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悪魔とエクソシスト

 あなたには助けられてばかりで、わたしは何もしてあげられてなかった。



 家路を急ぐ、逢う魔が時。不気味な何かの気配がする。

 振り返って確かめてみれば、自分の影が伸びているだけ。けれども安心するどころか不安が増しただけだった。

 歩くわたしに続く何か。次第に早くなる足にそれも同じようについてくる。

 怖い怖い怖い。恐ろしさに涙腺が緩む。

 影が差した。恐怖にびくついた私の目の前には彼。いつの間にか気配は無くなっていた。

 安堵に緩んだ瞳から流れる涙を見て慌てる彼に笑みが零れた。そして小さく呟く。


「……また助けられちゃった」


 疼く胸。熱くなる顔。やっぱりわたしは……。



 * * *



 午前七時丁度。チャイムの音に玄関を出れば、サムの監視のためにやってきたエヴァが立っていた。監視とは言え、サムがいるのは大地たちの家だ。迷惑はかけたくない、と昨日はサムが床に就いた十時には帰って行った。それって監視の意味あるのか、という疑問が無いわけではないが、サムが何かするとは思っていない大地はそれを指摘する事もなく今日、宣言した通りの時間にピッタリとやってきた彼女を大地は迎え入れた。


「いらっしゃい。あ、今、朝食作ってんだけど、嫌いなものあったら言ってくれよ」

「え……あたしのも作ってくれてるの?」

「あぁ、まだ食べてないだろ? それとももう……」

「あ、いや、食べてないけど……昨日も御馳走になったのに朝食まで貰えないわ」

「別にいいんだけどな。エヴァが気にするってんなら、手伝ってくれるか?」


 そういう事ならと了承したエヴァと共、台所で調理を進めている(いく)の元へ向かった。結果、料理下手だと判明したエヴァは、ほとんど調理に加わるく事なく朝食は完成した。

 流石にこれで朝食を貰う事は申し訳なかったエヴァだったが、食べ物を粗末にするな、と大地に正され、料理以外の手伝いをすることで決着した。



 朝食を食べ終えたサムはまたすぐに部屋に戻って寝始めたので、手の空いたエヴァは約束通り、大地の手伝いを始めた。

 初めは掃除。だが、それも失敗に終わり、大地に苦笑いされながら戦線離脱を申し付けられた。次に洗濯。今までの失敗から警戒されてか、やる前に生が片付けてしまっていた。落ち込むエヴァに見兼ねた大地が差し出したのは、鎌と軍手だった。

 女の子にさせるには、と躊躇っていた大地だったが、あとに残ったものはこれくらいで、ハラハラしながら自身も軍手をはめて鎌を持ちながら見守っていれば、まるでこれが天職だとでも言う様にザクザクと草を刈っていく彼女に安心して草刈りに加わった。



 切りの良い所で手を止めた二人は休憩に入ると、冷えた麦茶で喉を潤す。縁側に座って庭を見渡せば、三分の一は刈りとれた事が分かる。少しすっきりした庭には、今まで見えなかった水の涸れた池があり、空き家になる前の庭は屋敷同様、豪華で美しかったことが窺えた。

 しかし、今は美しさよりも実用性。洗濯を干すのには申し分ない程刈りとれたが、少し安全性に欠ける。もう少し刈り入れが必要だ。だが、もう少し休憩は取りたい。どうせ座っているだけならば、と大地は今まで何度となく思っては出来ていなかった事を、エヴァに話を聞く事によって成し遂げることにした。


