冒険家とチャイ
部屋に戻って少しのつもりで昼寝をしていたら、愛さんが部屋に起こしに来た。一瞬うとうとしたと思っていたら、もうバスの時間だ。僕は慌てて準備をし、玄関で待っている愛さんと一緒に、バス停に向かった。
バス停は坂の頂上、初野へ続くトンネルの手前にある。ここは終点で、初野からきたバスはここで乗客を降ろして海まで下りてターンしてから、初野へ行く客をこのバス停で乗せるそうだ。バスは二時間か三時間に一本で、今日みたいに寝坊はできないなと僕は反省した。
外で待っていると、夏も終わりに近いが太陽がじりじりと肌を焼くのがわかった。愛さんは長袖にジーンズという完全防備で、見ているだけで僕が暑くなりそうだ。
初野からのバスは愛さんの言う通り、一度僕達の前を素通りしてから、今度は坂を上がって僕達を乗せてくれた。バスの乗客は僕達だけで、こんなに誰もいないバスに乗るのは初めてなので、僕は妙に緊張してしまった。
バスは短いトンネルを抜けた後、しばらく田畑の間を走った。窓の外には青々とした稲が一面に広がり、風が吹くと一斉にさあっと揺れた。すると稲の絨毯には陰影がスーッと伸び、濃い緑と薄い緑に曖昧にわかれた。
時々稲の中に、すっとしたシルエットの白い鳥が立っている。鳥はどれも剥製のようにじっとしていたので、その風景は絵画にも似ている。
バスは田園地帯を抜け、初野市街地に入る。市街地に入ると人は何人も乗って来て、バスはすぐに満席になった。高層ビルこそないものの、そこそこの高さのビルがあちこちに林立していて、遠和から見たら初野はずっと都会だ。
街の規模に比べて道路の幅がやけに広いなと思って観察していたら、大型のダンプカーがよく通る。
「初野は新興工業都市なの」
臨海地域に工場が発達していて、このダンプカーもその工場のものだと愛さんは説明してくれた。そうしているうちにバスは騒がしい市街地を抜けて、閑静な住宅街を走る。遠和では絶対に見られないようなお洒落で真新しい家が立っている。住宅街はまだ更地も目立ち、まだまだこれからといった様子だ。
バスのアナウンスが次の目的地は市民病院と告げたので、愛さんがバスを止めるボタンを押す。少しレトロなブーという音が鳴り、バスは病院の前で止まる。
病院の周りは更地だらけだが病院はやけに大きく、僕のいた街の病院よりもずっと立派だった。
「ヘリポートもあるの。ここからドクターヘリが飛ぶわ。この辺って初野以外はまだまだ開けていないから、需要が多いんですって」
愛さんに連れられて病院に入る。外来の待合室は広く硝子張りで、自然の光が部屋いっぱいに溢れていた。愛さんは皮膚科、僕は耳鼻咽喉科の受付を済ます。愛さんはすぐに呼ばれるそうだが、予約なし、しかも初めて来た僕は一時間待ちになってしまった。
愛さんを見送り、僕は待合室のソファーに座る。こうしていると、難聴であることが告げられた日もこうして座っていたことを思い出す。あの時はパートリーダーと折原が隣にいてくれたけど、今は彼らとは遠く離れた街にいる。
そういえば折原のメールに返事をしていない。今更返すのも変だろう。僕は少し後悔した。しかし僕は今でも、はっきり折原を妬ましいと思っている。彼は未来も技術も、僕にはないものを全て持っていた。そんな彼のメールに、僕は一体何と返せばいいか見当がつかない。
折原のファゴットは好きだった。初めて折原を意識したのは中学のコンクールで、僕は佳作、彼は銀賞だった。折原の深く滑らかな演奏を、僕は舞台袖で聞いていた。
彼の音は僕とは全く違う。それは折原のファゴットがアメリカ製で僕のがドイツ製だからということもあったが、そうではなく何かが根本的に違っていた。中学生の僕はその時おぼろげに、ああ彼が天才なのだろうなと淡い嫉妬を抱いた。
