表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

急襲


 わたしが生きていたら、一度くらいはあなた好みの味付けで作ってあげるよ。



 不味い、と言われた。これでも頑張って作ったんだよ。

 見た目通り和食を食べた事がない、という彼に振る舞った料理は自分の中ではよく出来た方なのだ。

 確かに美味しいとは言い難いけど、不味いとまでは……やっぱり美味しくないかもしれない。

 けどこれだけは自信があるよ。そう言って差し出したそれを食べた彼は甘い、と一言。


「だって甘い方が美味しいでしょ?」


 渋い顔で返した彼は、何だかんだと言いつつ完食してくれた。やっぱり彼は優しかった。



 * * * 



 まだ手付かずの庭には雑草が覆い茂っている。早く草を刈らなければ洗濯物が干せない。そろそろ乾燥機ではなく太陽の下で乾かしたいものだ。その前に、庭に建つ蔵にあった鎌の刃を研がなければ、と大地は草を掻き分けて蔵へ向かおうとした時だった。

 大地の進行を阻むかのように頭上から何かが降ってきた。それは大地とそう歳の変わらぬ少女だった。少女は目の前で綺麗に着地すると、驚く大地を気に掛ける事もなく、チャキと手に持った刀を鞘から抜きさると大地目掛けて斬りかかって来た。


「死ね、サタン!!」

「え、ちょっ……!?」


 突然の事に動けない大地に刃が迫る。が、その刃が届く事はなかった。何故ならそこは腰まで伸びた雑草が生えており、それに足を取られた少女は見事に素っ転んだからだ。

 あまりに派手に転んだ少女を見て、痛みを想像したのか大地は顔を歪める。しかし転んだ所も雑草があったおかげか特に大きな怪我はしていないらしく、刀を支えに立ち上がると大地を睨み付けて忌々しそうにこう言い放つ。


「くっ……流石サタン、このあたしをいとも容易く転ばせるなんて……」

「いや、あんたが勝手に転んだだけだし。そもそも俺サタンじゃないし」

「けど、そう何度もやられると思わないで、今度こそ確実に殺してあげるわ」


 冷静にツッコミを入れる大地の言葉を聞いていないのか、少女は刀を構え直すと宣言通り殺しに掛かって来た。流石に今度は刀を持つ相手に「話を聞け!」と冷静にツッコミを入れる事は出来ずに大地は少女の攻撃から逃げる。だが忘れてはいけない。ここに雑草が生えている事を。

 雑草に足を絡ませて尻餅をついた大地に、今度は上手く草を掻き分けて近づいてくる少女の刃が迫った。


「とった!」


 斬られる。そう思った大地はきつく目を瞑った。そんな大地の耳に少女ではない男の声が聞こえてきた。


「少し落ち着けよ、嬢ちゃん」

「っ、ごめん。けど、殺す気で行かなきゃ、こいつは捕まえられないわよ」


 目を開いた大地は刀を振り下ろそうとさせまいと少女の腕を掴む男がいた。

 男と少女は知り合いらしいが、男は大地に危害を加えるつもりはないのか少女を諫める。


「嬢ちゃん、よく見ろ。その坊主はサタンじゃねぇ」

「は? そんな訳……ある、わね」


 男に正された少女が大地を見て、人違いと言う事に気づいたらしく、焦りの色を見せる顔は先程の気迫ある表情と違い、年相応の女の子らしいものであった。


「あ、あの……ご、ごめんなさい!」

「別にいいよ。特に何事もなかったんだし」


 立ち上がって服についた汚れを払っていた大地は、自身の失態を恥じて真っ赤な顔で謝ってくる少女に、殺されそうになっていたことなど感じさせない気軽さで返事をした。ここにサムがいれば「またか」と大地のお人好し加減に呆れるだろうが、幸いなことに彼はここにはいない。この場にいるのは大地の言葉に驚く少女と「よかったな、許してくれるってよ」と少女の肩を叩く男しかいなかった。


「それで、あんたたちは?」


 そう切り出した大地は改めて二人を見直す。大地を襲った長い髪をポニーテールにした少女は、黒髪に日本語を話していたことから日本人かと思ったが、よく顔立ちを見れば西洋の血が入っているのが分かる。所謂ハーフという奴なのだろう。ハーフだからという訳ではないだろうが、整った顔をしている少女は美少女と呼んでも差し支えないだろう。もう一人の男の方は三十代前半くらいに見え、作務衣を着ていてまるで僧侶の様な風貌だが、それに反して彼の胸には十字架が提げられていた。ちぐはぐな見た目だが、同じく十字架を持っている少女を見るに、お洒落ではなく本職、もしくは信仰者であるのだろう。

