新聞配達とエラコ
「さっきはありがとうな。温」
冒険家は大きいコロッケを二口で食べると、白い歯を光らせて笑った。冒険家は健吾さんと言って、未開の土地や山などに入って、観光者向けに地図を書くという、本当に冒険家らしい仕事をしているらしかった。
「温にもあとで聞かせてやるからな、俺の武勇伝。誓の親戚なら、俺の弟みたいなもんだろう」
「どういう理屈だよ」
誓さんのつっ込みなんて気にせずに、健吾さんは豪快に笑ってコロッケをもう一つ食べた。健吾さんはよく食べる人で、誓さんが買った山の様なコロッケを、どんどん平らげていった。
スパゲッティーにコロッケなんて変わった組み合わせだと思ったが、愛さん手製の大葉のスパゲッティーは爽やかな後味で、こってりしてコクのあるコロッケとの相性は抜群だった。ご飯が終わると、僕は愛さんと並んで食器を洗った。愛さんは慣れた手つきで手早く食器を擦る。泡まみれの食器を受け取って、僕が洗う。指を滑らせるとキュキュッといい音がした。
明日は早いので僕は早めに二階に上がった。布団を敷くのは修学旅行の旅館以来だったが、なんとか敷くことが出来た。僕は布団に寝転がりながら携帯を開いた。着信とメールが二回ずつ。全て折原からのものだった。
自分の近況を伝え、こちらの近況を窺う内容のメール。着信は留守番電話に切り替わる前に切られていた。僕は習慣で返信ボタンを押した。しかし真っ白の画面に一体何を打ち込めばいいのか分からなかった。折原の演奏の仕上がりは順調だというメールに、僕はバスーンのない生活を始めたと。そんな返事を返せるわけがなかった。
僕はアラームをセットして携帯を枕元に放り投げる。電気を消すと、周りに明かりのないこの部屋は真っ暗になった。廊下へのふすまの間から、微かに温かいオレンジの光が漏れてくる。外ではよく分からない虫が鳴いていた。何の音も聞きたくなかったので、僕は頭から布団をかぶる。自分の息の音が不快だった。
念のため携帯電話のアラームはセットしていたが、鳴る前に起きることが出来た。携帯電話のディスプレイは、四時二十分を表示している。僕はアラームを解除して、仰向けに寝転がる。天井は木目の渋い模様が広がり、そして微かに木の香りがした。
僕は自分が親戚に預けられている現実を再確認した。部屋のどれをとっても、慣れ親しんだものなんて何もなかった。目を閉じると、目の奥の方が鈍く痛んだ。眠くてしょうがないと、よくこんな感覚を覚える。
こんなに早起きをしたのは、昨年の朝練以来だ。大会前に木管パートで集まって練習していた時期がある。あの時は皆一様に眠そうで、奏でる音までもなんだかもったりしていると、全員で笑ったことがある。
折原は早起きが大の苦手らしく、よく遅刻してリーダーに怒られていた。きっと今日も部活まで寝ているに違いない。思い出したら少しおかしくなって、無意識にバスーンのケースに手を伸ばしかける。しかし僕はすぐにその手をひっこめた。ひんやりとした、木の匂いのする静かな部屋。ここは、僕のいた場所ではない。
僕はバスーンではなく、起き上がってふすまに手を伸ばす。ふすまはすーっと引っかかることなく開いた。ふすまの中は暗く、上段には布団や毛布、下段には何十冊もの本が入っていた。
僕は本を押してスペースを開け、そこにバスーンを押しやって、すぐにふすまを閉める。乱暴に閉めたせいか、少し大きな音を立ててしまった。軽く乾いた木のぶつかりあう、トンという音だ。
服を着替えて廊下に出る。どの部屋もふすまが閉まっているので、まだみんな眠っているに違いない。健吾さんの部屋の前を通ると、大きないびきが聞こえてきて、少しびっくりした。階段は踏み外さないように、ゆっくり下りる。やはりこの階段は急な上に段が狭い。
