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交流


 あの頃の様にあなたといられるだけで幸せだったら、こんなに悩む事はなかったのかな。



 願いなんて無い。だってもう願いは叶ってしまったんだから。

 願いが叶った瞬間に、新しい願いを聞かれても、早々思い付くもんじゃない。

 それに死と引き換えなんて言われたら、安易な願いなんて言えない。

 悩むわたしに彼は待つと言ってくれた。それではあなたが困るだろうに、数十年なんてあっという間だと笑うのだ。

 やっぱり、わたしは彼が人から恐れられる存在だなんて信じられなかった。


「ねぇ、本当に天使様じゃないの?」


 怖い顔をしたって、優しいあなたを知ってるから全然怖くなんて無かった。



 * * *



 茹だる様な暑さに目を覚ました少年は、眠気を感じつつも二度寝する気はおきず、欠伸を噛み殺しながら起き上がった。布団の上で胡坐を掻きながら、これからどうするかと考えを巡らせていた少年の前に、スパーンと襖を開けて大地が登場した。


「朝だぞ、起き――あ。…………おはよう」


 起こそうとしたのだろう大地は、まだ寝むそうではあるが起き上がっていた少年に気付き、何て言葉を掛けるか一瞬逡巡した後、無難に挨拶をした。そんな事よりも突然の大地の登場に驚きで眠気を飛ばされた少年は、彼の挨拶をスルーして問いを投げる。


「何してんだ?」

「あー、その……朝食出来たから起こしに来た」

「……ここに留まる事は了承したが、お前らと馴れ合う気はない」

「まあまあ、そう言わずに。まだ本調子じゃないんだろ? 飯だけでも食ってけって」


 半ば大地の強引に引っ張られながら、けれど大した抵抗もせずに居間に連れて来られた少年は、彼に絆されている自分に気付いて小さく溜息を付いた。



 食卓にはすでに朝食が並んでいて、今にお腹を空かせるいい匂いが漂っていた。

 少年は昨日の晩と同じ席に座り、礼儀として二人が席に着くのを待っていた。そんな少年に顔を向けて、自身のコップに牛乳を注いでいた大地が思い出したかのように声を上げて問い掛ける。


「サムは何飲む? って言っても今は牛乳とお茶くらいしかないけど」

「お兄ちゃん、パンにお茶は無いでしょ。あと、おはよう、サムさん」

「まぁ、そうだけど、牛乳嫌いってこともあるし」

「………………サムって誰だよ」


 問い掛ける大地も彼にツッコミを入れながら挨拶をする(いく)も、ここにはいない人物の名を呼ぶ。もちろん少年とてそれが誰を差すかなんて分かっている。サムという聞きなれない名前を少年に向かって投げかけているのだから。それを自分の事とは認めたくないという思いと、何故そうなったのだという思いが、少年にツッコミをさせていた。


「いや、名前を言いたくないってんなら聞かないとは言ったけどさ、名前が無いとやっぱ不便だろ」

「それは分かるが、何でサムなんだよ」

「俺も色々考えたんだけどな、外国人名ってあんま知らないし、かと言ってお前の見た目で日本人名ってのもなぁ、と思って、取り敢えず英語の教科書によく出てくる名前にしてみた」

「やっぱりサムさんじゃ不満そうだよ。だからわたしはミカエルの方がいいって言ったのに」

「それこそないだろ。なぁ?」


 仮の名といえども悪魔に天使の名前を付けるのは憚れたのか、生の提案は受けなかったらしい大地は少年に同意を求めてくる。少年もその名で呼ばれるのは抵抗があるのか、舌打ちをすると「サムでいい」と不本意そうに言うのだった。



 食卓に並べられたものは、マーガリンを塗っただけのトーストに牛乳、と少ない。大地たちのいつもの朝食はご飯に味噌汁、焼き魚と和食が多く、たまにパンを食べてもサラダやベーコンエッグなど付け加えるくらいには品揃え豊かなのだが、引っ越して来たばかりの所為で食材を買い込んでなく、大地が朝一で近くのコンビニまでこれだけのものを買って来たのだった。


「昨日もだけど簡単なので悪いな」

「別に……食えりゃいい」


 文句を言われないのは良いが、何も言われないというのも物寂しいものだ。特に昔から母親に代わって家事をやってきた大地はそれなりに料理に自信があるものだから余計にそう思うのだろう。同じく大地と共に料理をしてきた生も、大地の気持ちを察したのか一つ提案する。


「そうだ、サムさんの歓迎会しようよ。いっぱい料理作ってさ」

「おぉ、それは良いな」

「……おい、俺は――」

「何作ろうか?」

「ん~、やっぱり王道に唐揚げとか?」

「まぁそれもいいが、今回は手の込んだ奴にしたいからなぁ」


 少年もといサムの言葉を遮って話し始めた大地と生の中ではもう歓迎会をすると決まっているらしく、止める間を失ってしまったサムは諦めてサクサクとトーストを食べ進めながら二人の会話が終わるのを待つことにした。だがすぐにサムは二人を止めることになる。