 奇妙な組み合わせの二人の返答を待っていた大地は、ある事に気付いた。


「あたしたちは、エ――」

「あっ、怪我してる」


 大地の質問に対して答えようとしていた少女の言葉を遮って、草で切ったのだろう赤い線を引いたような傷が彼女の頬に出来ているのを大地は指摘した。いつもの大地なら美少女の顔を見て会話をするなど出来なかっただろうが、彼はこの数日とんでもない美形を見慣れていた。だからこそ気付いたのだろう。

 少女は指を差された頬に手を当てるが血のつかない手を見て、大したことはないと判断したらしい。


「この程度大丈夫よ」

「かもしれないけど、女の子なんだから顔の傷を放って置くもんじゃないぞ。俺、救急箱持ってくるから」


 そう言って少女の制止の声を聞かず救急箱を取りに家へ入ろうとした大地の前に、部屋で寝ると言っていた筈のサムが立っていた。通り抜けられない事はないだろうが、廊下の真ん中に無言で突っ立っていることに不思議に思って大地は声を掛ける。


「……サム?」

「っ、悪魔!? じゃあこいつが……」

「嬢ちゃん、冷静になれよ。……だがこいつぁ確かに悪魔だな」


 サムに気付いた二人が声を荒げて警戒する。大地はそんな二人と一目でサムを悪魔だと見抜いた事に驚愕しつつ横目でサムを窺うが、無言で二人を見据える彼が何を考えているかは分からない。

 少女が刀の柄を握りしめてサムに問う。


「あなたがサタン? まあ、こんな所にいる時点で聞かずとも分かる事だけど」

「……今の俺はサタンじゃねぇよ。まっ、テメェが俺の言葉を信じるとは思えねぇし、かかってくるなら相手になるが」


 ピリピリと殺気立つ二人に戸惑う大地。しかし自分に向けられたものではないからか、大地に恐怖はなかった。たとえ恐怖を抱いていたとしても大地には目的があった。ならば迷わず行動に移すのみだ。


「ストォーップ! サムはあんまり煽るな。それからあんたは傷の手当てが先な」


 大地の行動に少女は驚いて、ここ数日で慣れてしまったサムは溜息を一つ吐くと殺気を収めた。それに気を良くした大地はサムにもう一度大人しくしている様に念押しすると、家へ救急箱を取りに入った。



 戻った大地によって少女に手当てが施され、その顔には絆創膏が貼られていた。そんな少女の姿に笑いを堪える男。確かにいくら美少女といえども、その姿はどこか間抜けに見える。いや、美少女だからこそ余計にそう見えるのかもしれない。

 対する少女は、男の反応にすぐさま絆創膏を取り去ってしまいたかったが、大地の善意を無碍にするそれは出来ず、只管耐えるしかなかった。

 大地はそんな二人の様子など気に掛ける事なく、中断されていた話を再開する。


「えーっと、まずあんたたちは?」

「あたしたちは教会所属のエクソシストよ」

「ここにサタンの出現を感知して探しに来た訳だが、その話は後でするとして……」

「……あなた、悪魔に名前を教えてないでしょうね?」


 男が少女に目配せすると、それを受けた少女が頷いて大地に問い掛けた。

 彼女たちがエクソシストだというのならその問いの重要性はすぐに分かった。と言っても大地が知っているのは悪魔祓いを専門にしている者という程度で、そのほとんどの知識は物語からのものだ。サムから話を聞いていなければ彼女の問いの意味には気が付かなかっただろう。

 知らないなら知らないで、疑問に思いながらも答えていただろう返事を、緊張した面持ちの二人を安心させるように笑いながら答える。


「あぁ、大丈夫、言ってないから」


 心底安心したという様に少女がほっと胸を撫で下ろすと、改めて、と笑顔で自己紹介を始める。


「あたしはエヴァ。悪魔の前じゃフルネームは言えないからそう呼んで。で、こっちが……」

善光(よしみつ)だ」

「わかった、エヴァと善光さんだな。俺は大地だ」


 握手を交わし、和やかムードが漂い始めた空気を掻き消すかの如く、エヴァがサムに厳しい視線を向けた。エヴァがエクソシストだと知ったからにはその反応が正しい事は分かってはいても、警戒を解いていないとはいえ落ち着いている善光と対照的で、個人的に何か悪魔に恨みでもあるのか、ただ年齢の違いなのかは出会ってすぐの大地には推し量れなかった。