「エヴァってエクソシストなんだよな。なら悪魔についてもよく知ってるよな?」

「まぁ、分かっている事は大体ね」

「なら俺に教えてくれないか? ……悪魔の事」


 大地の言葉に眉を寄せて黙り込んだエヴァは、しばらく考えを巡らせてからその口を開いた。


「……あまり一般人には話さないんだけど、あなたは悪魔と関わってしまっているし、知らないより知っている方が安全、と考えて話すわ」


 そうして口火を切ったエヴァに神妙に頷いた大地は、ごくりと生唾を呑み込んで続きを待つ。対するエヴァは話すとは決めたものの、何から話すべきか、としばし頭を悩ませる。

 数分するかしないかの沈黙の後、やっとエヴァは話し始める。


「……大昔、悪魔は人間に軽い悪戯を仕掛ける程度の存在だった――」


 運気を悪くしたり気分を暗くしたり、といった悪魔がいなくともよくある現象だ。それがある時、一つの個体が人間の血肉を喰い、知恵と力を持った。今まで当たり障りのない悪戯は度を越し、人間を陥れ、堕落させるようになった。更には人間の魂を喰ってより力を付けた者も現れ、為す術もなく悪魔に怯えていた人間たちを救ったのが聖職者たちだった。

 後にエクソシストと呼ばれる様になる聖職者たちは、悪魔たちを根絶やしにする活動を始めた。初めは順調だったそれも、何とか逃れようとする悪魔たちの知恵によって一進一退の攻防が続いた。ある悪魔は、聖職者に祓われないために力を付けようと魂を喰い、またある悪魔は、聖職者に見つからない様に人間に取り憑いたりもした。

 決着のつかぬまま、両者共に疲弊し始めた頃、悪魔たちによる悪逆はピタリと止まった。それに終わったと喜ぶ者、また何か企んでいるのではないかと疑心を抱く者がいる中、聖職者の代表の元に訪れた悪魔によって謎が解ける。

 訪れたのは悪魔たちの長、サタンであった。休戦を申し入れに来たというサタンと代表の数日に及ぶ会談によって、この戦いは決着した。

 この時に決められた条約により、二つの種族は関わりを絶った。……表面上は。


「――これが、あたしがエクソシストになった時、初めに聞かされた話よ。いつの事だか分からない、お伽噺の様なものだけど」

「いや、分かりやすくて助かった。けど、その条約って?」

「詳しい事は言えないけど……簡単に言えば、条約さえ守っていれば、目の前に悪魔がいようとエクソシストは悪魔を祓ってはいけないってことよ」

「じゃあ、エヴァたちが探してる悪魔はそれを破ったってことか?」

「……いえ、破ってはいないわ。条約って言っても抜け道はあってね、そいつはそこを突いてきた。いい? 危機感の無いあなたに一つ教えてあげるから良く聞きなさい」


 エヴァはそう言うと、ごほんと一つ咳払いをすると、大きく息を吸った。


「悪魔にしてはならない三カ条! 一つ、悪魔に名前を名乗ってはならない! 二つ、悪魔と約束事をしてはならない! 三つ、悪魔に気を許してはならない!」


 胸を張って言い切ったエヴァはとても清々しそうだったが、突然大きな声で言われた大地は呆然とする。内容などほとんど入ってきてはいないだろう。それに一度首を傾げてから気付いたのか、エヴァは少し照れた様子で声を上げた理由を語る。