 会話ごとに増えて行く料理の数に顔が青褪め始めたサムは、これは止めなければ胃がヤバイ、と慌てて二人に制止を掛ける。


「待て」

「何だ、サム? あっ、そういやお前の好きな物を聞いてなかったな」

「サムさんは何か食べたいものある?」

「その前に量を考えろ。一体何人で食うつもりだ」

「あ……悪い、自分の料理を他人に振る舞うのって初めてだったから、つい」

「うぅ、ごめんなさい」


 サムの言葉に張り切り過ぎて加熱し過ぎた事を恥ずかしがる様に兄妹仲良く顔を赤くした。

 しばらく俯いてトーストを齧っていた二人だったが、まだ赤みの残る顔を上げた大地にサムと生も視線を向ける。


「やっぱり何か作りたい。さっきみたいに食べきれない量は作らないからさ、食べてくれないか?」

「……わーったよ」


 サムの了承の言葉を受け取った大地は、生に向かって両手を掲げる。同じ様に両手を上げた生に向かって手を合わせた。パチンという音を立ててハイタッチした二人は、喜びを露わにしてサムの好物を尋ねるのだった。



 午前中に家の掃除を粗方終わらせて、夕刻、大量に買い込んだ食材を必要な分だけを残し冷蔵庫へ入れて、大地と生が少し早めの夕飯作りを始めていた時だった。

 ガラガラと玄関の開く音と共に「ただいま~」という陽気な声が聞こえてきた。その声は大地と生の兄妹には聞きなれた、サムにとっては初めて聞く女性のものだった。


「あ~良い匂い! 今日は早いのね」

「おかえり。母さんこそ今日は早いな」

「おかえり、お母さん。今日はたまたま多めに作ってたけど、帰る時は言ってくれないと」

「ごめんごめん。って言っても荷物取りに来ただけだったんだけど、ご飯があるなら食べて行こうかしら」


 突然帰ってきては揚がったばかりの唐揚げを摘み食いする母親にマナーが悪いと注意する大地。傍から見ればどちらが親か分からない状態だが、彼女が兄妹の母親である。


「食べるなら用意するけど……。てか荷物って、またどこかに行くのか?」

「一週間くらい家空けるから、よろしく~」


 唐揚げに手を伸ばしながら言った母親にその手を叩き落としながら返事をする大地に、摘み食いをするのを諦めた彼女は何かを思い出したように手を叩いた。


「あっ、あと明後日、新しいガラス窓が来るから」

「はいはい、わかったよ。取り替えとけばいいんだろ」

「そう、お願いねって訳で……隙あり!」


 諦めたと思っていた摘み食いをしようとする母親に油断していた大地は、唐揚げに伸ばされる手に反応出来なかった。しかし母親が唐揚げを摘まむ前に彼女の手は叩き落とされた。


「お母さんは座っててよ。こっちにいたら摘み食いばかりされちゃうよ」

「酷いわ、生。しばらくあなた達に会えないっていうのに……」

「それならもうちょっと家に帰って来てよ」


 母親の手を叩き落としたのは揚げ物をしていた生だった。

 コンロを見ればちゃんと火が止められており、大地は自分ばかりが母親と話していた所為で拗ねているんだな、と微笑ましく生を見た。生に言えばただ母親を注意するためだ、と素直では無い答えが返ってくるだろうが、大地も母親もそんな彼女の事は分かっているため、大地は彼女に代わって調理を再開し、母親は文句を言われながら彼女を構い倒した。

 しばらくして母親から解放された生が台所に戻って、大地に愚痴を漏らすが、その口元は緩んでいた。それを見ながらふと大地は違和感を覚えた。生の笑みではなく別の何かがおかしい、と。しかしそれも生に声を掛けられた事により消え失せた。



 あの後すぐに母親が電車の時間に遅れるから、と出来上がっていた料理を数個摘まむと慌ただしく家を出て行った。結局三人になってしまったが、母親に構われたおかげか生の機嫌が下降する事も無く、三人が席に着いた。

 唐揚げに巻き寿司、ポテトサラダが食卓に並ぶ中、ポツンと玉子焼きが置かれていた。

 それは歓迎会らしく少し豪華にした料理の中に並ぶには平凡過ぎるものであったが、彼の好物と聞いては玉子焼きを出さないわけにはいかなかった。だが食事が始まってすぐに玉子焼きを手に取るほどには好物らしく、大地は作っていて良かったと思うのだった。


「……甘いな」

「あ、悪い、いつも通り作ってた。先に聞いておけばよかったな」

「いや、これでいい」


 甘い玉子焼きが苦手な人もいる事は知っていたはずだというのに大地も生もすっかりその事を忘れ、サムに聞いていなかった。

 初めに口に含んだ時の表情から苦手な事が分かって、無理に食べなくてもいいと大地が言ってもサムは食べる事を止めなかった。確かにサムの顔は無理に食べている訳ではなさそうだったが、だからといって美味しそうに食べている訳ではなく、それを不安げに見守っていた大地を尻目に彼は玉子焼きを完食した。



