第四話―愚か者なんて言葉使う人いるんだ―
「え、えっと……杜宮さん、待ってたら来るかな?」
「もう今日は来ないでしょ。愚か者のためにこれ以上時間を割くのはもったいないわ」
「愚か者って」
そんな言葉を喋り言葉として使う人がまさかいるとは思わなかった。普通使わない。びっくりした。まあ、とはいえ、愚か者であるかは置いておくとして、確かにあの様子では自発的に来てくれるということはあまり考えられない。一度逃げ出したという引け目もあるし。
バックレて置きながら白々しくも戻ってくるバイトのような図太い神経をしているのならば、そもそも最初からあんな風にして逃げ出すこともないだろう。
しかし葵ちゃん、全方位に敵を作るスタンスだ。少し前にわたしは彼女のことを人付き合いの上手そうな人間だと評したけれど、どうもその評価は一度白紙にしてしまったほうがいいかもしれない。
「雛倉さんはもう少し人に気をつかうべきだと思う」
やっぱり、というべきか。シノちゃんが葵ちゃんの言葉に対して反応した。険のある言葉づかいである。……これから実家の猫よりも見慣れそうだよ、葵ちゃんに対して喧嘩腰になっているシノちゃん。
「率直な意見を述べたまでよ。別に殊更悪く言ったつもりでも、もちろん良く言ったつもりでもないわ。ただ現状を正確に言葉にしただけ。何かおかしい?」
おかしくはないけれどオブラートに包むということをわたしとしては考えてもらいたい。胃が痛くなるから。
「仲間を愚か者と呼ぶような人間は、頭がおかしくなっているとぼくは思うけれど」
完全に挑発しているよこれ。たとえるなら喧嘩上等バリバリやるぜ、って構えている不良同士のタイマンみたいな、いやそれたとえてない。そのまんま。不良が小学生女子になっただけというだけで。喧嘩を売っているという姿だけで考えればそのまんまである。
「遅刻してくるような子はすべからく愚か者よ、常識で考えなさいな。もちろん、それはあなただって同じことよ。あたしにしてみればあなたも同じ愚か者よ」
「う……それは反省してる。ごめんなさい。けど、だからってそんな言い方をしていいってわけじゃない」
「あら、ごめんなさいね。あたしって素直なのよ。けれど反省しているならいいわ。許してあげる。ただし仏の顔も三度まで、もちろん知っているわね。次はないわ」
しゅん、と落ち込んでしまうシノちゃん。……いや、そうなのだ。結局のところ、言い方がキツいという点を除けば葵ちゃんの言うことは正論なのだ。言われても当然のことであり、当然のことしか言っていない。率直過ぎるだけで、キツいだけで、わたしの胃が痛いだけで。
どちらに非があるのかは火を見るよりも明らかだ。それだけにわたしとしてもどちらか一方を庇うということができない。隊長だとか、それ以前の問題として。
とは言えもちろん、葵ちゃんの言い方は少し厳しすぎるというか、言葉がキツいとは思うし、シノちゃんが何かを言いたくなる気持ちも、まあわかる。
けれども仏の顔も三度まで、ということは葵ちゃんからすれば今日の遅刻は二度目ということも簡単に推測できるし、思うところがあるのは仕方がない、という面もあって。……まあ、今回はシノちゃんに反省してもらおう。遅刻癖はやっぱり問題だし。
もちろん、葵ちゃんにも後でお話をするけれど。
「遅刻ってなんのこと?」
天音さんは状況が飲み込めていないようで、二人の会話にキョトンとしている。まったく理解していない。というか自分が遅刻したという認識すらしていない。ここまで来ると逆に大物なのではないか、いや、ロックなのではないかと勘違いをしてしまいそうになる。
これには葵ちゃんも呆れて物も言えないのか、特に何も言わない。そもそも興味がないのかもしれない。表情ひとつ崩さないままだ。
葵ちゃん自身に対して何かを言われない限りは反応しないようだ。怒ってはいるようだけれど、それよりも期待していないといった感じなのだろうか。
「だって今日の集合時間は十五時でしょ? ねえ、シノちゃん」
「いや、十四時だったけど」
「え、十三時なんじゃ……」
言ってからわたしは葵ちゃんを見る。ふう、と溜息を吐いていた。視線に気付いて、首をふる。どうやら十三時であることは間違いないらしい。そもそも、予定通りに十四時頃にわたしが到着したのだから、わたしが来る一時間前にはこの場所へ集まろうという話であったらしいのだから十三時が正解で間違いない。
シノちゃんはどこかを聞き逃していて、天音さんにいたってはそもそも的外れだったようだ。杜宮さんはわからない……もしかしたら十三時には既に部屋の前にいたかが最初気付かなかっただけ、あるいはわたしが来たことに気付いて隠れたのかもしれないという可能性もある。
どちらにしても部屋に入らなければ遅刻に変わりはないのだが。
「まあいいや。別に今日の集まりって、大した意味ないし。学級会みたいなもんでしょ」
「それに関しては同意してあげなくもないわ。あかりがくだらない人間なら時間がもったいなかったと思っていたでしょうね」
「つまり、葵ちゃんの眼で見てあかりちゃんはくだらなくない、ということだね」
「そうね。可愛いし、愛嬌もある。人をよく見ているようだし、気をつかいすぎるくらいなところはちょっと過保護に可愛がりたいわ。あたしと上月さんの間でオロオロしてるのにリーダーだからなんとかしようって考えてる姿なんて、小さいくせに小生意気で溢れんばかりに愛おしさすら覚えるわ」
「……べた褒めだね!」
「何よりも、最もこの小隊で完成された娘でしょうね」
「へえ、私より?」
「オツムが弱いのよ、あんたは。計算できない」
「計算していらないかな。だって私は、自分が好きなように動くだけだから」
「だから計算できないってのよ」
あれ。意外にもこの二人は和やかだ。天音さんの性格のおかげだろうか。そもそも葵ちゃんは確かに言葉はキツいけれど自分からふっかけるということはなかったのだから、喧嘩腰にならなければいいたけだったのか。
とは言えシノちゃんがあれほど喧嘩腰になるのだから前日に何かあったのだろうし、それがどちらからの発端だったのかによってはまた変わってくるのだろうけれども。そのことについては、またいずれ後々、これ以上問題が大きくならないようにするためにも聞こう。
しかし葵ちゃん、わたしをべた褒めだ。
恥ずかしくなる。照れる。そしてちょっと恐怖。あとつとめて冷静でいたつもりだったのに、実はオロオロしていたという事実を指摘されたのも、また別の意味で恥ずかしくなる。それとやっぱりすごくこわい。
完成された、という言い回しはよくわからないし、どういうことだったのか。
とりあえず、天音さんはオツムが弱いらしい。
あかりちゃんは苗字+さん呼び。距離を置いているわけじゃなくて、初対面相手にいきなり名前で呼ぶということをしないだけであり、つまり普通な子だ。