そうして一階に下りると、テレビの音がした。こんな時間だけれど、もう誰か起きているらしい。僕は洗面所で顔を洗い、歯を磨く。
「おはよう。あともうちょっとしたらご飯出来るからね」
居間に入ると、台所で何かを包丁で刻みながら、愛さんが出迎えてくれた。居間のテレビでは朝のニュースが始まっていて、誓さんが眠そうに雑誌を読みながらそれを見ていた。
「温君おはよう。飯食ったら、俺と一緒に新聞社行こうか」
誓さんの言葉に僕は頷いて、誓さんの向かいに座る。台所では愛さんがせわしなく動き回り、コンロの調子を見たり、野菜を刻んだりしていた。味噌汁のいい香りもしてくる。
テレビではチョコレートケーキのランキング特集をやっていた。てかてかとしたコーティングに覆われたオペラケーキが、きれいな女の人に食べられていく。しばらくそんな様子を誓さんと一緒に眺めていると、愛さんが炊き立てのご飯と味噌汁、それから魚の煮つけを運んできた。
「たくさん食べてね。ここは海辺だから、魚がとても美味しいの」
手を合わせてからご飯を口に運ぶ。炊き立てのご飯はそれぞれの粒がピッと立っていて、つやつやと光っていた。噛み締めるとお米の微かに甘い香りが、口いっぱいに広がった。味噌汁は母がつくるのよりも少し薄かったが、わかめと豆腐、大根と具だくさんだったので気にならなかった。わかめは歯ごたえがあって、噛むとしゃきしゃきと音がするぐらいで、豆腐はふんわりと大豆のいい匂いがした。そして甘辛く煮付けた魚は、僕の大好物だ。
「美味しい……です」
「でしょう? ここってお米も魚も美味しいのよ。私も初めて来た時はびっくりしたわ」
愛さんはパッと顔を輝かせた。誓さんはケーキのランキングを見ながら、美味しそうだなと呟いていた。
「初野なら売ってるかな」
「どうかしら、このお菓子屋さん、東京だし」
初野は遠和の隣町で、車で二十分ぐらいの所にある。ここに来る途中に母と車で通ってきた。僕の住んでいた街ほどではなかったが、遠和よりずっと栄えていた。一方の遠和といえば、何もない。西を海に、あとは山に囲まれた淋しい漁師町で、初野とは山のトンネル一本で繋がっているだけだ。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
もう一度手を合わせると、愛さんがにこにこしながら食器を片づけ始めた。僕も手伝うべきか少し悩んだが、誓さんが玄関で急かしていたので、小さくお辞儀をして外に出ることにした。
まだ早い時間のせいか空気はひんやりしていて、薄暗かった。空は薄青く、太陽の昇る辺りの空がサーモンピンクのグラデーションになっていた。太陽の光線を受けた庭の門や木々が、地面に濃い影を作っている。
庭に植えられた草木には、朝露が小さく浮いていた。さっと露切りの風が吹く。涼しいというより肌寒いぐらいだ。
誓さんと門を出て家の前の坂を下る。町を見下ろすこの家は高台にポツンと建っている。坂は割と急で、上ってくるのは疲れてしまいそうだ。
「この坂を上がると初野へのトンネルに出る。新聞社はこの坂の下。そこからは商店街で、そのまま一番下まで行くと、海に出る」
誓さんの説明を聞きながら坂を下ると、後ろから自転車が走ってくる音がした。僕は左に避け、誓さんは右に避け、そして僕はやんわりと誓さんに引っ張られた。チリンと自転車のベルが鳴り、自転車が僕の左を通ってゆく。
僕は頬を殴られた思いだった。僕は、左耳が聞こえない。今だって右からしか聞こえなかったから、右から来ると思ったのだ。聞こえないということは、僕には無いのと同じだ。
