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対決


 布団の上に手紙、というには短過ぎる文が書かれた紙を置くとサムは静かに部屋を出た。

 初めは何も残さず何も言わずに出て行くつもりであったサムだが、ここで過ごす間に情が湧いたのか気付いたら筆を走らせていた。と言っても一言、礼の言葉だけの素っ気ないものであったが、自分たちの関係からしてそれ位が妥当だろう、とサムは思う。あまり長々と書く性格でもないというのもあったが。


「よっ、と」


 助走をつけずに屋根に飛び乗ると、サムは強い魔力を探す。サマエルを見付けるためだ。

 時間が掛かると思った作業は、思ったよりも近場にいたサマエルのおかげで探索魔法を使うまでもなく見つかった。もちろん魔力を消費する事もなかった。敵のおかげというのが微妙な気持ちにさせるが、これはサマエルのミスだ、と考えることにする。

 一人そう納得すると、サムは探知した方角に向かって走り出した。魔力を節約するための措置だが、魔法を使わなくとも悪魔であるサムが走る早さは人間とは比べ物にもならない。途中、申し訳なさは感じながら、少しでも魔力を回復するために飛んでいたコウモリやゴミを漁っていた野良猫の魂を奪いながら住宅地を抜け、林道に入って数分。人の手が入っていない山へと続く森の中で、サムはやっとその姿を視認した。

 大きな岩に腰かけたサマエルを確認すると、すぐに視線を動かして(いく)を探す。すぐに近くの木に寄り掛かって倒れている生を見て思わず飛び出そうとするサムだが、何とか抑えて無事を確認する。どうやら眠っているだけのようだった。流石に一晩と経たないうちに殺される、という事は無かったらしい。一先ず安心すると、サムはサマエルに視線を戻す。

 一見無防備に見えるサマエルであるが、すでにサムがいる事には気付いているらしく、その姿に隙はない。あまり得意ではないが奇襲を仕掛けようかと考えていたサムだったが、その様子を見て諦めると相手に姿を現した。対するサマエルは、サムの姿を見咎めると、不服そうに口を尖らせた。


「ん~、早く来てくれんのは嬉しいけどさ……オレ、言ったよな? 力付けて来いって」

「……テメェ相手には良いハンデだと思うがな」

「うわ~……そういうの、すげームカつく」


 言い方は軽いが、確実にサマエルの怒りを買った事が分かる。

 サマエルは一瞬にしてサムに詰め寄ると怒りにまかせて頬を殴った。魔法を使わない、ただの拳であったが、その見た目にそぐわない力強さにサムは踏ん張ったものの少し後ろに押し下げられた。人間相手ならば気絶させられる程のものであったが、今の相手はサム。悪魔だ。

 殴られた衝撃で口内を切ったのか、血の混じった唾を吐き捨てると、手の甲で拭いながらサムは悪態を吐く。


「ったく、これだからガキは……俺が態々来てやったんだ、約束は守れよ」

「……わかってるよ、あの子は解放してやる」


 多少冷静さが戻ったのか、サマエルはパチンと指を鳴らすと、生に掛けていた眠りの魔法を解く。すると、すぐに生が瞼を瞬かせて目を覚ます。

 目覚めたばかりで状況を判断できていない生は、その瞳に二体の悪魔を映すと、ハッとして今までの事がフラッシュバックの様に思い出される。サマエルによって傷付けられるサムやエヴァの事が頭を過り、生はその張本人の近くにサムがいる事に顔を青褪めさせて彼の名を叫ぶように呼ぶ。


「サムさん!!」

「大丈夫だ。起きたばかりで悪いが、お前は家に帰れ。場所はわかるか?」

「……サムさんはどうするの?」

「俺は……――俺もすぐに帰るから心配すんな」


 サマエルから視線を外さなかったサムは、生の目を見ると、慣れていないのが分かる笑みを浮かべて言った。生にはそれがすぐに嘘だと分かったが、慣れない事をしてまで自分を逃がそうとする彼に、涙が込み上げるのを必死で押し戻しながら生は頷いた。

 この町には来たばかりで土地勘も無く、見慣れぬこの場所から家まで帰れるかは分からなかったが、生は取り敢えずこの場から離れるために走った。我慢しきれなかった涙が零れ、視界を遮るそれを拭いながらも、生が足を止める事はしなかった。

