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来訪者

 あなたが知ったら、やっぱり困るかな? それとも驚くかな?



 恋をした。恋をしていた。

 気付いた今なら分かる。初めて会ったあの時から、わたしは彼に惚れていた。

 でも、気持ちは伝えられなかった。昔、伝えられずにいなくなってしまった彼を思い出すけど、それでも伝える事は出来なかった。

 だって彼とわたしじゃ、歩む時間が違う。住む世界が違う。伝えたところで彼を困らせるだけだ。

 分かっていても、溢れる思いは止まらない。


「……どうして気付いちゃったんだろ?」


 この気持ち、知らなければ苦しむ事もなかったのに……。



 * * *



 今日は朝から三十度に達しそうな暑さに、大地は熱中症対策をして(いく)と共に台所に立つ。いつもならまだ寝ているサムも、流石の暑さに居間で扇風機に当たりながらテレビを見ていた。


「そういえば、エヴァさん、まだ来ないね」


 味噌汁を作り終えた生が時計を見ながら呟いた。生に言われて見た時計は七時を過ぎ、長針が一に傾いていた。

 ここ数日とはいえ、毎日七時ピッタリに来ていたエヴァだ。何かあったのかと焦るが、よく考えれば数分の遅れだ。たまにはそんな日もあるだろう、と納得しかけた大地だったが、何かあってからでは遅い。何事もなければそれでいい、と大地は生に少し様子を見てくると告げて家を飛び出した。

 しかし飛び出したところで足を止める。大地はエヴァが何処で寝泊りをしているか知らなかった。

 この辺りに宿泊施設はなく、寝泊りできそうな所もなかった。こんなことならば、ちゃんとエヴァに聞いておけばよかったと思えど今更だ。

 とりあえず手当たり次第に探し出そうと一歩踏み出した大地は、家の裏にある竹藪に目がいった。普通に考えて、あんな所にいるはずもない。しかし、何故だか分からないが足はその竹藪の方へと向かって進んでいた。

 竹藪へ入って少ししたところで開けた場所に出た大地は、そこには黄色いテントが張ってあるのを見つけた。まさかと思いながら中を覗いた大地の目に気持ち良さげ、とは言い難いが、眠るエヴァの姿が飛び込んできた。

 どうやらただの寝坊らしい。何事もなかったようで少し安心したが、いくら長く伸びる竹によって日陰になっているとはいえ、今日の気温の高さから蒸し風呂状態になっているテントの中で眠っているなど危険すぎる、と大地はエヴァを起こそうと肩を揺らした。だが、エヴァはあまり朝に強くないのか中々起きる様子はなく、大地の手を煩わしそうに寝返りを打って退ける。それにより掛っていたタオルケットがぱさりと落ちて、短パンからのびる白い足が露わになり、ずり上がったシャツによってお腹が丸見えとなり動揺する。

 妹の生がいる事もあって異性に慣れていない事は無いが、同世代の少女のあられもない姿を唐突に見せられ、大地がテンパっていると、エヴァがパチリと目を覚ました。

 エヴァはまだ頭が覚醒しきっていないのか、ぼーっとした顔で大地を見つめる。先程の事に加え、サムには劣るといえど美少女であるエヴァで見つめられて狼狽えた大地に、視点が定まったのか大地を認識した彼女は驚きに目を見開いて飛び起きた。それに驚いて後ろに下がった大地は、バランスを崩して尻餅をついた。その痛みで冷静さが戻った大地に、動揺した様なエヴァの声が掛かる。


「なっ、な、何で大地がここにいるのよ!?」

「いたた……俺はエヴァを探しに来たんだよ。けど野宿してるなんて聞いてないぞ」

「そりゃそうよ、言ってないんだもの。そもそも野宿しているなんて恥ずかしくて言えないわ。……ってちょっと待って、今探しに来たって言った?」


 痛む尻を擦りながら立ち上がった大地は、エヴァの問いに簡単に答える。ついでに野宿している事を言わなかったエヴァに文句も付け加えて。しかし大地の文句に顔を赤くして反論したエヴァは、自身が初めにした質問の答えにはっとして携帯端末のディスプレイを見るが、電源を入れてもそれは真っ暗なままだった。