僕は立ち止まり、誓さんは坂の途中で振りかえる。誓さんの向こう側には海と空ばかりがあった。どうしてこうなってしまったのだろう。僕はこれからもっと多くの音と、それと同じ数だけの世界を失っていくに違いない。
誓さんが僕に向かって手を述べる。そして僕に近づいて、僕の右手を取った。誓さんの手はひんやりしていて、誓さんのイメージそのものだった。誓さんはそのまま僕の手を引いて歩いた。
誓さんは長い脚をもてあそぶようにゆっくり坂を下り、僕は泣きたい気分を堪えて、誓さんに手を引かれるまま歩いた。風は向かい風で、熱くなった僕の眼頭と頬を撫でた。僕はなだめられているような気分になる。
「温君、子供体温だね」
誓さんはそう言って、少し笑った。
「じゃあ温君、しっかり稼げよ」
誓さんは飄々とそう言い、新聞社の前に僕を置いて帰って行った。新聞社は僕が想像していたようなビルではなくて、古い木造の小屋のようなものだった。
そこから誓さんと入れ違うようにして新聞社から出てきたのは、こんな田舎の景色にそぐわないような金髪の男だった。僕は無意識に身構えてしまう。
「新しいバイトってお前? 誓さんとこの」
僕が頷くと、金髪の男が僕を中に招き入れる。新聞社の中には、部屋いっぱいの大きな机があり、その机に新聞らしきものが入ったバックがいくつも並んでいた。新聞社の中には金髪の男の他に中年の男が一人いて、人の良さそうな笑みを浮かべている。
「初めまして。私は責任者の沼澤です。でも基本的な仕事はほとんど鮫島君が教えてくれるんだけどね」
沼澤さんの言葉に合わせて、鮫島と呼ばれた金髪の男が頭を下げる。
「つってもさ、新聞配るだけだべ? ルートだって、この町ほとんど一本道だし」
鮫島さんは、じゃあ早速と言って、バックを二つ掴む。その様子を見た沼澤さんは頼んだよと言って、すぐに新聞社の奥に引っ込んでいった。
「まず朝来たら机の上のバックを二つ掴む。重いけど一つは自転車のかごに積めるから」
僕は言われたとおりにバックを持つ。予想以上に重くて軽くふらついてしまった。そして鮫島さんと外に出て、用意されている自転車にまたがる。
「この坂から町を半分に分けて、俺は北側、お前は南側を配るんだ。地図これな」
僕は地図を受け取る。地図には赤い点がたくさんついていて、その場所が僕の配る家らしい。最初はさっきまで僕がいた誓さんの民宿だった。鮫島さんは僕が配るのを待ってくれるらしく、僕は自転車で急な坂を上る。だが坂はあまりにも急で、すぐに僕は足をついてしまった。
振り返ると鮫島さんが笑いながら、早くしろと急かしていた。僕は自転車を押しながら民宿の門までたどり着く。すると門の前には誓さんと愛さんが微笑みながら立っていた。
「初仕事ね。御苦労さま」
愛さんがそう言って新聞を受け取ってくれる。誓さんはひらひら手を振った。
「ここの坂自転車で下ると、気持ちいいよ。急だからブレーキかけながらな」
僕は二人に軽くお辞儀をすると、勧められたように自転車に乗る。自転車はみるみるスピードが付いて、僕は軽くブレーキをかけた。ゴウゴウという風の音が耳いっぱいに響いて、汗がすうっと引く感覚がした。
鮫島さんの所まで下りると、鮫島さんは、行くかと言って坂を下りながらポンポンとポストに新聞を入れていった。僕もそれに習って地図をよく確認しながら、赤い点の場所に新聞を入れていく。入れもらしがないか時々チェックもした。
僕が大通りを終える頃には鮫島さんはすでに二つのバックを空にして戻ってきた。
「じゃあ裏通りさ入るべ。道が狭いから注意しろよ」
裏通りは道が入り組んでいて、民家が並んでいた。民家は一様に古く、海風でさびも浮いている。人が住んでいない空き家も多かった。
