが?」

「はい。今日はお友達を描く様に言ったんです。何回聞いても“ぼくのおともだち”としか言わなくて」


 そこに描かれていたのは、真っ赤な女の子。黒いワンピースみたいなものを着ていたので、女の子だと分かる絵だ。紙の白と黒いワンピースを着た赤い女の子。先生が何を心配しているのかが分かってしまった。


「実は、これだけじゃないんです。数週間前から何回か同じ様な女の子を描いているんです」

「そ、そうだったんですか。知らせて下さってありがとうございます」

「いえ、余計なお世話かもしれませんが、何かあるなら相談された方が……」


 動揺を隠す様に軽く頭を下げてそう言えば、先生は慌てて頭を上げてくださいと言った。相談を薦められたが曖昧に受け流して私とケイは幼稚園を後にした。




 

 




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