第六話―追い出された?―
大阪初日は無事に……無事にと言っていいのかどうかはかなり微妙ではあるもののとりあえず問題は起きることなく日没を迎えた。
あの後、普通に会話をして普通に解散をした。当たり障りもなければ毒にも薬にもならない女の子トークである。最近流行りの服装であるとか、同年代の男の子は子供にしか見えないとか。
まあ、普通のことである。
小学生を名乗るからには――たとえ一般的な小学校なんてものに通っていなくても、そういった普通の女の子らしいことを喋ることも、わたしたちには必要なことだから。
平和が訪れた暁にはわたしたちも普通の人に戻るのだから。ただの人に。なんて言い方をすれば、まるでアイドルのようだけれど。
うん。アイドル。いいよね。憧れる。可愛い服を着て、素敵な歌を歌って、華やかにダンスをして、キラキラを誰かに届ける。まるで正義のヒーローのように輝いている。愛と勇気、それから希望。
そういう意味で言えば、わたしたちガールズは既にアイドルみたいなものなのかもしれない。正義のヒーローであるかはわからないし、キラキラを届けられているかも知らないけれど、明日の平和や希望のために頑張るのだから。
閑話休題。
そんなわけで、普通に話して普通に解散をして、わたしは部屋に戻ってきた。
ベッドに寝転がって天井を見上げる。無機質なコンクリートの壁が圧迫感と閉塞感を与える、見事な作りだった。空ばっかり見てないで足元を見ろというお達しなのかもしれない。
もちろんそんな意図はないだろう。
かばんに入れてきた荷物は着回せるだけの服と、電子端末類のみで、クローゼットに制服などをかけておいて、私服はベッド下の収納に片付けておいた。
電子端末類は机に放置。光電池だから充電は部屋の灯りで十分だ。携帯オーディオのみ首にかけておく。現代では希少価値となってしまった有線コードのイヤホンはジャックに刺さっている
イヤホンジャック付きの携帯オーディオ自体が古式ゆかしいものではあるのだけれど、無線式よりも音飛びが無く綺麗な音で聴ける。何より、繋がっているほうがなんとなく安心できるので、わたしは希少価値で少し値は張るけれどこちらにしているのだ。
まあ、特別音にこだわりがあるわけでもないし、聴いている歌もアイドルの歌だったり、アニメのものだったり、流行りものだったり、適当でざっくばらんとした選曲なんだけれど。
ランダムで曲を再生して、イヤホンを片耳につける。さて、と。
ボウっとなった。暇だ。部屋に一人でいるとどうしてもやることがない。筋トレでもするか、それともイメトレか。
いっそのこと素振りでもしようか。部屋も広いことだし、多少暴れても問題は無さそうだ。
ふとベッド横にリモコンが置いてあることに気付いた。テレビ用のリモコンとは違う。ボタンが矢印で上と下。それから青空、夜空、曇り空、雪、などなど、天候らしきものが記されたもので構成されている。
試しに押してみた。青空。すると天井に一瞬ノイズが走ったかと思うと、またたく間に青空へと変貌した――映し出された。青空の映像。まるで部屋にいながら原っぱで空を見上げているようだ。
おお、と思わず感動の声を漏らす。なるほど、窓がないから、こういう仕組みを作っているのか。楽しい。とはいえ今は夜である、日没である。となれば青空は時間的にそぐわないだろう。夜空のボタンを押して、切り替える。
またノイズが一瞬だけ走り、すぐに夜空へと移り変わった。映り変わった。
満点の星空と、欠けた月。今日の月だろうか、三日月というほどでもなく、半月というには細い。凄い。綺麗だ。
それじゃあ他のはどうだろう、凄いぞこれ――
「……あ、あのっ、あのっ! スミマセン!」
――人が楽しんでるときに、突然の大声。
うん、まあ、待っていた。
だからイヤホンを両耳につけずに片耳空けて声が聞こえるようにしていた。
たぶん、来てくれるんじゃないのかな、来てくれたらいいな、なんて期待していただけなのだけれど。
誰だって?