音楽は、間違いなく才能の世界だ。最大限の努力をすることなんて、この世界では前提条件だ。だから、持って生まれた才能の差は埋まらない。
だけど僕はバスーンを愛していた。魔法の楽器は僕の相棒だった。一番になれないのは昔から知っていたけど、離れるわけにはいかない。一番じゃなくてもいいから、なんとか折原のレベルに食らいついてでも、相棒と生きる道を探したかったのだ。
僕はソファーからゆるゆると立ちあがって、病棟に向かうことにする。一時間座って過ごすより、お使いを果たすべきだろう。愛さんを待たせるのも申し訳なかった。四階の一番奥の部屋と教わっているので、エレベーターで四階まで行く。
病棟もなかなか立派で、休憩室には子供のためかキーボードや積み木で遊べるスペースもあった。休憩室に人はいないが、ご飯時のためか人通りは多かった。廊下には配膳車が出ていて、いくつか食べた後のお盆が出ていた。
目的の部屋は大部屋で、そっと覗いてみたが部屋の入口にネームプレートなんてついていないため、誰が光ちゃんかがわからなかった。恐る恐る入ってみると入り口すぐの所に寝ているおじさんが、親切にどうしたんだねと聞いてきてくれた。要件を話すと、おじさんは味噌汁をすすりながら窓際の誰もいないベッドを指した。
お礼を言ってベッドに向かうと、確かに机の上に置いてある筆箱はピンクで、いかにも女子中学生という感じがした。持ち主はどこに行ってしまったのだろう。しばらく待って来る気配がない。しょうがないので筆箱からペンを拝借して、メモを残して頼まれたプリントを置いておくことにした。
病室から出たが、待ち時間はまだまだある。時間を潰そうと思い、休憩室に立ち寄った。戯れにキーボードのスイッチを入れる。念のため音量を下げて、鍵盤に触れてみる。音が聞こえなかったので、少しだけ上げた。
指鳴らしのつもりで授業の練習曲を弾いてみたが、ちょっとした曲だというのに指がもつれてしまった。あんまりの演奏に自分で笑ってしまう。もう一曲弾こうかなと思ったところで、ねえと後ろから声をかけられた。
「あなた、雨宮さんでしょう」
振り向くとそこには入院服で車椅子に乗った、ショートカットの女の子がいた。女の子はぎこちない動作で車椅子でこちらにやってくる。おそらく彼女が光ちゃんだ。
「音楽をやっている人って、さっき電話で翔から聞いた」
にこりともせず話す様子は今朝の翔君とは対照的だ。
「あの、雨宮温です。どうぞよろしく」
ぶっきらぼうな物言いに気圧されてしまって、ついついかしこまってしまう。
「沼澤光。光でいい。プリントありがとう」
ぺこりと頭を下げられる。向こうも少し緊張気味らしい。僕は内心安心しながら、キーボードのスイッチを切った。
「もう弾かないの?」
「僕も診察に来たんだ。それにピアノはあんまり得意じゃなかったし」
どうやら光ちゃんは僕が弾いているのをしばらく後ろから見ていたようだ。トイレに行っていただけだったが、慣れない車椅子で時間がかかってしまったと説明してくれた。光ちゃんは僕とキーボードを眺めてから、首を傾げた。
「でも、雨宮さんはピアノを習ったことがあるでしょう? 私もピアノをやっていたからわかる」
「僕も温でいいよ。本当はバ……ファゴットを吹くんだけど、授業で必ずピアノを習わなきゃいけなくて」
音楽の学校なのよねと聞かれるので、頷く。バスーンと言っても伝わらないだろうと思ってファゴットと言い換える。バスーンはドイツ語で、英語ではファゴットの意味だ。別にファゴットと呼んでも間違いではないが、僕の相棒はドイツ生まれだ。ならばドイツ語で呼んでやるべきだろうというのが僕の持論である。
だから僕のドイツ生まれの相棒はバスーンで、折原のアメリカ生まれのそれはファゴットだ。
「なのにどうしてこんな田舎にいるの?」