「条約内とはいえ過剰の魂喰いは見逃せない。よって魔界への強制送還させてもらうわ、サタン」

「身に覚えがねぇ。そもそも今の俺はサタンじゃねぇっつったろうが」

「まだ白を切るつもり? てか、今のって何よ。サタンはサタンでしょ」


 突然始まった応酬は、大地にはよく分からないものだったが、サムが疑われている事は分かった。初めは色々とあったとはいえ、数日一緒に過ごして彼がそこまで悪い奴ではないと感じていた大地は、彼を助けるつもりで二人に声を掛けた。そんな大地を二人が見遣る。


「悪いけど今は……」

「分かってる。いや、分かってはないんだけどさ……少し、サムの言い分も聞いてもらえないか?」


 大地の思わぬ言葉にエヴァは驚き、言葉に詰まる。彼女にとって悪魔は人間に嫌われる事はあっても好かれる事は無いと思っていただけに、大地のサムに、悪魔に味方する様な発言に驚きを隠せなかった。そんなエヴァに代わって大地の言葉に返事を返したのは善光だ。


「そうだな。話も聞かずに決めつけんのはよくねぇよなぁ」

「善光!?」

「……もし俺たちが間違えていた場合、サタンは野放しになったままだぞ、嬢ちゃん」

「それはっ……そうかもしれないけど」


 味方のはずである善光に正され、自身もそれが最善である事は理解していたが、だからと言ってそう簡単に頷く事は出来ない。エヴァにも面子というものがあるのだ。


「……話は聞くわ。けどその間、あなたを拘束させてもらうわよ」

「好きにしろ」


 面子を保つために苦し紛れに出たものだったが、サムは何の抵抗もなく受け入れた事に、エヴァは渋面を作った。これでは自分が悪者だ、と。しかし、彼女も内心彼ではないのかもしれないと思い始めていた。それを裏付ける様に、大地が救急箱を取りにこの場を去った時も、彼の言付けを守る様にこちらを攻撃してくる事も逃げる事も無かった。ただ頑なにエヴァが騙されては駄目だ、と自分に言い聞かせていたに過ぎないのだ。

 だが、言葉に出してしまった以上、拘束をしないわけにもいかず、エヴァは悪魔用に強化された縄でサムを縛った。



 サムが拘束されたことにより、話が再開される。初めに口火を切ったのは事の発端である大地だ。


「結局のところ、サムはサタンなのか?」

「……違う。いや、確かに以前はサタンだった。今は他の奴に譲ったけどな」

「譲った?」

「サタンっつーのは名前じゃなく、魔界での悪魔王の称号だ。俺がサタンをやってたのはもう五十年くらい前の事だ」

「じゃあ、エヴァたちの言ってるサタンとは違うってことか?」

「ちょっと待った。さっきから思ってたけど、あなたはそいつを信用し過ぎよ」


 サムの話を全く疑わない大地にエヴァはギョッとして大地を止めるが、当の本人は何が問題なのか分からず首を傾げている。その隣であぁ、これが普通の反応だよな、と大地の所為で忘れかけていた悪魔に対する反応にサムはしみじみと思いながら、大地に悪魔の狡猾さを説くエヴァを同情的な視線を向けた。きっとそれが無駄に終わる事を悟って。

 長々と続いたエヴァの説明が「わかった?」という最後で締め括られると、理解出来たのか頷いた大地は「でも……」と言葉を続ける。


「今は真偽よりもサムの話を聞くのが先決じゃないか? 確かに疑ってないのは本当の事だけどさ……」

「そう、なんだけどっ……あなた悪魔じゃなくても騙されそうで心配だわ」

「……こりゃあ俺達であいつを見極めなきゃいけなくなったなぁ」


 相変わらずよく分かっていなさそうな顔で首を傾げる大地に、エクソシストの二人のみならず、サムまでもが大きく溜息を吐いた。



 途中何度か揉めつつ、サムの話を聞き終わった後、エヴァたちの話と照らし合わせた。その結果を纏める様に大地が一つずつ確認していく。


「まず、サムはサタンじゃないんだよな?」

「あぁ、今はな」

「で、エヴァたちがサタンを感知したのが一カ月前」

「えぇ」


 互いの話を纏めると、開かずの間に五十年も籠っていたサムがエヴァたちの探しているサタンではない様に思うが、話はそう簡単ではない。

 まずサムが開かずの間に籠っていた証拠は無い。あったとしても自身で張った結界では出入りは自由と見られ、意味はないだろう。そして、サムが疑われる一番の理由が、ここが日本であるという事であった。


