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第七話ーおっきくてふといー


「すっごくおおきい……え、いやいや、こんなの入らないよ。入るわけない。ちょっと、入らないって――んぐぅ!」


 太くてかたい、大きな棒状のものを無理やりに口の中に押し込まれた。棒状のものは凄くあついし、強引に突っ込まれたから口の中が苦しいし、息しづらくて、おまけに喉奥にガツンと当たるのでむせそうになった。

 オエッ、となりそうな感覚を強引に沈めてから、押し込まれる太くてあつい棒状のものを舌で受け止めた。


「ん、んぐっ、じゅる……ぶちん」


 一瞬のすきを見て噛み切った。

 もぐもぐ、咀嚼。

 しょっぱくて、少し油っぽい。噛み切ったときの歯ごたえや食感は小気味よかった。

 うん、美味しいな。この、特大フランクフルト。さすが、わざわざ旗を上げておすすめをしているだけはある。

 一口で無理やりに食べさせられなければ、お皿に盛りつけてから切り分けて上品にゆっくりといただいていたところだ。というか、そう頼んだはずだけど。


「あ、あの、あーちゃん、大丈夫ですか……?」


「んぐんぐ、ごくん。大丈夫、翡翠ちゃん。味はすごく美味しいよ。ただ、強引に突っ込むのはどうかとは思うけどね。顎が外れるかと思ったけどね!?」


 注文をして、いざ商品が出てきて、切り分けてほしいと頼んだらこれだ。

 とんでもない接客である。

 クレームされても文句を言えないどころか、むしろ普通に店側が悪いでしょ。


「お上品に、大きすぎるから切り分けて欲しいだなんて言うから、突っ込んでやったのよ。まったく、これだから若い娘は。風情がわかってないわねぇ。フランクフルトはまるまる一本のをがぶりと食らいつくから美味しいのよ」


 店主のおばちゃんは、悪びれもせずにわたしに呆れていた。路地裏にあった屋台というか、出店のような、なんというかこう、下町的なお店だったが、これほどまでに店の印象にピッタリなおばちゃんもいないだろう、といった感じだ。

 キツい印象のある目つきに、虎柄のシャツ。ただ昔は美人さんだったんだろうなと想像させる程度には顔つきは整っているし、太っているわけでもない。

 気の強い綺麗なオバさん、といったところか。東京ではいなかった、見たことのなかったような人ではある。


「いや、でっかいもんこれ! 見たことないレベルで、でっかいもん! わたしのお口には入らないよ!?」


「入ったじゃないか」


「強引に入れられたんだよ!」


「うるさい娘だねぇ。いくら文句言ってもびた一文たりともまけてやんないよ」


「別に安くしてほしくて言ってるわけじゃないからね!?」


 何なら倍額払ってやろうか。お金ならいくらでもある、なんてセリフをまさか言いそうになることがあるなんて思わなかったけれど、実際にそれなりに所得はもらっているし、貯金だってしている。

 と言ってもまあ、口座の管理はユニオンがしていて、引き出せる金額もしっかりと制限されているんだけど。ただの子供じゃないとしても、やっぱりわたしたちは子供であり、そういう金銭的な面では大人に頼らざるを得ないのだ。

 そういうことを差し引いても倍額は出せる、ということだ。だって安いもん。二百円が四百円になるぐらい、平気だ。


「まったく、翡翠を見習いな。この子は文句を言わずにかぶりついてるじゃないか」


「……これ、かぶりつくというか、かじってるというんじゃ」


 丁寧に紙ナプキンを巻いてから両手で持って、上のほうから少しずつ削り取るように食べていた。

 なんか見たことがあるような食べかただと思ったけれど、そうだ。リスとかねずみとか、そういった小動物がきのみを食べるときに似ているのだ。

 一口が小さくて、大きくて太いフランクフルトは一向に減っていっていない。両手で持っているというのになお存在感を放つ大きさと、その一口の小ささが翡翠ちゃんの小動物感を強くしている。

