第二話―牛のチームは人気チームです―
わたしが昨日まで住んでいた東京から、ユニオンが用意した装甲車に乗って揺られることおよそ半日をかけて遥々やってきたのは、かつて天下の台所、水の都とも言われた大阪だった。とは言っても、コテコテの大阪文化というものはもう過去のものである、らしい。こちらへは初めて来たので、地域の情報は良く知らないのだ。
今年で西暦2316年になるけれど、何百年経っても残っているドウトンボリガワは一度見てみたい。どうせだから今度観光で行ってみよう。水の都と言われていたぐらいだからきっと綺麗な川なんだろうなあ。
ところで先ほどから小汚い街の真ん中を流れる大きな水路みたいな、黒ずんだヘドロ溜まりはなんだろう。なんか変なおじいさんの人形とか、黄色と黒の縞々のメガホンがぷかぷかと散乱して浮いているけれど。
それにしても随分と賑やかそうな街だ。たくさんの人が所狭しと歩いているのは東京と変わらないけれど、なんというのだろう、信号待ちの間に車の窓を開けて外を見ていると、常に誰かと誰かでお喋りをしているのだろうか、テンションの高そうな会話が様々なところから聞こえてくる。賑やかというよりは騒がしく思う。
テレビに出てくる芸人さんがそのまま街中に大量に溢れかえっているような、言うなればバイオハザード、ただしゾンビじゃなくて芸人さんだらけ、みたいな。
わたし、このテンションについていけるだろうか少し不安。とは言っても、こちらの支部で組む小隊は大阪出身の人たちというわけではなくて、わたしと同じように各地から集められたというので、そのあたりの心配はあまりしなくても大丈夫だろうけれど。
大阪に新しい精鋭を集めた小隊を作る、その理由としてRaiderが関西方面に作られたネスト――Raiderが地球を侵略する際に作られる、文字通り巣のようなもので、その周辺は地球とは違う環境、奴らに適した環境に作り変えられている――を叩くため、らしい。
そのような大事のために選抜されたのは、とても名誉なことであるし、期待に添えるためにも頑張りたい。
「御園様、着きました。足元にお気をつけて車からお降りください」
「は、はい。ありがとうございます」
黒服の運転手がまるで執事のように車の扉を開けてくれる。
どうにも年上から敬語を使われる、ということに慣れない。所詮のところわたしは子供でしかないし、特別ではあっても特異なわけではない。特殊ではあるかもしれないけれど。Raiderと戦うわたしたちは他の人たちに比べると貴重に、大切に扱ってもらえるとは言っても、どうしてもオトナと子供の関係として違和感を覚えるのだ。
とは言えそのことを主張してみたところでオトナというのは意外にも意固地なもので、なかなかわたしのような子供の意見をすんなりと頷いてくれない。
まあ別に、こんなことはわたしが慣れていけばいいだけの話であるし、そもそも直してもらわないといけないようなことでもない。そうしたいのならばそうすればいい程度の話でもあるのだ。
さて、着きました。と言われたが、ここはあの有名な場所ではないだろうか。過去にはあの人気野球チームも本拠地にしていた、巨大建造物。かつてのネーミングライツ権は既に失われており、別企業が購入したので現在の名称はユージードームオーサカになっている、大きなドーム。牛のチームは人気野球チームだ。譲れない。
ユージー、U.G、GIRLS、UNION。なるほど、そのままのネーミングである。
「こちらです。ついてきてください」
「あ、はい。わかりました」
案内されるままについていく。普段は入ることのできないような裏側の通路を通っていくことに少しばかりのわくわくを感じつつも、まあ大阪の基地であるのだから当然なのか、と勝手に冷めてみる。
階段を降りて地下通路を歩いていく。広い地下通路には様々なルームがあり、妙にメカメカしい。その昔は地下鉄やショッピングセンターがあったと聞いているが地上は更地の広場だった。地下鉄やショッピングセンターは既に無くなっており、ドーム一帯の地下はどうもユニオンの施設と改装されているらしい。
しばらく歩いたところで、ある部屋の前で案内をしてくれている黒服の人が立ち止まった。
「こちらが御園様のお部屋になります。このカードが鍵となっていますので、どうぞ、荷物を置いてきてください」
「はい。ありがとうございます」
カードキーを受け取る。カードスラッシュするタイプでも差し込むタイプでもなくて、どうやらタッチするタイプのようだ。それにしても地下に部屋か。秘密基地のようなわくわくがないわけでもないけれど、それ以上に生活を続けていくうえで窓がないのは辛いものがある。
やっぱり、朝起きたらカーテンをあけて朝陽を浴びたいものだ。まあ、そのあたりは早起きして散歩にでも出たりすれば大丈夫だろう。そのほうが健康的だし。
部屋を全体的に見回してみる。ベッドにテレビ、冷蔵庫などの適当に必要な家具は置いてあるみたいだ。キッチンもあるし、料理は自炊したほうがいいのかもしれない。
荷物をベッドに投げ捨てて部屋を出る。黒服の人は部屋の前で立ったままだ。
「お待たせしました」
「いえ、それでは参りましょう。今からブリーフィングルームへとご案内します」
「わかりました」
早速ブリーフィングルームに行く、ということは新しい小隊メンバーを集めて紹介するのかな?