うん、そうだね。今日唯一まともに会話も挨拶もできていない子。
「いらっしゃい、杜宮さん」
逃げ出した女の子、杜宮翡翠さんだ。
☆
「その、その、えっと……あのう……翡翠です。杜宮、翡翠です。さっきは逃げちゃってごめんなさい……翡翠、どうしても初対面の人と会うと緊張しちゃって、動悸が止まらなくなっちゃうんです……」
ふむ、なるほど。動悸が止まらなくなるんじゃ仕方がない。すかさず彼女を病院に連れて行って適切な薬を出してあげるべきだ、高血圧症の疑いがあります。
なんて冗談はともかくとして。初対面の人と会うのって、勇気がいることだ。わたしだってけっして得意だというわけではない。特別苦手であるわけではないけれど、それでも意識をしてしまう。
人見知りというのは、多かれ少なかれしてしまうものだ。
「大丈夫だよ。今はこうして会いに来てくれている、それだけで嬉しいから」
実際問題、逃げ出した後のほうがよっぽど会いづらいものだ。一度逃げたという負い目がどうしてもある。だから自分から会いに行こうなんて、そうそう考えることもできないし、強制でもされない限り行きたくもないだろう。
それでも彼女はわざわざわたしの部屋まで来てくれた。
それだけで、わたしは本当に嬉しいのだ。
「わたしは御園あかり、十二歳だよ。あかりでも、苗字でも、好きに呼んでいいから。よろしくね」
「じゃあ、その、あーちゃんって呼ばせてもらいます。だから翡翠のことも、翡翠と呼んでくれたら嬉しいです」
「えっと……なら、翡翠ちゃんで」
あーちゃん。あかちゃんよりはわからなくはないあだ名か。出会ってまだ間もなくだと言うのにあだ名で呼ぼうとしてくるとは、意外と神経が太い。
別に嫌なわけではないけれども。
「そうだ、翡翠ちゃんはいつからこっちに来ているの?」
「翡翠は一ヶ月前からです。しーちゃんがそれから二週間経ってから来て、雛倉さんと天音さんが先週同時に来ました」
「じゃあ、わたしたちの小隊だとこの支部では一番ベテランさんなんだ」
「そそ、そんな、ベテランさんだなんてとんでもないですっ。それに翡翠はさっさと元の場所から追い出されただけですし……」
追い出された――?
そう言えば、葵ちゃんもそんな言葉を使っていたような気がするけれど。
「あーちゃんはどうしてここへ来たんですか? こんなところへ」
「東京での小隊長としての実績を買われて、今度こっちで新しく作る小隊をまとめてほしいってこちらの司令官からの申し込みがあってね。各地から集められた精鋭を束ねるなんて、格好いいよね。期限付きだけど精一杯頑張るよ!」
「……あの、それだと翡翠が精鋭ってことになるんですけれど」
「そうなるね」
「翡翠、落ちこぼれで必要ないってここに転属させられたんですけど……?」
「なるほど」
……。…………。………………。
いや、なるほどじゃないよ。何に対して納得をしているんだ、わたし。
いや、引っかかった言葉についに辻褄が合ったという意味で言えば確かにそれはなるほどであるし、納得いくことでもあるのだけれど、いやそうじゃない。
追い出された、という言葉がそのまま翡翠ちゃんの発言で正しく補正された。
何を言っているのだろうと思っていたがつまりそのまま、居場所を追われてしまったということだったのだ。
「……あーちゃん、難しい顔してるけど、やっぱりショックでしたよね。ごめんなさい、翡翠、精鋭さんじゃなくて」
「ううん、それは翡翠ちゃんが謝ることじゃないよ、気にしないで」
ショックとか、そういう問題の話ではない。
別に翡翠ちゃんがどうだとか、そんなことを気にすることはない。結局やることは変わらないのだから。わたしがやるべきことは、隊長としてみんなをまとめること。だからそんなことは気にしていないし問題ではない、ないのだけれど。
精鋭だなんて言葉を使ってまでわたしを呼んだ理由、それは何故なのか。おそらく葵ちゃんの口ぶりから察するに他の子たちも追い出されてきた、つまりこちらの大阪基地から指定されたわけではなく、向こうのそれぞれの支部から、言い方が悪くなるけれど、押し付けられてきたのだろう。
ネスト討伐に大阪へ人を招集すること自体は嘘ではないのだろうし、だからそれぞれの基地はあくまで人材として彼女たちを送り込んだと主張をできる。
……さて、となると唯一名指しで指定されたわたしには、一体何を期待されているのだろう。ここの司令官は、わたしに何を期待して呼び寄せたのか。
何にしてもやることは変わらない。
さっきも言ったように、わたしがやるべきことはいつだってひとつだから。
「それよりも翡翠ちゃん、お腹空いたからとりあえずご飯食べない? 食堂とかまだ全然わからないから、案内してくれると嬉しいな」
腹ごしらえ。腹ごしらえ。
あかりちゃんはいい子だから自然な流れでセクハラさせられない。というか、される側