「……大地、今何時?」

「八時過ぎだけど」

「っ!? 寝過した! ていうか充電切れじゃアラーム鳴って無いわね……。ごめんなさい、すぐに支度するわ」

「いや、別にそこまで急がなくていいぞ」


 大地の言葉が聞こえているのかいないのか、テントの中に入ってがさごそし始めたエヴァは五分程で出てきた。

 下ろしてあった髪はいつものようにポニーテールに結んであり、その手には悪魔を祓う力があるという破魔刀を入れた袋を持っていた。


「じゃあ行きましょ」


 凛とした表情で言ったエヴァだったが、先程の彼女を見ていた大地は思わず笑いそうになる。もちろん顔を引き締めて耐えたが、頬がぴくぴくと動いていてはバレバレだ。すぐにエヴァもそれに気付くだろう。そして赤面しながら怒り出すのだ。

 先を歩く彼女が振り向くまで、あと数秒。



 振り返ったエヴァに気付かれてしまった大地は、彼女からお怒りを受けながら家へと向かっていた。とはいえ家の裏の竹藪だ。ここを抜ければ、すぐに門が見えてくるだろう。

 実際すぐに門が見えたのだが、大地はそのまま歩むことはせず足を止めた。


「仕方ないでしょ、フリーは知らないけど教会所属のエクソシストの給料なんて高が知れてるんだから……って聞いてる? ……大地?」

「なぁ……あれって悪魔じゃないよな?」

「え? 悪魔?」


 いつの間にやら愚痴に変わっていたエヴァの話は大地の言葉により止まった。そのまま大地の視線を追ったエヴァは、門の前を彷徨く深い緑色の髪の青年を見つけた。


「なっ、悪魔!?」

「あー……やっぱそうなのか」


 何も派手な頭髪だから悪魔かもしれない等とは思ってはいないが、大地は自身の予想が当たっていた事に少しこちらの世界に浸かり始めたのを感じていた。

 そんな感慨に浸っていた大地は、刀を袋から取り出して悪魔に向かって行こうとしていたエヴァを慌てて止めた。


「何するのよ! 目の前に悪魔がいるのよ!」

「そうは言っても、善光(よしみつ)さんが言ってたじゃないか。妖怪の縄張りである日本に入って来れるのは強い悪魔だけだ、って」

「馬鹿にしないで。上級悪魔を祓うなんて訳無いわ」

「いや、そうかもしれないけど、祓っちゃ駄目なんだろ?」


 はっとして悔しそうに刀を下ろしたエヴァに、大地は彼女を押さえていた手を放した。

 しかし、いつでも止められる様にエヴァから目を離さず、大地は善光が出て行く前に告げられた事を思い出していた。


『坊主、いいか。嬢ちゃんは悪魔を見ると冷静さを失うから、俺がいない間嬢ちゃんのストッパーは任せたぞ』

『え、ストッパーって……俺、エヴァとは会ったばっかだぞ』

『心配すんな、お前さんなら出来る。……まあ、さっきも言った通り日本で悪魔を見る事はそうそうないし、大丈夫だろうよ。そんじゃあ、よろしくな』


 まさかそうそうない事がこんなにすぐにやってくるとは、大地もきっと善光も思ってもみなかっただろう。

 とりあえずエヴァを止められたとはいえ、悪魔の青年がいなくなったわけではない。まだまだ気を抜けない状況だが、家に入るには青年の前を通らなければならない。青年がいなくなるまで待つにしても、あまり時間が掛かれば心配した生が家から出てこないとも限らない。

 大地は悩みに悩み抜いて、「よし!」と気合を入れると青年に向かって歩き始めた。後ろから慌てたようなエヴァの声を聞きながらも、大地は歩みを止める事はしなかった。


「なぁ、家に何か用か?」


 無視して家にはいるという手もあったのかもしれないが、相手から声を掛けられる可能性も考えれば、初めから自分が声を掛けた方が良いだろうという結論だった。それ以外にも大地には長身で眼鏡を掛けた優男風の青年が悪い悪魔には見えなかったというのもあるが。

 後ろから追いかけてきたエヴァは、何度も悪魔について説いたというのに危機感のない大地に呆れるが、ここは彼に任せるつもりなのか静観するだけだった。


「っ……家に、ということは、貴方はこの家の者ですか?」

「あぁ」


 突然声を掛けたからか驚く青年だったが、すぐに気にしていた家の住人という事に目の色を変える。


「ではお聞きしたいのですが、この家には貴方以外にもどなたか住んでいらっしゃいますか?」

「俺の家族と今は同居してる奴が一人いる」

「……その同居人は金色の髪と瞳を持つ男性ではありませんか?」


 サムの容姿をピッタリと言い当てた事に驚く大地だったが、青年が悪魔ならば知り合いでもおかしくはないだろう。

 エヴァたちの話を思えば青年がサタンである可能性もあったが、彼の丁寧な口調や腰の低い態度から大地は問題無いだろうと判断して笑顔で告げる。


「知り合いなら上がってくか?」

「えっ?」

「っは…~~…ぁ!?」


 青年さえも驚くセリフにエヴァが驚かないはずもなく、後ろで叫びそうになって慌てて口を押さえる彼女に、何か不味かっただろうかと大地は首を傾げた。

 悪魔だという事はもちろん初対面のしかも家の前を彷徨く様な相手を簡単に上げるなど問題大有りだ、と言いたいエヴァだが静観すると決めた自身に反する事は出来ず押し黙るしかなかった。