 それを見届けたサマエルは指をぽきぽきと鳴らしながらサムに問い掛ける。


「んじゃ、そろそろ始めていいか? まぁ、無理って言われても始めるけど、よっ!」

「……ただの殴り合いじゃ、俺の方に分があると思うが?」


 話しながら殴り掛かってきたサマエルの腕を容易く掴んだサムは、そう不敵に言うと腕を引っ張って投げ飛ばす。しかしサマエルも器用に空中で体勢を整えると、危なげなく着地した。


「ん~、オレも結構殴り合いには自信あったんだけどな」

「折角ハンデをやったんだ、態々俺に合わす必要はねぇだろ」

「……そういうのがムカつくってわっかんねーかな。まっ、そこまで言うなら容赦はしねーけど」


 ニッと笑ったサマエルの周りに炎の玉が五つ作られる。あの時と同じように炎の玉がサムに襲いかかるが、簡単にサムはそれを避けた。前と違って守る者のいないサムには避ける事など造作もない。

 完璧に避け切ったサムはそれだけで終わらず、サマエルに向かって行った。拳を叩き込むも一瞬驚いただけで、すぐにサマエルの腕によって止められた。魔力を節約するため移動に魔法を使わなかった事が徒となった様だ。不意を突くのならば、初めから全力を出せばよかったと後悔してももう遅い。これからサムは如何に少ない魔力を上手く使っていくかが重要になってくるだろう。


「さっきの技はもう効かなそうだし、今度はこれでやるかな」


 そう言うとサマエルは、同じように炎の玉を二つ作る。数では先程より少なくなっているが、だからと言って油断せずに見守る。すると炎の玉は形を変え、細長くうねる様に伸びていく。出来上がっていく過程で予想は出来ていたが、完成したそれは、蛇であった。まるで生きているかのように、舌をチロチロと出しながら炎蛇は獲物を見る様にサムを見据える。


「行け」


 一言サマエルがそう指示を出すと、待っていたと言わんばかりに炎蛇たちはサムに向かって牙を剥いた。向かってくる炎蛇を避けるサムだが、炎の玉と違い避けても何度も向かってくるそれは炎蛇自身に意思がある様で、本当に生きている様であった。

 避けてもまた狙ってくるのならば直接倒すのが手っ取り早いが、まだ余力を残していそうなサマエルを見るに、倒した所でまた作り出される可能性もある。倒してはまた作られ、と鼬ごっこを繰り返せば、相手も消耗するとはいえ、今の少ない魔力しか持たないサムの方が先に魔力切れとなるだろう。

 だからと言って逃げ回ってばかりもいられず、何か方法は無いかとサムは考えを巡らす。今は二匹の炎蛇だけであるためサムも何とか逃げられているが、これが後一匹や二匹が増えれば避け切ることは難しいだろう。しかしそれはサマエルとて分かっている筈だ。それをしないという事は何か出来ない理由があるのか、それともただサムの逃げ回る姿を嘲笑っていたいだけなのか。後者だとすればサムに為す術は無いが、どうせならばまだ手がありそうな前者だと仮定してサムは考える。

 まず一つはサマエルが一度に出せる炎蛇は二匹が限度。この場合、炎蛇は操作型の術で、サマエルが一度に操作できるのは二匹という事になる。それならば魔力量に余裕があるサマエルが炎蛇を増やさない事に説明できる。もちろん、まだ断言はできない。

 次に考えられるのは出せるが出さない。これは炎蛇が自律型の術であるとする場合の話だ。自律型ならば術を発動してしまえば術者は基本的にする事は無いが、常に使役するものへ動力を送らなければならない。動力とは魔力。つまり、二匹以上出すと魔力の減りが早まる。もちろん、気にしなければ何匹でも、は言い過ぎだが出せるだろう。それをしない理由は炎蛇から逃げるサムを自身で追撃するためだろうか。それにしては未だに何もしてこないが。

 今思い付けるものはそれくらいか、とサムは向かって来た炎蛇を避ける事なく掴みあげた。今は魔法を使ってでも相手の術を見破る事が先決と考えたらしい。炎蛇は苦しそうに蠢いてから、ボッと焦げ臭いにおいを残して消えるが、すぐにサマエルが新しい炎蛇を作り出してサムへ向かわせる。

