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戻った平穏、続く非日常

 あれから、平穏と言っていいのかは分からないが、大地たちの日常は戻ってきていた。

 ルシファーは、大地と契約した事で家を出ていく事はなくなり、兄妹たちと共に過ごしている。エヴァは、もぬけの殻になっていた家で困惑しながら人知れず待っていた善光(よしみつ)と共に、教会へ報告をしに戻った。バアルもサマエルがいなくなった事を悪魔たちに伝えるために魔界へ帰って行った。この際、ルシファーからサマエルが逃げた事を知らされたエヴァが発狂した、とも記しておく。



 あの日からまだ数日。夏休みもまだ半分は残っている昼時。大地はボウルに割った卵を溶く。今日の昼食は母親が帰ってきた時にオムライスを作って、大量に卵を消費した事でしばらく作っていなかった玉子焼きだ。

 いつもなら使わない出汁や醤油で味付けをすると、油を引いたフライパンの上に半分流し込む。少し焼けてきた頃に器用にくるくると巻いていくと、残った半分の溶き卵を流し入れ、同じ様に巻いていけば終わりだ。あとは一口サイズに切り分けてお皿に盛れば、甘くない玉子焼きの出来上がりだ。

 さぁ、切り分けよう、と包丁を持った大地は呼び鈴の鳴る音に手を止めた。誰だろうか、と後の事はテーブルを拭いていた(いく)に任せ、大地は玄関の扉を開けた。


「こんにちは、大地さん」

「バアルさん! ……どうしたんですか?」


 再開に喜ぶのも束の間、大地は不安げにバアルに問うた。それもそうだろう、彼がサマエルについて話しに来た日に襲われたのだ。また何か問題でも起きたのか、と顔が強張る大地にバアルは首を振って否定する。


「安心して下さい。今回はそういうものではありませんよ。少し、サタン様に相談事をするだけです」


 その言葉にほっと息を吐く大地だが、何やら深刻そうな顔のバアルを見て、またもや不安に駆られたが、重要な話なので二人で話したいと言われれば、話を聞く事も出来ず、客間に籠った二人を居間でもだもだと待つ。

 せっかく作った昼食が冷め始めた頃、すっと襖を引いて現れたのはルシファーだ。特に変わった様子の無さに前の様な事ではないというのは本当だったようだが、話していたバアルの姿がない事を疑問に思って大地は問い掛ける。


「バアルさんは?」

「あいつならもう帰った」

「えっ!? 帰るなら言ってくれよな、見送り出来なかったじゃないか……」

「……お前、何でバアルにはさん付けなんだよ」

「え? いや、年上だし?」

「それなら俺もお前よりうんと年上だがな」


 どこか不貞腐れた様に見えるルシファーに首を傾げつつ、大地は少し迷ったもののそれを口にする。


「なぁ、一体何を話してたんだ?」


 口籠るルシファーに慌てて話せないなら話さなくていいと付け足すが、別にそういう訳ではなかったらしく、首を振って簡潔に告げられる。


「魔界が落ち着くまででいいから悪魔王をしてくれ、って頼まれただけだ」

「それで、ルシファーは引き受けたのか?」

「お前は馬鹿か。俺はお前から離れられねぇっつっただろうが」


 流石にそろそろ悪魔について分かってきた大地はもちろんその事は分かっていた。自分に関わりのある事であるから尚更だ。それでも訊いたのは、彼本人がどうしたいのか、という本心を探るためである。

 無言で探る様に見つめてくる大地にそれを察したのか、呆れた様な溜息を吐いてルシファーは告げる。


「元々嫌で辞めたんだ。お前のおかげで断る理由が出来て助かったくらいだ」

「……そうか。けどバアルさん、困って無かったか?」

「あいつは断られる事は分かっていたみたいだからな。それに、もう俺が用立てた」

「用立てたって……悪魔王を?」

「あぁ、俺が言った奴なら変な反乱は起こらねぇだろ?」


 確かにルシファーを慕っている様子のバアルを見れば、彼が推選した悪魔に反抗するものは殆どいないだろう。しかし、悪魔にとって五十年は短いとしても、やはり少しは変わるもの。この地に来てから魔界に帰っていないというルシファーが推し進める悪魔と言うのはどんな者なのか。そんな疑問に好奇心を刺激された大地がルシファーに問えば、返って来たのはよく知る悪魔の名だった。


「えっ、バアルさん!?」


 そんな大地の驚きはスルーされ、二人の会話中にご飯と味噌汁を装っていた生に茶碗を渡されたルシファーは玉子焼きを食べて、「甘くない」と呟くのだった。



 * * *



 エヴァたちが所属する教会の本部があるイタリアに戻るため、空港に向かっていた時に入った連絡により、急遽行き先を日本の小さな教会に変更することになった。

 人里離れた場所に建つその教会は、神父もシスターもいない、ただの廃墟となっていた。そんな場所に態々向かうように指示を出してきた教会に訝しみながら、入ったそこにいた人物に二人は驚愕に目を見開いた。


「っ、師匠! 日本にいらしてたんですか」

「……成程。貴女が、我々をここに呼び出したんですか」

「あぁ、久し振りだな、エヴァ、善光。今回は大変だったな」


 嬉しそうに駆け寄るエヴァの先にはシルバーグレーの髪色を持つ二十四、五歳くらいの美女が立っていた。彼女こそ、エヴァと善光の師である。

 見た目こそ若いが、彼女はもう何十年も教会のエクソシストをしている。それがただの噂かどうかは分からないまでも、善光が十年前に弟子入りした時から容姿が変わっていないのは確かだった。だからか、師といえど善光はその不気味さから彼女を苦手としていた。それに反してエヴァはとても彼女を慕っていた。それはもう、彼女の言う事は絶対というほどに。

 そうまでのめり込むのは彼女が教会に所属するエクソシストの最上位と言っていい存在だからだろう。だが、その実態はフリーとほぼ変わらない。一人ふらふらと放浪する彼女を探すのは至難の技で、弟子であるエヴァたちでさえ滅多に会う事は出来ない。そんな彼女たちが自分たちの前に現れたという事は、何か重大な事があるという事だろう。

 表情を引き締めた二人に、彼女はふっと笑みを浮かべると命じる。


「エヴァはあの家に戻り、監視を続けろ。善光はエヴァのサポートをしながら通常業務をこなせ」

「はい! 確かに、サタン級の悪魔を放置は出来ませんからね」

「いや、そっちじゃない。…………上園大地。彼を監視しろ」

「……大地を?」


 困惑気味に問い返したエヴァは、師が理由を言う前に気付いたのだろう。はっとして師を見た。



 * * *



 重い身体を引き摺るように歩く。残った魔力で転移魔法を使い、あの場を脱したとはいえ、あまり遠くには飛べなかった。追手が来るとは思えないが、念には念を入れて遠くを目指す。これは逃げではない。また力が戻れば今度こそサタンを倒す。そうサマエルは決意を固めるが、ほぼ空になった魔力に癒えない体の傷。もう彼の身体は限界だった。

 草むらに倒れ込んだサマエルは必死に起き上がろうとするが、その意思に反して体はどんどん重くなり、眠気によって瞼が降りてくる。


「こんな、ところ、でっ……」


 その言葉を最後にサマエルは意識をたった。だから知らない、気付かない。彼に伸ばされた手がある事を。


「お~い、大丈夫……じゃないか。どうしよう?」




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