「いえ、流石に家に上がるのは……」

「遠慮しなくてもいいって、ほら」


 何故か悪魔である青年の方が手と頭を振って遠慮している状況に、恐るべしお人好し、とエヴァが思っている事など知る由もない大地は門を開いて青年を招いていた。



 結局大地の押しに負けた青年が家に入り、どこか疲れたようなエヴァが後に続いた。

 居間に入ってすぐに青年はサムに気付いた様だが、声を掛ける事はせず大地に勧められた座布団に大人しく座った。サムに至っては青年どころか帰ってきた大地にすら目を向けずにテレビに見入っていた。そんなに面白い番組でもやっているのか、と大地は呆れた眼差しをサムに向けながら、台所の方から感じる視線に冷や汗を流した。

 初めのサムは生の方から説明はいらないと言われ、二度目のエヴァも自己紹介のみで、流石に三度目となると何も話さないという訳にはいかないだろう。

 深く考えずに青年を家に招いてしまった事を今更後悔し始めた大地だったが、エヴァに言わせれば生にどう説明しようかと焦る前にまず簡単に悪魔を家に上げるな、だろう。

 しかしやはり兄妹。兄が兄ならば妹も妹だった。


「……もう一人分の朝食どうしよう?」

「そこなの?! もっとこう突っ込むとこあるでしょ!」

「へ? ……何かあったかな?」


 真剣に大地に相談しようとした生にエヴァはツッコミを入れて、目を向けるべき所へ修正させようとするが、やはりサムもエヴァも何だかんだと快く迎え入れている時点で一般常識など通じなかった。

 それにがっくりと肩を落としたエヴァを置き去りに話は進み、足りない分の朝食は、食べてきたと言った青年によって事なきを得た。



 朝食後、生に色々理由を付けて部屋へ行ってもらい、大地は残った者にお茶を出して席に着いた。しかし誰も口を開く様子は無く、仕方なく大地が話を切り出した。


「えーっと……あんたは悪魔、なんだよな?」


 エヴァから悪魔だと確認は取れていたが、改めて本人に訊ねる。話の切り出しがこれしか思い付かなかった、というのもある。他にもサタンかどうかを聞くという案もあったが、流石にこれは大地でも駄目だという事は分かったらしい。

 何か変な事を口走らないかと目を光らせていたサムとエヴァは一先ず安堵して青年に視線を向けた。


「はい。私はとある事情でサタン様を探しに参ったのですが……まさか人間だけでなくエクソシストともも共にいるとは」


 問いに頷いた青年は、そのまま大地たちが聞きたかった事を話してくれた。だがそれよりも気になった点はやはり“サタン”だろう。

 隣に座るエヴァがぴくりと反応するのを目の端に捉えながら、大地は“サタン”と呼ばれたサムを見遣った。


「俺はもうサタンじゃねぇぞ」

「確かにそうですが……私たちの王は貴方様しかおられません」

「俺しかいないって……そんなにベリアルは頼りないか?」

「……やはり御存知ではないのですね」

「何の事だ?」


 悪魔同士で話が進む中、サムが出した名前に青年は暗い表情で俯いた。それに対してサムが問うと、口を開こうとした青年はチラリとエヴァを見て止めた。否、エヴァの胸元で揺れる十字架を見て口を閉じたのだ。


「そう……エクソシストの前じゃ話せないって?」

「エクソシストだろうが教会関係者だろうが、一般人のいる前では諍いを起こす気はありませんでしたが、この話は我々悪魔の問題です。彼には申し訳ありませんが、聞かれると言うのならば実力行使をさせて頂きます」

「やめろ」


 立ち上がって向き合う二人は一触即発の状態だったが、それを止めたのは意外な事にサムだった。と言ってもそれで止まったのは青年だけで、エヴァは自分から仕掛けるつもりはなかったのか、相手が止まったことによって止まったと言った方が正しいだろう。