 やはり炎蛇は二匹だけであるし、サマエルが動く気配もない。操作型か、と断定するにはまだ何か隠し持っていそうではあるが、それならば出される前に倒す、とサムは余力を気にせず魔法を使う。

 二匹の炎蛇は消し飛び、瞬時にサマエルの背後に移動したサムは、十数個と浮かぶ光弾を一斉に撃ち放った。

 爆風によって舞い上げられた砂埃がもくもくとサマエルの姿を隠す。必殺の一撃は確実にサマエルを殺したはずだ。そう思っているのだが、何故だかサムは警戒を解く事が出来ず、視界が晴れるのを待った。


「……いない、か」


 サムの攻撃では身体が全て消し飛ぶ事は無い。というのに、その場に倒れるサマエルの姿が無いという事は、彼はまだ生きているということである。警戒を解かなかった事は正解であったが、姿を見失ってしまった事は痛い失態だ。

 サマエルの魔力の気配も無くなっている事を見るに、完璧に気配を消しているようだ。探知魔法を使えば何とか見つけることも可能であろうが、サムは既に先程の攻撃で持っていた魔力の半分を使ってしまっている。出来れば使用は控えたいところであった。

 取り敢えず今は意識を集中させて気配を探ろう、としてサムはそんな自身に笑いが込み上げてきた。


「ははっ……何やってんだかな、俺は」


 そもそもサムがここへ来たのは生を救出するためであり、サマエルと戦う事はおまけの様なものだった。今のサムでも隙を見て逃げることは可能であるが、それをしないのは大地たちの家が割れていて、また人質を取られる可能性があったからだ。だからこそ逃げる事は出来ないし、死ぬ覚悟でここへ来た。

 だというのに今のサムは生きるための算段を必死で考えていた。一体何が彼の心境を変えたのか。あの家にある未練か、格下相手に負けてたまるかという矜持か、案外居心地の良かった彼らの元へ戻りたいという欲求か、色々と考えられる事はあるがどれもこれも違った。

 ただ、嘘を吐きたくない、それだけだった。


「はぁ~……魔力の余力を気にしてちゃあ、勝つどころか生き残る事は出来ねぇよな」


 魔力を節約しようが浪費しようがどっちにしても負けは濃厚だ。ならばちまちまと使うよりはドーンと使ってしまえ、とサムは気合いを入れると魔法を使おうと力を込める。

 その時、感じ取ったものにサムは一瞬息が止まった様に固まった。と同時に地中から炎蛇が飛び出してきた。


「しまっ――」


 一瞬気が逸れたことで反応が遅れたサムは、逃げる隙もなく炎蛇に足を巻き付かれた。足を締め付け、その炎の体で焼き付けてくる炎蛇は、それだけでも十分に厄介だというのに、取り払おうとしたサムの手が届く前に爆発した。もちろん足に巻きつかれていたサムにもその被害は及び、足の肉が抉り取られていた。

 普通ならばもう歩けない状態であるが、その程度は悪魔にとっては何て事もない。魔力を足に送れば、すぐに修復されていく。


「ちっ……治りが遅ぇな」


 魔力の残りが三分の一に減った場合、自衛として身体は意思とは関係なく休息する。大地との出会い頭でサムが倒れる様に眠ったのは身体が休息を求めたからだ。怪我の治りが遅いという事は、サムの意思とは関係なく身体が勝手に魔力の量を調節しているのだろう。そして残された魔力よりも使える魔力はもっと少ないという事だ。だが、一気に全ての魔力を使えばその限りではない。


「けどまぁ、使いどころは見極めねぇとな」


 大きく一つ息を吐くと、サムは目を閉じた。無防備に見えるその姿はしかし、目を開いて辺りを見回す事よりも気配を探るには適していた。地中から飛び出してくる炎蛇たちを確実に避けていることからもその事が分かる。

 そんなサムに焦りを見せたのか、炎蛇が引っ切り無しに飛び出してくるようになるが、数など問題無いという様にサムは避けていく。

 しかしそれももう終る。バチッと目を開いたサムは飛び出し襲い掛かる炎蛇の中の一匹を捕らえた。と同時に他の炎蛇たちは掻き消え、サムに捕らえられて蠢く炎蛇が炎に包まれたかと思えば、首を掴まれ苦しそうなサマエルに姿を変えた。