光ちゃんの無垢な質問は、しかし僕の胸を静かに打つ。そういえば難聴ということを自分で説明するのは初めてだ。こちらに来てからは誓さんが説明を済ませてくれていたので、こういう機会はなかった。なんとなく息が詰まる。一度だけ深呼吸をする。緊張することなんてなにもないというのに。
「難聴に、なってしまって」
光ちゃんは少し目を泳がせて、小さくごめんなさいと口にした。僕には光ちゃんの反応がかえって申し訳なかった。
「じゃあ、今日の翔の目の前にいることなんて、耐えられなかったでしょう。私は電話越しでもそうだった」
光ちゃんは僕ではなく、僕の背後の窓の外を見ながらそう言った。光ちゃんはもう申し訳ないなんて微塵も感じていない口調で言った。
「私も似たようなもの。歩けない。陸上部だっていうのに」
光ちゃんは再び僕の目を見ながら、何かを納得したように頷いた。
「ねえ、また来てくれない? 翔と話していると辛いし、一人で暇だから」
週に一回はどうせここに来なければいけないのだ。僕はいいよと頷いた。光ちゃんは初めて少し嬉しそうに笑った。でも僕は話があまり得意ではない。それは毎朝の鮫島さんとの釣りでよく分かっていた。光ちゃんはそれでもいいからと言う。よっぽど暇らしい。
そろそろ診察の時間だと言うと、光ちゃんはまたねと手を振ってくれる。その仕草は彼女の実年齢より少し幼くも見える。
光ちゃんと別れて耳鼻咽喉科の待合室に行くと、すぐに呼ばれた。ここでもまた電話ボックスみたいな箱に入って、同じような検査を受けた。ただこちらの検査室や治療室は、向こうの何倍も立派だった。だけど僕は自分を戒める。立派な設備に、期待してはいけない。期待して結局だめだったら、僕は立ち直れそうになかった。
案の定検査結果を見ながら、先生は向こうの先生と同じことを言った。治療方法は確立していない。ただ手術をするとしたら、聞こえなくなるリスクもある程度覚悟しておくことだ。そう言われたら手術なんて出来るわけがなかった。
今よりも聞こえなくなるなんて、そんなの死ぬのと同じことだ。僕にとって聞くということは、生きるということと同意義だ。実際問題、全く聞こえなくなったら、生活にも支障が出るに違いない。今でもただでさえ人の話していることが聞こえないというのに。
先生は必ず定期的に検診に来いと言い、次の検診の約束をする。それから念のために耳鳴りの薬をもらう。
耳鼻咽喉科を出ると、愛さんが待っていた。お待たせしてすみませんと謝ると、百貨店を見てきたから大丈夫と言われた。
バスを降りて遠和に戻ってくると、ついでに買いものをしましょうと、愛さんが言う。
「お夕飯何がいいかしら」
「何でもいいですよ」
「もう。誓もそう言うの。作りがいがないわね」
愛さんはそう笑ってしばらく何を作るか考えていたが、突然人差し指を一本立て、僕の真正面に立った。
「温君は、もう裏山の河原に行った?」
僕は首を振る。川があることも知らないと話すと、愛さんがそれは行かなきゃ損と言う。
「小川なんだけれどね、綺麗なのよ」
川は家の裏の道から行けるらしく、愛さんは急かすように僕の手を引いて小道を行く。小道は車が通れるような幅ではないが草が綺麗に取り払われているので、誰かが定期的に利用していることがわかる。
しばらく細い道を歩いていると、この道は町の高台に位置しているので、遠和町一帯が見渡せると、愛さんが教えてくれた。
しばらく歩くと、愛さんがパッと手を離す。川のせせらぎが聞こえ始め、道がもっと細くなったからだ。道の両脇に生えている背丈の高い草や細い木々が一層深くなった。しばらくそんな道が続くのかと思ったらそんなことはなく、意外にすぐに視界が開けた。
「……あ……」