 今驚かせたら、たぶん、木の窪みとかに全力疾走で隠れに行くんだろうなと思った。翡翠ちゃんにリスの耳と尻尾が生えているように見えてきた。

 まあ、可愛いからいいか。


「美味しいですぅ」


 うん。可愛い。



 ☆



「さて、こしをおちつけふほほがへひたへほ」


「食べながら喋るのはお行儀よくないですよ……?」


「ごくん。失禁しました」


「お漏らししちゃったんですか!?」


「ごめん、間違えた。失敬しました」


「一文字目しか合ってないですよ!?」


「失敗しました」


「うまくないですからねっ!」


 厳しいダメ出しだった。うん、まあ、わたしも別に上手いと思っていたわけでもないけれど。思いついたことを一切考慮せずにノータイムで発言していただけで。


「発言するときは少し考えてから言いましょうね」


「機会損失をするぐらいなら積極的に言っていこうと思っただけだよ。マイノリティをマイノリティであるままにしないためにもやっぱり意識的にイノベーションをしていかなきゃね」


「意識高そうですっ!」


 あくまでも高そうなだけで実際に言っていることはわざわざカタカナを使わなくてもいいようなことだ。

 まあ、何でもかんでも突っ込めとは言わないけれど、少しぐらいは積極性を持って躊躇いすぎないほうがいいとは、本当に思っていることだけれど。

 遠慮しすぎて怖がるぐらいなら、ね。


「さて、腰を落ち着けることができたけれど、何から話そうか。好きな男の子のタイプとか、最近好きなものとか」


「お、男の子はあまり……こわいですし。い、いえ、もちろんだからと言って女の子が好きというわけではなくてっ、男の人は大好きです!」


「すごい語弊ありそう」


 男の人が大好きですって。

 見境ない。


「も、もうそれはもちろん、なんなら男の人同士とか大好きです!」


 うーん、そう来たかあ。

 テンパった挙げ句にとんでもない発言をしていることに気付いているのだろうかこの子。気付いていないだろうなあ。

 たぶん本当に男の人同士が好きなわけじゃなくて、女の子が好きじゃない(恋愛的な意味で)ということを否定するために勢いで捲し立ててみたらそんな言葉になっちゃっただけなんだろうけれど。

 別にそっちだとしてもあっちだとしてもわたしは別に自由だとは思うけれど。

 趣味や好みは人それぞれだ。そこにケチをつけたり、文句を言えるほどにわたしは偉くもないし、度胸もない。無難に愛想笑いを浮かべるだけだ。


「……わ、忘れてください。違います、そういう趣味は、ないです。まったくないですからっ!」


「あ、うん。わかってるよ」


 どうやら我に帰ったらしい。羞恥心から顔を真っ赤にしていた。可愛い。ちなうんですちなうんですと繰り返し呟いている。テンパり過ぎて発音がしっかりできなくなっているみたいだ。

 恥ずかしそうに顔を俯かせている姿は小さく縮まっているようにも見えて、小柄な翡翠ちゃんの姿がさらに小さく見える。やっぱり小動物のようだった。


「あの、お話って、そんな世間話でいいんですか?」


「うん。世間話でいいよ。それとも政治か宗教、はたまた野球の話でもする?」


「やっぱりくまさんのチームが一番ですよねっ。選手がみんなかっこよくて、それに和気あいあいとしてて笑顔で仲良さそうなところとか、可愛いです!」


「食いついちゃうのか」


 しかも食いつきかたが凄く女の子っぽい。わたしも女子力ほしい。あの選手長打率低いとか出塁率微妙とか若手をもっと使ってほしいとか、そんな考え方をするようなファンにはなりたくない。

 もっとこう、きゃっきゃっとしたヤングでなうな感じがイケテると思います。


「ここも表向きの営業でたまに地方興行として野球の試合をやったり、ライブを開催したりもするんですよ。この間もオーサカ・リベイクとして牛のチームと鷹のチームが試合してました」


「へえ、そうなんだ。交通機関が無さそうだけど、どうしてるんだろ?」


「イベント開催時はドームを管理する会社のユージーがバスを出してます。まあつまり、ユニオンがですね」


「なるほどね。それにしても、地下は敵と戦うための基地になっているって言うのに、平和なんだね」


「こんな世界だからこそ興行は大事なんだと思いますよ。それにRaiderがやってきたばかりの百年前に比べると人類にも余裕ができてきたって言いますし」


「まあ、そうだね。わたしたちもそのために頑張っているんだから」


「それと、基地の維持費として収入は少しでも多くしたいという思惑もあるみたいですけどね。しれーかんさんが以前に言っていました」


 いい話かと見せかけてとんでもなくシビアで現実的な大人の事情だった。


 ロウきゅーぶや天使の3P!のようなエロ詐欺冒頭ができるようになりたい。

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