緊張、しないということはない。これから初めて会う人たちだし、もしかしたら年上の人だっているのかもしれない。年下の娘もいるかもしれない。人見知りをするほうではないけれども、人並みには初顔合わせに対しての苦手意識というか、どうすればいいか、みたいなことは考えてしまう。初対面でへーいとか言って抱きつけるような、そんな海外ナイズドにはさすがになれない。
隊長としてうまくやるためには、最初が肝心だ。隊長としてじゃなくても、人付き合いというのはやっぱり始まりが重要なのだ。だから人間関係、付き合い方なんてものは、初対面の印象が殆どと言ってもいい。
まあ、なんとかしよう。うまくやれたらいいな、そんなことを考えながら、ブリーフィングルームまでの道を歩いていった。
☆
ブリーフィングルームの前に立つと、さすがに緊張する。この向こうにはこれから一緒に頑張っていく仲間がいるのだ。どんな挨拶をしよう、いい娘たちだったらいいな、できれば自分より年上過ぎる人がいなければいいけれど、なんてことを考えながら、いつまでも部屋の前に立っているわけにもいかないと入ることにした。
入り口についてあるボタンを押すと、扉が横開きに開いた。
中には、女の子が一人だけいた。シュッとした雰囲気の子だ。年齢は、そんなに離れてはいなさそう。けれど少し大人びても見えるので、どうなんだろう。発育的には然程変わらないように見えるけれど。
ところで、他の子はまだなのだろうか。通常、小隊は五人から六人程度だから、あと三人、四人はいると思っていたのだけれど、今はわたしと彼女だけだ。
「……あら、やっと一人来たのね。待ちくたびれたから地元へ帰ろうかと思っていたところよ」
「ご、ごめんなさい、遅くなりましたか?」
「ふふ、冗談よ。大丈夫、あんたが今日やってきたばかりだっていうのは知っているから」
「な、なんだ……びっくりしました」
「……ま、他の連中は本当に遅いんだけどね。あんた以外は、昨日までにはもうこっちに来てるのよ。さっさと追い出されてきただけなんだけれど」
「へぇ……そなんですね」
追い出されたって、面白い表現の仕方をするなあ。
そう言ってみせたときの彼女は心底苛立っていそうな顔をしていた気がするけれど、すぐに表情を取り繕って表情の見えにくいクールな様子を取り戻していた。
「あたしは葵よ。雛倉葵。年齢は十一歳、学年で言えば小学六年生よ。あたしに敬語はいらないわ、よろしくね」
「あ、やっぱり年齢、近かったんだね。わたしは誕生日が早めだからもう十二歳だけど、学年は一緒だね。わたしはあかりだよ。御園あかり。あかりは漢字じゃなくてひらがななんだ。よろしくね、雛倉さん」
「葵でいいわよ。あたしもあかりって呼ばせてもらうから」
「えへへ、ありがとう。改めてよろしく、葵ちゃん」
お互いに自己紹介をしてから握手をする。こうやって握手をできると、何だか一気に距離が縮まった気がするから好きだ。まあ、それはわたしのただ一方的な感想でしかないし、一方通行な考えでしかなくて、葵ちゃんが実際にどう思っているかはわからないけれど。
まあ、内心がどうであろうと葵ちゃんとは上手くやっていけそうだ。
雰囲気が大人びていると評した葵ちゃんではあるけれど、まさしくそのとおりみたいだ。少なくともわたしとの初対面をつつがなく程よい距離感で済ましてしまえている。こういう人付き合いの上手な人間はグループに一人いてくれると纏まりやすくなるはずだし。うん。
「そういえば葵ちゃん、さっき待ちくたびれたって言っていたけれど、集合時間って何時だったの?」
「現地組は十三時、昼休憩の後ね。あんたの到着時間より一時間前には集まっておこうって話だったんだけど見てのとおり、他のバカどもは一時間経っても未だに来ていないわ」
「へ、へえ……」
今、凄くさらっとバカどもって言っていたけれど、流しておくべきなんだろう。触れたらいけない。わざわざ地雷源に足を踏み入れるほどにわたしは空気の読めない子じゃない。踏み入れたら最後、とんでもない苛立ちの言葉のマシンガンが飛んでくるだろう。このぐらいの危機回避できなくては隊長としてやっていけない。
しかし、一時間の遅刻はさすがにいけないだろう。葵ちゃんでなくても一時間待たされれば苛立ちもする。というかそれ以前に、普通にいけないことだろう。約束は守らないといけないし、ルールは守らないといけない。
これから隊として一緒にやっていく相手として、時間にルーズというのは不安になる。隊長として、ビシッとわたしが注意するべきか。
初対面から注意で入らないといけないって……不安だ。
「迎えに行ったほうがいいかな?」
「それはいいでしょ、別に。そのうち来るわ。来ないなら来ないでここの司令官が連れてくるでしょうし。それに、入れ違いにでもなったらいけないわ」
「そっか。それもそう、かな」
「そうなの。まあ、ゆっくりしておきなさい。ただでさえ東京から来てゆっくりしていないでしょ。待ち時間は休憩だと思って休んでおきなさいな」
「うーん……休憩になるほど待たされるのはさすがに困るけれど、それじゃお言葉に甘えて、ゆっくり待つことにするよ」
そんなわけで。椅子に腰を掛けて、待つことにした。