思わず声が出てしまう程の景色だった。一面の濃い緑。目がおかしくなるかと思うほど、果てのない緑だった。緑の山を夕日が照らす。見上げる山は、初野と遠和を隔てる山だ。小川はさらさらと流れ、夕日をきらきらと反射している。
「どう?」
「あ、の。すごいです」
僕はどう言っていいのかよく分からなくて、思わずどもってしまう。愛さんが川に向かって歩き、そのほとりで大きく伸びをする。風が吹いて、愛さんの長い髪を揺らす。なにもかもが綺麗だった。
深呼吸をすると、水の気配を含んだ冷たい空気が肺に染み込む。気持ちがよかった。今までの鬱屈した気持ちまで払われていくようだ。僕は密かにここにまた来ようと思った。
「ここ、元気が出るでしょう」
愛さんは風で散らばった髪を手で梳きながら笑った。もしかしたら僕は気持ちを見透かされていたのかもしれない。
その後坂を下り、愛さんと買いものをする。途中で誓さんから果物が食べたいというメールが来たので、愛さんとスイカを買った。僕はスイカを抱えて愛さんの後をついて坂を上った。スイカはつやつやとして重く、僕は何度か取り落としそうになる。
「これ……冷蔵庫に入りますか?」
僕の家の冷蔵庫には入らなさそうなので、そう聞いてみる。でも民宿なら業務用冷蔵庫があるのかもしれない。愛さんは明らかにしまったという顔をしていた。
「まあ、なんとかなるわよね」
家に帰ると、誓さんが居間で仕事をしていた。愛さんが買ってきたスイカを見せると、誓さんはしかたがないなと、倉庫からレトロなたらいを出す。庭に運び、ホースで水をいっぱいに入れる。スイカに水をかけると、つやのある皮の表面が、パッと水をはじいた。誓さんは嬉しそうにスイカを眺める。
「うん。美味そうだ。つい買っちゃうのもわかる」
僕は夕ご飯の手伝いをしようと愛さんに声をかける。愛さんはお米を研いでいて、僕は煮物にするという人参や里芋を切った。母の帰りが遅い時はよく自分で作っていた。人参は一口大より少し大きく、里芋は半分に。愛さんは僕の手際の良さを褒めてくれた。
ご飯は今日も美味しく、煮物はほくほくして味が濃くよく出来ていた。食後のスイカは切るのに難儀したが、僕と誓さんの二人がかりで切ると、いびつながらスイカは切れた。よく冷えて甘くて美味しいが、大きなスイカだったので三人で食べても半分も余ってしまった。
「ははっ、手がべたべた」
誓さんは腕に垂れたスイカの汁をぺろりと舐める。赤い舌先が妙に印象に残った。縁側で豪快に齧り付いているのは誓さんだけで、僕と愛さんは皿にスイカを盛って、スプーンでくずして食べる。しゃりしゃりと歯触りが良かった。
愛さんが半分のスイカをラップにくるんで冷蔵庫にしまう。それでもまだ大きいらしく、冷蔵庫が占領されてしまったわと苦笑する。僕は明日も早いので、二人におやすみを言って、二階に上った。
部屋に入ると携帯が点滅していて、メールが来ていることを知らせる。ちょうどスイカを食べている頃に来たらしい。折原からだった。全国大会は金賞だった。個人も俺が優勝した。俺はしばらくベルリンに行く。そんな短い文章が綴られていた。
折原ならいつか世界に出るだろう。先生もそう言っていたので、僕はさほど驚きもしなかった。しばらくというのは短期留学のことだろう。折原は留学も視野に入れているという話をしていた。個人の優勝が弾みとなったに違いない。僕は暗い部屋で電気も付けずに、携帯のディスプレイを眺める。
こうしている間も、じりじりと僕達の差は広がっていく。ついこの間まで隣で授業を受けていたというのに。小川の景色に払拭されたと思ったドロドロした気持ちが、喉元までこみ上げてくる。ああ、二度もメールを無視することは出来ない。今日はメールを返さなければ。
わかっている。折原は自慢なんてする人間ではない。僕は自分に言い聞かせる。それに僕が聴覚を失わなくても、いつかはこうなっていた。彼は世界に行く。