 しかし二人はまだ臨戦態勢を解いていない。どうするのだろうか、と大地はサムに視線を遣る。


「……どんな話かは知らねぇが、そいつにも聞かせる」

「っ、よろしいのですか?」


 動揺しているのは傍目から見ても明らかであったが、反論するつもりはないのか、青年は頷いて大人しく席に座った。エヴァも何を思ってサムが自分にも話を聞かせるのかと訝しみながらも席に着く。

 そして三人の視線が青年に向けられると、戸惑いを捨てた彼はゆっくりと話し始めた。


「……十年程前の事です、サタン様が次代の悪魔王に任命なされたベリアル様が殺されたのは」

「っ、ベリアルがやられただと!? 一体誰に?」

「……サマエルです。そしてその時から奴が悪魔王と名乗り、魔界を牛耳り始めました」

「あいつが? なら何で大人しく従ってる? あいつはそこまで強くはないはずだ」

「私共もそう思い反抗したのですが、奴は長年力を蓄えていたらしく全く歯が立ちませんでした」


 青年の言った通り、その話は悪魔たちの問題であり、エクソシストであるエヴァに聞かせたくなかった事がわかる。しかしサタンを探しているエヴァにとって、それは悪魔たちだけの問題とは言い切れない。ならばこの場で一番不相応な存在は大地だ。

 全く話についていけていない大地は何故自分がここにいるのだろうか、とお茶を飲みながら難しい顔で思案しているサムとエヴァを待つ。

 そんな居心地の悪そうにしている大地の前にサッと空になったグラスが差し出される。驚いた大地が差し出された方を見れば、笑みを浮かべた青年と目が合った。

 先程の話が悪魔たちにとってどれほどの事なのか大地には解らなかったが、サムやエヴァの反応から簡単な話ではないという事は感じていた。だからこそ青年の行動に大地は驚く。自身が大変な時に他人を気遣える青年に、申し訳なく思いながら大地は彼の好意に甘えた。

 これが大人の余裕と言うものなのだろうか、と大地がグラスに茶を注いでいれば、やっと思考の渦から戻ってきたサムが口を開いた。


「正直サマエルが五十年ちょっとでそこまで強くなるとは考えられねぇ。となると……やっぱ魂喰いか」

「はい。……エクソシストの貴女なら御存知でしょうが、サマエルは魂喰いの時、ルールを破っていない。ルールを破っていたのならば、どんなに強くとも罰せられたのですが……」

「ホントそうよ。人間を襲わない、とは言っても人間が許してしまえば襲ったとはみなされない、なんて条約の穴もいい所だわ。そんなものが無ければ、すぐさまぶっ殺してやるっていうのに」


 悔しさを滲ませる二人の言葉に、そういえば、と大地は以前サムから聞いたルールを思い出す。

 バレなければ問題無いといういい加減なものだったが、露見すればもちろん罰がある。だがサマエルという悪魔はなまじルールに則って魂喰いをしていた所為で、どんなに非道な行為であろうと罰する事が出来ないという話だった。

 確かそのルールは、と数日前の記憶を遡った大地はふと思った。


「……それだけ叶えて貰いたい願い持つ人間がいるってことか」


 ぽつりと呟いた大地に三人それぞれの反応を示す。サムは一見無表情に見えるがどこか悲しげに、エヴァは怒りと悲しみがごちゃ混ぜになった表情で、青年は困ったような苦笑いで大地を見た。

 暗い雰囲気になってしまった空間を一変させたのは、表情を切り替えたサムから放たれたピリッとした空気だった。


「……で、ここに来たのはサマエルの指示か?」

「いいえ、ここにはサマエルの目を盗んでやって参りました」


 サムから青年に殺気が向けられるが、すぐさま彼の答えによって霧散するが警戒心は抜いていない。確かに青年が嘘をついていないという確証はないが、同族相手にも容赦なく殺気を向けたり、悪魔たちの王であるサタンを殺してしまったりと殺伐とした悪魔社会に、大地はうんざりとしながら彼らの話の続きを聞く。


「危険を冒してまで俺に何の用だ?」

「サマエルは悪魔王の座のみならず魔界最強の座を手にしようと貴方様を探しています。私達は奴が貴方様を見つける前にお伝えしたく参った次第です」

「なるほどな。……今までの話を聞いた感想は?」


 青年がやってきた理由が分かり、サムは眉間に皺を寄せて刀を握り締めるエヴァに問い掛けた。対するエヴァはそれにサムを睨みつけてから口を開く。


「十中八九、あたしたちが探してるサタンはそのサマエルって悪魔でしょうね。まぁ、あなたがそいつを呼び付けて壮大な嘘を吐いていないのなら、の話だけど」

「まだ言うか」

「当たり前よ。悪魔の話を信じるなって言うのがエクソシストの常識なんだから。けど話が本当なら、あなたの側にいればサタンの方から来てくれるってことよね」


 そう言ってふふふ、と笑うエヴァの姿は少し不気味で、悪魔二人だけでなく大地にも若干引かれていた。気付いていればすぐに顔を赤くして取り繕っただろうが、今の気付いていない状態が、ある意味彼女にとって幸せなのかもしれない。

