第五話―リーダーとは認めないよ―
パンツとか言ってるときが一番すらすら手が動くんだけれど、ぼくは別に変態ではないです
「えっと……うん、それじゃ、あらためて自己紹介をします。わたしは御園あかりです、十二歳です。東京支部から一時的なものですが転属となり、本日よりこちらでお世話になります。まだまだ若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします」
ぱちぱちぱち、とまばらな拍手が鳴って、わたしの自己紹介は終わる。本来ならばもう一人、杜宮さんがいるときにするべきなのだろうけれど、仕方ない。彼女とはまた後ほど、顔を合わせた時に挨拶をすればいい。
どっちにしてもこの場を早めに切り上げてしまったほうが現状はいい。顔合わせと紹介は手早く済ませて、簡単な今後の話し合いを優先するべきだ。
と、考えてから、ふと思った。そう言えば司令官がいない。かなり遅い気付きであるのだけれとど、色々とドタバタしていたからそこは仕方ないことにしてもらうとして。
普通、新しく着任してきた者がいる場合は直属の上司となる人が一緒にいるべきだろうし、まして小隊の初顔合わせなんて場面にいないなんて考えられない。
まあ、いないものは仕方ない。現状問題なく進行して……いや、問題だらけだけれども……とにかく、進行しているのだから気にすることでもないか。後々ちゃんと挨拶する機会はあるはずだ。
「よろしくお願いね、あかり。あんたには期待をしているわ」
「うん、頑張ってみんなの期待に応えてみせるよ」
「あはは、葵ちゃんがこんなに手放しで期待をしているなんて、明日は雨だね」
「優秀な人間は正当に評価するだけよ」
「自分にとって、だよね」
「当然じゃない。あたしにとって有益である人間はきちんと評価する。誰だってそうよ。個人にとって有益な人間は、その個人にとって優秀な人間だと思うものよ」
「葵ちゃんのそういう躊躇いなく正直であるところ、私は好きだよ」
「あら、ありがとう」
……この二人は独特な世界、というか、二人だけの世界を持っているなあ。もしかして昔からの知り合いなのだろうか。昨日今日知り合ったような感じではないけれど。
いや、ある意味でシノちゃんとも昨日今日知り合ったとは思えない関係だけども。何をどうすればあそこまで一方的に嫌われるようなことになれるのか。
まあ、こうなってくると性格的な相性なんだろうけれど。何にしてもそんな会って日も経っていないのだから、そのうちある時感情が逆転するようなこともあるかもしれない。悲観的になる必要はないのだ。
もちろん、必要以上に楽観的でいることはそれだけで罪悪でもあるけれど。
「あかちゃんはぼくたちの、小隊のリーダー、ということでいいんだよね?」
「うん。転属書類にも書いてあったから間違いないよ。向こうでも小隊長をやっていたから、その経験を生かしたいな」
「プロミネンス小隊のリーダー、二重武装のガンアンドソードと言えば有名な名前ね」
「そ、そんな有名だなんて」
命令違反ばかりの問題児として有名になっているのではないだろうかと内心恐々である。
「あと、ミニスカで戦場を飛び回ったときにパンツ写真が撮影されてマニアの道でも有名ね。スーツに着替えずに出撃したのは趣味かしら?」
「あれは緊急時だったからっていうかわたしのパンツ写真出回っているの!?」
「ええ、この通りね」
葵ちゃんが懐から写真を数枚取り出した。そこに写っているのは、私服に身を包んだわたし、ちらりとスカートの中身が写っているのがわかる。そしてもうひとつにはアップになったパンツ。
……いやいやいや。
ちょっと、ちょっと、ちょっと!
「なんで持ってるのー!?」
「あら、気に入った子の写真を持っていても、然程おかしくないでしょう? アイドルやスポーツ選手のブロマイドを持っているようなものよ」
「パンツ写真じゃなければね!!」
くすくすと葵ちゃんが笑う。じ、冗談だったのだろうか。いや、この冗談のためだけに写真をわざわざ持っていたとは思いがたいけれど……深く考えるのはやめておこう。藪を漁ったら蛇が出てくるような、そんなことにはなりたくない。
ところでシノちゃん。なんで葵ちゃんに指を立てているのか。もちろん中指じゃないけれど。一本立てて首振られ、二本立てて首振られ、えーいと五本立てて葵ちゃんがようやく頷いていた。
……本人の前でパンツ写真の売買をしないでくれないかな!?