おめでとう、応援している。僕はそう返信して布団に潜る。体は疲れているというのに、一向に寝られる気配がしなかった。
外は虫も鳴かないぐらい静かで、時計を見ると驚くことに日付が変わっていた。深夜なら虫だって鳴かないだろう。
気持ちを切り替えるために水でも飲んで落ち着こう。僕はそう考えて静かに一階に下りた。軋む床をゆっくりと踏みしめ、誰も起こさないようにする。しかし居間には人影があった。健吾さんだった。
「おう。なんだ。眠れないのか」
健吾さんは今帰って来たらしく、まだ自分の部屋に戻っていないようだった。小腹が空いたらしい。この町にコンビニなんてないのが辛いところだ。
「まあ、よくあることだ。この前の出張で行ったアンデスの山奥なんてな、コンビニどころか店がないんだ。原住民が物々交換で生活していてな」
健吾さんが笑って、その時の写真を見せてくれた。山奥らしき場所を背景に、女の人の腰を抱いて映っている。二人ともよく日焼けをしていて健康的だった。
「彼女、とかですか?」
聞いてみると、瞬間、健吾さんは相好を崩して、照れたように笑った。
「いやー、そうなんだよ! 可愛いだろう? 綺麗だろう。同僚なんだけどさ、しかも有能で、今はスペインにいるんだ。今まで会った中で一番綺麗だ」
聞いていないことまで教えてくれた。正直なところ、愛さんのが明らかに美人だと思う。顔に出てしまったのか、健吾さんはにやりと笑った。
「愛ちゃんはしょうがねえよ。元々モデルだったからな」
「モデル、ですか」
こんな田舎にモデルがいるのはおかしいと思うが、やっぱりと僕は納得してしまう。なんでそんな人がいるのだろう。
「あー、なんか知らないけど、誓が東京に勤めてた頃に、いろいろあってこっちに連れて来たんだよ。まあ療養みたいなもんじゃないか?」
健吾さんは説明になっていないような説明をして、誓はお人好しだからなあと笑う。そこで健吾さんのお腹が鳴って、僕まで笑ってしまった。
「そういえば冷蔵庫にスイカが入ってますよ」
「そういうことは早く言えよ」
健吾さんは嬉しそうにいそいそと冷蔵庫からスイカを出し、聞いてもいないのに僕の分まで切ってくれた。ついでに不思議な香りのするミルクティーみたいなものを淹れてくれる。
「まあ飲め。チャイだ、チャイ。眠れない時はこれだ」
健吾さんはずずっとチャイを飲みながら、忙しくスイカを食べた。一見ミルクティーのように見えるが、シナモンみたいな匂いがする。
飲むと紅茶の香りと何かのスパイスの独特の甘くて爽やかな匂いが、口いっぱいに広がって鼻まで抜けた。そして体がポカポカした。チャイは外国のお茶らしい。
「健吾さんは、いろいろな外国に行っているんですか?」
健吾さんは少し考えた後、そうだなあと頷く。
「これから新しい資源を開拓しようって場所は多いからな。ブラジルとかも行った。すごいだろう」
健吾さんがニッと笑うと、黒い肌に白い歯が良く映える。ワイルドってこういうのを言うんだろうなと、僕はスイカを食べながら思った。
「俺達の会社は派遣会社に近いんだ。いろんな技術者がいてな。各地から自然科学系なんかのサンプルを採取して、大学の研究に協力もしている。俺の彼女、あ、美穂子っていうんだけどな。美穂子は海底洞窟に潜って、中の地図を書いてる。地質系の研究で使うらしいんだ」
美穂子の潜水テクニックはすごくてな、とまた健吾さんの彼女自慢が始まる。僕はしばらくそれを聞いていた。そうして健吾さんはスイカを食べ終わると、満足した顔でお腹をさする。そろそろ僕も眠くなってきたかもしれない。チャイのお陰でよく眠れそうだ。
「ありがとうございました。よく眠れそうです」
それはよかったと健吾さんは僕の頭をガシガシ撫でた。それから二人で二階に上がり、それぞれの部屋に入る。僕は先程の気分が嘘のように眠れた。