 歓迎会から二日。昨日は一日、部屋の掃除が終わるまで綺麗な部屋に一纏めに置かれていた家具を配置し終わり、今日は一昨日母親が言っていた通り、配達された新しいガラス窓を大地は割れた古いものと取り替えていた。

 これで防犯については問題なくなるだろう。嵌め終わった窓を眺めながら大地は思った。だが、この家の直すところはまだまだある。庭に生える伸び放題の雑草を刈る事から所々瓦が外れた屋根の修繕に雨戸の設置。

 まずはすぐに出来る事と言えば、何故か外されて庭に置き捨てられた雨戸を取り付ける事だろう。天気予報では当分晴れが続いていたが、あくまで予報だ。いつ嵐がやってくるかも分からないのだから、雨風を凌ぐにはこの古い雨戸であろうとも十分に役に立ってくれることだろう。次は嵐に備えて屋根の修繕。雑草は地道に刈っていくしかないか、と雨戸を取り付けながら大地は今後の予定を立てていった。

 雨戸をすべて取り付けた大地がふと家の中を見ると、元開かずの間の前に立つサムを見つけた。未だ本調子ではないらしく、食事の時以外は寝ている事が多いサムだが、気が付けばあの部屋の前にいる彼に、大地は前々から思っていた疑問を投げ掛ける。


「中に入らないのか?」


 大地たちが引っ越してくるまであの部屋にいただろうことや、度々部屋の前で見かけることから、何かあの部屋に思い入れがあるのかと思いきや、何故か今はその部屋を使わずに過ごしている。そして部屋の前に行っても決して中には入ろうとしない。大地が疑問に思うのも仕方がないだろう。


「入れねぇから入ってねぇんだよ……いや、入れるけど入れねぇ、か」

「えっと……どういうことだ?」


 分かるようで分からない言い方に、一度考えてはみたが結局理解出来ずに、大地は早々に降参してサムに問うた。サムも言ってすぐに分かり難い言い回しだった事に気付いたらしく、大地の問いに対して失敗したなという顔で言い直す。


「あー……部屋には入れる。だが、この部屋に何かが施されていた事を考えれば用心に越したことはねぇ…………まぁ、一応解析魔法では何もなかったがな」

「ん~、何となく分かったけど、部屋に施されていたものって?」


 もうサムの話にファンタジーな単語が出てきても突っ込まなくなってきた大地であるが、やはり彼とは話すたびに疑問が浮かび上がる。それは彼が悪魔だからなのか、ただ自分が無知なだけなのか。最近はよく質問に答えてくれているサムだが、大地には彼が答えてくれなければ何も分からず知らないままであることに、少し悪魔について勉強すべきだろうかと思いながら彼の答えを待つ。


「そうだな……まず、俺はこの部屋に誰にも邪魔されねぇ様に結界を張っていたんだが、高々五十年くらい寝ていたぐれぇで俺の持つ魔力が空になるはずがねぇんだ。いや、そもそも何もしてねぇのに空になる方がおかしい」


 大分慣れてきた大地も、五十年も寝ていた事にはツッコミを入れたかったが、当たり前の様に話すサムを見れば、悪魔にとっては普通の事なのだろう、と話の腰を折りたくなかった大地は口を噤んだ。だからと言ってスッキリ納得した訳ではなく、モヤモヤとする心を抱えたまま、続くサムの話に耳を傾ける。


「そこでだ。外部から何かしらされたと考えたんだが……お前にも一度聞いただろ?」


 そう言ってサムが見せたのは襖に張られていた札だ。半分に綺麗に分かれた札は、いつ貼られたものかは分からないが、見た目からしてかなりの年月が経っているのが分かる。だが正直言って、この札に効果があったのかは疑わしい。そんな視線に気付いたのか、サムが確たる証拠を話す。


「まぁ、元の形を失った時点で力は失われているし、素人には違いはわかんねぇだろうが、何某かの効果があったのはこの状態でもわかる」

「何の効果まではわからないのか?」

「今の俺の状態から大体は予想できるが、無理だな。せめて西洋式のものならここに書かれている文字を見りゃあ分かったんだがな」


 確かに見るからに札は和風で、日本人の大地にすら何が書かれているのか分からない文字が書かれていた。流石にそれは、流暢な日本語を話すサムでも容姿通り解読することは出来なかったらしい。


「でも、その札が原因だったら今は大丈夫なんじゃないのか?」

「あぁ、だが万が一という事もあるからな。下手に入らねぇ方が良いだろ」


 そう言うとサムは「じゃあ俺寝るから」と部屋へと戻って行った。それを見送りながら、結局何も役に立つ事が出来なかった事に少し落ち込んだ大地は、少しは悪魔について勉強した方が良いかな、と思いながら作業に戻った。




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