「……何で日本だから?」

「日本は基本的に妖怪の縄張りでな、余所者の悪魔には排他的ってのもあるが、余程力のある悪魔じゃなきゃ入ることすら出来ねぇのさ」

「妖怪……慣れてきたつもりだったけど、またオカルト的な話だな。でもそうだとしたら、すぐにサム以外の悪魔も見つかるだろうし、疑いは晴れるな!」


 疑問に答えた善光の話に喜びを表す大地だったが、そんなに簡単に見つかっていればサムは疑われていなかった。

 エヴァたちがサタンを感知したのは一カ月前である。そして今の今までサタンどころか悪魔一匹見つけられていなかったのだ。そんな中でやっと見つけた悪魔であるサムだ。サタンだと思われても仕方のない事なのかもしれない。

 しかし、それでも彼女たちがサムの話を聞くのを了承したのには、決め手に欠ける事があったからである。


「……非常に残念なことに、あたしたちが感知したサタンの魔力量とは程遠いのよね。せいぜい盛っても中級悪魔程度……まぁ、そいつが力を隠していなければの話だけど」

「あ……それについては少し疑いを晴らせるんじゃないか?」

「どういう事?」


 声を上げて呟いた大地にエヴァが疑問を投げれば、大地は視線をサムに促した。それに従ってサムを見遣れば、縄で縛られた身体を器用に動かしながら、サムは二枚の紙切れを取り出して見せた。

 それは元々一つであった札だ。開かずの間に貼られていたものであり、サムの力を奪ったと予想されるものだ。


「……札?」

「正直、何の効果があるものかは分からないんだけど、サムが言うにはこれの所為だって」

「そう言われても、和札なんて専門外よ。……あ、善光は元僧侶だし分かるんじゃない?」

「おいおい、これは神道……いや、陰陽道だぞ、俺だって門外漢だ……と言いたいところだが、こりゃあ妖怪を封印、もしくは滅するもんだな、しかもかなり強力な」


 よくこれを使われて生きてたな、と笑う善光とは裏腹に、サムはどこか顔色が悪そうだった。確かに、あの時ぶっ倒れていたことから、かなり危ない状態であったのだろう。大地があの札を剥がしていなければ、サムは消えていたかもしれない。そう考えるとぶるりと体が震えた。

 そんな三人の様子を見ながら、エヴァは大きく溜息を吐く。


「はあ~……結局、こいつが黒なのか白なのか分からないまま、あたしたちはまたサタン探しに逆戻りってことよね」


 悪魔、それもサタンに対して並々ならぬ殺意を持っているエヴァは、この一カ月ほとんど休みなくサタンの捜索に当たっていた。そんな中でやっと見つけた悪魔は、限りなく黒に近いグレー。だが真っ白な可能性もあり、というもので、どうにも出来ない事に溜息を吐けば、どっと疲れが出たのだろう。それも一カ月分の疲労と共に。目にハイライトが無い。

 気の毒に思えど、正直声を掛け辛い雰囲気のエヴァに何の気負いなく声を掛けたのは善光だった。


「サタンの捜索は俺に任せて、嬢ちゃんはその悪魔の監視でもしとけ」

「確かに監視は必要だけど、あたしが抜けて大丈夫なの?」

「エクソシスト歴は嬢ちゃんより短いが、こっち方面は俺の得意分野だからな」

「そう、ならよろしく」


 少し元気を取り戻したのか、戻ってきたハイライトの入った目がサムに向く。それに嫌そうに顔を歪めたサムに対して、エヴァは嫌がらせの込めた笑顔で告げる。


「そういう訳だから、よろしくね」


 美少女の飛びっきりの笑顔はとても綺麗で可愛かったが、その笑顔に含まれる悪意に、大地は苦笑いで二人を見た。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