「師匠がね、この三カ条を言う時は、胸を張って大きな声で言いなさいって言ってたものだから……。初めはあたしも恥ずかしかったけど、やってみると意外と気持ちいいのよ」


 そうなんだ、と頷いた大地とエヴァは知らない。その師匠がエヴァをからかって言った事である事を。ちなみに同じ師を仰いでいる善光(よしみつ)は気付いている。


「昨日も言ったけど、あなたはあの悪魔を信用し過ぎている。今は確かに無害かもしれないけど、いつ本性を現すか分からないんだからね。分かってる?」

「あぁ……多分」


 曖昧な返事を窘められながら、大地は思う。サムに限ってそんなことは無いだろう、と。それは狡猾な悪魔の罠に嵌まったものなのか、確たる理由があっての事なのか。

 どちらにしても、疑わない少年は悪魔を信じていた。



 納得のいかなそうなエヴァを何とか宥めて草刈りを再開させた大地は、慣れてきた事もあり作業をしながら彼女に話し掛ける。


「そういや自己紹介の時、教会所属のって言ってたけど、あれってどういう事だ?」

「そのままの意味よ。あたしと善光は教会所属のエクソシスト。他にもそれをメインに活動している団体やフリーでやってる人もいるみたい」

「へー……エヴァは何で教会に?」

「元々教会にお世話になっていたからってのもあるけど、一番は師匠……凄腕のエクソシストがいたからかしら」

「お世話にって……」


 何気なく聞いた質問に返ってきた答えは、曖昧に濁してあったが、つまりはそういう事であろう。しくじったという様に顔を歪める大地に、困った様にエヴァが笑う。


「そう気にしないで、もう十年も昔の事よ」


 もう立ち直った、というには暗い顔をしているように見えたが、これ以上この話をしていては余計に辛いだろう、と大地は一度謝ってから話題を変えた。



* * *



 布団に横になったサムは、頭の後ろで腕を組み、眠る事なく天井を眺めていた。と言っても、ただ視線が天井を向いているだけで、思考は別の所へと飛んでいた。

 サムは以前、サタンだった。それは成り行きであり、周りに請われたからで、決してなりたくてなったものではなかった。そんなサムでも悪魔王を務めていられたのは、腐れ縁の悪魔の支えが大きい。

 当時荒れていた魔界は、絶対的な力を持つものが必要だった。それも長い年月を経て収まり始めた頃、サムは腐れ縁の悪魔にサタンの称号を半ば強引に押し付け、魔界を出た。

 それから約五十年、色々あって、久方振りに聞いたサタンの話に耳を疑った。いや、話を聞いていた時は長く眠り過ぎた影響で呆けていたのか、身に覚えのない罪状にイラついていたのか、特に何の疑いも持たなかった。それは一晩経って現在のサタンを思い出した事で、サムは自身の耳をようやっと疑った。

 現在のサタンは、サムの腐れ縁の悪魔だ。まさかあいつが、と一度彼を疑ったが、どうにも彼が無闇に魂喰いをするとは思えなかった。それに、魔界と関わりを持たなくなって五十年以上経っている事もあり、彼もすぐに面倒な悪魔王の座を譲り渡して代替わりしているだろうと考えた。そうでなくとも、サタン並に力を持つ悪魔がサタンを騙っている可能性もある。どちらも彼が魂喰いの犯人で無い事を願う推測である事はサムにも重々分かっている事だ。だが、答えを知るために魔界へ戻るにも監視の目があり、もし戻れたとしても推測の逆をいった場合、最悪の事態になっていてもおかしくはない。また荒れた魔界を歩むには、今のサムの力は小さ過ぎた。


「……結局は早く力を戻す、っつう結論か」


 魔界で何かが起こっているというのは、魂喰いの件からして確実だろう。そして、サムが出来る事は、ここであれこれ考えるより力を戻すために眠る事であろう。

 色々と考えそうになる頭を無にして、サムは瞼を閉じた。



* * *



 空から降り注ぐ太陽光が黒いアスファルトを熱し、地上に熱気を漂わせる。ムッとする暑さに歩む足は、重く遅い。湿気が多いのは同じでも、冷やかなのと暑いのではこうも違うのか、と青年は慣れない環境に辟易とした。しかし、“あの方”を見つけなければという使命感で青年は重い足を、一歩、また一歩と進めて行く。

 限られた時間で探すには時間は掛ったが、数日前、ようやっと“あの方”らしき反応を確認し、すぐさまその場に向かいたいのを何とか耐え、“あいつ”に見つからぬように抜け出してきた青年は今、この国の伝統的な建築物の前に辿り着いた。


「……ここ、なんでしょうか?」


 人の生活をする気配に、元々不確定だったものは簡単に揺らぐ。本当にここに“あの方”がいるのだろうか、と中に入る事も出来ず、門前を行ったり来たり。とはいえ、時間は有限だ。覚悟を決め、一つ大きく息を吐いた時だった――。




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