日が高くなってきたらしく、家と家の間から、光る静かな朝の海が見える。僕が地図と自分の位置を確認しながら配達していると、時々、海からの波光がチラチラと僕の目を射した。
最後の家に配り終わると、新聞は手元から全てなくなっていた。鮫島さんは合格というようにニカリと笑うと、方向転換をすることなく、そのまま裏通りを通り抜けた。
「眩しいだろ。近道なんだけどな」
鮫島さんに続くと、海のすぐ近くに出た。漁師が何人か忙しそうに働いていて、その内の一人が鮫島さんに向かって手を挙げた。鮫島さんも答えるように軽く片手を挙げると、商店街に続いている緩くて長い坂道をゆっくり上りだした。
「なあ、自転車返し終わったら、釣りするべ。お前の分の竿も貸してやるから」
「え? 何ですって?」
「釣り! 釣りするべ! 付き合ってけろ!」
僕は立ち漕ぎで一生懸命ペダルを漕いでいたので、聞き返してしまう。釣りなんてやったことがない。
「いいんだよ適当に糸垂らしてれば」
僕は新聞社の前までとても漕げそうになかったので、昨日立ち寄った肉屋の前で自転車から降りる。鮫島さんはそんな僕を見て、軟弱だと少し面白そうに笑った。
新聞社の中にいる沼澤さんに一声かけて、自転車を置く。すると新聞社の中から、ジャージ姿の男の子が出てきた。ジャージは学校指定のジャージらしく、初野南中と胸元に刺繍してあった。隣町の中学生らしい。勢いよく出て来たので、僕とぶつかりそうになる。
「あ、おはようございます」
中学生は礼儀正しく挨拶すると、そのまま僕と扉の間を軽い身のこなしですり抜け、鮫島さんに声をかけた。
「兄ちゃん自転車! 今日朝練なんだ」
どうやら鮫島さんの弟らしい。鮫島さんははいはいと自転車を降り、弟に渡す。鮫島さんの自転車にはよく見ると、鮫島と名前が付いていた。僕の乗っている自転車のように、新聞社のものではなく自前の自転車らしい。
「こいつは俺の弟で、翔っていうんだ。で、こっちは温。高校生で、今誓さんのとこに居候してる」
鮫島さんは二人分まとめて紹介する。翔くんはよろしくお願いしますと礼儀正しく挨拶した。素朴な笑顔と焼けた肌が鮫島さんにそっくりだった。
途中で鮫島さんの家に寄ってから海につくと、鮫島さんは朝からやっている釣具店でエラコというミミズが筒に入って束になったような餌を買い、僕に直接渡してきた。僕は少し気持ちが悪くて取り落としそうになったが、ひんやりしてざらざらするエラコの感触に耐えた。
鮫島さんはウキと重りを付けてからエラコの筒の端をちぎって、中のミミズのような本体を取り出した。本体はピンクと茶色を混ぜたような色で、ニュルニュルしていた。尻尾のようなものが付いていて、これを海の中で揺らして魚を誘うのだと鮫島さんは教えてくれた。僕はなかなかエラコの筒を割くことが出来なくて、結局鮫島さんが針につけるところまでやってくれた。
「どうやって投げればいいんですか?」
「適当に。あ、針を引っ掛けるなよ!」
海辺の風は強くて、僕は鮫島さんの声が全く聞こえなかった。僕は二度聞き返したが、全く聞きとることが出来なかった。鮫島さんは不愉快だろうと、僕はどうしようもないぐらい委縮した。
「あー、風強いしな! 俺、訛ってるから余計に聞きとり辛いべ」
そうじゃないと僕が首を振ろうとしたところで、鮫島さんが僕の頭にポンと手を置く。
「聞こえないんだべ? 知ってら。誓さんがよろしく頼むって言ってたし」
僕はどうしようもない気分になった。こんな僕とでは会話が成立しないだろうと、申し訳ない気分にもなる。
「そんな顔するなよ。俺もお前も暇なんだから、聞こえるまで俺は何回も話してやるし、お前は何回でも聞き返せばいいべな」