「いいアイデアだが、バレバレだ」

「っう……く、そっ!」

「力は強大に出来ても使い方は一朝一夕にはいかねぇってことだな」


 もう少し苦戦を強いられると思っていたサムは、気合いを入れ直した途端、呆気ないほど簡単に方が付いてしまった事に拍子抜けしながら、サマエルに止めを刺すために手を魔法で強化する。丈夫な身体を持つ悪魔でも、人間と同じように心臓を貫かれて生きている事は出来ない。

 狙いを澄まして心臓に刃の様な鋭いものを纏わせた手を突き刺――――そうとしたところで、腕が止まった。自身が止めた訳ではなく、何かに絡まれて動けなくなったのだ。視線を動かない腕に遣ったサムは、驚きに目を見張る。


「……見縊り過ぎだぜ、サタン」


 腕に絡みついた炎蛇がまたもや爆発してサムの右腕をもぎ取って行った。痛みに緩んだサムの手から逃れたサマエルは距離を取り、サムはそんな相手を睨み付けながら中途半端に無くなった右腕を抑える。

 優位に立ったことで油断していたのもあるだろうが、確かにサマエルの言う様に侮り過ぎていたのかもしれない、とサムは苦々しい顔で治癒魔法を使って腕を修復する。痛い出費だが片腕の無い状態ではバランスがとり難い。それが命取りになるよりは魔力が減る事の方がましだろう。

 仕切り直しとなってしまい、より一層サムが不利な状態になったことで、サマエルは二匹の炎蛇を従わせながら余裕の笑みを浮かべる。しかし何故サマエルが炎蛇を動かす事が出来たのか、とサムは疑問に思う。

 サマエルを捕らえた時に動いていた炎蛇が消えたことから操作型であることをサムは確信していた。では何故、操作できない状態であったサマエルが、一匹とはいえ炎蛇を動かす事が出来たのか。

 それはサムが答えに至る前に本人によって回答が与えられる。


「あんたはこの魔法を操作型だと思ったらしいが、これは自律型だ。捕らえられた時は驚いたが、瞬時に一匹を残して消しただけで簡単に引っ掛かってくれるんだもんな」


 サムが引っ掛かった事が余程おかしかったのか、得意気に術の説明をするサマエルに、油断ならない相手ではあるが若干呆れた。

 ご丁寧に敵に自身の術を説明するなど言語道断、敵でなければ注意する所だが、今のサムには少し有り難い。自律型と分かればそれ用に対応策を考えられる。これが演技だというのなら脱帽だが、それは無いだろう、とサムは親に褒めて貰おうとする子供の様なサマエルを見て思った。

 こんな状況でなければ微笑ましい光景だったろうが、相手は油断ならない相手だ。気を引き締めてサムはサマエルに向かって行く。無防備に見えても警戒を怠っていなかったサマエルは、瞬時に炎蛇で対応する。相変わらず爆発する炎蛇に邪魔されながらも、めげずにサマエルに攻撃を仕掛けていくサムだが、中々相手まで届かない。

 炎蛇を無視すれば攻撃は届くだろうが、それは賭けに近い。サムの攻撃がサマエルに届くのが先か、サムが炎蛇にやられるのが先か。通常ならばもう少し確実性がなければ賭けに出る事は無いが、今のサムには時間が無かった。

 一歩踏み出した足に力を込める。その足に炎蛇が絡み付いてくるが今は気にしてはいられない。そのまま最大魔法をサマエルに叩き込もうと構えた。

 しかしその時、サムの体がぐらついた。


「っ、こんな時にっ……!」


 サムの魔力の残量が三分の一に近づいたのだろう、倒れそうになる体を必死に抑えながら、魔法を放とうとするが、一足先に足に絡みついた炎蛇が爆発した。

 崩れ落ちる自身の体に為す術なく、地に伏した。そんなサムに止めを刺そうと近づいたサマエルが、サムに告げる。


「……じゃあな、歴代最強のサタン」


 サマエルの手から炎が燃え上がった。




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