 そんな彼女を置き去りに話は進む。


「……俺を狙ってくるとなると、早々に力を取り戻さねぇとな。それと――」

「迷惑とか考えなくていいからな」


 続く言葉を先読みした大地が、サムの言葉を遮って告げた。

 どうせ迷惑が掛かるからこの家から出て行くと言うのだろう、という予想は当たっていたようで、眉を寄せて口を閉じた。それでも何かもの言いたげなサムに、口を開くことすら出来ない様に畳み掛ける。


「言っただろ。俺たちを気にして出て行くならまた止めるって」

「……はぁ~、わーったよ。だが、ここに残るとなると今までの方法じゃ、すぐに力を戻すのは難しいな」

「まさかとは思うけど、魂喰いなんて考えないでしょうね? いくらルールに則っていたとしてもあたしの前でそんなことはさせない。条約違反だろうとここで殺すわよ」


 大地が頑固な事は初日に嫌というほど経験した所為か、渋々ではあったが折れるのは早かった。しかしそうなると早めに力を戻さなければならない、という思いで呟いたサムの言葉を拾ったエヴァが刀を向けながら凄む。

 全く反応出来なかった大地とは反対に青年は何処から取り出したのかクラシカルな拳銃をエヴァの米神に突き付けていた。

 今まで見ていた青年の優しい雰囲気はどこにもなく、動けば引き金を引くと鋭い眼差しが訴えていた。


「銃を下ろせ、ベルゼブブ。それから俺は魂喰いをするつもりはねぇ」

「……はい、わかりました。あとサタン様、貴方様といえどその名で私を呼ぶ事は許しませんよ」

「あぁ、そうだったな。悪い」


 魂喰いはしない、という言葉にエヴァは刀を下ろし、青年もまた渋々ではあったが拳銃を下ろした。しかしそれでは終わらず、青年を止めるためにサムが呼んだ彼の名だろうそれに、今までサムを尊敬の眼差しで見ていた彼の眼鏡の奥の瞳が一瞬ではあったが剣呑に光った。

 サムは軽く謝るだけに収めていたが、大地は先程エヴァに拳銃を突き付けていた時よりも恐怖を覚えたのだった。



 話が終わってすぐに青年は魔界へ帰ると席を立った。

 もう少しゆっくりしていけばいいのに、と大地が引き止めるが、サマエルの隙をついてやって来た青年はあまり長く居ずわる事は出来なかった。

 そう言う訳で、玄関まで青年を見送る事になったのだが、そこには大地しかいなかった。

 敵対関係であるエヴァはまだしも、仲間であるサムすら見送りに来ずに居間で何やら話し合っている。


「ごめんな、バアルさん、俺一人で」

「いえ、サタン様に見送られるなど恐れ多いですからいいんですよ」


 今は穏やかに笑っている青年に大地は普通に対応できているが、彼から垣間見た恐怖に話が終わって真っ先に大地は彼の呼び名を聞いた。

 サムの時にもすっかり聞くのを忘れてしまっていたが、名前を知らない青年を呼ぶ時に間違えてサムが呼んだ名前を言ってしまった時、自分は果たして彼の殺気に耐えられるだろうか、と大地は先程の事を思い出してぶるりと震えた。

 しかしそれも名前を聞いておけば、そんな失態を犯さずに済むと考え、聞いた名がバアル・ゼブルだった。初めはどちらが名前なのか、それともそれが名前なのか悩んだ大地に優しく微笑んでバアルでいいですよ、と言った青年にほっとした大地は、付け足す様に続けられた言葉にぞっと寒気が走った。


『サタン様が仰った名も私の名前ですが、くれぐれもその名では呼ばない様にして下さいね』


 表情は笑っているのに底知れぬ恐怖を感じさせる目に、大地は顔を青褪めさせながらこくこくと何度も頷いた。

 その時の事を思い出してしまってぶるぶると震える体を抑えながら、大丈夫だと言う様に大地は目の前のにこやかに笑うバアルを見た。


「では大地さん、私はもう行きますね」

「あぁ、気を付けて」


 去って行くバアルを何とか笑顔で送り出し、大地は仲が悪い癖に仲良く話し合う二人がいる居間へ戻るのだった。




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