「葵ちゃん、あんまりあかりちゃんで遊ばない」
葵ちゃんとシノちゃんの額に軽くチョップを入れて天音さんが注意をする。
「ふふ、そうね。可愛いからついからかいすぎてしまったわ」
とは言っているもののからかうためだけに写真をわざわざ手に入れたわけのだろうか。いや、だから深淵を覗くような真似はしないほうがいいのだけれど。
深淵を覗き込む時、深淵を覗いているのだ。深淵がこちらを見返しているかは知らないけど、深淵なんて知らないほうがいいし、つまり深淵なんて覗かないほうがいいということを言いたい。
「あとその写真は犯罪だからね。回収して処分させてもらうよ」
「ふーん、そんなこと言ってあんたも欲しいんじゃない?」
「そんなわけないじゃん。私はみんなと違ってノーマルなんだから」
「あれ、もしかしてわたしもノーマルじゃない扱い受けてる!?」
すごく不当だ。わたしはけっして変な子じゃない、ノーマルだ。断じて女の子が好きだったりパンツ写真を懐に忍ばせてたりしないし売買だってしない。
「あ、そうそう。あかりちゃん」
わたしが不当な扱いに憤慨をしていると、その原因である天音さんが何かを思い出したように、口を開いて。
そして、こう言った。
「私、自分より弱い人の下につくつもりはないから、また後で実力見せてね」
…………ええっと、つまり、リーダーなんて認めてねえぞってことだろうか?
後で実力を見せてって、どういう。
「ふふふ、楽しみだなー。あかりちゃんと戦うの。もうすっごく楽しみ。実は昨日から楽しみで全然寝てないんだ。だからあかりちゃん、楽しませてね?」
……は? 戦うの? え?
「いつやるかはまた追って伝えるね。司令官にも話を通さないといけないしさ」
「え、いやちょっと待って。なんでそうなるの?」
「うん? だって弱い人に従っても意味ないじゃん。私はチームなんていらないし、私一人がいればそれが最強なんだけどさ。けれど小隊として配属されてるわけだし、礼儀としてリーダーに実力を見せてから、好きにさせてもらったほうがいいかなって。もちろん、あかりちゃんが私より強いなら敬意を払うしリーダーとして認め、あかりちゃんに従うよ」
「えっと……つまり、天音さんはわたしに従うつもりはないってこと?」
「んーん、そうは言ってないよ? あかりちゃんが勝てば従うよ。もちろん、私は最強だから簡単じゃないけどね。葵ちゃんがあれほどべた褒めにするんだ、結構期待しているよ」
うん。……理解はした。天音さんの考え方は、まあ、わからなくはない。往々にして高い実力を持つ人は個人主義に走りがちだ。わたし自身も別に全体主義が間違いない正解だと思わない。必ずしも小隊である必要はないだろう、とも思う。
ただしそれは、本当に一人で戦えるならば、だ。最強を名乗るからには自信があるのだろうし、実際にとんでもなく強いのだろう。
けれど。一人で[Raider]と戦えるほどにこの世界は甘くない――なんてことをまあわざわざ言うつもりもないけれど。事実だとは思うけれど、そんな言葉で納得するとも思わないから。特にこのタイプの人は、絶対に納得しないだろうから。
それに多分、言葉を簡単にひっくり返してしまうようでとても申し訳ないけれども、彼女はきっと一人でもある程度こなしてしまうのだろう、倒してしまうのだろう。でなければ、あそこまで自信に溢れてもいないし、言葉に重みもない。
本物の最強、かもしれない。
だからこそ。だからこそわたしは小隊でありたい。従ってもらう――なんて言い方は、ちょっと違う。仲間として一緒に戦いたい。
単純に強い人がともに戦ってくれるなら心強いのもあるし、何より。
――そのほうが効率、いいよね。
「わかった。日程と時間が決まったら教えて。勝てばいい。すごくいいね、単純でわかりやすい」
「おやや、自信がありそうだね。言っておくけど私はそんじょそこらの自称最強とは違う、本物の最強だよ」
「ふふ、何せわたしは優等生だからね」
「なるほど。そいつは強いね」
まあ、命令違反常習者だけどね。
最強のパンツってどんな柄だろう、ふとそんなことを思いついてしまったけどぼくはやっぱり変態じゃないです