鮫島さんは困ったように笑うと、僕に早く餌を投げてしまえと急かした。僕は出来るだけ遠くに行くように投げたが、餌はあっけなくテトラポットに打ちつけられ、テトラポットの隙間に入って行った。
「まあ、釣れればいいんだ釣れれば。隙間だって釣れる時は釣れるべ」
鮫島さんは呑気なことを言って、自分も餌を投げた。鮫島さんの餌は大きく弧を描いて、僕よりずっと遠くの水面に落ちた。
「……何かしゃべってけろ」
十分ぐらいしても、僕にも鮫島さんにも一向に当たりが来る気配がしなかった。鮫島さんは手早くリールを巻き上げてもう一度餌を投げてから、そう僕に言った。何かとはなんだろうか。
僕は少し考えたが、もともと僕は話が得意ではないので、こんな時気の利いた話題がポンと出るわけもなかった。しょうがないなと鮫島さんが少し考えてから、こう話しだした。
「なあ、知ってる? カンガルーのポケットって、臭いんだぜ」
「……そうなんですか」
どうにも聞いたことがある台詞だった。僕はどう返せばいいのか分からなかったので、つまらない返事で返してしまう。鮫島さんがまた黙り込む。僕は鮫島さんの真似をして竿を軽く振ってみたが、魚がかかる気配はなかった。
「なあ、知ってるか?」
「何です?」
「ノミのジャンプって俺の身長より高いんだけどさ、弁当箱ぐらいの容器に入れると、容器の高さ以上にジャンプ出来なくなるんだ」
僕はそもそもノミのジャンプがそんなに高いということを知らなかったので、二重の驚きだった。
「ノミってすげえよなあ」
鮫島さんは間延びした声でそう言うと竿を引き上げる。それからもう一度海に挑みかかる。
「そう言えば、お前ってどんなところから来たんだ?」
「ええと、ここよりは建物がたくさんありました」
「それから?」
鮫島さんに続きを促される。それ以外には何があっただろう。何もかもがあった。こことは違う。しかしそれは漠然とし過ぎていて、僕は説明出来そうになかった。
鮫島さんはしばらく考えてから、学校はどんな感じだったかと聞いてきた。都会の学校はこことは違うだろうと。
「僕の高校は音楽科があったので、音楽が盛んでした。普通科もありますが、そっちはよく分かりません」
「へえ、音楽科。ってことは楽器が出来るのか」
「いくつかは。ピアノは必修でした」
鮫島さんは感心したように頷くと、竿を上下に振った。そういえばこの町には学校がない。鮫島さんによると、この町にあった学校は全て統廃合されて初野の学校に吸収されたらしい。翔君も今年の春から初野の中学校に通っているそうだ。鮫島さんは東京の大学に通っているらしく、来年卒業だと言った。
そんな鮫島さんの説明を聞いていると、漁船が沖から帰って来た。ボーッという低い音が浜に響き、鮫島さんはそれを合図に立ちあがった。あれには鮫島さんのお父さんが乗っているという。
「じゃあ今日はこの辺にしとくか」
釣れるまでやるからなという鮫島さんの声に、僕は曖昧に頷く。朝の日差しはぽかぽかと熱くなるぐらいだったが、海風が強かったので丁度よかった。少し眠たい。慣れない早起きがこれから毎日続くのかと思うと、少し憂鬱だった。
家に戻るために、坂を上る。朝の商店街はにわかに活気付いていて、時折港へ向かうトラックが坂を下りていく。僕は注意深く周りを見回しながら、ゆっくり町を歩いた。体はほんのり火照っていて疲れているのに、まだ朝だった。ここでは時間がゆっくり流れるのだろうかと、僕はあり得ないことを考えた。
家に戻ると体がひどく重かった。愛さんに一言言って布団にもぐる。愛さんはゆっくりお休みと言って僕を寝かせてくれた。